お試され
クロエは怖かった。
『得体の知れない聖女というのが異界から召喚されたらしい』
王宮の使用人たちはその噂でもちきりだった。
その聖女とやらのお付きにされてしまった。
このごろ体調が良くない時がある。
急な腹痛で動けないことがあるのだ。
異界の聖女の前で粗相したら何をされるのか分かったもんじゃない。
王宮の使用人の給料はいいので病気の母親を抱えたクロエは不調があっても辞められないのだ。
王宮の隣の迎賓館に来るということで異動となって行ってみると、珍しい黒髪黒目の可愛いらしい女の子だった。
大人になりきれてない少女特有の美しさ。
それが輝く白いローブを着て立っている。
聖女のことはよく知らないが確かに神聖な雰囲気が漂う。
ソファで休憩された後に湯浴みをされるのでお世話をする。
(特に文句もなく言われるがままにしてくれる。扱いやすい方だ。)
いつもの調子が出てきた。
その後のお食事のお世話も順調で食後のお茶の最中に食器を下げようとしてやってしまった。
お皿を一枚落として割ってしまったのだ。
(マズイ!)
焦った。緊張が緩んだ隙に必ずやらかす。
慌てて割れた皿を片づけようとして指を切ってしまった。
そのまま何食わぬ顔で作業を続けようとしたが見咎められた。
「メイドさん、ちょっと見せて。」
「聖女様、そんな滅相もない。」
「いいから。悪いけどちょっと試したいのよ。」
(怖い。試す?まさか血を吸われたり…)
聖女様は傷口をジッと見るだけ。
(なんだろう?)
「出来たみたいね。どうかしら?」
その言葉で傷口を見ると無くなっていた。何もない。
「!!!」
(怖い。めっちゃ怖い。
お貴族さまとか偉い人は大金を払って治癒術師に治癒魔法をかけてもらうらしいが、こんな小さな切り傷程度に使うものではないだろう。
何がしたいんだ、この人は。
とりあえず平伏してさっさとこの場から逃れたい。)
「聖女様、ありがとうございます!私のようなものに治癒魔法なんて…」
「いいから立って。平伏なんてしなくていいから。
初めてやってみたのよ。私の方が試させてもらったんだから気にしないで。
あなたお名前は?」
(名前まで聞かれた。もうお終いだ。)
「…クロエと申します。貴族様に名乗るようなものでは…」
「私は神の子だけど貴族ではないわ。私の前で身分は気にしなくていいの。」
「神の子…」
「そう、創造神が私のお父さまなの。」
気が遠くなった。
(ヤバイ、この人ヤバイ。
絶対関わっちゃダメなやつだ。
創造神がお父さま…雲の上過ぎる。)
恐怖から再度平伏すしか出来なかった。
「いいから立って。それでちょっとそこのソファに横なってちょうだい。」
「え…」
「もうちょっと試したいことがあるのよ。協力してちょうだい。クロエさん。」
「はい…」
(まだ私で遊びたいんだ…)
もうドナドナされるしかないだろう。
言われるがままにソファに横になる。
「ああやっぱり。あなた最近時々お腹が痛くなるでしょう?」
(もう許して!)
「どうしてそれを…」
「身体の悪いところを見てるの。取るわよ。」
(もうイミフ過ぎて…)
「盲腸だったのね。破裂する前に診れてよかったわ。」
(お腹が…たぶん治ってる。いや、絶対治った!
神さまだった。この人、神さまだ!)