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少しだけ驚いたように目を見開く備前。
ずっと気になっていたのだ。
明日葉が、いくら力が強くて怖がられているとはいえ、モンスターが隣にいていい理由にはならない。
その答えを持っているのはきっと、ボクより明日葉のことを大切に思っている人が決めることだ。
「それは、僕が決めることじゃないよ」
だけど、備前は、目を伏せ、首を横に振った。
「とはいえ、僕にも立場がある。君を危険と判断すれば、使い魔として認められないし、処罰する必要だってある。でもまぁ、それは人も変わらない。人でも、危険ならさっさと処理するしね。要は、君がこれからどうするかだ」
笑って言っているが、濱家が表情を強張らせた辺り、きっと笑いごとではないのだろう。
「ボクがどうするか……」
ボク自身が、明日葉と一緒にいたいか。
「うん。そう。君次第。にしても、明日葉。当事者同士で話が済んでないの?」
呆れたように備前が、明日葉に振り返り、問いかけるが明日葉は「済んでる」と即答している。
確かに、まだ一度も、いいよ。とは言った覚えがない。なんとなく、ここまで来てしまっているのは、事実だ。
「済んでたら、この子、こんな顔してないでしょ。見て見なさいよ。この思いつめた顔」
「すーーんーーでーーるーー!!」
「済んでないなら、僕の申請書でもぉ……」
「ダメ!! ダァメッッ!!」
ボクの腕を掴む明日葉は、腕を強く掴んだまま、ボクを見上げた。
「カーフもダメだよ! 嘘でも、済んでるって言わないと!!」
「…………嘘でもいいの?」
「ダメです!」
「ダメなんじゃん」
「じゃあ、首を縦に振らなかったら、物理的に振らせます」
それでは、完全に脅しだ。
どうして、そこまでボクのことを使い魔にしたいのか。
確かに珍しいモンスターらしいが、それが発覚する前から、明日葉は変わることなく、ボクを相棒だと呼び、使い魔にしようとしていた。
本当に、ボク自身のことを”相棒”にしたいかのように。
「 振 ら せ ま す 」
しびれを切らしたように、ボクの顔を掴んで、頷かせようとする明日葉に抵抗する。
「強い強い強い!! だから、何回も言ってるでしょ! アスハは、事前に言葉が足りなさ過ぎるんだよ!!」
全力で抵抗しながら、そう叫べば、明日葉は驚いたように、手を放した。
そして、驚いたように何度か目を瞬かせると、考え込むように腕を組み、顎に手をやり、唸ると小さく頷いた。
「似てたから。私も、カーフみたいに泣いてた時に、助けてもらったから。同じことをしてみてる…………イヤ、だった?」
確認する言葉は小さく、聞き取りづらかったけど、不安そうにボクを見上げるその表情は、嘘はついていない。
本気で、あの時、ボクが助けを求めた手を、取り続けているのだ。明日葉は。
「……ううん。イヤじゃないよ」
そっと、あの時、明日葉がしてくれたように、明日葉の手に触れる。
ボクが、どうするか。
うん。決めた。
「よろしく。アスハ」
涼介たちを助けた時と同じように、これからも、明日葉の相棒になろう。
その様子に、濱家が少しだけ寂しげな表情をしていたから、慌てて体の素材の一部を渡せば、目を輝かせていた。
先程言っていた、研究の手伝いについては、やはり炎歌を間に入れてから、詳細は決めるという。
「さて、明日葉。カーフ君を使い魔にするなら、代わりに、ひとつ仕事をしてもらうよ」
「倒す系?」
「ダンジョンでボスを倒す系。得意でしょ」
「うん」
ダンジョンの資料については、第八部隊の方へ送ってくれるそうだ。
「あと、頼まれてた子供たちの資料についても入れてあるから、ちゃんと確認しなさいね」
「子供? それって、涼介たち?」
”子供たち”という単語に、昨日、保護された涼介たちの事かと問いかければ、頷かれた。
結局、あの後、元の家、村には帰れず、一時的に軍部が保護しているそうだ。
しかし、軍部がずっと保護しておくことはできず、早々に受け入れることのできる施設を探していたそうだが、備前が見つけてくれたらしい。
「その受け入れ施設の詳細についても入れてあるから、目を通すこと」
「はーい」
真面目に聞いているかもわからない返事をする明日葉に、備前は、片方の眉だけを顰め、小さくため息をついた。
******
明日葉とカーフが帰った後、濱家は、少しだけもの言いたげな表情で、備前の方へ視線をやった。
「身内贔屓って言われません?」
「寵愛子なんて、そんなもんでしょ」
寵愛子というだけではない。
明日葉の育ての親でもある備前が、明日葉に対して、甘い自覚はある。
カーフの件も、子供の件もそうだ。
本来、統括責任者である備前が動くような内容ではない。
ただ、明日葉の頼みであったから、それだけで忙しい中、時間を作って動いていた。
「なにより、あの子自身、察してないしね」
「大丈夫なんです?」
「まぁ、その辺、察せる人員を周りに配置してるし、大丈夫だよ」
妙に鋭いところはあるのに、どうにも察してほしいところには、気が付かない。
だが、炎歌や近江などの、明日葉の周りにいる人は、必ず気が付くはずだ。
うまく明日葉を誘導してくれることだろう。
「…………たぶん」
ほんの少しだけ、不安はあるが。
「じゃあ、僕は、これを解析するので忙しいので。失礼します」
「あ、うん。がんばってね」
もはや、備前には興味がないとばかりに、瓶に詰めたアマルガムゴーレムの肉体を抱え、今にでもステップを踏みそうな勢いで、自身の研究室に戻っていった濱家を、備前は見送るのだった。