60.5話 エルフの聖域が堕ちる時
アナベル視点です。
これで5章は終わりです。
長く尖った耳に輝く金色の髪、そして青い瞳……
それが原初のエルフの外見的特徴であり、今でもその特徴に近い外見をしているほど、高い素質を持つ優れたエルフであると言われている。
僕は、原初のエルフの直径の子孫であり、エルフ里で最も純血に近い、高貴な血を持つエルフだ。
……なのに、僕の外見は、原初のエルフとはかけ離れたモノだった。
耳の長さはハーフエルフのような中途半端な長さで、髪は焦げ茶色、瞳は青と言えなくもないが、どちらかと言えば黒に近い濃い紺色だ。
里で最も高貴な家に、なぜこんな混ざりモノが生まれたのだ?
この子は出来損ないに違いない。
いいや、何かの呪いではないか?
里の住人達からはそんな事を散々言われたさ。 当然友達なんて居なかったから、僕はずっと1人で本を読んでいる子供だった。
幸い深緑の民は、先人の文化や知識を大切にする一族だから、本は書庫に大量に保管してあった。 おかげで読む本には困らなかったよ。
その中でも僕が夢中になったのは、勇者と呼ばれる人々の伝説だった。
やはり原初のエルフの物語が一番多く保管されていたけど、人間や獣人など、他種族の勇者の物語もいくつかあったよ。 もちろんそれも読んださ。 エルフが最も優れた種族である事実は揺るがないけど、他種族であっても勇者や英雄と呼ばれた人達は尊敬しているんだよ?
まあ、一般の人間や獣人はただの野蛮人にしか見えないけどね。
憧れたよ。 『天才は孤独だ』というけど、勇者は優秀で特別なのに、ちゃんと仲間や友人にも恵まれていて幸せそうなんだ。
……僕は、自分も勇者になれば里の者達が暖かい目を向けてくれると思ったんだ。
だから努力したよ。 勇者が弱くちゃ話にならないから、必死で強くなろうとしたさ。
こんな外見の僕だったけど、どうやら魔法の才能はちゃんと原初のエルフから受け継いでいたようで、数年後にはエルフ屈指の魔力を持つ3人…… 通称、3賢人といわれる実力者達と並ぶ魔力を手に入れた。
そうすると、今まで僕の事を出来損ない扱いしていた連中も手のひらを返したように頭を下げだした。 ……勝ったと思ったね。 そう、僕は自分の力で、自分が最も優れたエルフであると証明して見せたんだ。
だけど里の住人は、今度は僕の機嫌を取ってばかりで、本音を言わなくなったんだ。
僕をからかってた連中なんかは特にそうさ。
それで分かったんだ。 強くなるだけじゃ友達はできないってね。
やっぱり勇者にならないとダメなんだ。 人々を導くような立派な勇者になれば、きっとたくさんの仲間や友人ができるはずだ。
勇者や英雄の多くは精霊様をパートナーにしていたから、僕も精霊様との出会いを待っていたけど、どれほど待っても、なぜか僕の前に精霊様は現れなかった。
だから自分の手であの精霊を生み出したんだ。
これで勇者へと一歩近づいた! そう思った時に、初めての友達と……
そう。 ジャッドと出会ったんだ。
ふふっ、やはり勇者を目指したのは正しかったみたいだね。
魔物化した食虫植物に食べられそうだった所を助けてあげたら、強いね、って褒めてくれて、僕は高貴なエルフで、勇者になるべき者だからこれくらい当たり前さ、って言ったら、もっと目を輝かせて、凄いね、凄いね、って言ってくれたんだ。
そして、僕が勇者になる手伝いをするって言ってくれた。
だけど、何で勇者になりたいの? そう聞かれて素直に、勇者になれば友達や仲間ができるからさ、って答えたら、じゃあボクが最初の友達だね! って言って笑ったんだ。
ジャッドは英雄とか勇者の伝承を知らなかったみたいで、僕の説明を上手く理解してくれなかった。
だからジャッドは、僕が友達を集めて皆で勇者ごっこで遊びたがっていると考えているみたいだ。
……笑っちゃうよね。
だけど、遊びだって思ってるくせにジャッドは本気で手伝ってくれたんだ。
精霊が強くなるためには汚れた魔力が必要だと言ったら、妖精界から持ってきてくれた。
持ち出して怒られないのかい? って聞いたら、妖精は、自分の姿を見た人に親切にしましょうって教わっているから、そのために使うならきっと怒られないよ、って笑った。
……だけど、結局追っ手が来て、連れて帰られてしまったんだ……。
だから! だから今こそ僕が勇者になる時なんだ!
そして、僕が勇者になれたのはジャッドのお陰だ、ジャッドの行動は勇者の役に立ったんだって思われれば、ジャッドは許されて僕の所に帰って来られるかもしれない!
そのためなら、少しくらい強引な手段でも使わないと……ね。
「さて……準備はできたね。 あとはあの子を呼び出してからだ。
本体の様子を見る限り、あの時のダメージは癒えているみたいだし、召喚には応じてくれるだろう」
僕の目の前には、1本の聖王樹があり、その根本には青いバラが咲いてる。
そしてそこには光輝く果実が置いてある。
僕の一族に代々伝わる秘宝『楽園の実』……。
食べた者に強大な力を与えると言われる黄金のリンゴだ。
そのリンゴを魔力のコアとして…… 聖王樹を肉体として…… そして青いバラの花を魂として生み出した精霊があの子だ。
そのどれかが本体なのではない。
この3つ全てを合わせた物が彼女の本体なのさ。
僕はあの子の本体に向かって呼びかける。
「聞こえるかい? さあ、こっちへ来るんだ。 君の本体の所へと帰ってくるんだよ」
僕と彼女は、この前の旅の前に契約を結んだ。
そのお陰で、幽霊のように曖昧だった彼女の存在は多少はしっかりとした物になって、本体のそばから離れられるようになったし、僕が本体に呼びかけることで彼女を召喚する事ができるようになったんだ。
だからほら、この通りさ。
「……来たよ。 アナベル」
僕の目の前にはあの子が浮かんでいた。
元気そうで良かったよ。 でも今は時間が惜しいから、すぐに要件を話すとしようか。
「お母さんとの時間を邪魔してしまったかな? それについては謝るけど、どうしても手伝ってもらう事ができてね。 ……君には実体化して顕現してもらおうと思ってるんだ」
「……私が実体化するの? おかあさんみたいになれるの?」
「ああ、そうだよ。 僕も手伝うから、一緒に頑張ろうよ」
精霊が自力で実体化するのは難しい。
だからこそ、実体を持つ精霊姫様の存在は伝説とまで言われているんだ。
だけどこの子は、初めから実体化することを前提にして生み出したから、普通の精霊よりは簡単に実体化できるはずだ。 今なら僕と契約したお陰で、この世界との結びつきも強くなっているはずだしね。
そして何より…… この僕が補助するんだ、失敗なんかしないさ。
彼女が目を閉じて、そっと聖王樹に手を触れると、そこから溶け込むように聖王樹の中に消えて行く。
そして彼女の姿が見えなくなると同時に聖王樹の気配がグンと濃くなる。
楽園の実と青いバラも、聖王樹との繋がりがより強くなったようだ。
……上手く彼女の霊体が本体と一体化したみたいだね。
あとはこのまま本体を人の姿に変えるだけだ。
「聞こえるかい? これから君の体を人型に変えるんだ。
精霊姫様に…… お母さんに会っただろう? その体に触れただろう? お母さんが体を動かした時、その体にはどんな風に魔力が流れていた?
よく思い出して、真似をするんだよ」
僕が語りかけると、しばらくしてから聖王樹がゆっくりと動き始める。
そして、楽園の実と青いバラと溶け合うように1つになり、やがて形を変えてゆく。
いいね、その調子だよ。
僕は彼女の魔力に自分の魔力を繋げて、彼女が魔力を制御するのを補助する。
よし、上手く行きそうだ。
2~3分経ったかな? いや、もっとかな? 集中していたからハッキリと時間が分からないね。 でも……
ふふっ…… 成功だね。
僕の目の前には、あの子がしっかりと実体を持って存在していた。
ああ、服も着ているね、良かったよ。 女性用の服なんか持ってないからね。
「体の調子はどうだい? 調子が悪くなければ次に進みたいんだけどいいかな? 早くしないと妖精があの魔力を回収しに来るかもしれないからさ」
「うん、大丈夫なの。 ……少し変な感じだけど」
本当は彼女が体に慣れてからの方が良いんだけど、あまりゆっくりもしてられないし、予定を進めようか。
僕は彼女を連れて自分の家に戻り、本棚の裏の隠し倉庫から1つの箱を取り出す。
魔力を隠蔽する効果のある箱だ。 ここにあの魔力の塊をしまってあるんだ。
「さあ、これを吸収して浄化するんだ。 ……大丈夫、この前は失敗してしまったけど、今回は手を打ってあるからね」
「うぅ…… それ、怖いよ。 本当? 本当にこの前みたいにならない?」
「ああ。 まず、君に実体化してもらっただろう? 器がある分、霊体の時よりも魔力が安定しているはずだよ。 それに今回は僕が君と魔力を繋げたままにするから、魔力制御を補助してあげられるよ。
浄化は専門外だから手伝えないけど、魔力の暴走は抑えてあげられるさ。 ほら、部屋には僕と君の魔力の連結を強固にする魔法陣も描いてあるよ。
万全だろう?」
彼女は不安そうにしていたけど、僕の説明を聞いて頷いてくれた。
そして、彼女は恐る恐る魔力を吸収し始めた。 ……前回よりペースが早いし安定してるな。 実体化したことで許容量も増えたみたいだね。
「さあ、今度はその魔力を使って綺麗な物を作ろうか。 君も植物に属する精霊だから、花がいいかもね」
「……うん。 おかあさんが咲かせたお花、綺麗だった。 私もあんなお花を咲かせたいな」
イメージが固まったのかな? 魔力が収束してきたね。
順調だ。 このまま何もなければ成功しそうだね。
契約者は精霊が強いほど大きな恩恵を受けることができる、そして精霊は契約者が強いほど力を使う時の制限を受けにくくなる。
つまり、片方が強くなれば、2人とも強くなれるんだ。
彼女がこの魔力を自分の力にすれば、僕も勇者にふさわしい強さになれるだろう。
……だけどその時、突如、複数の足音が近付いてきてドアを開ける。
「アナベルさん!? この不吉な魔力は一体なんですか!?」
里の警備兵が4人も、僕の家に…… そして魔法陣に入って来てしまった!?
魔力の循環している中に横から入るなんて、コイツらは素人か!? 仮にも魔法の扱いに長けたエルフの末裔だろうが!!
「来るな馬鹿がっ!! 邪魔になるっ……くそぉ!?」
彼女と僕で上手く魔力を制御していた所に、突然異物が入り込んだ事で、魔力の流れが乱れだした。
「アナベル! アナベル! どうしよう!? 魔力がちゃんと動かないの!
どうするの!? どうすればいいの!?」
「落ち着くんだ! 僕の方で何とかっ……くっ……制御できない!」
「うぅ……気持ち悪いよ…… 嫌だよ…… 怖い…… 怖いよぅ!」
くそっ……不味いか!? だけど、僕は勇者だ! 勇者になるんだ!!
勇者は仲間と共に逆境をはね除けるものさっ!!
自分は勇者だ! そう言い聞かせて闘志を燃やそうした。 だけど……
混乱する彼女を落ち着かせるために、呼びかけようとした時に気づいたんだ。
……僕は未だに彼女に名前をつけてあげてないって事に。
……あれ? 彼女も仲間だよね……?
なのに、何で僕は名前すらつけていないんだろう?
顕現したてで体に慣れていない彼女に、何でこんな無理をさせているんだろう?
今さらだよね? 何で今さらこんな事が気になるんだ?
何でこんなに自分が間違っている気になるんだ?
『僕は勇者である』
自分の根底にあった、その自信が突然揺らぎだしたのを感じる。
な、なんで急にこんなに不安になるのさ……?
……そうか! 彼女の不安や恐怖が、繋いだ魔力を通じて僕に流れ込んでいるのか!
理由は理解した。 ……だけど、その時すでに、僕の心は流れ込んできた不安と恐怖に負けてしまっていた。
……勇者は、こんなものに負けはしないはずだ……
なのに、なぜ僕の心はこんなに簡単に負けてしまうんだ……?
……ああ、そうか…… そうなのか……
僕は……勇者じゃないんだね。
彼女の内側から巨大な闇が広がり、僕を飲み込み…… 僕の意識は闇に沈んだ。
ーーーーーー
一部始終を見ていた警備兵たちは恐怖した。
「ひっ……ひいっ! なんだこの黒いモヤは!?」
「アナベルさんが飲み込まれたぞ!?」
「みっ、見ろ! モヤに触れた木々が枯れて行くぞ!?」
3人が完全に混乱状態になる中で、リーダー格の1人がアナベルを救い出そうと手を伸ばすが……
「うっ……うおおぉ!? な、なんだ? 力が抜けるっ?」
モヤの中に手を伸ばしたとたんに強烈な脱力感に襲われた彼は、急いで手を引っ込めるがもう遅く、彼の体は、自分で立っているのにも苦労する程に弱っていた。
「こ……このモヤは魔力を喰うのか!? くっ! 逃げるぞ! 我々では何もできん! 3賢人の方々に知らせるんだ!」
連絡を受けた3賢人が森の奥からやってきた時には、里の大半は黒いモヤに飲み込まれていた。
その様子を見て、3賢人の1人の白く長いヒゲの老人が言う。
「なんと…… 魔力が澱んで周囲に被害をもたらす事はあるが、ここまで大きなモノは聞いた事も無いぞ」
老人の言葉に、ベールで口元を隠した女性が言った。 彼女も3賢人の1人だ。
「私も聞いたこと無いけど、実際に目の前にあるんだからうだうだ言ってても仕方ないわ」
そのあとで、長い銀髪の青年…… 3賢人の最後の1人が口を開く。
「いずれにしてもこのままという訳には行きません。 森が食い尽くされる前に手を打ちましょう!」
頷き合った3人は前へ進むと同時に魔力を練り始め、詠唱を開始する。
「「「悪しき者、汚れし者、許されざる者よ! 清らかな風にて吹かれて等しく消えよ! 『神聖なる風!』」」」
3人の放った白く清らかな風は、黒いモヤを一方的に押し込んでいるように見える。 そしてモヤはどんどん小さくなっていった。
「「「……やったか?」」」
3人が異口同音にそう呟いた次の瞬間、小さくなっていたはずの黒いモヤは、爆発的に広がり、その中から半透明の黒い不定形の塊が大量に現れた。
その黒い塊は浮遊しながらゆっくりと辺りを見回すかのような動きを見せた。
なぜかは分からない。 あるいは、本能的なものであろうか?
3賢人は、そして、その後ろで様子を見ていた深緑の民たちはその塊を見て、思った。
これは、自分たちの敵だ。 恐るべき天敵だ……と
「里の者たちよ! 退け! ワシらが時間を稼ぐ! 逃げるのだっ!!」
自分たちが誇る最強の存在、3賢人が青く強張った顔で逃げろと叫ぶ。
それが、どんな事態を意味するかを悟った里の者たちは、無我夢中で逃げ出した。
逃げ惑うその姿は、自分たちエルフは上位種であると胸を張って語っていた傲慢さなど感じられず、捕食者に怯える哀れな小動物と大差ないものであった。
この日、エルフの聖域と呼ばれた豊かな森は、枯れ果てた荒地に姿を変えた。
後にそこから意識不明で見つかった3賢人たちは、命こそ無事であったが、かつて最強とまで呼ばれたその魔力を吸いつくされ、並みのエルフ以下の魔力しか無くなっていた。
……黒いモヤは、森の木々や3賢人から吸収した魔力で更に大きく膨れ上がる。
そして、そのまま母親を探し求める迷子のようにフラフラと方向を変えたあと、何かを見つけたかのように、真っ直ぐにある方向へと進み始めた。
(おかあさん…… おかあさん……)
闇の中に響く、その少女の声は誰にも届かない。 ……そう、今はまだ。
これで5章は終わりです。
何日か投稿を休みますけど、とりあえず24日にクリスマス閑話を投稿します。
本編の再開がいつになるかはまだ未定なので、その閑話の後書きでお知らせします。
次が終章です。 最後まで応援よろしくお願いしますね。