06
「小樟明日葉さん!!」
廊下に響く声に、視線をやれば、目尻が吊り上がったような眼鏡をかけた女の人が立っていた。
「あ、教頭だ。こんにちは」
「はい。こんにちは。廊下で、肩車などの危険な行為はやめなさい。こういったことは、すぐに低学年の子が真似するのですから」
「あ、はい。ごめんなさい」
素直に、明日葉を下せば、教頭は少しだけ呆れたように、ため息をつくだけ。
もうすでに、職員室の前で、低学年の子供たちを肩車してしまっているが、お互い、アイコンタクトすら取ることもなく、隠すことにしたのだった。
「それにしても、大型モンスターを連れて、突然訪問するとは、何事です? 混乱を招く可能性があるのですから、今度からは、事前に連絡をしなさい」
「ごめんなさい……急ぎだったから」
「急ぎ?」
明日葉が、今までの経緯を説明すれば、教頭は納得したように声を漏らすと、調べ物に付き合ってくれるという。
「一番詳しいのは、濱家先生ですが、生憎、今は外出中ですから。小樟さんは、あまり図書館を利用したことはなかったでしょう?」
「雰囲気は好きですよ。手に取るかは、ちょっとわからないですけど」
「はいはい……ところで、カーフさん。貴方は文字を読めるのですか?」
質問されて、ふと思い返してみたが、はっきりと文字というものを読んだ覚えがない。
「では、そちらも試してみましょうか」
図書館の一角、囲いのあるミーティングルームを一部屋借りると、教頭は本棚からいくつかの図鑑を取り出すと、明日葉に渡していく。
「小樟さんは、これらのゴーレムの資料から、カーフさんの特徴に該当するものを探してください」
「うわ……いっぱいある……」
「ゴーレムは、モンスターの中でも、歴史が古く、種類の多い種族ですから」
ゴーレムは、地上に限らず、水中にも存在する種族であり、その定義は、とても広い。
雑な定義では、『物体が意志を持って動く』だけで、ゴーレムとされるらしい。
受付の人が、頑なに”ゴーレム”だけで書類を受け付けなかったのは、そういうところもあったのだろう。
「ふたりは、先にミーティングルームに行っていてください」
そう言い残すと、教頭は、別の本を取りに、別の本棚の方へ歩いて行った。
「教頭ね、あのピンヒールでびっくりするぐらい速く走るの。すごいよ。今度、見てみて」
「機会があったらね」
明日葉とミーティングルームで待っていれば、すぐに戻ってきた教頭は、いくつかの本をボクに見せ、読めるかどうかを確認してくる。
指示される通りに、いくつかの本を見ていくと、教頭は小さく頷いた。
「おおよそ小学校高学年くらいですかね……」
それだけできれば、大抵の本は読むことができるという。
先程、明日葉に渡していた図鑑は、専門的というより一般的な図鑑で、写真やイラストもついているため、ボクでも手伝えそうだ。
わからない言葉があれば声をかけるようにと言うと教頭は、明日葉が別に積んでいる、少し古そうな本を手に取り開き始めた。
ボクも同じように、渡された図鑑を開けば、ページの半分以上に写真が貼られていた。
「アスハ。見て見て。鎧に擬態してるアイアンゴーレムだって!」
「それ、リビングアーマーじゃ……」
「リビングアーマー?」
「ゴーストもしくは、付喪神が取り憑いた動く鎧のことですね。元々の鎧が必要か、必要でないかというところが、見分けるポイントです」
「へぇ……おもしろいね」
「そう?」
「アスハは殴れば終わりだから」
「倒せばいいんだから、いいの」
それは事実だが、その”倒す”ということのために、本来であれば、相手の種族を推し量ることが必要になる。
それを無視できるのは、明日葉が圧倒的な力を持っているから。
教頭も少し困った表情をしていたが、特に否定はしなかった。
「……じゃあ、モンスター大全とか持ってきてあげる」
そう言い残すと、明日葉は、開いていた図鑑を置いて、部屋を出て行った。
その様子に、教頭は少しだけ驚いた様子だったが、すぐに小さく笑い声を漏らしていた。
「すみません。小樟さんが、お姉さんみたいなことをしてるから」
「珍しいんですか?」
「珍しいというか……まぁ、学校では、教員を含めて、ほとんどの人に距離を置かれていましたから」
憂いを帯びた表情で、ドアの向こうで本を探しているであろう明日葉を見つめている教頭。
先程、明日葉が言っていた、”怖がられている”というのを、きっと教頭も、その状況を見ていたのだろう。
「……教頭」
「はい。なんですか?」
「寵愛子ってなんですか?」
職員室にいた教師が言っていた言葉だ。
明日葉の名前でもないのに、明日葉は否定もしていなかったし、きっと、明日葉を指す言葉に違いはない。
けれど、あの時の声は、村の大人に囲まれ”モンスター”と叫んばれた、大人たちの声に似ていたような気がした。