「ただの村長に城代とか無理だから!」
どんな話でも聞かなければいけない。
それが愚痴聞き屋の仕事である。戦国時代の三英傑の一人豊臣秀吉が最も信頼を置き、政務を任せた男・石田三成。
その三成の父親である正継さんはため息を漏らして、
「そもそも私はここより北の坂田郡石田村という村の村長でした。一応は土豪と呼ばれる田舎武士ではありましたが、ほとんど農民と変わらないような生活を送り、賊が侵入して来ない限りは刀を持つこともないような暮らしでした。
三成がまだ佐吉と呼ばれてた茶坊主の時に秀吉様と出会い、取り立てて頂きました。
この時点では、まだ私や正澄の生活に変化はありませんでしたが、三成が出世し領地を頂けるまでになると外聞もあり我らも正式な武士として三成を支えなければいけなくなりました。
朝起きて田畑を耕していたのが、城に住んで武士らしい事をしろと言われるようになりました。」
「三成様に農業をやりたいとは、言われなかったのですか?
収穫物が多い方がこの時代では得する事が多いと思うのですが?」
僕が質問する。愚痴聞き屋はあまり自分から問いをする事はない。相手が話したい事を引き出すための一つのテクニックとして、『話しに興味がある』事や質問に対する答えを考えるなかで整理ができて話したかった内容を吐き出せるようにする目的もある。正継さんは
「生活の変化については相談したが、三成は頭が固いので『武士はこうあるべき』といった理想を我々にも求めてくる。
ゆえに武士が農民のように暮らすべきではないと言われてしまった。武士と農民を分ける政策をとっている三成からすれば、自分の親がまさに農民と武士の境界をないがしろにするような事はさせられないと思ったのだろう。」
「なるほど、刀狩りや太閤検地ですね。
学生の頃に勉強しましたね。」
「武士は武士としての仕事をし、農民は農業に専念する。
悪い事ではないですし、何より働き手を戦にとられないというのは嬉しいことです。
農業は重労働なので一人でも人手がとられないというのは良い事です。
分業でお互いを支えあえるというのは良い事ですね。
でも、自分がやりたい事をできなくなってしまうというのも寂しいですね。」
「正直に教えてほしいのですが、三成様に文句を言えるなら言いたい事ってありますか?」
「正直向いてないですね。
城代として武士の仕事をするのも頑張ってはいるのですが、やはり私は村長でしかないなと感じます。
多くの人の上に立つような仕事よりも村人たちの話を聞いて解決してるくらいが似合ってるんですよ。」
「つまり、ただの村長に城代とかむりだからって感じですか?」
「なるほど大谷殿の時代ではそんな風に言われるんですね。
では、そういう事になるでしょう。
私では言えないような事も形にして頂けると嬉しい物ですね。
できれば、今後も大谷殿の時代の言葉を教えてもらえれば、我々の時代の者では理解できない言葉で愚痴を言えるようになるかもしれませんのでお願いしてもいいでしょうか?」
「承知いたしました。できるだけ難解な言葉を教えられるように事らも準備させて頂きます。」
「ありがとうございます。
では、今日はこの辺で終わりましょう。
正澄、正澄。お客様のお帰りだ。」
正継さんは大きな声で正澄さんを呼んでくれた。