56.5話B 彼女の実力
決闘シーンのアナベル視点です。
……気に入らない。
本当に気に入らないなぁ。
いつか高位の精霊が現れて僕と契約してくれるって、ずっと信じていたのに、どれだけ待っても僕の前に精霊は現れなかった。
仕方なく禁呪にまで手を出して人工精霊を生み出してここまで育てたと思ったら、今さら精霊姫様なんて伝説上の存在が現れてさ、しかもはるばる迎えに来たら既にパートナーが決まっているだって?
しかもその相手は、尖った長い耳に輝く金髪に青い瞳で小柄な体格…… 原初のエルフの外見的特徴そのままじゃないか。
ふざけるなよ…… 原初のエルフの再来は、この僕だ! 精霊姫様の加護を受けて、勇者としてエルフを導くのは、この僕の役目なんだ!
……力の差を見せつけてやるよ。 世界屈指の魔導師と呼ばれる3賢人にも届くと言われたこの僕の魔法を見せてやるさ!
僕は魔力を集中させながら、開始の合図を待つ。 合図の前から呪文を詠唱しておくのは反則だけど、魔法を集中させるだけなら反則じゃあない。
見たところ、相手も魔力を集中させているようだ。 ……コントロールは甘いけど、魔力は想像以上に多いな。 思ったほど簡単な相手じゃないかもね……。
でも、無詠唱の場合は、魔力量よりも技術面が重要だ。 お互いに詠唱ができない戦闘開始直後の一撃なら技術の勝る僕が有利さ。 初手で勝負を決めてあげるよ!
やがて、決闘の合図が出されると、僕は即座に霜の獣牙を放つ。
氷の攻撃魔法の中では基本的なものだが、だからこそ使い慣れていて無詠唱でも威力をそれほど落とさずに使えるし、発動も早い。
相手が魔法を放つ前に当てるつもりで使ったんだけど……
「杖で叩き落とした!? くそっ! 初手から接近戦狙いか!?」
彼女は、戦闘開始と同時に、集中していた魔力を身体強化に使って、僕の魔法を打ち落としながら突っ込んできた。 くっ……防御魔法は間に合わないっ!
僕は、急いで脚力を強化して後ろに飛び退いた。 ……すぐ目の前を杖が横切って行く。 危ないなっ!?
くっ! 意表を突かれた! エルフ同士の決闘で、しかも巫女が、開始直後に杖で殴りかかってくるとは予想してなかったよ……。
避けきれたことを確認すると、脚力の強化に回していた魔力を流用して攻撃魔法を放つ。
次は貫く光を使った。 僕は光魔法はそれほど得意ではないけど、威力を減らしてでも速くて見切りにくい魔法を使ったつもりだった。
でも、彼女は当たる直前に素早く飛び退き、僕の魔法は掠りもしなかった。
これでも避けられるのかい!? くそっ……どういう反応をしてるのさ!
更に2発の貫く光を放ったけど、やはり当たらない。 動きが速いなっ! 普通に魔法を放っても当たらないか…… なら!
「これでどうだっ!『霜の大釘』! 『貫く光』!」
僕は、1発の威力を落として2連続で魔法を放つ。
彼女は、足もとから霜でできた釘が伸び上がって来るのを飛び越して避けるが、そこに貫く光が当たり、空中にいた彼女を打ち落とした。
「っ! むぅ……!」
威力を落としたせいか彼女の魔力が多いせいか、いや、多分その両方か。
魔法そのものは彼女に傷を負わせることはできなかったみたいだ。 でも、打ち落として隙を作っただけでも上々かな。
その隙を狙って追撃をしようと思ったところで、目の前が僅かに揺らいでいるのに気付いた。
「これは…… くっ!」
パン! っと目の前で空気が弾けて、体が揺さぶられる。
弾ける卵だ。 空気の玉を弾けさせるだけの初級魔法で、当たったところで通行人とぶつかった程度の衝撃しかないが、そのせいで追撃のタイミングは逃してしまったようだ。
気をとられていた一瞬の内に、彼女は立ち上がっていた。 くそっ……仕切り直しか。
攻撃魔法を放とうと魔力を集中し始めたところで、相手は一気に突撃して来る。
また接近戦狙いか! やりにくい! ならばっ!
「『頑強なる氷壁』っ!」
僕は攻撃魔法を使うのをやめ、別の魔法を発動させた。
僕は相手の進路上に氷の壁を生み出して、接近されるのを妨害しようとしたが、彼女は杖の一撃で壁を破壊して、そのまま突き進んできた。
ちっ! これで2度目だ。 さっき氷壁を砕いたのは、まぐれじゃなかったようだね。
……しかし、これを腕力で突破するなんて、君は本当にエルフなのか?
正面突破されたことには驚いたが、それでも僅かに足が止まった隙に魔力を練り直して霜の獣牙を3連続で放った。
「むっ……むぅ! むぅっ……!」
1つ目は避けられれ、2つ目は杖で払われたけど、3つ目は左肩に当たった。
なんだよっ!? 倒れもしないのかい!? 頑丈だなぁ!
……まあいい、足は止まった。 このまま畳み掛ける!
「食らえ! 『打ち砕く吹雪』!」
僕が魔法を発動させると空中に魔法陣が浮かび上がり、そこから相手に向かって氷の粒の混じる吹雪が、激しく吹き荒れた。
「しっかりと詠唱して放てば、岩の壁でも削り取る魔法だ! 無詠唱でも人体を破壊するくらいの威力はあるぞ! さあ、どうするんだい!? 杖じゃあ吹雪は防げないだろう!?」
すると彼女は、吹雪が迫る中で武器を地面に置いた。
……降伏する気になったのかい?
「……行くよ! 『強風纏いし圧入杭』」
何だって!?
彼女は、風を纏った右の拳を振り抜いて吹雪を一瞬だけ散らせると、威力の弱まった吹雪に頭から突っ込み、そのまま僕の正面に突撃してきた。
右拳の魔力は使いきったようだが、僕に向けて振り上げられたその左の拳は、いまだに風の魔力を纏っている。
「っ……くそぅ!!」
急いで頑強なる氷壁を発動させるが…… ダメだ! 間に合わないっ!
「うぐっ!……グホッ!」
彼女の拳は、作りかけの氷壁を打ち砕いて僕の脇腹にめり込んだ。
僕はそのまま吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる。
……これは……内臓までダメージが入ったかな……? 2~3秒くらい呼吸が止まって、血の塊が喉までせり上がってきた。 ……だけど。
僕は、よろめきながら立ち上がる。
よし……体は動く。 それに相手も無傷では無いみたいだね。 打ち砕く吹雪の中に突っ込んだのだから当然だけどさ。
今、僕には隙があったはずなのに、追撃に来なかった事を考えると、彼女も消耗しているのだろう。 僕の余力も多くはないが、ここで勝負に出るかな。
「白く白く凍てつきし、その冷酷なる銛で贄を撃ち抜きて、物言わぬ氷像と化せ! 『凍てつきし氷獄の銛』!」
「むっ…… 天駆け、る風神、の……その、偉大な力の一欠片。 たけ、猛る風巻く…… っむぅ……!」
彼女も魔法で反撃を狙いに来たようだけど、詠唱が間に合わずに未完成のままの風の槍を投げた。
ふふっ! 思った通りだね! 僕の氷魔法に顔から突っ込んだんだ。 傷そのものは浅く済んだようだけど、顔が凍えて上手く呪文が唱えられないだろう?
発動が間に合ったのは褒めてあげるけど、その未完成の魔法で僕の魔法にどこまで対抗できるかな?
僕の魔法と彼女の魔法はぶつかり合い、爆風と共に氷の破片を撒き散らす。
僕はその衝撃でバランスを崩して倒れてしまった。
相殺したっ!? なんで…… なんでだよ!? 僕の魔法と、彼女が未完成のまま放った魔法が、互角の威力だって言うのか!?
僕と彼女には、魔力の強さにそこまでの差があるっていうのか!?
……認められるか……! そんな事っ…… そんな事っ!!
「認められるかあぁぁっ!!」
僕は、怒りに任せて魔法を放った。
ただ魔力を固めて飛ばしただけの無様な魔法だけど、怒りの感情が乗っている分、威力だけはそれなりにあるはずだ。
見ると、彼女も似たような魔力の塊を放っていた。
……技術も戦術も無く、ただ魔力を飛ばし合うだけだからこそ、純粋な魔力の強さがよく分かる……。
自分と彼女の魔力弾を見比べて、自分でも驚くほど冷静な判断ができた。
……負ける。
込められている魔力の強さに明らかな差があるのが分かった。
彼女の魔法は、僕の魔法を打ち消して僕の体にまで届くだろう。
対抗策を取る余力は無い…… 僕は…… 負けるのか……?
その瞬間、何かが弾けるような音が響いて空間が揺らいだ。
なんと、精霊姫様が結界を破壊して飛び込んで来たんだ。
精霊姫様は僕と彼女の魔法の射線上に降り立つと、その場で回転しながら両方の魔法を素手で殴って打ち消し、そのまま僕と彼女の両方に手のひらを向けた。
……あの手は、戦いをやめろという合図だろうか? 今の精霊姫様からは、先ほどまでの穏やか雰囲気とは明らかに違う、威圧感を感じる。
……僕らに向けたあの手は『従わなければ魔法を撃つ』という威嚇の可能性もあるね……。
精霊姫様に気押されたのだろうか? 僕は、精霊姫様の魔力から強烈な死の匂いを感じとり、口の中に酸っぱい味がこみ上げてきた。
ふと僕は、今まで戦っていた彼女をに目をやった。 ……どうやら彼女も精霊姫様の威圧感を感じているみたいで、固まったように動きを止めいた。
でも彼女は、少しするとハッと何かに気付いたような顔をした。
「そっか……私、最後の方はアナベルを殺す事ばかり考えちゃってた。 モーリンは、アナベルをやっつける許可はくれたけど、殺せなんて言ってなかったもんね…… 私、間違える所だった。 ごめんなさい」
精霊姫様に謝罪する彼女の言葉を聞いて、なぜ精霊姫様が乱入までして戦いを止めたのかを察した。
……考えたら僕も、初めは彼女が生意気だから強めにお仕置きをするくらいのつもりだったのに、最後は明確に殺意を向けてしまっていたね……。
僕と彼女が過ちに気付いて、戦意を失ったことに気付いたのか、精霊姫様から威圧感がスッと抜けて行き、元の穏やかな気配に戻った。
精霊姫様は僕のそばに来ると、自分の髪の毛……いや、あれは葉か? それを摘み取ると握り潰して僕の傷に塗ってくれた。 ……すごい。 塗ってすぐに痛みがなくなって、出血も止まったみたいだ。
その効果の高さに驚き、気を取られていたせいで、いつの間にかフードを脱がされている事に気付くのが遅れてしまった。
……見られた!? 僕の、この忌まわしい素顔が、精霊姫様に見られてしまった!
でも精霊姫様は、普段おべっかを使う里のエルフ達でさえも陰で嘲笑う、この僕の顔を見ても表情を変える事もなく、優しく僕の顔の傷に薬草を塗ってくれた。
そして、最後に僕の口の中に薬草を入れてくれたんだ。
ミントのような爽やかさと、果実のような甘さが混じり合ったような風味が口に広がり、その葉からにじみ出したエキスを飲みこむと、ついさっきまでジクジクと痛みを訴えていた内臓の傷も癒えたようだった。
精霊姫様は僕の傷が癒えたのを確認すると、ポンポンと僕の服の汚れを手で払い落としてくれた。
僕は、すぐそばにある精霊姫様の顔を見つめる。
この大陸に住むエルフとも人間とも違う、遠い異国人のような顔立ちは神秘的で、作り物のように無表情なのに、不思議と優しさがにじみ出て見える。
……美しいと思った。
恐らく女性的な美しさと言うなら里の女達の方が美しいのだろうけど、精霊姫様からは、他の人や物からは感じた事の無い、唯一無二の魅力が感じられるんだ。
僕は、吸い寄せられるように精霊姫様へと手を伸ばした。 でも……
「あ……」
つい、声が漏れてしまった。
精霊姫様はもう僕に背を向けて、あの少女の方へと歩き出していたからだ。
少女の傷を癒し、最後に優しく頭に触れる精霊姫様。
……精霊姫様と寄り添って微笑む少女は、とてもとても幸せそうだった。
……なんで…… なんでそこに居るのが僕じゃないのさっ!
耐え難い怒りと悲しみ、そして焦りが沸き上がって来る。
彼女は脅威だ。 きっと彼女は近い未来、精霊姫様と共にエルフを導く勇者となるだろう。
それは…… その役目は、僕の物だというのにっ……!
計画を早めよう! 彼女が動き出す前に、僕が先に勇者として認められるんだ!
精霊姫様が僕を選んでくれない事は、胸が張り裂けるくらいに悔しくて悲しいけど、僕にはまだあの子が居る! ジャッドが持ってきてくれた魔力の球もある!
今すぐだっ! 今すぐ僕は勇者になるんだ!
僕は、ジャッドとあの子に呼び掛けた。
「2人とも! 行こう! さあ、今すぐ勇者ごっこを始めるよ!」
「えっ……わたし、もっとおかあさんのそばにいたい。 ……ダメ?」
「ダメだよ、契約を忘れたのかい? 僕は君を森の外に出られるようにするから、君は僕の計画を手伝う…… そういう契約内容だっただろう?」
まだあの子は精霊姫様と一緒にいたかったみたいだけど、僕が契約の事を口にすると、『……うん』と返事をして、僕の所へ寄ってくる。 よし、それで良いんだよ。
「ジャッド、近くでもいいから、できるだけ人が居ない場所に転移してくれないかい? 僕も魔力を同調させて一緒に跳ぶからさ」
「う……うん。 でもしっかりと魔力を合わせてよ? じゃないと危ないからね?
じゃあ行くよ? えいっ!」
ジャッドの魔力に自分の体ごと溶け込むようなイメージで同調し、一緒に転移魔法で別の場所へと跳んだ。 一瞬、方向感覚を失ったように視界がグニャリと歪み、次の瞬間には別の場所へと移動していた。
……ここは、村の外だね。 でも、すぐ側に村の塀が見えているから、まだ村から出て本当にすぐの所だろう。
うーん、もう少しだけ遠くに離れたいかな?
「よし、まず向こうの林に行こうか」
僕は近場の林に入り、周囲に人が居ない事を確認するとジャッドに声をかけた。
「ねえ、例の魔力の球って、今も1つか2つくらいは持ってるかな?」
「え? あ、うん。 ポーチに1つ入ってるよ。 残りは全部、里に置いてきたけど」
「それは良かった、本当はもう少しちゃんと準備したかったんだけど、少し急ぐ必要が出て来たんだよ。 今、ここで出してもらえるかな?
……そうだ、急がないと。
彼女より先に、勇者にならなくちゃ。
エルフの未来を切り開くのはっ! 原初のエルフの後継者はっ! この僕なんだ!!
次回も2日後の投稿予定です。
多分大丈夫だと思いますが、もし遅れたらすみません。
最近少し忙しいので。