「いざ、戦国時代出張へ」
20××年 滋賀県彦根市内某所喫茶店
「それでね、うちの旦那がさ~・・・・・・」
「そうなんですか。へぇ~それから?」
「でね~・・・・・・」
十分後
「まぁ、これくらいかしらね、
今日は聞いてくれてありがとう。」
「いえ、これが仕事ですから。」
「じゃあまたお願いするわ。」
50代の少しポッチャリとした女性は、僕への料金と喫茶店の伝票を持って去っていった。
僕の仕事は簡単に言えば愚痴聞き屋である。
老若男女とわずに愚痴を聞くのが仕事で、そんな愚痴の中から本当にヤバい話があれば警察や関係機関への連絡もする事があるが、基本的には完全に情報を秘匿する事で成り立っている。
例えば家庭内暴力を受けているやストーカーされてるなんて話をする人は少なからず表だって助けを求められない人だからだ。
そこら辺は探偵なども使って本当にヤバいようなら通報するし、時にはほぼ半グレなんじゃないかって奴らの手を借りて、被害者を助けたりもする。
その辺のなぞの繋がりがあるのがうちの社長な訳だが、悪い人じゃないし反社勢力の人ではない。
最近ならストーカーをしていたクズがボコボコにされて警察に助けを求めたなんて事があったが、この事件の裏にもうちの社長が絡んでいるのは間違いない。
『彦根カルチャーストーリー』という名前の会社で清掃業や愚痴聞き屋のような何でも屋をしている会社で僕、大谷春継は何でも屋部門の中の愚痴聞きを担当している。
かつては運送業にも手を出していたらしいが所有するトラックが高校生と接触事故を起こしたことをきっかけにその事業からは手を引いたようだ。
決して悪い人ではない社長の笑田は実に胡散臭い男である。
見た目は普通だがいつもニコニコしている所が逆に怪しい。ただ本人にこんな事を言うのは怖くてできない。そして笑田社長の怖い所は監視されているのではないかと思うほど嫌なタイミングで電話が来ることだ。そして今僕のスマフォが鳴った。表示を見てある意味で興味をそそられた、社長だ。
「はい、大谷です。」
「お疲れ様、今日はこの後は帰社して報告書まとめだけだったよね?」
「そのようになってますね。何か新規の案件ですか?」
「いやー話が早くて助かるよ。
実はちょっと偉い人の愚痴を定期的に聞いてほしいって依頼でね。
特殊な案件だから大谷君に任せたいと思ってね。
今から向かってくれるかな?」
「どちらに向かえばいいですか?」
「ああ、いいね。
無駄にぐちぐち文句を言う人もいて困ってるんだけど、大谷君はそういうのがないからいいよ。
さっき出たばかりの喫茶店に戻って『まさずみ』さんって人を待ってくれるかな。」
「珍しいですね、依頼人の人が名前を言うなんてことあまりなかったですよね?」
「今回は特殊だし、その人は偉い人の関係者だから。
合流後は移動する事になると思うから、さっきの案件に関するレポートは適当にまとめてメールで僕に送っといてくれていいから。」
正直珍しかった。社長はどんなくだらないと思う愚痴に対しても真摯な態度で向き合えといつも言っていたから『適当に』なんて言われるとは思わなかった。それほど重要な案件なのだろう。
「了解しました。」
深く聞いてはいけない気がしたので答えて先ほど出た喫茶店に戻った。
待つこと数分後・・・・
背は高くないが体格のいい男が現れた。
「どうも、まさずみと申します。
笑田氏からお話をお聞きしましたが、あなたは職務上知りえた内容は決して誰にも言わないというのは確かですか?」
「はい、お客様の抱える不満や心労を軽くするためにお話を伺うのが私の役割ですので、どのような秘密でも決して外には漏らしません。」
『まさずみ』と名乗った男は僕を品定めするような目で見てから、
「それでは移動しましょうか。」
まさずみに促され、僕は喫茶店を出てタクシーに乗った。タクシーに乗っている間、まさずみさんは一言もしゃべらなかった。国道八号線を走り、佐和山トンネルの近くでタクシーを降りると近くの建物に案内された。そこで用意された服に着替えると着物だった。着方のわからない所をまさずみさんにやってもらい着れた。まさずみさんは僕よりも立派な着物を着て腰に刀のようなものを差している。
僕はだんだんと訳が分からなくなり、
「あの~この格好は何ですか?
その腰のものもあまり良くないのではないかと思うのですが?」
まさずみさんは頭にかぶっていた帽子をとった。頭頂部が刈り上げられた月代にまげが結われている。
着物に刀も合わさって一見すると戦国時代の武士を連想させる。まさずみさんが
「ここまでくればいいでしょう。
私の名は石田正澄と申す者で、あなたがわかるような暦の言い方をするならば1596年から来ています。
そしてあなたにも私の来た時代に共に行っていただき、ある方の話を聞いて頂きたいのです。」
「えっ?1596年って戦国時代じゃないですか?えっ?タイムスリップしてきたとかいうドッキリですか?」
僕は慌てふためいた。まあ何かのドッキリでなければこんな話はありえないだろう。そう思っていると正澄さんが僕の手にお札を渡してきた。
「それをもって、ついてきてください。」
そういうと佐和山トンネルの歩道の方に歩き出した。彦根市街から鳥居本の方に抜ける佐和山トンネルは結構長いトンネルだ。何度か通ったことはあるが車で走っても一分くらいで抜けれるトンネルだし、普段と変わった様子はないように見える。でも、いざ佐和山トンネルの入り口に立つとトンネルの先がはるか遠くに感じるほどになっている。
正澄さんに促されて歩を進めると10分くらい歩いてもトンネルを抜ける事ができない。
そして、トンネルの出口に近づくほどコンクリートで舗装された道はなくなり出し土の道が続きだした。
そしてやっとトンネルを抜けるとそこは目の前に大きなお城がそびえ立つ洞穴の出口となっていた。
「ようこそ、1596年の佐和山城へ」
正澄さんが笑顔でそう言っている。僕は周囲を見渡しドッキリでない事を悟る。正澄さんが
「あなたには私の父、石田隠岐守正継の話を聞いて頂きます。」
「えっ、ええええええええええええっ!?」
僕の戦国時代出張がこの時から始まった。