01
揺れる車の荷台の中で、明日葉はカーフに背中を預けて眠っていた。
「……いつもこんな感じなの?」
「車に乗るとだいたいなー退屈なんだろ」
一応、任務だと言われていたはずだが、何とも緊張感がない。
「それにしても、印字代わりに、簪とはなぁ……」
”印字”というのは、そのモンスターが野生ではなく、使い魔であることの証明らしい。
本来なら、体にわかりやすく描くものだというが、カーフの体に、改めて描かれた模様はない。
ただ、近江が言う通り、カーフの頭には、未だにアシタバの簪が差さっていた。
相変わらず、明日葉から説明はなく、そのまま貸してくれると言うので、そのままにしていたが、そういう意味らしい。
「そりゃ、明日葉……いや、これに関しては、備前さんの方だな。あの人たちからすれば、その簪は、マーキングみたいなもんだし」
「マーキング?」
「そ。めんどくさく言えば、”派閥”ってやつ。『こいつは俺のモン』って言ってるようなもんなんだよ。それ。まぁ、明日葉は、そんなに真面目に考えてないだろうけど……」
細かく意味の違いはあるが、彼らの使う簪の中でも、特別な物は存在する。
派閥などという難しいことが苦手な明日葉でも、その特別な物だけは、しっかりと理解している。
だからこそ、毎日大切な人たちからもらった簪は差しているし、カーフに貸している一本についても、カーフだから貸している。
「これ?」
頭から一度抜いて、見てみれば、葉がかたどられている。
「”アシタバ”だよ」
「アシタバ?」
「漢字で書くと……ほら、”明日葉”」
タブレットで、見せてくれる漢字に、つい感心して、声が漏れる。
同じ名前の植物だから、目印になると、渡してきたのか。
「つまり、誰がどう見ても、お前が特別な存在ってわかるわけ」
「…………」
そう言われると、仕事中だというのに、自分の腹の上で、大口を開けて寝ているのも、少しだけ許してしまいそうになる。
「…………」
いや、やっぱりダメだ。
両頬を挟んでみるが、眉を潜めるばかりで、起きる気配はない。
「ん? だから、エンカに、泣きそうな顔で睨まれたの?」
「ま、そういうことだな!」
戻った時に、炎歌に、ものすごい剣幕で睨まれた後、すごく悲しそうにしていた。
それ以降だって、なんだか視線が痛かった。
「高倉姐さんは、正真正銘、明日葉のことを追いかけて、この部隊に配属された人だからな。備前さんが動揺するレベルの行動力の化身」
「そ、そうなんだ……」
近江がそれだけ言うということは、本当にすごかったのだろう。
想像は、少ししたくないけど。
「つまり、ぽっと出のやつに、好きな人かっさらわれた感じだな」
「なんか、ごめん……」
冗談のように言っているが、炎歌に後で謝っておくべきだろうか。
「まぁ、いいんじゃね? 気にしなくて。明日葉が関わる以上、仕事は確実にこなすし。隊長がご機嫌取りしてくれてるって」
それがいいのかはわからないが、実際、車に乗り込む時も、炎歌は運転席側に、第八部隊隊長である長谷川と一緒に乗り込んでいた。
「というわけで、今回は、俺が任務の概要を説明するから」
「あ、じゃあ、アスハ、起こすよ」
「起きなかったら、このまま説明するからな」
「それ、ボクに丸投げするって意味でしょ。イヤだよ」
本気でやるであろう近江を止めて、文字通り、明日葉を叩き起こす。
「今回は、死にダン、つまり不活化してるダンジョンに、他所から来たモンスターが住み着いたから、それを早急に討伐しろって任務だ」
比較的大きな町に近い分、すぐに対応する必要があるらしい。
「そのモンスターって?」
「ドラゴンウッドか、岩モグラの可能性が高い。どちらも確信は得られてないから、あとは対峙してから、対応してくれ。だそうだ」
「結構、テキトーだね……」
「元は、ドラゴンの可能性ありって言われてたしな。その辺は、先に姐さんと俺が、調査に入って確認するが、まぁ、可能性は低いと思ってていい」
眠そうに瞼を擦っている明日葉を眠らないように、もう一度わき腹を叩けば、もの言いたげに睨まれた。
「ダンジョンは、迷宮系。調査に入った先行部隊と傭兵の複数のチームが、帰還していない。可能なら、その辺の救助もしてくれだと」
「善処します」
「はいはい。ボス討伐さえしてくれれば、捜索隊が手配される予定になってるから、あくまでついでだな。要は、ボスさえ倒してくれば、オッケー」
随分な要約をされたが、すでに戻ってきていないということは、何日もダンジョンの中にいるということだ。
捜索隊を出したところで、すぐに見つけてもらえるわけじゃない。
思い浮かぶのは、涼介たちを置いて、ボクが一人でダンジョン出た後のあの光景だ。
心細くて、ずっと泣いていた。
「アスハ、助けてあげられないかな?」
「救助とか捜索は苦手だもん。倒すのは、殴ればいいから得意だけど」
「ボクがやるから」
そう言えば、明日葉は驚いたように、ボクを見上げた。
「ボクが探す。だから、ダメ?」
「……知らない人だよ? カーフのこと見たら、殴ってくるかも」
「でも、怖いんだよ。心細くて、すごく……」
泣いて、泣いて、疲れきるまで泣いて、諦めて、眠るしかない。
明日葉は、もの言いたげに睨んでいるけど、ボクは頭にある簪を指さした。
「ほら! これつけてれば、ボクがアスハの相棒で、味方だってわかるでしょ?」
だから、ダメ?
そう問いかければ、明日葉は視線を落とし、ため息をついた。
「…………しょーがないなぁー」
不貞腐れたような声だったけど、頷いてくれた明日葉に、近江も少し感心したような表情をしていた。