名探偵マユ
ミレイユちゃんを見て暗い顔をする子がひとりいるのは初日から気づいていた。
オベール辺境伯の子息のナルシスくん。
オベール辺境伯ー
カミーユから王女の悲劇についての詳細は聞いた。
突然の魔獣の襲撃。
事前にそれを想定して近衛の精鋭の一個小隊を護衛にあてていたというが、その想定を超えた大物だった。
フェンリル。でっかい狼みたいな魔獣だそうだ。
鋭い牙に爪、剣を弾く体毛、敏捷で執拗。
慌てて逃げだしたメイドを瞬殺し呆然として固まる王女の右腕を食いちぎった。
近衛騎士が体制を立て直して応戦するが怯まない。
侍女は王女を止血したのち覆いかぶさって庇った。
直後に爪の一閃で絶命。
近衛騎士が1人ずつノーガードで突っ込みつつの一斉攻撃でようやく相手になる有様。
攻撃するごとに死者1名という持久戦で最後のカミーユが左眼を抉られて最早これまでのところで辺境伯領の騎士の一団が駆けつけてなんとか追い払うことが出来たという。
そのオベール辺境伯領の領主の息子。
「こりゃなんかあるな」と名探偵マユはみていた。
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ある日の放課後になって図書館に用事があるとミレイユちゃんを先に帰したマユは自分とナルシスくんを体育館裏に移動させた。
「な!なんなんだ。どこだここは!?」
「体育館の裏ですよ。オベール様」
「聖女様ですか!これはどういうことですか?」
「あなたは何かを隠していらっしゃる。ミレイユ王女殿下、オベール辺境伯領、どうですか?」
「お、王女の悲劇はみんな知っているだろう。
辺境伯家が騎士への慰問を打診した結果だ。あわせる顔がない。」
「それだけではなさそうです。それならば初日に謝罪すれば済んだはずです。
あれは事故だった。魔獣の出没地域に行くのに相応の準備がなされたが想定を超えてしまった。キッカケはなんであれ警備上の問題でしたでしょう?
辺境伯家の者の気持ちは気持ちとして伝えたらそれで終わったはずですが、あなたはそうはしなかった。何故ですか?」
「ウッ…!」
「私は部外者ですよ。聞いたからといって何をするでもありません。
ミレイユ様とは事件後に友だちになりました。
それ以前のことに関わりがない。どうですか?」
「…わかりました。お話しします。」
………
「なるほど、そういうことでしたか。」
「私はどうすべきでしょうか?」
「えっと、先程も言ったとおり私は部外者ですので「べき」と言われてもよく分かりませんが、そのまま黙っててもいいと思いますよ。」
「え、赦されるのですか?」
「聖女として、神の子として言うならば赦されません。
というか神の視点では人の子の善悪は無意味です。
関係者が判断することとなるでしょう。
ミレイユ様、カミーユ、亡くなった犠牲者の遺族たち。
どうです?震えるでしょう?本当のことなど言えないはずです。
自分だったら言いません。言えないのは辛いですよ。
大きな後悔を抱えたまま生きることになる。
でも、やってしまったものはしようがない。
本当のことを話して心の重荷を下ろしたいですがそれが何になるのか?
辺境伯家が潰れたら辺境の魔獣から誰が国を守るのですか?
善悪よりも政治的な判断が下されるでしょう。
無かったことにされます。
誰もが貴方のしたことを知っていても無かったことになる。
耐えられますか?」
「…無理です。」
「そういうことです。
ついでに言っておきますがミレイユ様を貴方が娶ることはオススメしません。
愛する妻を見るたびに罪悪感で気が狂いそうになる。
そのうち傷付けることになるでしょう。ダメだと分かっていても止められない。
人の気持ちは複雑です。」
「肝に銘じます。」
「聞き届けていただきありがとうございます。
さて、ひとつお願いがあります。
私は近々社交界にお披露目されますので政治的な活動も多少は出来るようになります。
そこで私を辺境伯領に招いてください。
聖女として悲劇の現場で犠牲者を弔いたいと思います。
そうですね王家と辺境伯家からの依頼ということにするといいかもしれませんね。」
「それはこちらからもお願いしたいです。父に話しておきます。
声をかけていただきありがとうございました。
これで前に進めそうです。」
「それはよかった。クラスメイトですからね。
これからの学生生活を楽しみましょう。」
聖女マユは魔獣の存在を知ってから思っていたのだ。
「ひと狩り行きたいぜ!」