ムギとひが、そのに。
「ほーむぎ、ほーむぎ」
あ、どうも、比嘉です。
夏休みも終わりを迎え、久々に学校に行った穂麦はえらいご機嫌なようで。
このとおりなんと歌を歌ってるのです。
この曲はあれだな。あのお猿さんの曲だな。だがどう考えても替え歌だ。まあ聴いてみよう。
「ほーむぎ、ほーむぎ」
んでこの後に『お猿さんだよー』と続……
「お人間だよー」
かない! 『お人間』って! いやそうなるかもしれないけどさ。
「ほーむぎ、ほぉむぎっ!」
力強い歌い方だな。
「おめめはどっちかって言うと丸いー」
語呂が全く合ってませんな。
「ほむぎっ、ほむぎっ! ほむぎぃ、ほむぎっ!」
力強すぎて顔が怖いぞ。
「しーっぽはぁ……ない!」
はい知ってます。
「ほーむぎ、ほーむぎっ!」
ついにラストだ。
「おさーる……あっ、お人間だぁよー」
ぐだくだだ。とてつもなく。
「ふぅ。歌った歌ったー」
「歌というかなんかの呪文みたいだったぞ」
「ジュゴン!?」
「じゅ・も・ん!」
「なぁんだ……」
なんか知らんがめちゃくちゃ落ち込んでる。僕そんなに悪いこと言った?
なんかえらいテンションの上下が激しいな……
『ピンポーン』
と、その時、インターホンが鳴った。
ちょっと説明しておくと、僕は一人暮らしをしていて――まあ今は二人だけど――割と良い感じのマンションに住んでいる。親のすねかじり万歳である。
そんでまあ割と良い感じのマンションなので、セキュリティも良い感じなのだ。だから、エントランスにはちゃんとマンションの住人が開閉ボタンを押すか、ドアを開くための番号を入力してからボタンを押すかしないと開かないようになっている自動ドアがあるのだ。
そんでこのインターホンはそのエントランスから部屋番号を押した時にそこの住人に誰かが訪ねてきたことを教えるためのものなのだ。
はい、説明終わり。
まあつまり誰か来たってことだな。
僕はゆっくりと画面を見て訪問者の顔を見た。
――!
久々に見る顔だった。
僕はすぐにエントランスに繋がる音声の受話器を取った。
「久しぶりだな。どした?」
「いや、あの、たまたま近くを通ったから……」
「そか。まあ入れよ」
そう言って僕は開閉ボタンを押した。
「ひが兄! 誰か来たのか!?」
「ん? ああ、僕のちっこい頃からのともだ――」
『りんどーん』
あ、ちなみにこれは各部屋に設置されたインターホンの音ね。
ってか早っ! ここ7階なのに、エレベーターないのに早っ!
「うちが出てくるー!」
「おお」
ん? あれ? あいつにムギがいること言ってたっけ?
「うぎゃあああぁぁ!」
「うおおぉぉ!」
……ミスった。
ドタドタと2つの足音が廊下を走るのが聞こえてきた。
「ひ、ひ、ひがひがひが兄! 女だ! 女が攻めてきた!」
攻めてきたってオイ。
「ひ、ひーちゃん! 誰この子!? まさか娘!? 息子!? 姪兄祖母従妹鳩子!?」
……やかましい。実にやかましい。
「ムギ、そいつは僕の昔からの友達の紗季だ。んで紗季、コイツは僕の義理の妹になってしまった穂麦だ」
「昔からの友達って……おっさん馴染みみたいなもんか!?」
「義理の妹って何!? なんで突然そんなの出来たの!?」
あーだこーだとわめく二人。まあこうなるだろうとは思ってたけど。
「おっさん馴染みじゃなくて幼なじみ、な。んでムギは母さんが拾ってきた」
「おっさん馴染みはオサナ・ジミーなのか!」
「拾ってきたって猫じゃあるまじろ! ……あっ、あるまいし!」
もう何なのこの二人。バカなの? そう、バカなの。
「はい、二人とも黙れ」
「いやでもジミーさんが」
「黙れ」
「でもねアルマジロって」
「黙れ」
「…………」
「…………」
よし、黙ったな。
「はい、じゃあ二人とも、自己紹介しようか」
「それじゃ、年上の私からね」
うん、切り替え早い。
「えっと、私は愛敬 紗季。性別は見ての通り女性。性格は――」
「天然」
「天然って言うなー! 私はちょっとあわてんぼさんなだけ!」
あわてんぼさんって……中学生の口から出る言葉か?
「えっと、それで、年齢は14歳華の中学2年生! 趣味はテニスで特技は家事全般! 将来の夢はぁー……えっとぉ、素敵なお嫁さんになること、かなっ。キャッ、言っちゃった!」
『キャッ』じゃねーよ。
「はい、じゃあ次ー」
「ええ!? 無視!?」
はい無視無視。
「名前は、穂麦だ! 性別はー……何だ!?」
「女だろ」
「なんでわかる!?」
「いや……そりゃ見た感じで」
「それじゃわかんない! どうやって見分けんの!?」
「えっとなあ……こればっかりは紗季にパス」
「ええ!? えっと……そ、それはぁ」
顔を赤くしてこっちチラチラ見るのやめてくれませんか紗季さん。
「大人になったらわかるの!」
おお、大人の理屈だ!
「そうかー。早く大人になりたくなったぞ!」
「そりゃあ良かった」
「そんでな、年は……いくつだ!?」
「ななー」
「趣味は……なんだ!?」
「食べることじゃねぇの?」
「特技は……なんだ!?」
「紙飛行機作るの上手いよな、ムギ」
「将来の夢は……なんだ!?」
「怪獣になるんだろ」
「それだそれだ! さき、うちはこんな方だ!」
「……ほとんど他己紹介だったような」
ほとんどってか完璧にだよね。しかも最後自分で自分のことを『こんな方だ』って言っちゃったしね。
「というわけだ。ま、ゆっくりしてけよ紗季。僕テキトーに飲み物と菓子取ってくるから」
「あっ、ありがと! ひーちゃん!」
…………。
僕はそこで足を止める。
「あのさぁ、紗季」
「なになに!? 何でも言ってよ何でもかんていだ――」
「『ひーちゃん』って呼ぶの、やめない?」
思わずボケを遮って言ってしまったが、それを聞いて紗季は固まってしまっている。
「え? なんで!? ひーちゃんはいつまでもひーちゃんなのにっ!」
「いや、だって僕ももう大学生だし、子供じゃないんだからさ」
「でもひーちゃんはひーちゃんのままじゃん! なんで嫌なの!? 私のこと嫌いになったの!? うわーん!」
「えっ、ちょっと、紗季……」
「な、な」
「え、なんだよムギ」
「ひーちゃんだろ?」
「え?」
「ひーちゃんだろ?」
「いや、あの」
「ひーちゃんだろ?」
「……はいそうです」
そう言うとたったーとムギは紗季のもとへと駆けていった。
「ひが兄はひーちゃんだって!」
「やったぁ♪」
切り替え早っ! やっぱり切り替え早っ!
はぁ……もう付き合いきれん。茶菓子と飲み物を取りに行こう。
「あれ? この辺にあったと思ってたんだけど……」
と、僕が茶菓子を探して漁っていると、二人の会話が聞こえてきた。
「すごい、はくしょんの演技だったな! さき!」
「はくしん、でしょー。それに演技って言っちゃっダメでしょ! ひーちゃんに聞こえたら……」
「でもあの泣き真似はノーベル賞ものだ!」
「えへへ……そうかな……」
「うむ! ライト兄弟と親友になれるぞ!」
「えへ、そう? でもひーちゃんには言っちゃダメだからね。ひーちゃんすぐ怒るから」
「そうかー。でもそこにひが兄いるんだ」
「え?」
こっそり、ってか結構普通に近づいたんだけど、全く気づいてない様子の紗季の後ろで僕はにっこり笑顔で立っていた。
「あは、あははは……」
「ははははは」
「おお! 二人とも楽しそうだな!」
「う……うん! 笑顔がいちば」
「泣き真似ってどういうこったぁぁぁ!」
「うぎゃあああぁぁ!」
「どうしたひが兄! 楽しそうな! うちも叫ぶぞ! うおおぉぉ!」
逃げる紗季を僕が追いかける。そしてそれを見て意味もなくムギが叫ぶ。
そんな感じで今日もやかましく過ぎていきましたとさ。
読んでいただき、ありがとうございました!
『ムギとひが。』の続編でしたが、どうだったでしょうか……?
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