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俺はまあまあ陽キャだ。いきなり何を言っているのかと思うだろうが、今はただ聞いていてほしい。
しかし「まあまあ」なのだ。大人数では空気になるし、人の前で話すときは緊張してどもってしまう。
そんな俺がいきなり「私は神だ。」なんて言う男に謎の空間に連れていかれたら、どうなると思う?
今のご時世そんなことを言うやつはいないし、出会ったこともないので、もちろん俺はだんまりを決め込んだ。
そんなヤバいやつに何か言えるほど俺は陽キャではない。
「おーい、生きてるー?」
男が何か言っているようだがなるべく意識の外に持っていき、目を閉じて、瞑想をする。
すぐに目が覚める。きっと幻覚なのだ。そうに違いない。
「おーい、そんなことしても目は覚めないよ?諦めて話きこうよ。」
ココㇿョマレタ…もぅマヂ無理。ㇱㇼㇳㇼしょ。。。りんご、ごりら、らっぱ、ぱせり...
「いい加減話聞け、切れるぞ?仏の顔も三度までだぞ?」
まだ二回なのに既に切れてない?と思ったが、言わないでおいた。あっ…
「*****す。お前絶対*****す。」
「すいませんでした。もう二度としません。」
完全に放送できないこと言ってたけど謝れば許してくれるよね!神様は優しいからね!
「うわあ...いきなり媚びだすのあんま好きじゃないなあ…まあいいけど。」
「で、何でしょうか神様。」
「ため口でいいよ。別に気にしないし、僕はやさしいからね。」
「じゃあ早速だけど本題に入ろう。君のクラス...1年A組のみんなが異世界に転移した。」
え?どゆこと?
「そりゃそうだよね、マンガやアニメの中のものだけだと思ってただろうけど、実はホントにあるんだ。」
ってことは...俺も?
「そう、君もその対象になった。おめでとう!...と、言いたいところなんだけど、何もわかんないよね。ってことで、」
「楽しい神様の異世界教室~~!」
「あっはい」
「ちょっと待て、普通そういう説明とかってクラスの全員を集めてやるよな?ここにはなんで俺しかいないんだ?」
「君、いじめられてるでしょ?だからその配慮。神様なんだからそれくらいはね。」
「全部お見通しってわけか。」
実はこの俺、如月初音はいじめられて引きこもっていたのだ。
その理由とは、「名前がきもい」、「なんかうざい」などという理不尽なものだった。普通に傷ついた。
「じゃあ、俺以外の奴らは今何してるんだ?俺と同じようにこんな感じの空間で説明を受けてるのか?」
「半分正解。説明は受けてるけど、”異世界で”だね。王女とかそういう人たちから説明を受けてるよ。」
「もうほかの奴らは異世界にいるのか?」
「うん、君だけだよ。異世界にいないのは。」
「...そうか。じゃあ、説明を続けてくれ。」
「君の行く異世界の名前はアナスタシア、その世界を守った英雄の名前をとったんだって。」
その後の説明はその世界が大きな大陸2つで構成されているということと、剣と魔法のファンタジー世界だということ、そして、自分たち(異世界では転移者というらしい。)にはスキルという不思議な力が与えられるということだった。
「で、俺のスキルは何なんだ?教えてくれ。」
「うん、わざわざ僕が説明しに来たのはそのためだしね。スキルを知るためには魔法具的な鏡が必要なんだけど、君を飛ばす予定の場所にはないからね。」
「君のスキルは...「引力」と「斥力」だ。」
「引き合う力が引力で、遠ざけ合う力が斥力...だったか。しかも...スキルが、二つ?」
「ご名答!別にスキルは一人一つとは言ってないからね。」
「じゃあ、スキルを練習させてあげるよ。君が転移する場所は特殊だからね、少しはスキルが使えないと大変だろうから…」
(自称)神が指パッチンをすると、周りが真っ白な空間から草が生い茂る草原に変わった。特徴といえば人の体くらい大きな岩がけっこうたくさんあるくらいだろうか。
「好きなだけ練習するといい、外の時間は止まっているからね。腹も減らず、疲れもない。」
「さすが神だな。じゃあ...「引力」!」
近くにある大きな岩を引っ張るイメージで叫んでみると、半ばまで地面に埋まっていた岩が、いつの間にか自分の眼前にまで迫ってきていた。
とてつもないスピードで迫ってくる巨岩。危険な状況なのになぜか、とっさに俺は「斥力」!と叫んでいた。
すると、俺に向かって飛んできていたはずの巨岩が、なぜか明後日の方向に飛んで行った。
飛んで行った先にあった木に岩が直撃すると、まるで小枝かのように粉砕される。
「なんだこれ...!」
予想をはるかに超えた力に、気分が高揚する。しかし、それと同時に
(俺なんかがこんな力をもって良かったのか...)
と不安になる。
その不安を頭を振って振り払い、練習に神経を集中する。
(さっきみたいなのは嫌だからせめて力の加減と狙ったところに飛ばせるようにはなりたい。)
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約200時間後
「やったぁぁぁぁぁああああああ!!!できたあああぁぁぁぁああああ!!!」
「ど、どうした?いきなり大声出して...って、え?」
神の目の前にある何の変哲のないただの木。だが、その木には二つ不思議な点があった。ひとつは、一枚も葉っぱが付いておらず、木の下に緑色の葉っぱが数えきれないほど落ちているという点。二つ目は、落ちている葉っぱに傷が一つもついていないという点。この二つのことは、このいま疲れ果てて地面に寝っ転がっている少年が木一本分の葉っぱをただの一枚も傷をつけずにスキルできれいに落としたということを物語っている。
(この子...たった200時間でここまで...才能はあると思っていたけど、ここまでとはね...)
葉っぱに傷をつけずに落とすには、葉の付け根にあるつまようじ程度の太さの茎を切り落とさなければならない。小石の鋭利な角を的確にちょうどいい力で発射しなければ不可能な芸当だ。力が強すぎれば粉砕してしまうし、遅すぎれば切り落とせない。それを木一本分とは...
神が周りを見回すと、ほかにも幹が粉砕された木や葉っぱがぼろぼろになっている木などの試行錯誤が見受けられるものが多数あった。
「やりすぎでしょ...いくらどんなになっても直せるといっても環境破壊しすぎ。起きてー。」
「いや、ハアッ、ハアッ、ちょっとくらい、ハアッ、休ませてくれても、ハアッ、いいでしょ、ハアッ、ハアッ」
「いや疲れないって言ったよね!?それ脳の錯覚だから。はい起きて。」
「え?あれ?なんで?めっちゃ疲れてたはずなのになあ…。」
「はい!じゃあもう行って、ごはんとかはこっちで用意しとくから、ね!行ってらっしゃい!」
「えっ!?ちょ、ちょっと、まだ練習したいんだけど!おい!おい!おーい!」
そのまま俺の意識は遠ざかって行くのだった...