第一部 一章『Abgram』 1節「─深淵を抱いた小国─」
第一部
一章『Abgram』
1節「─深淵を抱いた小国─」
既に大陸を支配する皇帝は無く、有力な王や、かつての爵位を名乗るもの、騎士、貴族といった諸侯らが自治権を主張し小国や領土群の間で紛争が繰り返される「プルメジア大陸」の西方に位置するノルン地方の一角。その北部に位置するアブグラムはヴェーク王が治める小さな国家であった。
ノルンの最北に国土の東西を横断する大渓谷“大いなる深淵”を抱えたその国は、深淵から溢れ出る魔力の影響により不毛の地が広がっており、貧しき国であった。しかしながら、その魔力の恩恵として他の小国より魔術が発展していた為、兼ね(予)てより他国の侵略を辛うじて防げる状態を保っていた。
自国の衰退と急成長の最中にある近隣国アルバフロス教国の台頭を憂いたアブグラムは、新たな領土拡大を狙い近隣諸国と同盟の締結を試み、さらには国土防衛のみならず対象国への侵攻へと乗り出した。しかし他国を侵略、制圧するほどの国力はなく、一進一退の攻防が続く状態に陥り、その戦果は芳しいものとは言えなかった。
時の経過につれ徐々に戦況は悪化、国力もさらに衰退し進退窮まったアブグラムは一縷の望みを託し、それまで滞っていた国家の命題のひとつ“大いなる深淵ウルド渓谷の探査”に王自ら乗り出した。
多量の魔力を蓄えたウルド渓谷。その深淵には「大いなる財宝や奇跡を齎す宝物がある」「かつては栄えた文明が眠っている」といった伝承が古より存在し、多くの謎と伝説がその闇の奥に秘匿されている(とも語られている)。ノルンの地の果てに口を開く深き闇に彼の王ヴェークは形勢逆転の希望を託した。