07
教頭は、少しだけ思案するように黙っていたが、小さく息を吐き出すと、こちらをじっと見つめた。
「そうですね。小樟さんの使い魔となるなら、知っておいた方がいいですね」
そう言うと、教頭は開いていた本を閉じた。
「”寵愛子” 神に愛された子供という意味です」
子供が7歳になるまでは、多少の差はあるが、全員に神々から加護が与えられている。
そして、7歳の誕生日を迎えた時、その加護は消える。
だが稀に、その加護が消えず、残り続ける子供がいる。
それが、”寵愛子”と呼ばれる子供だ。
その加護の強さは、他の子供に比べて、圧倒的に強く、例外なく、人の領域を超えた能力を授かっている。
「アスハのあの力が、加護ってこと?」
近江が、ダンジョンに穴を開けた力を、例外だと言っていたのは、その加護ゆえの力だからということか。
「それと再生能力ですね」
教頭が言うには、ちょっとした怪我程度ならば、塞がるのに十秒もかからないという。
「神霊 イザナミノミコトの加護。それが、小樟さんの加護の名前です」
人の領域を超えた力と再生能力。
「普段は、自身の魔力で加護を封じているのですが、昔より上達したとはいえ、小樟さんは細かな魔術が得意ではなくてですね……」
一度封印を解いてしまうと、再度封印を施すのに時間が掛かってしまうという。
それこそ、昔は、感情の起伏などの不慮の事故で、自分で封印を破壊しては、再度封印をするまで、誰も近づけないことは度々あった。
「本当に……拉げたドアノブにも見慣れたものです」
「あはは……なるほど。ドアを壊すのも、昔からだったんだ……」
それは、ドアを直すのにも慣れるはずだ。
むしろ、ドアだけで済んでいるのなら、かわいいものなのだろう。
想像がついてしまったのか、教頭も困ったように笑うのだった。
「カーフ。あったよー……?」
ちょうど戻ってきた明日葉は、ボクたちを見ると、不思議そうに首を傾げる。
「明日葉の話、聞いてたんだぁ」
「私の……? 教頭から……? 忘れて」
「ヘンな話じゃないよ。大丈夫だから、頭を叩く構えしないで」
不思議そうにしていたと思えば、何かが繋がった途端、片手を上げる明日葉を慌てて止める。
何をやらかしたのかはわからないが、他人の頭を叩いて忘れさせるほどのことを、やらかしたことがあるらしい。
「…………寵愛子のことを、教えていただけです」
教頭の言葉に、ようやく明日葉も納得したのか、手を下すと、椅子に座った。
「貴方の使い魔にするなら、確実に付きまとう話です。ただ、あくまで、さわりだけですので、貴方自身のことは、貴方の口から伝えなさい」
教頭の言葉から逃げるように、視線を逸らした明日葉と目が合うと、少しだけ視線を泳がした後、持ってきた本をこちらに差し出してきた。
「…………私は、用事がありますので、そろそろ戻ります。もし、帰るようであれば、声をかけてください。濱家先生が戻ったら、放送します」
「わかりました」
「くれぐれも、暴れないように」
そう言い残すと、教頭はミーティングルームを出ていき、明日葉とふたりきりになる。
先程と同じように、積み上げられた本をめんどくさそうに捲る明日葉に、ボクも前に置かれた、『モンスター大全』と書かれた本を開く。
「…………教頭から、聞いたの?」
数ページ捲る頃、ポツリと聞こえた明日葉の声に、短く頷き返す。
「アスハが、ドアノブ壊して回ってたって話?」
「壊してない! 握ったら壊れたの!」
「ボクでも、ただ握っただけで、壊れないよ……?」
ボスモンスターの腕を引きちぎったり、引きちぎった腕を無理矢理くっつけたり、体が多少引きちぎれても問題ないボクでも、少し怖いのだから、四肢がちぎれたら治らない人間が怖がる理由もわかる。
「超非力じゃん。腕相撲する?」
「”暴れるな”って言われたでしょ」
やる気満々とばかりに、腕を差し出す明日葉に、注意するが、構えを崩さない明日葉に、腕をいくつか作り生やした。
「じゃあ、ハンデで、アスハは腕一本ね。あと、ボクの手、握りつぶしたら、アスハの負け」
「ちょっと待って? それズルくない?」
「超非力なんだから、いいでしょ」
結論、勝った。
明日葉は、ズルいと言っていたが、くすぐりが禁止なんて言ってないし、勢い余ってボクの手を握りつぶしたのは、正真正銘、明日葉の手だ。
作戦勝ちと言ってほしい。
「悔しかったら、アスハも腕を増やせばいいよ」
「人間って、そんなにホイホイ、腕増やせないんだ。その図鑑に書いてない?」
「書いてないなぁ……」
「使えない本……」
片方の頬を膨らませながら、文句を言う明日葉であった。