危機のお昼休み
読んでいただけたら幸いです。
学校でのお昼の時間である。
私はいつも教室で母の作ったお弁当を食べる。
今は、前の席であり友人である霧観菜だいすと席を向かい合わせて二人で食べている。
クラス内に残っている生徒は半分程度、外に出ている半分は、食堂にいくなり、クラブで仲の
良い子達と食べているのだろう。
残った生徒は、それぞれ仲の良い人たちで集まって食べている。一人で食べている人もいるが…。
私はだいすのお弁当に目をむける。彼女のお弁当は、毎日がきらびやかといった具合である。
別に豪華な食材が入っているわけではないが、野菜の彩りにきらびやかなデザートがうまいバラ
ンスで置かれていて、見ていて非情に食欲をそそるのである。
比べて私のお弁当といえば、昨日のおかずの残りというのがばればれの食材に、これまた冷凍食
品をチンしただけというのがばればれのおかずが、適当につめられているというのがまるわかり
なのである。
あまり食欲はすすまない。
作ってもらってるものなので、文句をいう筋合いではないことはわかっていても、ついなにかを
思ってしまう事はあると思うのだ。
ちなみに彼女のお弁当は、彼女の母の手によるものではなく、また彼女自身が作ったわけではな
い。
それなら父親かというとそうではなく、彼女の家にいるメイドさんが作ったそうなのである。
メイドさんて……。初めて聞いた時はどこのお嬢様かと思ったが、実際に彼女はお嬢様らしい。
そんな彼女は上品に小さなフォークを使って、お弁当の中身を口に運んでいる。
ちなみに使っているフォークは、高級そうなものではなく、うさぎちゃんのマークがついている
かわいいものだ。
これは彼女がもっているもの全般的にいえることである。ブランド物とかにはあまり興味がない
らしい。
「ねえ、ダイス。今日は二人で残ってテスト勉強しない?図書館で」
来週のあたまから期末テストが始まるのである。今日は水曜日なので、猶予はあと五日といった
所である。
テスト勉強をするときは、大抵の場合はダイスと一緒にするようにしている。
理由は彼女が勉強ができて、質問をするとわかりやすく答えてくれるというのもあるのだが、
なにより集中して勉強をしてくれるからである。
私はぶっちゃけ勉強などは好きなほうではないし(ダイスも勉強が好きだというわけではないと
は思うけど)、集中なんかはすぐにきれてしまうのだ。
家で勉強なんかをしようとすると、たいてい視界に入るテレビ、漫画、パソコンなんかが目に
ついて、私の集中を妨害してしまうのである。
ダイスが目の前にいれば、もくもくと勉強をする彼女の姿が見えるだけなので、私も集中せざる
をえないということだ。
ダイスのほうは、口にハンバーグを含んでいたようで、それを咀嚼している。目で私に向かって
「待ってね」と合図を送っている。
お嬢様は口に食べ物を含んだまま口を開いたりはしないのだ。
「うん、大丈夫だからゆっくり噛んで」
私は目では合図を送らずに、口で言った。口の中には当然、なにも入ってはいない。
だからといって私がお嬢様というわけではないけど。
「いいわよ。どの教科を勉強するの?」
だいすは喉の奥に食べ物を押し込むと、私が好きな綺麗な声で言った。
「うん、そうだな。とりあえず初日にある教科から潰していかない?」
「数学、社会、美術ね」
だいすは即答した。
「うん、社会と美術なんかは覚える教科だし、それは家でもできるから…、今日は数学を中心
に勉強する?」
「うん、いいわよ」
だいすは私が好きな微笑を浮かべて答えた。
「ありがとう。助かるよ。数学なんて一人でやっててもわからないことだらけだから」
「ううん、大丈夫。家でやることを図書館でするだけだし、おまけとしてななちゃんのお悩み
中の顔がみれるんだから」
ななちゃんとは私のことである。
「お悩み中?」
私が不思議そうに聞くと、だいすはとても口元に手をあてて、可愛らしい声で「クックック」と
楽しそうに笑った。
「そうなのよ、勉強のあいまにね、一段落がついてちょっとななちゃんのほうを見てみるとさ、
いつも眉間に皺がよってるの。しかもすごい力が入ってるのよね。まるで超能力でも使ってて、
それで問題を解こうとしているように見えるの」
そう言うとだいすは「ふふふふふ」と楽しそうにまた笑った。
「もう、それじゃ私がばかみたいじゃない」
私は不機嫌そうなふりをして答えた。
「ごめんね。違うのよ、でもあまりに力が入ってるからつい面白くて」
そういうと、だいすはまた「ごめんなさい。ふふふ…」と笑った。彼女は一度笑いのスイッチが
入ると、なかなかおさまらないタイプなのである。
ひとしきりおさまるのを待つ間、私は昨日のおかずの残りを口にいれた。
唐突だが、私は食べれない食物がいくつかある。
そんなに数が多いわけではない、納豆にブロッコリ、あとは椎茸くらいだろうか、これらの食材
がどうしても食べられないのである。
納豆は食わず嫌いという奴なので、味はわからないが臭いがダメなのである。
納豆が存在している部屋にいるだけで、気分が悪くなりそうになるのだ。
ブロッコリと椎茸は見た目が受け入れられない。
あのなにかの菌みたいな形をした緑色の物体を口にいれたいとは思わないし、後ろ側がエイリア
ンのなにかしらの部位のようになっている傘状のなにかにいたっては、見るのも勘弁してほしい。
そして今、私のお弁当の中にその緑色の菌みたいな形をした物体がはいってやがるのである。
産まれる前からの付き合いである母には、私がこの緑色の巨大な菌を食べることができないこと
は、当然のごとく知っているの。だが、いれてくるのである。
これは、母の料理哲学の中に、とりあえず入れてみるという精神と、好き嫌いはなんとなくだめ
というものがあるからだ。
このことで何度も言い争いをしたのだが(情けなさ過ぎて他人にはいえないけど)、母がこりる
ようすはまったくない。
そして、今日もこうして入っているのだ。怒りで手が震える。
家に帰ったら戦争だ。心の中でどう言い争うかをシミュレートする。
「あら、ぶろっこりちゃんはいってるのね」
私がそんなシミュレートに没頭しようとした所に、ダイスが声をかけてきた。
顔を見ると、くすくす笑いから、微笑のような顔になっている。
笑顔の種類が人より多いのである。なにせ怒っているときすら笑顔なのだから。
そして今浮かべている笑顔は、私のだいす笑顔データベースの中から称号をすると、いじわる
笑顔である。楽しいおもちゃをみつけてしまったようである。
私には彼女がなにをしようとしてるのかが、はっきりとわかった。
「え、…うん。入ってるね。残念ながら飾りではないみたい」
私はしどろもどろに答える。
「ななちゃんのお母様にはいってるのでしょう?いれないでって」
「いつもいってるよ。でもあれだね、子供のしてほしいことをしてくれる親なんていないものなんだよ」
「そう。残念なことね。で、そのぶろっこりちゃんはどうするの?みないみないしちゃうの?」
小首をかしげながらだいすは言った。
みないみないとは、残すということを彼女なりの言葉でいったのである。
「う、うん…。どうしようか今悩んでたところかな」
私は、食べ物を残すという行為が、あまり好きなほうではない。
これは皮肉にも、小さい頃から母親に、だされたものは全て食べるようにいわれているせいかも
しれない。
お弁当に入っているどうしても食べれないものは、まわりの友達に食べてもらうようにしても
らって、なんとか事なきをえていたのである(家では弟におしつけては、母と喧嘩になっている)。
今の状況も、単純にだいすにお願いすればいいことなのである。
彼女は私よりも好き嫌いもなく、なんでも食べるほうなのだから。
実際、彼女と一緒にお弁当を食べるようになってから、何度も食べてもらってはいるのだ。
だが、彼女には困った事に、私が困っているのを見て楽しむという所があるのだ。
この状況で、私が食べれないこの巨大な菌の形をしたなにかを、ただでは食べてはくれないのである。
「そう。私が食べてあげようか?」
そっけなくだいすは言った。
「いや…。どうしようかな。前も食べてもらったし、毎回お願いするのもわるいしね、今日は
ほかの誰かにお願いしようかな」
「いいわよ、そんなこと気にしないで。私はぶろっこりちゃんが好きなんだから」
そういうと彼女は、顎を少し上げて、口を少しあけた。…巨大な菌の形をしたなにかが入るより
すこし大きめに。
彼女のこの体勢は、あれである。なんであるのかというと、平たく言えば、ひなが餌を入れてく
れるのを待つポーズといえばいいのだろうか。
もっと簡単に言えば、(私の中では)バカップルがやるような「はい、ア〜ン」を待つポーズな
のである。
最初にされた時は、私はぽかーんとしたものである。思った事は、彼女は口の中までも美しい
ということだろうか。
綺麗にそろった歯の奥にある舌は、女の私でも少しエロイなと思った。
私は常識と人目を気にするタイプの人間である。
クラスメイトがたくさんいる教室で、目の前でこんなことをされるだけで、顔が赤くなってくる
のである。
今も少し赤くなってると思う。
それに比べて、彼女は(お嬢様だというのに)大胆である。あまり人目というものを気にしない
し、いつも自分がしたいように振舞っているように見える。
この状況になってから、彼女を説得して普通に食べてもらうというのは、この時間をながびかせ
るだけというのは、経験上わかっている。
彼女は頭の回転がはやく、口ではどうやっても逆らえないのだ。
私は、できるだけ周りを見ないようにして、彼女の口に巨大な菌の形をしたなにかを差し入れた。
彼女はぱくっと口を閉じで、巨大な菌の形をしたなにかを口にいれこみ、私はさっと手を引き
戻した。
彼女が咀嚼している間、私はちらちらとクラスの様子をみてみた。何人かの生徒と目があった
気がする。今のを見られてたのかと思うと、顔から火がでそうだ。
「ああ、おいしかった。ななちゃんに食べさせてもらうぶろっこりちゃんはいつも格別だわ」
にこにこ顔で言うだいすを見ながら、これからは絶対にいれさせないように母との決闘を心で
誓った私なのであった。
途中で何を書いてるんだろうと思いました。