020 ミカ氏とみかんの大晦日
大晦日。
外来の患者さんも少ないだろうということで、世間のサラリーパーソンの皆さんの仕事納めから始 まる年末年始期間の中で、私サイトウが唯一休みを入れておいた日である。予定通り、積極的オフとする。
日頃、朝から晩の早くか遅くまでは病棟と研究室に全力を投入する私。その後、火照った私の身体が睡魔に負けるまでは、十中八九、しがらみがあったりなかったりする何かしらのゲームをプレイする。間に挟まるのは数分から十数分の通勤時間。世界人口の過半数、日本人に限っては3人に2人以上が、少なくともライトな意味ではゲーマーであるという現代社会においては、まぁ、ありうる社会人生活のひとつである。
しかし、だよ。ゲーマー諸君。まぁ、たまにはゲームを愉しむための快楽入力装置を手放してみても良いのではないかな。そう、『快楽を捨てて町に出よ』、という奴である。...何かしらの事情があって、どうしてもどうしても入力装置が手放せなくなった人は、未来人だろうが宇宙人だろうが超能力者だろうが、私サイトウハルヒのところに来なさい。当院のゲーム依存症外来受付は、年中無休だからね、家族の皆様、以上。
ということで、本日は、精神科医にして成熟した艶女医であるところの私は、今日の私は、少しばかり熟れた身体を黒のコートに包み、年の瀬の町を艶快楽する時を送る。略して、ジョーイ、ジ。昼下がりの、年の瀬の新宿をなんにも考えずに、1人ぶらつく私。新宿区民の私は、いわば新宿のサイトウ。
...そんな私を待っている、すんごいできごとがある訳ではもちろんなく、気がついたら、夕闇が広がり始めていた。
今日の積極的オフの戦果は、熊本産みかんLサイズ8個入り、と、オレンジジュース。それに、レンジで朕すれば、美味しくいただけるキッシュやポトフ。あとは、チーズの盛り合わせに、ナッツ姫。それに、赤白ワインに、テキーラにジン。あと数品。
全て私が住まうマンション1階のスーパーで買って、部屋まで届けてもらっただけだったりする。ぁ、この中には、バドガール・バイト時代の私がお持ち帰りされてしまった危険な組み合わせもあるので、混ぜるな危険と言っておく。女の子は好きな男子相手であっても傷つくことがあるんだからね、男子諸君は、女の子との大切な時間安易にお酒の力とか怪しげな方のオクスリとかの力を借りたりしたらだめだからね。特に、私の中の、海パン男子ルカ君とか。
...と、単にぼうっと過ごすという滅多にない過ごし方をした一日に、勝手に意味付けをした私は、私適合的自室に戻ってきた。
ここからは、あれである。リバイバルに成功しているんだかどうだか分からないんだけれど、とにかくここ最近は順調らしい紅白歌番組を二人で見るという奴だ。平成の終わりの方とか令和に生まれた子たちは知らないだろうが...というか平成ヒトケタ生まれの私にもたいして実感はないが、ちゃんと受信料を毎月払った上で、年の瀬の紅白歌番組は身近な人とリラックスして見るのが闇市から始まった第二次世界大戦後の日本国民の伝統なのである。
何年かぶりに見る今宵の紅白を、私は臨床心理士のミカ氏と一緒に見るのである。ミカ氏、本日の患者さんたちのケア、お疲れさまね。
☆
私の部屋のコタツは、いわゆる家具調炬燵という奴である。縦に使えば、成人女性平均身長よりは4.6cmほど高い私が肩までこたつ布団をかけて足を外に出さずにおやすみすることができる。横に使っても、成人女性平均身長よりは、たぶん3cmくらいは長いはずの私の下半身くらいは余裕で収まる。
ということで、下のスーパーで買ってきたあれやこれやを一日お疲れのミカ氏と共にコタツに並べると。私は、成人女性平均身長にはあと1cmのミカ氏と共にコタツを横に使って並んで座り、普段は大画面ゲーム用に使っているディスプレイに紅白歌番組を一応は見る。
しばらくたって、テレビの方は番組半ば。ご長寿な演歌歌手の皆さんが、昭和や平成のお歌を熱唱し始めていた。
私はみかんを例の話題をミカ氏に振った。
「みか氏ぃ、例のコウちゃんのことだけど、ね。一応は整理してみた。」
「うん。」
ミカ氏の持ち味、何を言っても全く否定しない頷きが返ってきた。
「たぶん言ったと思うんだけれど、私の中に、ここんとこ別人格のようなものがいらっしゃってね。
まぁ、私達の言葉を使うならば、転移関係という奴。
ちょっと前の真夜中に、ミカ氏に絡んじゃった時があったよね。」
「絡んだ、っていうか、いろいろお話したくらいでしょ。」
と笑うミカ氏。
「いや、最後の方は、実験室でソフトタッチの実験をして一緒にお眠りしたり...」
と、ソフトタッチ以上のことをしてたかもと口ごもる私は、テレビの方の人生の大先輩の艶歌の熱唱の方を見やる。
ミカ氏も一緒になって、艶歌を見てくれている。一応、私が上司なのに、いろいろとミカ氏にお世話になってる気がする私サイトウ。
もちろん、新年になったらソフトタッチ以上の実験なんてことはしないからね。
「でね。」、とこたつの台にぼてっと頬をつけて、ミカ氏を上目つかいで見る私。
「はじめのうちは、私の中の別人格は、ミカ氏が頑張ってお話聞いている患者さんが、えっと男子の患者さんが、ね。
逆転移うんぬんで、マジで恋してヨコシマくん、みたいなのだろうと思っていたわけよ。」
「なかなか、複雑そうな別人格ね。」
「いや、ぼいんぼいんか、ぽわんぽわんなお姉さんだったら誰でもいい、というヨコシマな男子のあれ。」
ミカ氏は、いつも柔らかぽわんぽわん系である。私の方は、まぁ、ぼいんぼいんの方か。まぁ、患者さん男子の方は、面談時間きっかりで話を終えることにしている私の方には、ヨコシマな感情を抱くことはますないんだけどね。ともあれ、たぶん男女比3:7くらいのミカ氏が担当してきた患者さん。そのうち3割り程度の男子のうち、相当割合は、年上か年下かのミカおねえさんに、密かなむっつり感情を少なくとも抱いているものなのである。女性の割合が高い臨床心理士業界では、その手の感情をうまく陽性の感情へと導き、患者さんとしてのおとしどころ、すなわち寛解に持っていくのも腕のうち。なんというか、リアリテスに脳を活性化されてアレな感じになってしまったことを感じた私が、はじめに思ったのは、そのあたり。私もそれなりに面談してきた男子患者さんたちがミカ氏に抱いていたであろうヨコシマな感情を、男子視線のラノベワールドなストーリーと共に、ミカ氏やら私やらに投影した感情を、精神科医女子である私が再現したのではといったところ。
でも、違う。私の中にあるのは男女間の転移関係、逆転移関係一般などではない。
一人の男子が1人の女子にある日出会ってしまい、生涯ただ一度の思いを抱くという奴である。いわゆるboy meets girl.
正直、王道なそれを私は苦手としてきた。なので、8+1はキューっな男子男子関係とか、華の百合百合生活であるとか、同性間だからこそ許しあえる関係を愛しているのである。三十路坂を昇り切った頃には、もはや、同性間の関係こそが私にとっての覇王の途として完成するはずであった。
そんな私になぜだか居候している、トモナガ・ルカ・サブロウ(仮)。リアリテスと《リトル》が生み出したところの異世界人リープが、そう呼んだところの彼が何者なのかは分からないのだけれど、彼がコウを思う切なさだけは、私サイトウハルヒが今も共有してしまっている。
決して満たされることがない愛をめぐる切なさと、哀悼。サイトウとしては、それは精神医学の領域ではなく純文學の領域てある。男子一般が美女美少女一般を愛でるがごとき陳腐な妄想は、私がそのブンガクに対し勝手に働かせた防衛機構。。。
以上に近いことを、だらだらとミカ氏に話した私。ミカ氏は、みかんを食べたり、ちょっとずつデザートワインを飲んだりしながら、私の話を聞いてくれた。
(ミカ氏ありがとね。)
今年の勝者が白組であろうことが分かった頃に、私は勝負タイムっとか言って、冷蔵庫からオレンジジュースとジンとテキーラとを持ってきてオコタの上に並べた。ジンはアルコール度数50度。テキーラはアルコール度数65度。肝臓に負担が云々以前にドクターストップがかかるレベルである。なので、まずはどこぞの美味しい水を、ミカ氏と私のコップに注ぐ。その後、そのお水できれいにした2つのシャンパングラスに、オレンジジュースをとぽっと注いでジンとテキーラをそれぞれ適当量注ぐ。
その後は、戦艦長門のように低いテンションで
「かんぱいっ。」、と手にとったシャンパングラスで、ミカ氏の割り当てたシャンパングラスをカンっと鳴らした。
そこからは、最近になって三十路女子仲間になったミカ氏と、ラノベか科学的空想物語じみた話をしつつ、ちびちびとシャンパングラスの液体をちびちび飲んだ。最後は、
「あのね。なぜだかここんとこ、自分のベッドで眠れなくなっちゃって。」
と、いい年した大人が言うべきではない甘え言葉をミカ氏に言いつつ、再びみかんをちょぴっと食べたりソフトタッチのつもりのタッチをミカ氏にしたりして、ミカ氏とコタツで雑魚寝をした。
☆
目覚ましの力を借りて初日の出の1時間前に起きた私は、ミカ氏に、「紅白、一緒にありがとね。ここはオートロックだからそのまま出てね。あと、これはお年玉。」というメモ書きと、お年玉代わりのタクシー・プリペイド1万円分を残して、部屋を出た。
いいわよ、私の中の海パン男子、ルカ。あなたは生かしといてあげるから、コウと朕がこの世界で生きていける居場所を見つける手助けをしなさいよ。
そんなことを思いながら、当直明けの面々が屋上の初詣を行う予定の病棟に、私は向かう。




