58話 ボタニカル☆モーリンからのジャッド君の帰還
どうもこんにちは、モーリンです。
ようやくジャッド君を見つけて、ぺルルちゃんが説得を始めたタイミングで、お仕置きのプロの妖精さんたちがやって来てしまいました。
この人たちに見つかる前に、ぺルルちゃんが保護するという計画は失敗してしまいましたかー。 ん? でも、今からでも転移魔法で逃げられないんですかね?
ぺルル・ジャッド・イッショ・ワープ・ニゲル・デキヘンノ?
「……無理よ、彼らは、言ってみれば警察みたいなものだから、そう簡単に逃げられる相手じゃないわよ。 現れると同時に転移魔法は封じられたわ。 ほら、今も何人かが封印の魔法を使い続けてるでしょ?」
ぺルルちゃんが顔を向けた方向を見ると、確かに何人かが手をかざしてシュイーンって感じで光ってますね。 ……という事は、あの数人を邪魔しちゃえば逃げれます?
いえ、お仕事の邪魔をするのは申し訳ないので、あまりやりたくないですけど、選択肢として考えておこうかなー、と……。
「リン。 なんとなく考えてる事がわかったけど、やったらダメよ? 断罪妖精たちは、基本的には罪人にしか攻撃しないけど、攻撃してきた相手に限っては命を奪うことも許可されているのよ。
リンなら負けないと思うけど、殺し合いなんかしたくないでしょうし、私もリンにそんな事をさせるのは絶対に嫌よ」
殺し合い!? そんな物騒なのは嫌ですよ!?
うーん、ではジャッド君に素直に謝ってもらいましょうか。 ごめんなさいって頭を下げれば、きっとゲンコツ1回とかお尻ペンペンくらいで…… っ! なにを!?
妖精さんたちは、ジャッド君に向けて一斉に魔法を放ちました。 私は咄嗟に体を盾にして防ぎましたが、何発か防ぎきれませんでした。
ジャッド君は大丈夫ですか!? 振り向いて確認すると、私が防ぎきれなかった分はフードさんが氷の壁で防いでくれていたようです。
……ですが、それで魔力を使いきってしまったのか、フードさんは膝をついて息を荒くしています。
ジャッド君が無事なのは良かったんですが……。 なんですか、この妖精さんは!? 問答無用で攻撃ですか!?
今の魔法、私でもかなり痛かったですよ? ジャッド君に当たっていたらシャレにならなかったと思います。 不味いですね…… この人たち、謝って許してくれるタイプではなさそうです。
……たぶん、とてつもなく重い罰を与えられてしまうでしょう。
「リン! その子を止めてっ!」
その時、ぺルルちゃんの切羽詰まった声が聞こえました。 ん? ……ほわぁ!? ちくわちゃんが妖精さんに殴りかかってますっ!? ダメですよー!!
私は髪の毛でちくわちゃんを絡め取って、動きを止めます。
不味い…… 不味いですよ!? 私が盾にならないとジャッド君は守れません! ですが、それで私が攻撃を受ければ、ちくわちゃんが怒って妖精さんを殴っちゃいます! そしたらガチで殺し合いになりますよね!?
私が困っていると、ジャッド君が悲しそうな顔で怖い妖精さんたちの所に向かって進み始めました。
まだ諦めたらダメです! なんとかディアえもんの所に行けば、きっと守ってくれますから!
何か……何か考えるんです! 妖精さんを攻撃せずにこの場を切り抜ける方法をっ……!
妖精さんたちは、ジャッド君を両側から挟むように2人近づき、残りが私とちくわちゃんとフードさんを警戒するように動きながら、封印の魔法を使っている数人を守っています。
……今、アイコンタクトすらしないで一斉に動きましたよね? 羽も点滅しなかったので妖精語も使っていません。
なら、念話でリアルタイムに打ち合わせして連携をとっている……という事だと思います。 じゃあきっと念話のチャンネルは全方位にオープンになってますよね? ……よし。
ぺルル・ジャッド・ツレテ・ワープ・ワタシ・ミチ・ヒラク!
「……攻撃する訳じゃないのよね? 危険は無いのよね?」
ワタシ・シンジル・アト5ビョウ・ぺルル・ジャッド・ココロ・トジル・シテ
「心を閉じる? ……そっか!? わかったわ! ジャッドにも伝える!」
(5)あっ、私が何をするか(4)わかったようですね。(3)それでは(2)
……(1)GOですっ!
ハーイッ! 妖精の皆さーん! 今日は私のために集まってくれてサンキューでーす!
みんなのアイドル! ボタニカル☆モーリンのライブを始めちゃうゾ♪
じゃあ私のデビュー曲です! みんな聴いてね♪
ーーーーー 『魁! ファンタジック幻想音頭』 ーーーーー
作詞・作曲 毛利・F・鈴
イア・イア・ハスター・ア☆イアイア! イア・イア・ハスター・ア☆イアイア!
『ソイヤッ!』 ←(コーラス)
イア・イア・ハスター・ア☆イアイア! イア・イア・ハスター・ア☆イアイア!
『ソイヤッ!』 ←(コーラス)
青い青空 とってもブルースカイ まるで青く染まった青い青空みたいね!
今日はアイツと待ち合わせ♪ ハチ公像の上で英雄のポーズ!
これならすぐに私がいるってわかるでしょ?
ずっとずっとアイツを待つの! 明るく陽気に鼻歌なんか歌っちゃえ!
ハチ公の上でハイテンションにヘッドバンギング!
事情聴取になんて負けないわ! 『ソイヤッ!』 ←(コーラス)
走るように駆け足で走るアイツが走りながらダッシュでやって来た!
微笑むように満面の笑みで笑いながら、笑顔のアイツは笑って私の肩を叩いた
私はすり抜けて後ろに回りこむの! ふははははっ! それは残像だ!
* ランランルー! ランランルーー! ランランルー! ランランルー!
モーリンは嬉しくなるとついやっちゃうんだ!
ああ 良い気分! 精神鑑定なんか、もう要らないわ!
時計の針は午前4時 少し早めのランチはいかが?
今日は私がお弁当を作ったの♪
私、知らなかったわ 炊飯器は水を入れなきゃお米は炊けないのね?
私、知らなかったわ 玉子焼きってカラごと直火じゃダメなのね?
デザートにはプリンを作ったわ 味見をしたら アラびっくり!
茶碗蒸しの味がするわ なんて素敵なミラクルかしら?
(*部分 2回繰り返し)
そんな夢を見た日曜の朝 『ソイヤッ!』 (←コーラス)
ーーーーーーーー
私は適当に頭に浮かんだ歌を、念話の要領で妖精さんたちの心に送り込みました。
ボリュームは、前にぺルルちゃんが頭を抱えて苦しんでた時の音量の倍くらいです。
結果は…… まあ、言うまでもありませんよね?
妖精さんたちはボトボトと落下して地面の上でピクピクしています。 20人ほどの妖精さんが白目をむいて痙攣しているのを見ると、やり過ぎましたかねー、とか思いますけど、他の手段が思いつかなかったから仕方ないですよね?
私は念話で歌を1曲披露しただけなので、指1本触れてはいません。 なので、妖精さんたちには私を攻撃する大義名分は無いはずです。
……そもそも、みんな気絶しているので、攻撃のしようもないでしょうけど。
ぺルルちゃんはその惨状を見て「うわぁ……」と呟いたあと、
「コイツらが倒れてるうちに、ジャッドを連れてディアモン様の所に行くわ。 あ、くれぐれもその精霊の子に直接魔力を送り込んで回復させようとか考えないでね? リスクが高過ぎるから。
それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」
と言ってジャッド君に何かを話しかけます。
ジャッド君は、少し寂しそうに頷いてから、フードさんの方を向いて何かを言いました。
……あっ…… そうですよね…… 家出少年が実家に帰るんですからお説教とかもされるでしょうし、またすぐにここへ来るというのは難しいでしょう。
しばらくフードさんとは会えなくなるのでしょうから、きっとお別れの言葉を言ったのでしょうね。
フードさんが何かを言いました。 顔は隠れて見えませんが、声を聞くだけでも悲しんでいるのはわかります。 別れの言葉……と言うより、引き止めようとしてる感じですね。
ジャッド君は何かを呟いたあと、ぺルルちゃんと一緒に転移魔法を使って、消えてしまいました。
……言葉がわからなくても、ジャッド君の最後の言葉だけは何となくわかりました。
『ゴメンね、行かなきゃ。 ……また会おうね』 ……だと思います。
……残されて、呆然と座りこむフードさんの姿が、なんだか小さく見えます。 でも、そうですよね。 フラスケちゃんが倒れてしまって、ジャッド君ともしばらくお別れなんです。
きっと2人ともフードさんの大切なお友達なんでしょうから、急にこんな事になってしまって、悲しいでしょうねー……。
私は、フードさんの肩にトンと触れました。
私は言葉がわかりませんし、仮に会話ができたとしてもこんな時になんて声をかけてあげたらいいかなんて、わかりません。
ですが、フードさんの辛そうな背中を見てしまうと、放っておくことはできませんよね。
……ですけど……。
「e6Tyや@2zS!!」
フードさんは怒鳴りながら私の手を振り払って、走り出してしまいました。
フードさん! せめて怪我を治してからっ……! あー……行っちゃいました。
……んー、追えば追いつくことはできるでしょうけど、追いついたとしても多分今は素直に治療を受けてはくれない気がします。
それに、気絶してる妖精さんたちが目を覚ました時にトラブルが無いとは言い切れませんから、倒れているフラスケちゃんを放っておくわけにもいきません。
フードさんを追うのはやめておくべき……でしょうね。
……うぬぬっ……体を怪我して、気持ちも落ち込んでいる人がいるのに、何もしてあげられないのはモヤモヤしますねー。
まあ、フードさんは強いので大丈夫だと信じましょう。
それから2~3分ほどすると、妖精さんたちが目を覚ましました。
行動を見れば私は念話で歌を歌っただけですが、邪魔をしたのは確かですから攻撃してくる可能性も考えていたんですけど、妖精さんたちは目を覚ましてすぐにキョロキョロと周りを見回して、ジャッド君がいないことに気づくと、すぐに帰って行きました。
ふう、良かったです。 歌は敵対行動とは思われなかったようですねー。
正直なところ、想像以上の破壊力が出てしまったので、もしかしたら攻撃だと思われて反撃されるかも? っという気持ちもチラついていました。
ジャッド君をお仕置き妖精に捕まえられないように保護する事に成功したので、予定は1つ終わりましたけど…… あまりスッキリはしませんねー。
ジャッド君とフードさんがお別れする結果になっちゃいましたし、フラスケちゃんも倒れてしまいましたから、あまりハッピーな展開ではありません。
気持ちがもにょもにょしていた私の耳に……いえ、心に……でしょうか?
ある、小さな声が届きました。
おかあさん……という声が。
フラスケちゃん!? 私がフラスケちゃんの顔をのぞきこむと、彼女は少しだけですが目を開けていました。
私は無意識に手を伸ばして、フラスケちゃんの手を握ります。
……おや? 今、手を握れましたよね? すり抜けませんでしたよ?
フラスケちゃんは私の手を握り返して、僅かに笑ってくれました。 フラスケちゃん! フラスケちゃん! 良かったです! 元気になったんですねっ!?
それを見て、ちくわちゃんも嬉しそうな笑顔です。 私は例によって無表情ですけど、気持ちの上では笑っています。 もうニッコリですよ?
……うん。 そうですよね! ハッピーな展開では無いって思いましたけど、展開がどうであれ結末がハッピーであればOKですよね?
フラスケちゃんも回復してきたようですし、きっとフードさんとジャッド君も再会できるはずです!
ディアえもんならきっとジャッド君の事も、そう悪いようにはしないでしょう!
直接話した事は少ないですけど、私はディアえもんは優しい人だと信じています。
ーーーーーー 妖精界にて……
ぺルルに連れられ、妖精界の宮殿へと向かったジャッドの前には今、眉間にしわを寄せた大妖精ディアモンが立っている。
「ジャッド…… あの魔力を勝手に持ち出すことが禁止されているのは知っているだろう? ……なぜ、こんな事をした?」
「だって…… アナベルが勇者になるのが夢だって言ってたから、それを手伝いたかったんだ」
「だから、悪い事だと知っていたのに持ち出したというのか?
……ジャッド。 お前は、なぜそのエルフにそこまでするのだ?」
ディアモンのその質問を聞いたジャッドは、きょとんとした顔で、まるで当たり前の事を聞かれたかのように答えた。
「友達だからだよ? アナベルはとっても頭が良くて、ボクの知らない事をいっぱい教えてくれたんだ。 ボクはアナベルが大好きなんだ。 アナベルもボクを友達だと言ってくれたんだよ?」
「友達か…… そのエルフは、お前を利用するために友達だと嘘を言っていたのかもしれないぞ?」
ディアモンの言葉に、ジャッドは泣きそうな声で叫ぶ。
「違うっ! アナベルは良い人だよ!? ボクの大事な友達なんだ!」
「……そうか、お前はあのエルフを信じるか…… いいだろう。 お前への罰は、彼の進む先を見てから決める事にする。 ……お前はしばらく自由行動を禁止する。 謹慎していろ。 あの魔力の回収は、私が自ら向かおう」
「……うん。 わかった」
「……さあ、行きましょうか」
話が終わると、今まで黙って待機していたぺルルが、ジャッドに声をかけて奥の部屋へと連れて行く。
……向かった先は、いわゆる反省室だ。 牢獄というわけではないので環境はさほど悪くないが、転移魔法は封じられる部屋だ。
2人の背中を見送った後、ディアモンは1人静かに呟く。
「さあアナベル。 お前がどんな道を選ぶのか、見せてもらおう。
……ジャッドの信頼を裏切らないでくれる事を願っているぞ」
次の投稿も2日後の予定です。