立ち入り禁止
それはそれは昔のこと。
「歌を歌おう。この宇宙の中で」
とあるカエルがふわふわと浮びながら黒い宇宙で呟きました。
宇宙に星はなかったけど、代わりにたんぽぽが生えていました。とても黄色く青い花です。
「歌だけでは物足りないな。曲に合わせよう」
カエルは一人が寂しくてそう言いました。
寂しかったから、せめて誰にも埋められないなら、自分でその心の穴を埋めてしまおうと考えるほどにはカエルは自己完結的に達観していたのです。
カエルの頭の中にはだんだんと楽しい情景が生まれていきました。音に溢れた無の世界を瞼の裏に想像するのです。
そうと決まればカエルの行動は早い物でした。
「まずは楽器を作ろう」
宇宙をすいすいと泳いで、一輪一輪タンポポを摘んでいきます。カエルの通った後にたんぽぽはなく、世界に初めて獣道ができました。
カエルはタンポポを集めて茎を撚り合わせていきます。
そして一本の弦にして二本のタンポポの間にピンと張りました。
張り詰めた弦を弾くと奇妙な音が鳴り響きます。
ビヨヨヨーーン
「ははは。変な音の鳴る楽器が出来てしまったな。ギターと名付けよう」
ギターと名付けられたそれをカエルはたくさん沢山作りました。
あらゆるタンポポの間にギターは編まれていき、網のようになりました。
蜘蛛の巣、といってもこの宇宙にまだ蜘蛛は存在しないので幾何学的な模様としてしか存在できないでしょう。それ以上でもそれ以下でもなく。
そのうちギターの網にバンジョーを抱えたメキシコウサギが捕まりました。
「ポロロラン。ポロロラン。なんだこのタンポポの網」
バンジョーを引きながらメキシコウサギはエメラルドの涙をながして悲痛に呻きました。
それが可哀そうで、可愛くて、カエルは食欲をわかせながらも慈悲の心でウサギを救ってやりました。
「これはギターというのだよ。弾くと奇妙な音がする」
「ポロロラン。君はカエルだね。君がぎたーを作ったのかい?」
「あぁ、そうだとも。僕は歌を歌うために曲を作ろうと思うんだ」
「ポロロラン! ポロロラン! それなら僕はピッタリさ! 僕はバンジョーを弾くメキシコウサギ。音楽のことなら僕に任せな」
メキシコウサギとカエルは意気投合して、セッションを始めました。
カエルは作ったギターを踏み鳴らし、ウサギは持っていたバンジョーを音を置き去りにして弾きまくりました。
ポロロラン、ビヨヨヨーーン! ポロロン、ビヨン、ビヨビヨンセ!
不思議なメロディが宇宙に流れ始めて、それに感化されたタンポポたちも首を右に左に揺れています。
「――ポロロラン、まだまだ音が足りないな。仲間を呼んでくる」
ウサギは一区切りしたらば、カエルにそう言ってバンジョーにのってタンポポの獣道を滑っていきました。
しばらくしてウサギはまたバンジョーに乗って道を滑ってきます。戻ってきたようです。
後ろにかぼちゃの馬車を引っ提げて。
カエルの前にかぼちゃの馬車を見せつけたウサギは中から音楽隊として集めてきた仲間たちを呼び出しました。中からぴょーんと三匹の動物が飛び出しました。
「呼ばれた私はジャンジャリン。猫たるジャンジャリンとその一派。音楽団ブレーメン」
青毛と赤毛の入り混じったボルサリーノを被ったカッコいい二足歩行の猫がリコーダーを杖にしてカエルに一礼をかましました。
カエルはその紳士的な振る舞いに感化されて、タンポポの花を友好の証として差し出しました。
「わちゃしはサンタクロース。サンタクロースの帽子を盗みサンタクロースになったロシアの少女。使う楽器はドラムじゃよ。ほっほっほ」
赤い垂れ帽子を被った少女が大きな袋を振り回しながら言いました。振り回された袋は石炭や薬瓶をいくつも吐き出しています。
カエルは彼女にもタンポポを渡しました。
「オオオレレ! 後輩諸君、女と男を抱け! 吾輩はそれを傍目に見てパンを喰う貴族であるぞ! 名をエロス!」
ピンクの蛍光灯がプルプルと振るえながら転がります。貴族の蛍光灯でした。
カエルは彼にタンポポの茎を刺して、友愛の証としました。
「さぁみんな音楽を奏でよう! そしてカエル、君は天使の歌を歌うんだ。大きく無限の巨城を震わすように! あの空からこの宇宙まで広げるように!」
ウサギの宣誓に即興でみんな楽器を手に取って音を響かせます。それはクイーンのライブのように情熱的、あるいはとある国の戴冠式のように荘厳、今までにない画期的な音楽でした。
カエルは歌います。歌は紫色の酒となってどこまでもどこまでも流れていきます。歌声が全てのタンポポが酔いしれてしまいそうなほど完璧だったからです。
紫酒の果て 清流流るる 獣道
タンポポたちは歌の酒に酔って次々川柳を読み出します。深く深く、酩酊して何も考えてないかのように。
サンタの微笑み。星のダイオード。長靴の猫。それぞれの絡み合い。
宇宙はそうして今の世界へと変わっていったのでした。