7話 変わるもの、変わらないもの
ミトは荷物を背負い、会計を済ませてジムから出てくる。そして少し寒くなった夜空を見つめ少しため息をつく。ついたため息は白くなりゆっくりと夜空へと登っていく。
「彼のランはまず間違いなく超高校級であり、一度抜かれればほとんど選手は何も出来ずに置いていかれる」
と、そこで突如として朗読を聞かされる。
「ただ彼の真骨頂はランではなく近接格闘術。一対一で挑めむのは愚策、数人で囲むのだけでは足りない。最悪チーム単位でことに当たらなければただ蹂躙されるだけ。唯一気がかかりだった遠距離からの攻撃もこの夏でしっかりと対策を備えてきた。著者が今最も知って欲しい選手だ」
「……なんのつもりだ?」
「別に。ただ私よりいっぱい書かれていて羨ましいだけ」
記事が映し出されているタブレットをモバイルのスキルである【収納】を使って異空間へと収納する。
それから座っている少し高く作られたレンガの花壇から飛び降りてパンパンと、履いているスカートを軽く叩いて砂埃をはたき落とす。
「そういうお前の方が取材陣きていただろ。それこそ集中して練習が出来ないほどに」
「その大半は君目当てでもあるんだけど。私の助けがあったとはいえ過去にあの暴君から一本取ったこともあるし……最近目立ちまくてるし」
「……お前って結構ねちっこいな」
「さあ、どうかな」
少し惚けたように肩をすくめる。ホントこいつ変わったなと思いながらミトはコウメイのことを見つめる。
ついこの前までは自分のことしか考えておらず協調性のかけらもなかった。そんな彼女のことをミトはかつての自分を見ているようでどこか放って置けなかった。
ただその自分に向けられる感情は強いライバル心そのものでありとても刺々しいものだった。それが今では軽口を叩けるほど心を開けてくれている。
あの時、自分に訓練を施してくれていたオニマルさん達もこういう感じだったのかと思うと少し申し訳なさが込み上げてきて……コウメイの成長に感深いものを感じてしまう。
「何?」
「なんでもない」
「うそ。なんか余計なこと考えてた」
じっと見上げるくる視線にミトは思わず視線を背けてしまう。
「……君って本当に秘密主義。自分のことは全然話してくれない」
「あんまり自分のことを話すのは得意じゃないんだ。それに無駄に目立つのも」
「こんなところで隠れて訓練をするくらい?」
コウメイはミトが出てきた施設を見つめる。ここはミト達が使っているアメダスの機械を縮小したような施設。つまりは周りの被害を出さずにスキルなど使い放題であり環境を好きなように変えられる。
それでもミト達が使っているものと比べると少し性能が落ちるので部員は好んで使おうとはしない。あの人の目を気にし、取材陣から逃げ惑うリンゴウでさえも。
「ああ」
「……昔からこんなことをしてたの?」
「こんなこととは?」
「隠れて訓練」
「いや。中学の時は普通に学校の施設を使ってた。……まあ最後の方は周りから嘲笑われて気持ちいいものではなかったけどな」
「嘲笑われる?」
「お前には言ってなかったか? 中学の時は今のように魔法が使えず、スキルの類はなく、モバイルもすぐに壊れてしまってアメダスの試合どころか練習にも参加させてもらえなかった……と」
と言ってもそれは中学三年生の時の話でありそれ以前は色んなところに顔を出して自分の戦闘スキルを磨いていた。オニマル達に師事などして。
今にして思えば……部活を放ったらかしにして好き勝手やっていたこともあったから周りからはあまりいい気は持たれなかったんだろう。そう感じているので反省はしている。
けど今は違う。今もこうやって一人で訓練はしているがしっかりと周りからの許可は取っている。
周りからはすんなりと許可が降り、サティなんかは「ミト君はうちのエースだから周りに実力を把握されないようにしないと」と前向きだ。本当にありがたい。
「……強いのに?」
「ああ。俺がいたところはそれが全てだった」
それでもなんとかやってこれた……去年までは。だが、去年は驕りと協調性のなさと方向性のなさで負けた、目の前にいるコウメイ達が率いる高校に。
ミトもその試合は見ていたから覚えている。と言ってもその時には部活を辞めており、幼少の頃から毎年欠かさず行っていた会場にも行かず、自室に一人篭ってテレビで見ていた。
あの時にはすでに彼の中にあったアメダスへの情熱は消えており……とても冷めた目していた。
ただし、怒りは自然と沸いていた。
自分を追い出しておきながらこんなにも体たらくな試合をし、孤軍奮闘で頑張っているルイトの横で半ば投げやりになりながら戦っているチームメートの姿を見て。拳を強く握りしめるくらい。
当時の怒りは今でも忘れることは出来ず……あんな思いは二度としたくはないと強く思い今を生きる糧になっている。
(そういえば、あの監督クビになったとボタンが言っていたな。俺にはどうでもいいことだが)
ふと思い出すのはこの前話していたボタンの話。自分に対してあれやこれやと馬鹿にした言い方をしていた監督。
当時は強い怒りを感じていたが今はあまり気にしていない。正直言ってどうでもいい。どこで何をしていようが自分にとって関係ないことであり勝手にしてくれと言ったくらいだ。
その監督だが、案の定好き勝手にしたせいで今年は全国優勝どころか全国まで駒を進めることはできず地方大会で敗退している。
当然ながら過去に類を見ない結果により他方から反感を買い監督の方はクビへとなった。
それから一部の優秀な選手はそのまま上に進学はせず別の学校へと進学するとも噂されているという始末。ちなみにこちらはどこぞの腹黒お嬢様が絡んでいるともっぱらの噂である。
古巣がそんな憂き目に遭っていることなどさほど気にも止めていないミトはコウメイと並んで帰路に着こうとし……襲撃を受ける。
と言っても、物を投げつけられただけである……隣にいるコウメイの方が。
コウメイは自分に向かって投げられてきた飲み物を少し驚きながら右手でキャッチする。
そんな彼女に対し、飲み物を投げつけた人物は瞬く間に彼女へと近づいてきて飛び蹴り、軽くジャンプしてガラ空きとなっている右こめかみ目掛けて蹴りを打ち込もうとする。
「へ〜」
しかしそれはコウメイがモバイルに内蔵されている【障壁】のスキルを使って受け止める。そのことに襲撃者は感心した様子を見せる。
「随分と近接戦闘の方も腕を上げたみたいだな」
「誰?」
「おいおい。去年対戦しておいてそれはねーだろ」
「ごめん。弱い人のことはよく覚えてない」
思ったことを素直に答える。と言っても、さすがいきなり襲撃を受けたから少し毒っ気はなきにしもあらず。
対照的に言われた相手は特に怒った様子は見受けられない。「言うじゃねーか」と軽く返して……距離を取って身を構える。
「なら今度は手加減なしの攻撃をしてやるよ」
「ふーん、まあいいけど。今度は遠慮なしにボコボコにしてあげるから」
互いに罵り合う。一触即発の雰囲気、
「まあ待てよ」
そこに割って入るのは両方のことをよく知っているミトだ。
「こんな街中で本気でやり合うのはさすがにどうかと思うぞ。それにこんなしょうもないことで互いに出場停止になったら元も子もないだろう」
「確かにそう。……それはそうと知り合い?」
「まあそんなところだ。こいつの名はハジで元フォーチュン中学出身で去年の全中ベストポジションの一人にも数えられた奴だ」
「なんだお前、やけに詳しいな。俺のファンか、じゃないと普通にキモいな」
「……覚えていないならそれでもいい」
元同級生でチームメート。なのに相手は覚えていない様子。けどミトはまったく気にした様子はない。
相手は格下のことなど微塵も気にも留めない気分屋で……自分も人のことにはあまり興味も持てず、相手がハジじゃなかったら同級生のことは覚えていないからだ。
「……まあそれはいいとして。こんなところまでやってきていったい何の用だ?」
「挨拶だよ挨拶。今度の試合でお前らを叩き潰すからな」
「気が早いね、まだ準準決勝も終わっていないのに」
「俺たちが雑魚相手に負けるはずもない。それはお前達もだろ」
不遜だけどコウメイの実力は認めている発言。彼は弱い相手には微塵も興味を示さないがそれでも強い相手には一定の敬意を払う。態度は少しデカいが。
「そこで全中の借りは返させてもらう。だから首を洗って待ってろよ」
そう言って軽く手を振ってから何もなかったかのようにその場から去っていく。その背中をミトは見えなくなるまで見つめていた。
「宣戦布告を受けちゃった」
少し戯けたコウメイの言葉を聞きながら。ただそれはあまり感情的な声ではなかったので少し冗談かどうか分かりにくい。
「あんまり油断しないほうがいいぞ。守備はお前と同じ四天のエドマイルほどじゃないけどあいつもなかなかやる。過去にルイトを何回も止めたこともあるくらいだからな」
「……本当に君って彼のことは詳しいね」
「別に。ただ近くで見たことがある」
同じ部員として。練習にも参加出来ず、蚊帳の外からルイトとハジとの攻防を何度となく。楽しげに練習するその姿を羨ましく……。
(いかんな。感情に浸りすぎた。……体を冷やしすぎて風になる前に帰るか)
過去は過去と割り切り、ミトはまだ見ぬ未来へと歩き続ける。
今回の更新はこれくらいにしておきます
次の更新はVSソリューズ戦を書き終えたくらいにします