「戦という名の罪」
時は1600年5月。
関ヶ原の戦いの5ヶ月前の出来事でした。
僕は石田正継という戦国武将の愚痴を聞くためにタイムスリップをしている特別な人間です。
と、自己紹介することなんてできるわけもない。
なぜらならこんな話を信じてくれる人がそもそも限られてくるからだ。当然、自分が当事者でなければ僕も信じなかっただろう。
僕は現代には存在しない佐和山城の廊下を歩きながら、こんなことを考えていた。歩くだけで何もする事のない長い廊下を進むのに暇潰しにあれこれと考えてしまう。
暇な時間に漫画を読んだりゲームしたり携帯をいじるように僕は自分の頭の中で完結する『考え事』をしていたのだ。
正継さんの目の前に座ると、少し元気のない顔の正継さんが
「大谷さんの時代にも戦というのはありますか?」
「残念ながら国同士の争いというのは失くなってませんね。」
僕が言うと正継さんは悲しそうに
「時代が進み、いくつもの悲劇を見ても人は学ばす争い続けるということですか。例えば信長公が我らと共に戦い多くの死者を出した戦がいくつもありましたが、信長公は天下を平和にする事は最後までできませんでした。
なら、信長公の戦で死んだ者達は一体なんの意味があったのでしょうかね。平和の礎となれれば最低な話ですが意味としてはこじつけられるでしょう。でも、彼らにはそれがない。
人が産まれ死ぬのは条理ですが、死ぬまでの過程は人それぞれでなければならないし、誰かによって強制的に死という結末を向かえるのは間違っているのではないかと思います。
戦はただの虐殺であり、その勝利があったとしても勝利に意味を見いだすのは武将や武士階級だけです。
前線で戦いを強要されている者達からすれば迷惑でしかない。
大谷さんの時代から見たときに我々の時代を戦国時代と呼ぶようですが、戦の先にはきっとよい未来など来ないと思います。
勝った者には敗者からの恨みや嫉妬が残り、敗者には責任と汚名が残る。勝負の先には何一つ良いものなど残らないのです。
人が死なない争い方というのを大谷さんの時代には作って欲しいですね。」
「本当にそうですね。」
「戦とは罪ですよ。
高い地位の者が自分達の勝手な思いや欲望を満たすために行い無関係な者達が死んでいく。南蛮の方では決闘という名の一騎討ちで物事を決めていた時もあったとか。
望む者のみ同士で決着するような争いの解決方法を作って欲しい、そして関係のない者が死なない世界というのを作って欲しいですね。まぁ、我々の時代では無理ですけど。」
正継さんは心の底から思っているのだろう。
もうすぐ自分が死ぬ戦が始まろうとしている中で正継さんは自分の死よりも多くの死者がでる合戦という者に対して悲観しているように見えた。