57話 特大コーヒーゼリーからのお仕置きのプロ
最初だけアナベル視点です。
僕は、黒い魔力の球をジャッドから受け取り、それを彼女に差し出した。
「さあ、これを吸収して、体内で浄化するんだ。 そうすれば世界は綺麗になるし、君の魔力は増えていく。 ……良いことずくめだろう?」
原初のエルフ、そして聖王……。
勇者や英雄と呼ばれた者に共通しているのは、多くの人々が悲しみや苦しみに襲われたその時に、伴侶である精霊姫様と共に表舞台に現れて、人々を救い、そして象徴となり、民を導いて戦ったことだ。
ジャッドが持ってきてくれた黒い魔力の球は、周囲に不幸をもたらし、それでいて吸収した精霊の魔力を増幅することもできるんだから、勇者の伝承を再現するには最適な道具だった。
だからジャッドに頼んで色々な場所にばら蒔いてもらったんだ。
ああ、何かが起きてもちゃんと僕か解決するつもりだったから、心配はいらないさ。
不幸の芽が出た頃にその場所を周り、問題を解決して名声を高めながらこの子の魔力を強化して歩けば、勇者と呼ばれる日は遠くないと思ったんだけど、精霊姫様とその巫女がライバルとなるなら、ゆっくりとしてはいられない。
早くこの子に精霊姫様と並ぶほどの魔力量になるまで成長してもらおう。
名声は大事だけど、まず手に入れるべきは実力だよね。
「……うん。 やってみるの。 ……んっ……!」
最初は苦戦していたみたいだけど、途中でコツを掴んだようだね。
彼女は魔力の球を1つ、吸収しきったみたいだ。 ……でも……。
「うぅ……! 苦しいよっ…… 苦しいようっ!」
彼女は突如苦しみ出してしまった。 もしかして許容量を越えたのか!?
それを見たジャッドが懸命に彼女へアドバイスを伝える。
「早く浄化をして! その魔力を使ってキレイなものを創るんだよ!」
「わかんない! わかんないよっ! やだっ! 怖いよっ!」
ダメだ! 完全に取り乱してしまっているのか、ジャッドのアドバイスも伝わっていないみたいだ! うん? ……あれは?
彼女から、黒いモヤみたいなモノが出ているように見える。
「ジャッド! 彼女から黒い何かがどんどん染み出して…… なんだか固まってきてるけど、こっ……これは大丈夫なモノなのかい!?」
「大丈夫じゃないよ! これは創造魔法の暴走だよ! 怖いとか苦しいとか、そういう気持ちが何かを創り出しちゃってるんだ! 気をつけて! こう言う時は、大抵はオバケみたいなのが生まれちゃうんだ」
ジャッドが喋っている間にも、黒いモヤは徐々に実体化をしてゆく。
これは不味い……かな? いや、でもこの化け物を倒してしまえば、この子の魔力も丁度良く消費されるだろうし、都合は良いかもしれないね。
……問題は、僕が決闘と転移で魔力を使い過ぎたって事かな……? さて、後どれだけ魔法を撃てるかな?
だけどさ……。
「僕は、最も高貴な真のエルフだ! 勇者になるべき者だ! こんな化け物に負けはしないさ!」
ーーーーーー モーリン視点
どうもこんにちは、高機動型モーリンです。
ジャッド君が例の悪い魔力を使ったらしくて、居場所がわかったので走ってそっちへ向かっています。
私が走るとぺルルちゃんより速いので、置いて行っちゃわないようにぺルルちゃんは私が抱っこして走っていますよ。
ちくわちゃんは、魔法でちくわウィング(仮)を背中に生やして私のすぐ後ろについて来ています。
……ですが、計算外ですねー?
足が3倍速くなるかと思って、服を赤くして頭にアンテナを生やしてみたんですが、不思議とあんまり変わっている気がしませんね?
服を創り直したり、アンテナを生やしたりするのに使った1分くらいを普通に走っていれば、もうジャッド君に追いついていたかもしれません。 これは失敗しましたか。
ちなみにアンテナというのは、頭の真ん中から1本だけ生やしたあの草です。
名前はわからないんですが、ほら、俗に猫じゃらしと呼ばれているアレですよ。
これを生やして、服を真っ赤にすることで私は高機動型モーリンとなって通常の3倍の速さになる! ……予定だったのですが、物事は予定通りには行かないものですねー。
「反応が大きくなってきた! 近いわ!」
ぺルルちゃんは、腕輪の上に浮かび上がっている矢印が激しく点滅しているのを見て叫びます。 了解ですよー! 私は足を止めました。
ここからはF P Sを使ったほうが早いでしょうね。
周りには人がいないので、反応があればそれは多分ジャッド君たちでしょう。 ……あっ、人はいませんけど動物の反応と間違えたりしちゃうかもしれませんかね? んー、まあいいです。 とりあえずやってみましょうか。
私は、抱いていたぺルルちゃんを離してから、意識を集中します。 むむむ……。
どよめけ私のF P S!
んー…… おおっ! 近くに反応がありますね。
……ですが、反応は4つですね? ですが、その中の1つの反応が、なんというか説明しにくいですけど、気持ち悪いです。 なんですかねー?
なんだか嫌な気配がするので、見に行ってみましょうか。
私たちは少し先にあった林に向かいました。
林の手前までくると、中から争うような物音が聞こえてきます。 あっ! 今、木がメリメリいって倒れて行きましたよ!? 絶対あそこでなにか荒っぽい事が起きてますよね!?
私は荒事は好きじゃありませんけど、フラスケちゃんやジャッド君、それにフードさんが危ない目にあっているかもしれないのを、見て見ぬふりはしたくありません。
まあフードさんはとても強かったですけど、多分まだ疲れてるはずなので、何かがあれば危ないかもしれませんよね。
いざという時のため、戦うための心の準備はしておきましょうか。
私は林に入ると、すぐにそれを見つけました。
わわわっ!? アレはどちら様ですか!?
それは半透明の黒い固まりで、サイズは…… ワゴン車くらいでしょうか?
ふよふよと空に浮かんでいます。 ……空飛ぶ特大コーヒーゼリーですか?
そのコーヒーゼリーは触手を伸ばして暴れています。
フードさんが戦っていますが、やっぱり疲れてるのかフードさんは、ちくわちゃんと戦った時と比べると動きも魔法の威力も少しキレが無い気がしますねー?
……って! あれはっ!
私は、戦い続けるフードさんとコーヒーゼリーの側で、倒れているフラスケちゃんと、泣きそうな顔のジャッド君を見つけてしまいました。
フラスケちゃんに何をしましたかー!? このコーヒーゼリーめ!
クラッシュタイプの飲むゼリーみたいにしちゃいますよ!?
私は心の中でスイッチを戦闘用に切り替えて、飛び込みました。
食らいなさい! ジャンピングモーリンキーック!!
私の飛び蹴りはコーヒーゼリーのお腹に直撃し、思いきり弾き飛ばしました。
……一瞬、自分でも『コーヒーゼリーのお腹』というワードに首を傾げそうになりましたが、今は細かい事はスルーしておきましょう。
吹っ飛んで木に激突したコーヒーゼリーは、最初は弱っているように見えましたが、すぐに元気を取り戻しました。 ……周りの草木の養分を吸収して。
コーヒーゼリーが伸ばした触手が触れた植物は、触れられた部分から急速に枯れ果ててポロポロと崩れて行きます。
なっ……なんですか? コレは? 言葉では表現しきれないような生理的嫌悪感を感じますっ!
植物が枯れたから? ……いえ、植物に対して仲間意識が無いとは言いませんが、それだけでこんな気持ち悪くはならないと思うんですけど……。
謎の嫌悪感に戸惑う私に、ぺルルちゃんの声が聞こえてきました。
「リン! 今、ジャッドに経緯を聞いたわ! それは、その精霊の子の中の恐怖や苦痛のイメージが形になったものよ! だから同じく精霊であるリンにとっては不快に感じる相手かもしれないけど、その体は例の悪い魔力から出来ているから、リンなら吸収して浄化できるはずよ!」
なるほど…… これはフラスケちゃんにとっての怖いものですか。
待っててくださいね、フラスケちゃん。 あなたを怖がらせた悪いモノは、お母さんが全部食べちゃいますからね。
さて…… とはいえ、動いて攻撃してくるモノを丸ごと直接吸収した事はありません。 んー、どうしますかねー? ふむふむ……よし!
私は、このコーヒーゼリーが触手で養分を吸っていた姿を思いだして、同じような事をしちゃおうと考えました。 目には目を! 歯には歯を! そして触手には触手です!
私は髪を蔦に変えて、うにょーんと伸ばしてから寄り合わせて、三つ編みのようにして、それを動かしてみました。
ふむふむ、結構行けそうですね。 では……GOです!
私はコーヒーゼリーに触手を伸ばします。 ですがコーヒーゼリーも危険を感じたのか、自分の触手で横から払うようにして私の触手を近づかせません。 むむっ、意外と動きが素早いですね?
ですが、私もまだまだスピードUPできますよー!
私も少しずつコツがわかってきて、触手をスムーズに動かせるようになりました。
んー、ですが、このコーヒーゼリーも粘りますね? フラスケちゃんが心配なので、あんまり時間をかけたくないんですが……。
その時、ズバンッ! と音がして、コーヒーゼリーの体勢が崩れました。
横からちくわちゃんがちくわちゃんパンチ、略してちくわパンを撃ったようです。
ナイスなタイミングです!
邪魔をされて怒ったのでしょうか? コーヒーゼリーは、今度はちくわちゃんに狙いを定めて触手を伸ばしました。 おやおや? 私をフリーにしちゃっていいんですか?
ちぇすとー!! 私は触手をコーヒーゼリーのわき腹に差し込みます。
……『コーヒーゼリーのわき腹』と言う表現が適切かどうかは疑問ですが、まあ、そんな事を考えるのは後にしましょう。
私は触手をストローに見立てて、そこから悪い魔力をちゅうちゅう吸います。
コーヒーゼリーは、みるみる萎んで行き、やがて消えてしまいました。
ごちそうさまでした。
いつも通りお腹が苦しくなったので、早く浄化して消費してしまいましょう。
いつもの鈴蘭を咲かせるのもいいのですが…… ここは林ですから草木がたくさんありますよね、では、こういうのはどうでしょうか?
ふぬぬぬぬっ…… ソイヤ!
私は、周囲の草木に一斉に花を咲かせました。 んー、多分、花が咲かないタイプの植物にまで花が咲いちゃったっぽいですけど、綺麗だからいいですよね?
……おっと、コレも忘れてはいけません。 私は、あのコーヒーゼリーが折ったり枯らしたりした草木を復活させます。
……残念ながら、根っこの先まで枯れきったものは復活させられませんでしたが、無事な部分が少しでも残っていたものはすくすくと育って元気な姿に戻りました。
うん、私がゼロから花を創らなくても、もともとある植物に花を咲かせるだけでも浄化はちゃんとされるようですね。 お腹いっぱいだった魔力も丁度よく消費されて、腹8分目くらいになってます。
さてと……。
私はフラスケちゃんの側に駆け寄ります。
フードさんが抱き起こそうとしているようですが、すり抜けてしまって触れないようです。 ……もしかして!?
私もフラスケちゃんに触れようとしてみましたが、やはりすり抜けてしまいました。 不思議パワーをまとった状態なら触れるはずなのに、それをやってもすり抜けてしまいます。
こっ……これは不味くないですか!? ぺルルちゃん! どうしましょう!?
ぺルル・フラスケ・サワレナイ・ヨワッテル!?・アブナイ!?
「大丈夫だから落ちついて! ここは今リンが浄化したから、清らかな魔力に満ちていて居るだけで魔力が回復する聖域みたいな状態になっているのよ。
精霊の体は魔力で構成されてるようなものだから、ここで休ませておけば少しずつ回復するはずよ」
そ、そうですか。 ああっ……良かったです……。 あっ! フードさんは、まだ取り乱しているようなので、大丈夫だって教えてあげたほうがいいですよね?
ぺルル・フラスケ・ブジ・ジャッド・ケイユ・フード・イキ
「ジャッド経由フード行き? なによそのバスのアナウンスみたいなのは。
……ああ、私が妖精語でジャッドに伝えて、翻訳してもらってそっちの彼に伝えるってことね? 了解よ」
ぺルルちゃんとジャッド君は会話して…… これは会話してるんですよね?
なんか超音波的な、か細くて高い音が聞こえるのと、2人とも、羽がチカチカと色んな色に点滅しています。
きっと、あの羽のチカチカもコミュニケーション方法なのでしょう。 だとしたら、相手の羽に気を配っていなくてはいけないので、大人数で会話する時は不便そうな気がしますねー。
あっ、だから念話を多用してるんですかね? ん? でも、念話も多人数向きじゃない気がしますね? 念話って多人数に一斉送信できるんでしょうか?
私が妖精のコミュニケーションについて考えているうちに、2人の会話は終わっていたようです。 今はジャッド君がフードさん話しかけています。
それも終わって、フラスケちゃんの無事が伝わったのでしょう。 フードさんも落ち着きを取り戻したようですね。
うーん、それにしてもフードさんって見た目はクールっぽいんですけど、実は熱い人なんですね。
倒れた仲間を心配して取り乱したり、さっきは、私たちが来るまでの間、倒れたフラスケちゃんと戦えないジャッド君を背中にかばって、1人で戦っていましたよね。
で、とても強いですし、フードの中の素顔はイケメンさんと来ました。
うーん、まるで勇者みたいな人ですねー。 カッコいいです。
フードさんは、気まずそうにそっぽを向いていますね? あっ、もしかして、私やちくわちゃんみたいな小さな女の子に助けられて、プライドが傷ついてしまったのかもしれません。
……ですけど、慰めたりしたら、更にプライドを傷つけるかもしれないですよね?
どうやって接するのが正解かわからないので、ぺルルちゃんに相談しようとしてそちらを見ると、ぺルルちゃんはまたジャッド君とお話ししていました。
ぺルルちゃんは、いつになく真面目な顔で、お説教か説得でもしている感じです。
……そう言えば家出したジャッド君を連れ戻すのが本来の目的でしたよね。
コーヒーゼリーと戦ったり、フラスケちゃんが倒れていたりでバタバタしていて忘れていました。
確か、早く保護しないと、ジャッド君の所にお仕置きのプロみたいな怖い妖精さんが来るとかそう言う話で……っ!?
私は、突然たくさんの視線を感じた気がして顔を上げました。
するとそこには、10……いえ、20人くらいの妖精さんたちがパタパタと飛んで、こちらを見下ろしていました。
その視線は冷たくて、同じ妖精であるぺルルちゃんやジャッド君とは全然違う雰囲気です。
……もしかしなくても、この人たちがお仕置きのプロの人たちですか?
次の投稿も2日後の予定です。