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史上最強の箸使いヴァロン 〜勇者に憧れた少年は『剣』が使えないので『箸』を使う〜

作者: 松田裕介

「貴様っ! もう一度言ってみろ!」


 とある施設の屋内。

 多くの若者が集うその場で、喚き声を上げたのは生意気そうな顔をした少年だった。

 身長一四〇センチ以下、おそらく十歳かそこらの年頃だというのが周囲の見解である。誰も彼が、既に成人を迎えた身だと気付いた者はいない。


「何度だって言ってやる。お前は入学試験を受けられない」

「何故だっ!? ちゃんと推薦状だって持ってきただろう!」


 少年は、男の眼前に巻紙を向ける。

 この巻紙には、少年を『ラターニア学園』に入学に値する人物である……という旨が書かれてあり、それは男も確認した。

 しかし、尚も男の顔は強張っていた。


「いいか、ここラターニア学園は剣士のための学園だ。理解しているな?」

「最高の剣士を育成する場所だろう? 王国の何処だろうと、ここより設備が整った育成施設は存在しない!」

「そうだ。……もう一度言うぞ? 『剣士』を育てる学園だ。剣士っていうのは、当然『剣』を持っているのが然るべきだよな?」

「当たり前だ!」

「なら……お前が持ってきたそれはなんだ?」

「見てわからんのか!?」


 そう言って少年は、手にしている棒状の物体を高々と掲げた。


「『箸』だっ!!」

「………………」


 そうそれは、何処にでも売ってそうなごく普通の割り箸だったのだ。


「オレ様は、王国唯一にして最強の『箸使い』ヴァロン!! 何れこの王国二人目の『勇者』となる男だっ!!」

「帰れ」


 男は、ヴァロンを後ろから押してここから立ち退かせようとし出す。


「き、貴様っ! 何の真似だ!?」

「喧しい! 何が『箸使い』だ! 剣すら持ってこないような奴に学園の入学試験は受けさせん! 大体、お前幾つだ!? 子供が来るような場所じゃあないんだよ!」

「オレ様は、十八歳だ」

「嘘つけ!! 亜人じゃあるまいし、こんなチビな十八歳の人間が居るはずがないだろう!? この分だと、推薦状だって偽造の可能性が高いなぁ!!」

「や、やめろ! オレ様は本当に……」


 ヴァロンと男は、入学試験会場の前で一悶着。互いに一歩も引かないので只々時間だけが過ぎていく。

 そうやって揉めていれば当然周囲の注目を浴びる事になる。


「……何の騒ぎだこれは?」

「あっ! さ、サダーン教官!」


 彼らの前に現れたのは、体格の良い強面の男サダーン。

 平時だというのに重装の鎧を着込み、腰には使い込まれた直剣を差しているこの男こそが、伝統あるラターニア学園の教官。『不屈のサダーン』という二つ名で、人々から尊敬と畏怖を集めている。


「し、失礼しました! この子供が試験を受けさせろと騒いでいまして!」

「……子供?」


 サダーンが視線を下げると、そこに居たヴァロンと目と目があった。


「何だ貴様。オレ様は大事な話をしている、邪魔をするな」

「はっは、血の気が多い少年のようだな」


 さながら、子犬が威嚇しているようなヴァロンを見て、サダーンは笑みを浮かべた。


「なるほど、剣士に憧れてここを訪ねたといったところか」


 そんな風に考えたサダーンは、ヴァロンの頭に自分の掌をポンと乗せる。


「私はサダーン。ここ、ラターニア学園の教官をしている者だ。……残念ながら、君をここから通す訳にはいかない。年齢的な問題もあるが、何より肉体がまだ未熟だ」

「…………なに?」


 その発言聞いて、ヴァロンの眉がピクリと動いた。

 そんな彼の様子には気付かず、サダーンは話し続ける。


「ラターニア学園。ここは、王国の将来を担う優れた者達が集まる場所だ。半人前では、ここを受けることすら出来ない」

「………………」

「キミのその熱意は評価する。だが、残念ながらキミはまだ若過ぎだ。しっかり体を鍛えて、剣の腕を磨いたらまたここへ来ると良い」

「………………」

「さあ、今日はもう帰りなさい。それとも、お父さんかお母さんが近くに……」




「重ね箸っ! 五連突きっ!!」




 刹那、サダーンの胴体に一膳の割り箸が『五回』突き刺さった。

 その直後である。サダーンは、体を『くの字』に曲げた状態で真後ろに吹き飛んだ。鎧を着込んだ重量級が一直線に近くの柱に激突……そして、その柱を激突の衝撃で破壊して更に向こうの壁を貫通。

 一体何処まで飛んでいくのか、遂にサダーンは外壁を突破し屋外に飛び出て見えなくなってしまった。周囲の人々は、今の出来事に茫然と立ち尽くしていた。

 サダーンを突き飛ばしたのは、他でもない『箸使い』ヴァロン。

 彼の利き手には、先程から握り締めていた割り箸があった。まさか、それを使ってサダーンを攻撃したなどと、近くで見ていた男でさえ咄嗟には理解出来なかった。

 ヴァロンは、忌々しそうな表情でサダーンが飛んだ方を見つめながら……。


「誰が未熟者だって〜? 難癖付けるなら相手見てから言え」

「さ……さだぁああああんきょうかあああああああんっっ!!!!」


 ようやく正気に戻った男が大声で彼の名を叫んだ。


 *****


 数千年より遥か昔、この王国は魔王によって滅ぼされかけた。

 数々の歴戦の男達が敗れる中、たった一人の剣士によって魔王は討たれ、世界に平和が訪れた。その男のことを人々は『勇者』と呼び称え上げたのだ。

 そんな勇者が、魔王討伐を試みる以前まで通い、己を鍛えていた学園こそがラターニア学園。

 勇者の知名度が福と成して、ラターニア学園には多くの剣士が入学した。やがて王国のみならず世界中にその名を広めたラターニア学園は、数千年の歴史を持つ『王国の誇り』として不動の地位を得たのである。


 ……さて。そんな学園への入学を決めていた少年ヴァロンは、『些細な事故』で入学試験を受けられなくなってしまっていた。

 このままでは、勇者になる夢を叶えぬまま故郷へ帰る事になる。

 ヴァロンは喫茶店のテーブル席に座りながら、今後の事について考えていた。

 入学を諦めた訳ではない。どうにかして他の方法で学園に入る方法……その事に案を浮かべているのだ。

 そして、ヴァロンの所にとある少女が姿を現す。


「やっほぉー! どうしたのヴァロン? そんなに拗ねた顔してー!?」

「……リムか」


 ヴァロンが脳味噌を働かせている横で、此方へ飛び出してきたお転婆な少女リム。彼女は、ヴァロンの従姉弟だ。

 この少女、身長一三〇センチくらいとヴァロンより更に小柄。見るからに活発そうで明るい笑顔が特徴的である。

 そんなリムが、前のめりな格好でテーブルに乗り出し、ヴァロンの頬と自分の頬をくっつける。最早、吐息が掛かるくらいの距離だ。

 ヴァロンは、リムを押し除けた。


「邪魔するな。今、大切な事を考えている」

「大切な事? またおにゅーのマイ箸を折っちゃったのかな?」

「そんな話じゃない! 大体、最近はすぐ箸を折るからマイ箸は持ってない! もっぱら割り箸だ!」


 ヴァロンはリナに、未使用の割り箸セット(五十本)を見せた。


「それ百均で買ってきたやつじゃない。『さびついた剣』より安い武器なんて私初めて見たわ」

「侮るんじゃない。オレ様に掛かれば、どんなナマクラだろうと魔剣級だという事を思い知れ。それにこの割り箸セットは百均じゃなくて雑貨屋で買ってきたものだ。一袋三百ゴールド(税抜き)だぞ」

「はいはい。一本六ゴールドの武器でやられる相手に同情するわね」


 そう言ってリナは、ヴァロンの隣にあった椅子をギギッとヴァロンの元へと近づけてそこに座った。

 ヴァロンの腕に自分の腕を絡ませて、リナは話し出す。


「ところでヴァロン。貴方、入学試験受けられなくなって困ってるんでしょう?」

「……知っていたのか?」

「うん。というか、跡つけてたし」

「だったらお前も良案を考えろ。このままだと二人共々実家に帰ることになるぞ」

「ふっふっふ〜!」

「……何だその笑みは?」

「そんなお困りのヴァロンに、良いものを見せてあげようかぁ〜?」

「んっ」

「じゃ〜んっ!」


 リナが見せてきたのは、三つ折りのパンフレットだった。表紙には『ラターニア学園特別試験案内』と書かれてある。

 ヴァロンは、首を傾げた。


「それは?」

「ラターニア学園は、『一般入試』と『特別入試』の二つの入学試験で今年の入学者を決めるらしいの。大体の人は推薦状ありきの『一般入試』を合格して入学するんだけど、推薦状が無い人でも入学出来る『特別入試』っていうのがあるんだ〜」

「ほお」

「面接や筆記で能力を判断される『一般入試』と違って、『特別試験』で行うのは実技のみ。つまり、剣の腕が優秀な人なら合格出来るって訳!」

「何だと? それならオレ様にうってつけじゃないか」

「何処からその自信がつくのか分からないな〜。だってヴァロン、剣なんてお兄ちゃんが昔買ってきた修学旅行の木刀くらいしか触った事ないじゃん」

「おいおい馬鹿にするな。今のオレ様には箸がある。この箸を使った剣術があれば百人力だ!」

「それ、貴方が一週間前に独学で習得した剣術よね? そもそも、箸を使った剣術って『剣術』って呼べるのかしら」

「喧しいぞリナ。それよりも、『特別入試』の会場は何処だ?」

「この地図の通りに進めば辿り着けるわ」


 リナは、テーブルの上にこの街の地図を広げた。目印には赤い丸が描かれており、そこが例の会場らしい。

 すると、喫茶店のウェイトレスがトレイを持って此方に近づいてくる。


「ご注文のミックスサンドとオレンジジュースです」

「ありがとう。それじゃあ、私はここでお昼にするから。試験、頑張ってらっしゃい」

「言われなくてもそうするわ。実技だけならこっちのもんだ、必ず合格してみせる」

「後ここの支払いお願いね。情報代替わり」

「くっ!」


 ヴァロンは、自分が頼んだコーヒー代及びリナの伝票も持って会計を済ませた。

 喫茶店を後にしようとした時、背後からリナに話しかけられる。


「呉々も、私達の正体を悟らせないようにねっ! ヴァロンって馬鹿だから心配なの!」

「相変わらず口の減らない奴め! 言われなくても大丈夫だ!」


 憎まれ口を叩きながら、ヴァロンは喫茶店を出て行く。

 その様子を、リナは少し心配そうな表情で眺めているのだった。


 *****


「ここが『特別入試』の会場か」


 リナと分かれ喫茶店を後にしたヴァロンは、地図の案内に従い街中を進んでいくと街外れにある目的地まで辿り着いた。

 一見して、何の施設なのか分からない。だが、実技をする会場にしては少し小さいように感じる。

 取り敢えず、ヴァロンは施設の正面入り口に立っている男に声を掛けた。


「オレ様は、ヴァロン。ラターニア学園の『特別入試』を受けるためにここへ来た」

「……子供が来る場所じゃないぞ」

「その問答はもう飽きた。いいからサッサとそこを通せ。差もないと貴様も壁に叩きつけるぞ」

「なるほど。ただの子供ではないようだな」


 男は、あっさりと道を通した。『一般入試』での男の態度とは大違いだ。

 ヴァロンは、施設の中に入る。すると、中にいた係員であろう女性が此方へと近づいていた。


「こんにちは。『特別入試』を受験される方ですね? この番号が書かれた札を持って、階段を降ってください」

「ああ」


 係員に手渡された『128番』と書かれた札を受け取るヴァロン。

 言われた通りに階段を降りる。

 ヴァロンが通路をまっすぐ移動していくと、やがて広間が見えてきた。そこには、『特別入試』を受験しにきた腕利きの剣士達が集められていた。


「ようこそお集まりくださいました。私はラターニア学園特別入学試験を担当するディーナレッドです。気安く『レッド先生』とお呼びください」


 壇上から現れたのは、白髪で体格の良い初老の男性だった。


「前置きが長いのは個人的に嫌いなので、早速試験を開始しましょう。では、数字を読み上げますので番号札と同じ数字を呼ばれた方は前に出てきてください。2番、14番、37番、66番、91番、97番、そして128番」

「あ。呼ばれた」


 番号札と同じ数字を呼ばれたヴァロンは、レッド先生の所まで移動する。

 他にも、番号を呼ばれた剣士達が前に出てきた。

 ヴァロンが一番気になったのは、会場に何故か『鍬』を持ち歩いてきている中年の男だ。

 農家の人だろうか? ここは畑ではないぞと心の中でツッコミするヴァロン。彼がそんな事を考えている間に、レッド先生が話し出す。


「えーではまず、貴方達には殺し合っていただきます」

「なに?」


 ガゴンッ!!

 唐突に、ヴァロン達が立っている場所がせり上がったかと思うと、更に無数の鉄柱が出現して彼らを取り囲んだ。


「お、オイ! 何だよこれはっ!?」


 鉄柱に囲まれた受験者の一人がレッド先生に突っかかる。

 最も、レッド先生は囲いの外に居て近付けない状況なのだが。


「先程言った通り、貴方達には殺し合っていただきます。そのフィールド内の総勢八人で戦い合うバトルロワイヤル。最後まで生き残っていた一人だけが次の試験を受けることが出来ます」

「ふ、ふざけるなっ! 殺し合いなんて聞いてないぞ!?」

「これは『特別入試』、強い者だけが勝ち残れる。当然、本気の戦いには命のやり取りがつきものです」


 レッド先生の無情な言葉が投げかけられる。その冷酷な態度に、男は思わず一歩退いた。

 しかしヴァロンは、レッド先生の言う事は一理あると考える。


「そこの爺の言う通りだ。おい貴様、男なら覚悟を決めろ」

「お、俺は軽い気持ちでここへ来ただけなんだ! 試験で死ぬかもなんて冗談じゃない! 不合格で良いからここから出してくれぇ!!」

「そうか。なら手伝ってやる」


 するとヴァロンは、男の首根っこを無造作に掴んだ。


「オラァッ!!」


 直後、ヴァロンはあろう事か掴んだ男を振り上げ鉄柱に向けて思い切り投げ飛ばしたのだ。凄まじい速度で投げられた男は、鉄柱を破壊してそのまま広間の壁に叩きつけられる。

 全身の骨が折れたような衝撃的な痛みを受けた男は、そのまま意識を失った。受験者達に動揺が走る中、レッド先生は顎髭を弄りながら呟く。


「おや。鉄柱の設計、間違えましたかね? 大槌で叩いても凹まないはずなのですが……」

「はっ! オレ様を閉じ込めたいならもっとマシな檻を用意するんだなっ!」


 挑戦的な台詞を吐いて、ヴァロンはフィールド内に居る受験者達に視線を向けた。

 先程の男とは違い、彼らは自身の剣を構えてヴァロンと対峙する。少なくとも、戦う気概はあるようだ。そしてヴァロンを一番の脅威と感じたのか、まず最初に倒すつもりらしい。


「一瞬で終わらせてやるっ!! 秘技・迷い箸の構え!」


 ヴァロンが割り箸を取り出した途端、その全身が歪み始めた。彼の姿はどんどん定かではなくなっていき、まるで蜃気楼を見ているかのようだ。

 これぞヴァロン剣術『迷い箸の構え』。

 全身を超高速で揺さぶらせる事で術者がぶれて見えるようになる。これにより『立ち位置』、『腕の動き』、『距離感』その全てが曖昧になり相手は戦い難くなるのだ。


「ど、どうなって……!」

「斬り箸!!」


 一閃。

 ヴァロンの目にも止まらぬ速度で振り下ろされた割り箸によって、一人の剣士が『斬られた』。


「ゼェアアアアアアアアアッ!!」

「ぐわぁぁっ!!?」


 立て続けに六連。

 割り箸による斬撃が放たれ、フィールド内の剣士達を斬り払った。何が起こったのかすら認識できなかった彼らは、絶叫を上げて倒れ伏す。

 ……しかし。ただ一人だけヴァロンの攻撃を凌ぎ、立ち続ける者が居た。


「ほぉ、今の『斬り箸』を受け止めるか。なかなか腕が立つようだな」

「んだぁ〜。おら、鍬の扱いなら多少は覚えがあるもんでぇ〜」


 ヴァロンの他に戦闘可能な剣士は、先程見かけた中年の男だった。何処からどう見ても田舎に居る農民のような格好の彼は、畑で使うような鍬を担いでヴァロンと対峙する。


「何か知らねえけども〜人が減って助かっただぁ〜。そんじゃあ、おめえさんを倒せばこの試験おらの勝ちだな〜」

「はっ! ほざくな農民風情がっ!」


 意気揚々と声を張り上げたヴァロンは、割り箸の先端を相手に向ける。

『箸』VS『鍬』。

 勝敗の予想すらつかない異様な組み合わせ。他の受験者達は、この異種武器対決を固唾を飲んで見守っていた。


「戦う前にまず名乗っておこうか。オレ様は、ヴァロン。何れラターニア学園で最上級の実績を上げて、将来第二の勇者になる『箸使い』だ」

「おらは、タイヘイだ〜。都会の空気を味わいたくて田舎からこっちさ来ただぁ〜。好きな食い物はチョコレートケーキ」


 色々謎が多そうな農民タイヘイ。

 さあ、名乗りも終えたのでいよいよ二人の対決が始まる。

 最初に仕掛けたのは、ヴァロンだ。


「重ね箸! 五連突き!!」


 割り箸による突きが繰り出された。

 一度に『五回』の衝撃を与えるこの技は、ダメージを内部にまで浸透させて標的を破壊する。『一般入試』の会場前では『不屈のサダーン』を葬った技だ。

 だがタイヘイは、明らかに武器に向かない形状の鍬を巧みな手捌きで動かすと、真っ直ぐ飛ぶ突きを逸らし受け流した。


「ふんぬっ!」


 反撃とばかりにタイヘイがうって出る。大きく振り上げた鍬を力強く叩きつけたのだ。

 ヴァロンは容易にその攻撃を回避したが、振り下ろされた鍬の先が床に触れた途端大きな亀裂と破壊音を生む。


「硬い床をも打ち砕く程の威力か。農民にしては、大したパワーだな」

「それはちげ〜ど、『農民だから』強いんだよぉ〜。おらは、畑弄って三十年。毎日せっせと鍬持って耕してきただ〜。力仕事なんてわけね〜し、こんくらいの床掘り起こすくらい簡単なんだよぉ〜」

「……日々の鍛錬、か。畑仕事が貴様流の修行法という訳だ」


 ヴァロンは、割り箸を二つに割った。

 そして、それぞれ一本ずつを左右の掌で握り締める。まるでドラムスティックのような持ち方だ。


「これぞ、ちぎり箸の構え! 攻守一体のこの構えに、貴様はどう対応する!?」

「……一つ聞きたいんだが、おめえさんは何故箸なんかで戦ってるんだ〜?」

「気になるか? ならば教えよう。このオレ様ヴァロンは、家族や親戚連中の中でも一番箸の扱いが上手いからだ!」


 そう言って、ヴァロンはタイヘイとの距離を詰めようと駆け出した。

 両手一本ずつの割り箸で攻撃。超人的な速度で振り回されるが、動きが単調なため合わせるのはそう難しくない。タイヘイは、鍬を使って割り箸を防いだ。


「答えになってないような気がするだぁ〜! 武器にすんなら剣を使えばいいだろぉ〜?」

「貴様に言われたくないわっ! オレ様は剣の扱いは知らんが、箸なら幼子の頃から覚えがある! こっちの方が使い慣れているのだっ!」

「なるほど。おらと一緒だな〜!」


 一合……二合……三合……。

 幾度も己の武器を打ち合わせる二人。

 やがて、割り箸の耐久度が限界を迎えようとした頃。ヴァロンは勝負を決めようと動き出す。


「これで終わりだ! 必殺、叩き箸!!」


 ヴァロンは、床を強く蹴って跳躍。

 高く浮いた状態で両腕を振り上げて、二本の箸をタイヘイに叩きつけようとする。

 しかし、大振りの攻撃は隙が生まれるのが常だ。


「アースニードルッ!!」

「なにぃ!?」


 予想外の出来事。

 農民であるはずのタイヘイが、あろう事か『魔法』を発動したのだ。

 地面から生まれた土のトゲはヴァロンに直撃。そのまま彼の体は、鉄柱を乗り越えてフィールド外へと吹っ飛んでいく。


「これぞ三十年の成果だぁ! 土と共に生きてきたおらは、いつしか土の魔法を使えるようになってたんだよぉ〜!」

「くっ、なんて野郎だ!! ……えっ。これ、場外負けって有りなのか?」

「有りです」


 レッド先生が答える。


「神脚空歩っ!」


 ヴァロンがフィールドの外に落ちようとした直後、彼は空気を蹴った。

 神速とも呼べる超高速で放たれた蹴りが生んだ衝撃波により、ヴァロンは落下する前に空へと浮かび、そのままフィールド内に着地する。


「なぬぅ!?」

「今度こそ決めてやるっ! 投げ箸!!」


 ドォンッ!!

 銃声のような破裂音が鳴り響いた。その音の正体が、箸を投げただけの音であると誰が信じるだろうか。

 ヴァロンが投げた箸は、音速を上回る速度でタイヘイを貫いた。彼の腹部から、赤い鮮血が滲み始める。


「急所は外した。すぐ医者に見てもらえ」

「……なるほど〜。どうやら、おらが敵う相手じゃなかったようだなぁ〜」


 タイヘイはそんな言葉を残して、そのまま床に倒れ伏した。


「……腕前は悪くないが、オレ様を倒すには三十年では足りなかったな」

「勝者、128番! 医療スタッフは、速やかに治療をお願いしますね〜!」


 勝負が終わった途端、あらかじめ待機させていただろうスタッフ達が一斉に敗れた受験者達を介抱しにきた。

 ヴァロンは、フィールドを降りてレッド先生の元へ向かう。


「おう爺。これで、オレ様は合格か?」

「いえいえ、これは謂わば予選試合です。最後の試験が残っていますので、他の受験者の予選試合が終わるまでしばしお待ちください」

「分かった」

「えーそれでは、次の試合に移りたいと思います。番号を呼ばれた方は……」


 試験は着々と進んでいき、すぐ次の受験者がフィールドに移動していく。

 ヴァロンは、しばらく暇になりそうなので会場の隅っこで昼寝でもしようと椅子に座った。


「んっ?」


 その時、ヴァロンはフィールドへ移動する一人の女性と目が合った。

 白銀のような髪と宝石のような蒼い瞳を持つ美しい少女。

 少女は、その何処までも冷たい瞳でヴァロンの事をじっと見つめていた。


 *****


「ぐぉ〜ぐぉ〜!」

「あの、128番さん。全員の予選が終わったのでそろそろ起きてください」

「ん……ああ。分かった」


 寝息を立てながら完全に眠りこけていたヴァロンは、寝ぼけ眼で移動を始める。

 向こう側には、予選を勝ち抜いた受験者達が既に集まっていた。

 数は十五人。ヴァロンは含めれば十六人の通過者だ。この一同の中から、ラターニア学園の入学者が決まる。


「それでは、こちらに残った十六名で最終試験を行います。最終試験の内容は、『1VS1』のトーナメントマッチ」


 レッド先生がヴァロン達に見せたのは、ごく一般的なトーナメント表。

 末端には札の番号がそれぞれ書かれており、『128番』もきちんと記入されていた。


「では、ちゃちゃっと始めましょうか。特別入学試験トーナメントマッチ一回戦第一試合、66番さんと128番さんはフィールドの中へ」

「あ、オレ様か。……まだ眠いんだがなぁ」


 寝起きが悪いヴァロン。

 とはいえ、試験は受けねばならないので言われた通りにフィールド内へと入る。

 対戦相手は、強面の青年だった。武器は小型ナイフ。彼は、その残忍げな表情でヴァロンを見つめせせら嗤う。


「ヒャハハッ! ガキが相手とはラッキーだぜ!! 言っておくが俺は、ガキでも容赦しねー!! 降参するなら今のうちだぞっ!?」

「あー……」


 まだ眠気が取れないヴァロン。

 そうこうするうちに試合が始まろうとしていた。


「それでは第一試合……始めッ!!」

「死ねやぁっ!!」


 開始早々、青年は突進する。

 自身のナイフを高速で振り抜き、ヴァロンの全身に斬撃を浴びせていった。有言実行、見た目が子供でも僅かの躊躇がない。


「ヒャハハハハハハ…………ハッ?」

「あー……」


 青年はすぐに違和感を覚えた。

 幾度も斬りつけたナイフ。まるで、硬質の金属でも斬っているかのような感触だったのだ。

 青年の攻撃はヴァロンの衣服を刻むだけで、彼の体には全くと言っていいほど傷が付いていない。


「っ!!」


 咄嗟の判断で青年はヴァロンと距離を開ける。

 異常を感じてこの判断の早さは、流石というべきだろう。現にヴァロンは、接近している青年に反撃を試みようとしていたのだから。


「あー……」


 ヴァロンは、思考停止していた。彼は起き上がってから三十分の間、まともに脳を動かせないのである。

 だからヴァロンは、特に何も考えないまま『いつも通り』に相手とに距離を詰めた。

『縮地法』。

 要するに足の動きを最小限にして体ごと移動する滑り足なのだが、ヴァロンはこれを用いて青年に接近した。

 あまりの速さ故に、青年にしてみればまるでヴァロンが瞬間移動したように見えた事だろう。


「な……!」

「おらっ」


 青年の頬に拳が刺さる。

 思考停止状態のヴァロンは、箸を使う事も忘れて敵を殴り飛ばしていた。

 回避も防ぐ隙もなく殴られた青年は宙を舞い、そのままフィールド外に力無く落下した。……どうやら気絶してしまっているらしい。


「勝者、128番!」

「あー……。しまった、手加減するのを忘れてた。……顔を洗ってこよう」


 試合を終えたヴァロンはフィールドを出て、そのまま手洗い場へと向かった。

 その後もヴァロンは、二回戦・三回戦と試合を勝ち進み、遂に決勝戦まで進出したのだ。


「ああ、ようやく眠気が取れてきたぞ。これで満足に戦える」

「さあ、満を持しての決勝戦。初めていきたいと思います! 101番さんと128番さんは、前へ!」


 ヴァロンは、いよいよ最後の試合を終わらそうとフィールドへ足を運ぶ。眠気が無くなったおかげで、その足取りは快調である

 同じくフィールド内に入ってきたのは、予選試合で一度目を合わせた銀髪の少女だった。

 彼女も、ヴァロンと同じく全ての試合を一撃で終わらせており、未だ実力の程は測れていない。ただ、ここまで勝ち上がるだけあり相当な猛者なのだろうとヴァロンは思っていた。


「では、決勝戦……始めっ!!」

「あ。割り箸出すの忘れていた」


 トーナメントマッチのここまでの試合、全て拳で倒していたヴァロン。せめて最後の試合くらいは箸で戦おうと、袋から割り箸を取り出そうとする。

 その間、銀髪の少女はヴァロンに手を出す事なく、直剣を握ったまま佇んでいた。


「んっ、遠慮せずにかかってきて良いぞ。試合はもう始まっているんだからな」

「……君、普通の人間じゃあないよね?」


 少女の言葉を聞いて、ヴァロンの手がピタリと止まる。


「ほお。何故そう思う?」

「見れば分かる。その腕力、耐久性……君の身体能力は常人を遥かに超越していた。それが純粋な君自身の力なのか、或いは……」


 少女は、直剣を両手で握り締めて構え始めた。


「君の正体が何者なのか、私なりのやり方で見極めさせてもらう」

「オレ様の正体? 言っている意味は分からんが貴様、偉そうな奴だな」


 袋から割り箸を引き抜き、それを縦に割るヴァロン。彼の瞳には、洗練された構えをする美しき少女が映し出されていた。

 ラターニア学園特別入学試験最終試合。

 二人の猛者が、剣を交える。


「迷い箸の構えっ!」


 瞬間、ヴァロンの全身が蜃気楼のように歪み始めた。

 超高速で体を揺らすことで、まるでゆっくり捻り曲がっているように見えてしまうこの技法。戦う側にとっては、相手の動きが読めなくなり戦い難くなる。


「……見れば見る程、尋常じゃない体捌き。でも、無駄な動きが多い……これじゃあ隙だらけだよ」

「なに〜! 隙だらけというならオレ様の攻撃、見切ってみせろーっ!!」


 ヴァロンが、先に仕掛けた。

 迷い箸の構えにより、動きを悟らせない状態で距離を縮めていく。そして十分近づいたと判断した瞬間、ヴァロンの『斬り箸』が放たれた。

 箸を高速で振ることで標的を斬り裂くこの妙技。その速度たるや、肉眼では視認出来ないレベルである。

 しかし銀髪の少女は、その見えないはずの斬撃を最小限の動きで避けていた。


「むっ!」

「うん。やっぱり隙だらけ」


 少女は、返す刀で蹴りを放つ。彼女の脚はヴァロンの顎に見事クリーンヒット。

 常人なら脳を揺さぶられて戦闘不能になる攻撃を受けたが、ヴァロンはすぐ体勢を戻し割り箸を構え直す。


「ならば、ちぎり箸の構え! これでオレ様の攻撃速度は二倍だっ!」


 割り箸を片方ずつ握る二刀流の技法。ヴァロンはその状態で割り箸を振り回し、斬り箸。

 両腕を使った攻撃故に確かに手数は増えている。

 しかし、少女からしてみれば更に動きが単純になっただけ。見切るにはそう難しい事ではなかった。


「叩き箸! 重ね箸! 突き立て箸っ!!」


 全て回避される。

 攻撃が当たらず苛立ったヴァロンが勢い任せに踏み込むと、しまいにはただの足払いで容易に転がされた。


「ぐぎゃっ!」


 ヴァロンと少女。

 身体能力を抜きに考えれば、二人の技量には圧倒的な差があった。

 ヴァロンは、屈辱と怒りで顔を真っ赤にする。


「何でだ!? 何故当たらないっ!! 俺の方がパワーもスピードも上のはずなのに!!」

「修行不足だよ。……君、剣の修行を始めてどれくらいになるの?」

「一週間だ!!」

「……なるほど。よく理解出来た」


 ヴァロンは、少女の一言の意味がわからなかったが、何となく馬鹿にされたような気がして顔を更に赤くした。


「このままで終われるか!! 俺は勇者になるんだっ!!」


 割り箸を拳の形で握る。

 秘技・握り箸の構え。純粋な力技を使う際にやり易い技法の一つである。


「ゼェアアアアアッ!!」


 握った割り箸を振り下ろして、その先端をフィールドの床に向けて刺した。

 刹那、刺した中央部から四方八方に亀裂が走る。フィールドは轟音と振動と同時に割れて、粉々となった。

 破壊の振動は、この会場全体を揺さぶるくらいの大きさである。不意を突かれた周囲の人々は、衝撃により体勢を崩していた。


「投げ箸っ!!」


 ヴァロンは、握っていた割り箸を全力で投げた。先程、タイヘイに向けて放ったものより何段階も上回る速度だ。

 割り箸の投擲も少女は身を捻って回避するが、地割れによる不安定な足場が災いしてその拍子にやや動きを鈍らせた。

 それを好機と見たヴァロンは、弾丸のように一直線で駆け抜けて少女の正面に接近した。


「喰らえっ!! 重ね箸っ!!」


 凄まじい連撃が放たれる。

 この時、ヴァロンは勝利を確信した。この状況、少女が避ける事は不可能。

 当たれば重装の大男も撃破する技を、華奢な少女が耐え切れるはずがない。


 しかし。

 割り箸が少女の体を貫いた……その途端。少女の姿が霧のように掻き消されてしまったのだ。


「き、消えたっ!?」

(デコイ)。魔法使いの基本戦術だよ」


 いつの間にかヴァロンの背後に回っていた少女が、直剣を振り抜き一撃を浴びせる。

 ヴァロンはそれに怯む事もなく、反撃とばかりに割り箸を振るった。

 技とも呼べない力任せの攻撃。だが腕の力だけで暴風を生み出す威力。

 それを身を屈めて避けた少女が、直後自身の直剣に魔法の力を込め出す。


「フロストスキル・エンチャント」


 少女の直剣に氷の魔力が帯びた。

 触れただけで敵を凍傷させる氷結の剣。その形態となってこそ、少女の真価が発揮される。

 ここからは、少女も本気だ。


「アイスウォールッ!!」


 砕けたフィールドの上から分厚い氷の壁が作られた。

 ヴァロンと少女は、氷の壁に阻まれる。しかし、ヴァロンにとってそんなもの紙切れ同然の障害だ。

 力任せのパンチで氷を粉砕。

 そしてヴァロンは駆け出し、そのまま割り箸を強く握り締めて、今までより更に腕を大きく振りかぶる。


「魔力集中」


 少女は、接近するヴァロンに怯まず魔力を蓄え始めた。

 二人の距離が狭まっていく。

 白熱した戦いとは、一秒すら永遠とも呼べる時間になり得る。

 ヴァロンと少女が接触するまで……三……二……一。




「奥義・落とし箸っ!!」

「ドラゴン・ブレイクッ!! フロストバイトッ!!」




 ヴァロンが割り箸を振り投げ、少女は氷系上級魔法を発動。

 互いの奥義が炸裂した。

 二つの衝撃が会場全体に爆破のような衝撃を生まれる。近くで観戦していた他の受験者達は、衝撃波によって一人残らず吹き飛ばされた。

 まさに破滅的と言わんばかりの人工震災が、地下施設を崩壊せんと大きく揺さぶっていく。

 もう間も無く天井が崩れて生き埋めになりかねないこの状況下で……しかしヴァロンは、そんな事に目も暮れていなかった。彼の中にあるのはたった一つ。勝利の欲求だけだ。


「…………ッ!? 彼奴は何処だ!!」


 そして、ヴァロンは気付く。

 氷の魔法で一瞬視界が白んだ。その間に、少女の姿が消えていた事に。

 必死に少女を探すヴァロン。

 不意に、冷たい少女の声が彼の耳奥へ流れた。


「スノーテンペスト」


 バッと見上げたその先には、跳躍して遥か上空へと移動していた銀髪の少女。

 少女は、既に魔法を発動していた。

 それは、氷系上級魔法。『氷嵐』と呼ばれし大魔法である。

 雷鳴が轟く。

 彼女の周囲が煌めき出した直後、吹雪の暴風がヴァロンを襲った。数十キロの火薬を爆発させたようなとてつもない力によって、彼の小柄な体を吹き飛ばそうとする。


「ぐぅ……うぉおおおおおおおおっ!!」


 踏ん張り切れず、ヴァロンは軽々と空へ舞った。

 地下施設の備品や瓦礫等と同じように、彼の体は暴風の中に囚われる。暴力の塊と言わんばかりの少女の魔法は、そのままフィールド外へと移動していくとヴァロンを全力で放った。

 ヴァロンは、壁に叩きつけられて。

 そして……地面に落下した。


「くっ、まだ!」

「もう終わりですよ」


 再び突撃しようとしたヴァロンを、レッド先生が制止する。

 レッド先生は、ヴァロンの足元を指差した。


「……場外です」

「あっ」


 そう。これは公式試合。

 最後まで立っていた者が勝者ではなく、それ以外に勝利条件は幾つかある。

『場外負け』は、ルール上に存在するものだった。


「128番、場外! よって勝者、101番!」


 レッド先生が判定を発声。

 その瞬間、二人の勝敗は明確なものとなったのだ。


 *****


 ラターニア学園特別入学試験の会場は、凄惨な光景が広がる場所へと成り果てていた。

 天井壁床あらゆる箇所に亀裂が走っている。無傷の箇所を探す方が難しいくらいだ。『半壊』というには、荒れ過ぎているのでほぼほぼ『全壊』といったところか。

 軽傷者は多数。しかし死者はゼロだ。あれだけの戦場の間近に居てこの程度で済んだのなら僥倖だろう。

 ……とにかく、『特別入試』の全過程はこれで終了した。

 トーナメントを勝ち抜いた銀髪の少女には、レッド先生からメダルの授与が行われる。


「おめでとう。君は、今年からラターニア学園の学生です。これからも剣の道を究めていってください」

「はい。……ところで、これは何ですか?」

「『レッド先生メダル』です。金色はレアモノですよ?」


 少女が受け取ったメダルは、紙製で明かに手作りなのが分かる代物だった。


「そして、準優勝の君。確かヴァロンくんといったかな」


 レッド先生は、会場の隅っこで体育座りをしているヴァロンの元へ歩み寄る。

 見るからに拗ねている様子が窺える。敗北したのが余程悔しかったらしい。


「なんだ?」

「メダル授与です。ヴァロンくんには、レッド先生銀メダルを差し上げましょう」

「折り紙のメダルじゃねーか」

「そんなに悄気ないでください。君も、ラターニア学園特別入学試験の合格者なんですから」


 レッド先生から意外な言葉を投げかけられ、ヴァロンを伏せていた面を上げた。


「……負けたのに?」

「何も優勝者だけが合格する訳ではありません。ヴァロンくんは、今回の試験で素晴らしい力を見せてくれました。ラターニア学園の新しい学生として迎え入れるのに相応しい人材であると、審査員である私が判断したのです」


 そう言って、レッド先生は銀メダルをヴァロンの首に掛けた。


「剣の腕はまだまだですが、それはこれから鍛えれば良いだけの事。学園で君を待っていますよ」


 レッド先生がにこやかに微笑んだ。

 一方ヴァロンは、しばし茫然としていたが、やがてそっと立ち上がり銀髪の少女の元へと向かった。

 ヴァロンは、口を開く。


「おい貴様。名前は何だ?」

「私? ……ユラリス」

「ユラリスか。オレ様は、ヴァロン。いつか二人目の勇者になる男」


 そう自己紹介をした後、ヴァロンはユラリスに向けて指差した。


「今回は下手を打ったが、次は絶対オレ様が勝つ! その時まで首を洗って待っているんだな!」


 そんな捨て台詞を残して、ヴァロンは会場を去っていった。

 出入り口から会場の外へ出てみると、そこには従姉弟のリナが待ち構えていた。


「やっほぉ〜ヴァロン! 負けちゃったね〜!」

「ぐっ。観ていたのか……」


 従姉弟に情けない姿を観られて、不快な気持ちになったヴァロンはリナを無視して先へ進む。

 しかしリナは、そんなヴァロンの気持ちなど意に介さず彼について行った。


「いや〜まさかあんなに大きな口を叩いていたくせに、たかが受験試合で負けるとは思わなかったよ〜! ぷぷぷっ!」

「嬲るんじゃねえ」

「まあ冗談はさておき、合格おめでとうヴァロン。これで貴方も、ラターニア学園の学生か」


 リナの言う通り。結果はどうあれ、ヴァロンは試験に見事合格した。

 これで彼の夢である勇者の道がまた少し開けたという訳だ。


「でも、本当に意外だった。ルール有りの試合とはいえ、肉弾戦でヴァロンが負けるなんてさ。あの子、ユラリスちゃんって言ったっけ?」

「ああ。彼奴には必ずリベンジする」


 ヴァロンは、拳を固く握った。

 そんな彼を見つつ、リナは嫌な笑顔を浮かべている。


「なんだ?」

「いやいや〜。まだ入学すらしていないのに、早速ライバル登場で楽しそうだな〜っと思ってさ」

「ライバル?」

「そうそう。宿敵、好敵手、競争相手。しかも、同じ学園に通う訳なんだから付き合いも増えてくるだろうから関係性も近い。ユラリスちゃんは、ヴァロンにとってのライバルなんだよ」


 ライバル。

 その言葉を聞いた瞬間、ヴァロンは不思議な高揚感に包まれた。


「……ライバル、か。ふふっ、良い響きだ」

「あっ。気に入った?」

「物語の主人公には付きものだからな! なるほど、ユラリスはオレ様のライバル……。ふふふっ、はっはっはっ!」


 ヴァロンは、高らかに笑い声を上げた。

 先程の拗ねた様子が嘘のように無くなっている。


「では、こうしてはいられんな! ライバルに遅れを取られぬよう、今から修行だっ!」

「ええ〜、一緒にクレープ食べに行こうよ〜。大体、修行って何するの? 素振り?」

「この街から少し離れた所に、大きな森がある。そこには危険な魔物が多く生息しているらしい。そいつらを狩る!」

「また思い付きで面倒臭そうな事を考えて……。じゃあ私も手伝うから、その後クレープ食べに行こう?」

「オレ様のスピードに付いてこられたらなっ! はっはっはっ!」


 こうして、ヴァロンは『ライバル』ユラリスの再戦を目指して修行の日々を送る事になった。

 ラターニア学園の入学式まで一ヶ月。

 その日を迎えた時、強くなったヴァロンは一体、学園でどのような出会いをするのだろうか? そして、ヴァロンは見事ユラリスに勝利し、勇者になる事が出来るのだろうか?


 続くっ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。あ、『商品』パッケージに、『膳』と書いてあるのです。『〜何膳セット』的に。一応確認の為に辞書も引いたのですが、私の手持ちの辞書にも明記されておりました。 箸は“対”に為る代物なの…
[気になる点] 『お箸』は、 [一言] 『膳』ですよん。一膳、二膳。あ、はじめまして。m(_ _)m 凄いな、お箸。アマンダイト製かな?(な訳無い。)発想力が凄いですね!ユニークでした!お邪魔致しま…
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