1話 朝食は襲撃者と共に/幼馴染は世紀末覇者
窓の隙間から入ってくる淡い朝日と心地よい風。部屋の中を安らぎに満たす音楽。そして……こんがりと焼けたベーコンが閉じ込められている目玉焼き。
ドリンクはもちろん神の雫。部屋から持ってきた愛読書を片手で抱えるように持ち、空いている逆手で椅子を引いて座る。朝の穏やかなこのひと時が私の心を落ち着かせる。
「セー君!」
ナイフとフォークを使って目玉焼きとハムを切り口へと運ぶ。うーん、やはり朝食はハムエッグに限る。カリカリのベーコンととろっとろの半熟な目玉焼きの相性は何物にも変え難い。
「セー君!」
朝食を味わいながらも視線は机の上に置いてある情報端末へと向ける。ほーっ、アイゼル先生が新たな新作アルバムを発売したのか。これは買わなくてはいけないな。
「セー君ってば!」
「何回も呼ばなくても聞こえてるわ! この不法侵入者が!」
人が朝のひと時を楽しんでいると言うのにこの天然天才娘は毎回毎回邪魔をしやがって!
しかも何のこだわりかわからないけが毎度の如く二階の窓から侵入しやがって、合鍵渡してる意味ねーじゃねーかよ!
……いかんいかん。俺……いや、私ももう高校生だ。
こんな些細なことで怒ってはいけない。大人の余裕というものを持ち合わせなくてはならず、サティのペースに巻き込まれてはいけない。
そう、この目の前で不機嫌そうに私のことを見ながらハムエッグを食べているのは私の幼馴染であるサティ。
うちの近くにあるエメラルマウンテンという小高い山に住んでいるファルべ家の末っ子だ。
桜色の髪に可愛らしい容姿。テレビでよく見るアイドルや女優よりも可愛らしく綺麗であり、街なんかに出かけるとよくナンパなどをされるほどだ。
だが、彼女本人はまだ恋愛というものには興味がないみたいでそれらを全て断っている。その度に側にいる私が睨まれるのは何故だ?
まあそんなことは今は横に置いておこう。
その彼女の実家であるファルべ家というものはとにかく凄まじい。
当主であるスフィルさんは世界有数の金持ちであの傲慢知己なフェルベン達からも一目置かれており、同時に警戒もされている。
その彼女が何よりもすごいのが、流れている音楽を嬉しそうに鼻歌で歌って勝手に歌詞を変えているサティ、その彼女を含む子供を十三人も産んだことだ。
しかもその子供達も凄くそれぞれの分野で天才的な才能を発揮している。この目の前でノリノリで踊っているサティも例外ではない。俺は彼女以上に多彩な人間は見たことはない。
……と言うかテメー、何人の家を自分の部屋みたいに扱ってやがる。俺の朝食を許可なしに食い、あまつさえかけていた音楽も勝手に変えやがって。
しかも、なんだかんだでいい曲だから余計癪に触る。ホント、誰だこいつをこんなに甘やかして育てたのは。
「ハムエッグは美味しかったか?」
「もちろん。腕を上げたねセー君!」
「……もう一ついるか?」
「いる!」
そこまで笑顔で元気のいい返事を返されたら……仕方ない、また腕によりをかけて作ってやるか。まだ学校まで時間もあることだし。そう思いながらゆっくりと席から立ち上がりキッチンへと向かっていく。
「ところで、どう? メーリーちゃんの新曲は? 次兄ちゃんに頼んで生歌を入れてもらったんだ」
「確か彼女だって話だったか?」
「そう。九人いる彼女のうちの一人だよ」
サティはサラッと答えるが彼女が九人もいるっていうのは普通ではあり得ないんだけどな……。
あの人、見た目怖くて荒っぽいけどとてもマメで優しいんだよな。そういうところがモテるのか? 私にはさっぱりわからん分野だな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはようございます兄貴! 姉御!」
準備を済まし、予定よりは少し遅れてしまったが大事な入学式にはまだ普通に間に合う。何事も早め早めに動くことは大切だな。
と、思いながら玄関の扉を開けた私達に向かって元気のいい挨拶がかけられる。
その声の主とは身長が私の胸くらいしかなく女性であるサティよりも少し小さい男……ヴィデオだ。
綺麗で真っ白な髪に幼なげな顔立ち。美少年という言葉がよく似合う。何故私の側にはこういう美形が多いのだ。
ただ性格は残念だ。お調子者で自信家。なのに実力が伴っておらず……私達しか懐かなず私達には異常に下手。
ついたあだ名が《噛負け忠犬》。ちなみに噛ませ犬・負け犬・忠犬の三つを合わせた造語である。
私とは正反対の性格をしているが気はとても合う。そして似たような性格をしているサティとは相性バッチリだ。今も挨拶ついでに高速ハイタッチをしている。毎回やっててよく飽きないものだ。
「フー、腕を上げたねヴィデオ君」
「いやいや、さすが姉御です。ついていくのがやっとです」
「フッフッフ、まだまだ若いものには負けるつもりはない。日々精進するんじゃぞ」
同じ歳だろ、お前ら。私はふざけ合っている二人の肩をポンと叩き通学路を歩いていく。
「ふざけている暇があるなら行くぞ。初日から遅刻しては締らないからな」
「「はーい」」
まったく、大きな子供を持っている気分だ。高校生になってもこの付き合いは変わりそうにもないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日から私達が通うのは私立クリスタル学園。この静かで長閑な田舎町に存在するただ一つの私立校。周囲にある町くらいからしか進学する子はいない。だからこそ新入生の数も少なくクラスは一クラスのみらしい。
お金さえあれば名前を書けば受かるとも呼ばれ、学力のないヴィデオが受かる唯一の学校でもあったためここに進学した。
あの時は泣いて土下座をさせられたものだからさすがの私達も困惑したものだ。
とまあ、そのため新入生達の中には見知った顔が多く、半分くらいは同じ中学校出身のものもいる。つまるところ、半分くらいは知らない顔だ。
それでも相手の方は私達のことをよく知っており、視線もことあるごとに送られている。この辺りではサティは有名人で地主の娘でもあるからな。
「サティ・ファルべ」
そういうわけだから今、私達の行手を立ち塞がるように立っている彼女もサティのことをよく知っている。というよりも喧嘩を売られている。
これは珍しい。サティは顔だけは整っているから男達からナンパされることは多い。ただこうして初対面の女性から呼び止められることは少ない。しかもそれが敵対的なものだからさらに珍しい。
というかこの女性、どこかで見たような……はてどこだったか? 一度でも会っていれば忘れにくいというものだが。
幼なげなで可愛らしい容姿をしているが無表情で少し暗い。けれどその目はどこか猛禽類が獲物を狙うように鋭く若干ギラついている。
「おうおうおめえさん。姉御に喧嘩売るなんていい度胸してるじゃねーか」
私の隣に立っていたヴィデオがいきまきながら私達の行方を遮っている謎の少女へと歩いていく。
「姉御が出るまでもねー。姉御の第一の舎弟であるこのヴィデオ様が相手をしてやる」
「邪魔」
少女がそう言うと同時にヴィデオの体が宙を舞う。宙を舞うヴィデオの体はくるくると、高速に回転をさせながら近くにある池へと着水する。
まだ寒いから風邪を引かななければいいんだけど。まあ大丈夫か、ヴィデオは弱いが体は頑丈に出来ているからな。
それよりも問題なのはこの目の前にいる少女だ。あっという間に地面の土から人形を生成した技術とその人形の攻撃力。明らかにただの少女じゃないな。
「あーコウメイちゃん、元気にしてた? あの冬以来だね」
敵意剥き出しに睨んでいるというのにうちの幼馴染は相変わらず呑気に手を振って挨拶をしている。どうやらその態度が気に障ったようで少女は無表情ながらもさらに苛立っているように見える。
「知り合いか?」
「うん。去年のアメダス全中MVPだったから挨拶がてら手合わせしてきた」
どこの世紀末覇者だよ。ああいや、私の料理を毎日奪いに来てる略奪者だからある意味正しい例えではあるな。
それはともかく通りで見たわけだ。この目の前にいるのは全中——全国アメダス中学生大会の最優秀選手で四天と呼ばれるほどの優秀な生徒だ。
四天というのは四人の天才達のことをさしており、全員中学校からメキメキと頭角を表してきた実力者で目の前にいる少女もその一人だ。
確か術式系のスキルを4つも持っていたな。今の目の前にいる土人形もその類だろう。
「お前はまた……なんでそんなことをしたんだ?」
「えーっとね。私も大会に出たいからスカウトした」
「スカウトって……。てかお前、確か大会の出場は止められていなかったっけ?」
「うん止められているよ。「貴方達化け物が出たら普通の子供達が可哀想だから」ってね」
実の子供達に対して化け物扱いって……まあ実際にサティ達はそのくらい強いけど。
それにスフィルさんにも悪気はなく、どちらかと言えばサティ達子供のことは可愛がってることは知ってる。仕事が忙しく滅多に家にいることは少ないけど。
「だからマネージャーとして出る。ほら、選手としては止められてるけどマネージャーとしては止められてないから」
「まあ確かに」
「だから全国を遊び回って面白い子をスカウトしてきた」
「お前全国って……」
「やっぱり参加するには勝ちたいんだもん」
頬を風船のように膨らませ膨れっ面をする。やれやれ、本当に子供だな。ただやってることはとんでもなく無茶苦茶なことだけどな。
「それはいいとして……この学校、アメダス部はないぞ」
「ないなら一から作ればいい」
「一から作ればいいって……あれって確かひとチーム三十人は必要だろ? お前何人くらいスカウトしてきたんだ?」
「……三人」
「勝つどころか参加するの自体無理じゃね?」
「諦めたらそこで試合終了だよ! だからセー君、どうにか全国優勝する方法考えて」
結局は人任せかよ、しかも目標がよりにもよって全国優勝かよ。こいつ、私に頼めば何でもかんでも出来ると本気で思っていそうだな。ここは一つガツンと言ってやらないといけないな。
「お前––」
「もし優勝出来たらママがセー君が前々から欲しがっていたリ・エレスタの絵を買ってあげるって」
なん……だと……。
おいおいマジかよ、いくら現在売り出し中の画家と言っても一作品数百万から数千万する画家だぞ。
それを優勝出来たらと言ってもポンと買うなんて……やはり世界を代表する大富豪、侮れない。
「……雑務くらいで夜八時までに家に帰れたらいいぞ」
「約束だよ」
「サティ・ファルべ。恋人とイチャイチャするなんてすごい余裕」
今まで放置状態だったコウメイがジト目をこちらに向けてくる。……毎回思うのだが、何故周りのもの達は私とサティをくっ付けたがる? 意味がわからん。
「セー君は恋人じゃないよ。私の一番大切な人だけど」
しかもこいつはこいつで恥ずかしげもなくこういうことを言う。そのせいで周りからの視線は痛い。
お前ら何か勘違いしてるようだけどこいつにはそういう感情はない。俺に向けているのも一種の家族が向ける愛情みたいなものだ。
「性懲りもなくイチャイチャと……」
「サティ、そろそろ入学式が始まるぞ」
「そうだね。じゃあコウメイちゃん––」
瞬間、目の前にいる土の人形を塵になるくらいに分解され、それを行ったサティは何事もなくコウメイの隣まで歩いて行きポンっと手を置く。
「また式の後でね」
そう言ってまったく反応出来ず、呆気に取られているコウメイの横を通り過ぎて歩いていく。
まったく、相変わらずな出鱈目な強さだ。これで兄弟の中でブービーなんて何かの冗談だ。本当にこの兄弟は化け物揃いだな。
「まあ……その……相手が悪かっただけだからそんなに落ち込むなよ」
一応慰めておく。サティが触れた肩とは反対の肩に手を置いて励ましてからサティの後をついていく。
※1ぶどうジュース
ただのぶどうジュースとバカにすることなかれ、一節数万円をもするぶどうをふんだんに使ったジュース
彼はコネでそのぶどうを大量に入手出来るため独自に作っている
ネーミングはセシル(厨二病真っ盛りの小学校五年生の時)
※2
アイゼル・ファースト
新進気鋭のピアニスト
繊細な曲を得意としているが性格は豪快
ブロークンギターの動画を見てブロークンピアノをやった奇人
そのあと偉い人に怒られて心がブロークンしてシュンとかなりへこんだやっぱり繊細な人
※3
通称色付き
この世界における貴族みたいなもの
一般人(色なし)と比べ高い知能や戦闘力や技能を持つことから選民意識を持つ者も少なからずいる
※4
競技発足わずか十数年ながら今最も熱いスポーツで世界中に競技者がいる
何故十数年でそこまで人気になったのはおいおい詳しく説明します
※5
若手画家
日常の中にあるものを描く画家……なのだがそのチョイスはどこか常人のものとはずれており《転がり落ちるおむすび》や《川を流れる大きな桃》などがある
それでもその絵には人を惹きつける何かがありセシルもその一人でありファンでもある
セシル君は自称常識人であり知識人と謳っており、なんとか一人称を私と呼称しようとするが感情が昂ると素の性格が滲み出て俺になる
人のことをあんなにも言っているがなんだかんだ言ってこいつも同類の非常識人である