追悼式
辺境伯邸から現場までは早馬でも2時間かかる。
マユなら瞬時に全員を移動することが出来るのだが控えることにした。
皆が犠牲者を悼む気持ちが大事だと思ったからだ。
小山のようなフェンリルを荷車に載せて運ぶのを騎士たちに任せた。
結果、現場に着いてその場に置いたフェンリルを皆で取り囲んだ時には夕方近く
になっていた。
マユは仰向けたフェンリルの上に立ち心臓の真上にあたる部分の剣を弾く体毛を魔法で抜いてクロエに手渡す。
「カミーユ、こちらへ。」
カミーユを無毛の部分の前に立たせ剣を抜かせる。
「犠牲者に供物を捧げなさい。」
カミーユは涙を浮かべて剣をフェンリルに突き立てる。
ゴポリと血が溢れ出て、怒りで真っ赤に染まったフェンリルの目が光を失う。
「ご苦労さまでした。」
カミーユを下がらせ、祈りを捧げ始めると曇り空の切れ間からの陽光が死したフェンリルの上に降りてきた。
天使の梯子というやつである。
聖女マユが犠牲者ひとりひとりの名を読み上げるごとに何かが天使の梯子を伝って登っていくような気配をその場の全員が感じたという。
祈祷が終了したと同時に小山のようなフェンリルの骸が灰になって散ってしまった。
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マユはフェンリルの体毛を抜く以外には魔法を使っていない。
(やはりお父さまが手伝ったのよね…)
なんとなくノリノリの創造神が脳裏に浮かんだ。
思えば追悼式だけではなく色々とタイミングが良すぎる。
(因果律というのかしら。神さまなら操作出来て当然なのでしょうけれど。)
マユは自分の行動は100%自由意志にもとずいているのは疑いようもないので、それも込みで神の意思ということなら考えても意味がないと割り切った。
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追悼式終了後にクロエに渡していたフェンリルの体毛を頂戴したいと辺境伯に懇願された。
剣を弾く銀色の剛毛が30本ほど。
マユはなんとなくアクセでも作ろうかなんて思っていたのだが。
「何に使われるのですか?」
「この場に御堂を建てて納めておきたいのです。」
びっくりするくらい真っ当な使い道にアクセ計画は頓挫した。
思いついて2本だけ抜きとり、残りを辺境伯に手渡した。
「辺境伯様、よろしくお願いします。」
そして取り置いた1本をカミーユに渡す。
「貴女の願いを創造神様が叶えてくれた証拠よ。大事になさい。」
カミーユは声を上げて泣いた。
残りの1本は帰還後にミレイユ王女に渡した。
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マユは報告を受けた王様と王妃宮の応接室で話す。
「辺境伯領では随分と派手にやったようだな。
騎士600名を癒し魔獣の群れを殲滅して追悼式では神を降ろしたとか。」
「神は降ろしてませんが概ね事実ですね。」
「異常すぎて逆に嘘くさいのが救いか。
これでは魔法とは思われんだろう。聖女殿の使命に支障はないのか。」
「はい。全く。
こちらから全てを与えるつもりはありませんから。
人の子が自ら気づき、求めてこそ世界に変化が生まれるのでしょう。」
「あの魔法で殺しあう時代がくるやもしれんな。世界ごと無くなってしまいそうだ。」
「それはそれでいいのでしょう。お父さまが世界に求めたのは変化のみ。
結果は重要ではないのです。」
「なるほど。今初めて神の恐ろしさを感じたわ。
聖女殿が人であって良かった。」
「分かりませんよ。そうなっても私は積極的に止めることはしないでしょう。」
「ブレないな。しかしそうあるべきだとも思う。
人の子の国は人の子が治めるもの。聖女殿に頼るべきではないのだな。」
「そういうことです。」