01
「というわけで、使い魔契約をします」
寝起きの乱れた髪のまま、そう宣言した明日葉は、すぐに瞼を重たそうにすると、ボクの体へ寄り掛かった。
その瞼は、すっかり落ちている。
「キミ、さては、朝、苦手だな?」
起きろーと肩を揺すっても、顔をボクの体に埋めて、起きる様子はない。
昨夜、涼介たちと別れて、大きな施設に連れてこられたものの、正直、ほとんど何もわかっていない。
辛うじてわかるのは、ここが、軍部の施設で、明日葉の部屋だと言うことくらい。
明日葉は、疲れたとさっさと寝てしまったし、ボクも同じように疲れ切っていて、話を聞く気力もなかった。
「…………」
話を聞くにも、断固として起きようとしない、ボクの体に顔を埋めている明日葉が起きないことには、始まらない。
どうしたものかと悩んでいると、明日葉の服の中から、何か音が鳴り始める。
「う゛ぅ゛ぅ゛…………」
すごく嫌そうな唸り声を上げてはいるが、ようやく、明日葉は、ボクの体から顔を上げた。
「それで、使い魔契約って?」
「カーフを、私の使い魔として、登録するんだよ。召喚をして契約ってことが多いんだけど、召喚じゃないパターンもあるから、そういう時は書類の登録だけなんだって」
「それが、昨日言ってた”相棒”、ってこと?」
「うん」
昨日、ボクは、このまま殺されると思った。
涼介たちは助けられたし、モンスターのボクがいたから、彼らも巻き込んでしまったのだ。
だから、それでいいと思った。
でも、明日葉は、最後までボクを放さないでいてくれた。
「おはようございまーす」
「お、おはようございます」
『第八部隊』と書かれた部屋へ、明日葉の後に続いて入れば、そこには、大人の女性と男性がいた。
「おはようございます。明日葉さん。あら、そちらの方が、例のモンスターですね」
「はよーっす。マジで連れてきたな……」
女性は笑顔を崩さず、男性はいかにも面倒という表情で、ボクの方を見た。
「そう。カーフ」
「高倉 炎歌です。よろしくお願い致します」
「カーフです。よろしくお願いします」
ボクを見上げる炎歌に、小さく頭を動かせば、今度は、椅子に座っていた男性が、手を振ってきた。
「生身では、ほぼお初だな。世々継 近江だ。よろしく」
「生身では……?」
そう言われて、すぐに思い至るのは、携帯の向こうの彼。
確かに、声も似ている。
「あぁ! あの時は、色々ありがとう!」
「あぁ、いいよ。いつものことだ」
疲れたように、視線を明後日の方向へやる近江に、ボクも困ってしまう。
明日葉と知り合って、一日程度だが、気持ちに少し想像がついてしまった。
「それで、炎歌ちゃん。使い魔契約の書類って」
「こちらです。細かい部分は代筆しておきましたので、あとは種族と出身地、名前を記載して頂けますか?」
炎歌が差し出してきた書類を受け取ると、明日葉は書類の空いている部分を書いていくが、ふと顔を上げて、こちらを見てきた。
「カーフ、ゴーレム……出身地……出身地……?」
「出身地……? 村の外れの森だけど……」
ボクの記憶にあるのは、あの森だけだ。
あの森で、涼介たちに出会って、過ごしてきた。
「そこは、だいたいの地域で問題なかったかと」
じゃあ……と、明日葉は、また書類へ視線を落として、ペンを動かし始めた。
「はぁん……? 人に育てられたから、言葉が話せるってことか……」
「普通は話せないの?」
「上位種とか長寿種は違うけどな。大抵のモンスターは、理解して、人間の言葉は話してはないな」
特に、ゴーレムは、声帯そのものが発達していない種も多く、ボクがこうして流暢に話しているのも、子供たちとのコミュニケーションを取るためだった可能性があるという。
思い返してみれば、ダンジョンにいた白いモンスターも、雄たけびや悲鳴以外の声は発していなかった。
ボクは、モンスターとしても、おかしいらしい。
「書いた!」
「隊長の印鑑は、ここにあるので…………はい。あとは、総務に提出すれば、正式に、使い魔契約完了ですよ」
一番奥にある机から、印鑑を取り出して、記載を終えた書類へ印鑑を押している炎歌。
「ねぇ、アレって……」
「常識人が増えてくれて、助かるよ」
「ダメなんだね……」
まだ会っていないけど、隊長に同情してしまう。
「ここの常識は、マイノリティーだ。ツッコミは諦めろ」
ボクの腕を軽く叩きながら、嫌な事実を告げてくる近江に、つい口端が下がってしまう。
「本当は、私が提出しておきたいところですが、こればかりは、本人が提出する決まりがありますので」
「じゃあ、今から行ってきていい?」
「はいはい……」
「じゃあ、行こう。カーフ」
落ち着く間もなく、書類を手に、部屋を出る明日葉の後ろを追いかけた。