05
明日葉と別れてから、まだ五分も経っていない。
だが、職員室から出てくる教師たちは、ボクの事を見ては、動揺した表情で見つめて、通り過ぎていく。
「カーフ、お待たせぇぇえ? なにそれうらやましい」
戻ってきた明日葉も、ボクの姿を見ては、驚いた様子で言葉を零していた。
「次、俺ー! 天井タッチするー!」
「ダメー俺の番だもん」
「コラ、暴れちゃダメだよ。順番にね。アスハ、ごめん。ちょっと待って」
職員室の外で待ち始めてすぐの事、休み時間だという、先程の子供たちがやってきたのだ。
また彼らと話しながら、体に触れたり、よじ登ろうとする彼らを、肩車したりして、遊んでいた。
涼介たちとも、同じように遊んだことは多くあったし、肩車や抱えてあげたりすれば、嬉しそうにしている。
少し言い争うこともあるけど、ちゃんと順番だと言えば、なんとなく列を作ってくれるし、いい子たちだ。
明日葉も並んでいるのは、気になるけど。
「次、姉ちゃんの番」
「よし。天井タッチすればいいのね」
「え゛、やるの?」
「やらないの?」
「うん」
「えー……」
むしろ、なんでやる気満々なの。
休み時間が終わる子供たちを見送ってから、召喚を担当している教師が、授業をしているという中庭へ向かった。
結果は、残念なものだったが。
授業を邪魔しないように、後ろの方で静かに見学しながら、様子を伺おうとしたが、カーフの体の大きさもあり、すぐに教師と目が合い、怯えた顔をされた。
「困った……召喚専門の先生でも、わからないってなると、本格的に図書館で調べることになるぞ……?」
誰かに聞いて、カーフの種族が分かれば、それで終わりだし、当たりでもつけば、調べる手間が少し減る。
だが、今のところ、ゴーレム以上の引っ掛かりがどこにもない。
なのに、一番手ごたえがありそうな召喚士は、授業中だからという理由をひたすら述べて、追い返されてしまった。
「…………」
「カーフ?」
困ったように唸る明日葉が、ボクが足を止めるとすぐに、不思議そうな表情で、足を止めて振り返る。
「ボク、外で待ってるよ」
「一緒に行こうよ。というか、私、本で調べ物とか苦手だから、カーフも来て」
「でも……ボクがいると、みんな、怖がっちゃうよ」
訓練所に来てから、遠巻きに感じた大人たちから向けられる恐怖の視線。
人からすれば、モンスターは恐怖の対象で、近くに現れて欲しくないものなんだ。
前と同じように、声をかけて、遊んでくれる子供たちがいたし、明日葉もいたから、気にしないようにしていたけど、これでは前と同じだ。
ボクのせいで、また、誰かが傷つくことになる。
「別に、カーフのことは怖がってないよ。私がいるから、びっくりしてるだけ」
「普通、人の顔を見て、怖がらないよ」
ボクたちが声をかけた人が、軒並み、小さな悲鳴を上げて、肩を震わせていたのは、全部モンスターのボクがいたからだ。
”違う”なんて、そんな優しい嘘なんて必要ない。
「……”普通”ならね」
でも、淡々と否定した明日葉は、少しだけ嫌そうに視線を逸らして、吐き捨てるように言葉を続けた。
「昔は、その、力の制御がもっと下手だったから……その、色々、あって、さ……」
言い訳をするように、徐々に声が小さくなっていく明日葉。
あの明日葉が、ここまで言い辛そうにしているのだから、それはもう酷かったのだろう。
ダンジョンの床を、破壊できるような力がある明日葉が、わりと本当に反省していそうな反応をするほどの被害。
「それは、ちょっと怖いかも……」
うん。普通に怖い。
平気で、もぎ取った腕を”持ってきた”と豪語していた性格の明日葉が、こんなにばつの悪そうな顔をしてるなんて、相当の事態だったはずだ。
それはもう、教師からすれば、元凶の顔を見れば、悲鳴を上げたくなるような。
「ぅ゛……だからぁ、カーフなんて、大きいだけだし、別に大丈夫だしぃ……」
あまりに小声で、聞き取りづらい言葉を吐き捨てる明日葉に、少しだけ頬が緩む。
「そっか。じゃあ、ボクもモンスターだし、怖がられてるから」
拗ねた子供のような明日葉に手を伸ばし、肩へ持ち上げて、見上げる。
「同じだね」
そう笑いかければ、俯いていた明日葉は、少しだけ驚いたように目を見開くと、すぐに脱力したように笑った。