目が覚めると…
朝…ん?朝なのか?
肌寒さに目覚めると硬い床に直に寝ていたようで体が強張って痛む。
見覚えのないゴツゴツした剥き出しの石の床にピンク色のモコモコのルームウェアが似合ってない。
しかも薄暗い…
(って、なんか燃してない?!)
脂の焼ける嫌な匂いにチラチラ揺れる不安定な灯…
(松明かな?)
だだっ広い空間の真ん中に身体を起こした自分を急速に認識するとようやく周囲の状況が見えてきた。
結構離れた大広間の壁に等間隔で松明が設置されており、窓はないがひとつの壁に大きな扉があり、今は閉じた状態だ。
自分を中心とした床のぐるりに複雑な幾何学模様が彫り込まれている。
それを遠巻きに囲む人たち。
(中世ヨーロッパのお貴族さまっぽい…なんてテンプレなの!)
たぶん異世界転移。
(私、召喚されたんだね。)
大扉の反対側の中央の金髪に青い瞳の人物が話しだす。
上座にいるいちばん偉い人、たぶん王様。
「おお!これが異界の聖女か!」
(普通に聞こえるけどコイツが日本語を話すとかないだろうから、私が異世界語を理解してるってことよね。)
王様の左隣のローブを纏い杖を持った白髪白髯グレイの瞳のお爺さんが応える。
魔法使い?神官?
「そのように見受けられますな。黒髪黒目、伝承の通りの姿に珍奇な服装。異界の者に間違いはござらんでしょう。」
重役連中から少し離れたところの空気の読めなさそうな肥ったオッサンが舌舐めずりしながら嘲るように言う。
「見目は良いようだが、脚なぞ晒しおってまるで娼婦のようじゃないか。」
「…」
(なんで静まりかえるかな…しかたない。)
「ハア?いきなり寝てるところを勝手に連れて来られたようなんですけど?!
これは寝着ですよ。
淑女の寝込みを襲ってそのまま衆目に晒すのがこちらの紳士の行いなのですか?
それを好色な輩に辱めを受けさせるがままにされるとは。
なんて野蛮な国なのでしょう。」
「これは申し訳ない。誰かマントをかけてやれ。
それとバリエ伯爵は無礼を謝罪するように。」
さすがに王様は対応が早い。
ひとりの騎士が羽織っていたマントをソッとかけてくれた。
デブの伯爵は乳臭い小娘の思いもよらぬ反撃に憤怒で顔を真っ赤に染めていたが王様からの謝罪の指示に真っ青になった。
「こ、これは大変失礼いたしました、聖女さま。無礼をお許しください。」
「謝罪は受けとりました、伯爵さま。ところで聖女とはなんでしょうか?」
デブ伯ではなく神官(仮)が応えた。
「千年前からの言い伝えですじゃ。
ここ千年宮を造られた初代王が千年後にこの召喚の間にて儀式を行い異界より聖女さまをお迎えしろと。
聖女さまがなにをなされるのかは知らされておらんのです。」
「えー!よく分からないままに私召喚されちゃったってことですか…」
「さよう。
召喚された聖女さまが道を示されるものと考えられていたのじゃが、そうではなかったようだの。」
王様があとを引きとるかたちで話だす。
「そこで其方の処遇についてなのだが…」
「ちょっと待ってください。
特に使命がないってことなので、このまま帰してもらっていいですよね?
私、明日、いやもう今日かもしれない、が、初デートなんです。
人生初ですよ!
このまま連絡もとれないんじゃ、付き合う前にフラれちゃうじゃないですか!
いきなりの黒星スタートなんて絶対嫌なんです。お願いします。帰してください!」
王様の話を遮るのはとても不敬なことだったが、突然の乙女心の炸裂に誰も非難の声を上げられなかった。
「残念だが帰すことは出来んのだ。帰す方法がない。
この召喚の魔法陣すら誰も解読出来ない。
この千年の間、この部屋は閉ざされていたから研究もこれからというところだが。」
「…」
(やっぱりそうか…)