54話 ちいさいおかあさんからのサンドイッチの具材
「ここかぁ。 あー、やっと着いたね。 それにしてもこんなに塀で囲んじゃって、物々しい村だねぇ。 ……というか、もう村って規模じゃあないよね、ここ」
アナベルは、ぐるりと村を囲む大きくて頑丈そうな塀を見て、感心半分呆れ半分で呟きながら村の入り口へと向かう。
入り口には見張りが2人立っているが、手続きなどは無く、すんなりと中に通された。
「あっ、中に入れてくれるみたいだよ? わあ、なんか何か元気のある所だね! 住んでる人たちがみんな生き生きしてるみたい!」
「見張りがいるのに素通りかぁ、守りが固いのかユルいのか分からないね? それにしても、仮にもエルフの村だというのに、随分と人間っぽい建物が多いね。 エルフの魂はどこへいったんだか。 こんな場所に現れたっていうなら、精霊姫様の噂もどこまで本当かわからな…… えっ!?」
村の活気に素直に感心するジャッドに対し、入って早々に文句を言っていたアナベルだったが、あるものを見て言葉を失った。
青いバラだ。
遥か昔、エルフが神に選ばれた種族であるという証として与えられたとされる神聖な花で、今も森に住んでいる深緑の民たちにとっては、誇りそのものとも言える…… そんな花が、ありふれた野の花のように、道端に咲いていたのだ。
「そんな…… そんなバカな!? 聖域である森でしか育たないはず!?」
アナベルは、人目があることもわすれて、動揺を隠すこと無く声をあげ、そしてその後「まさか?」と呟き、辺りを見回した。
するとここだけではなく、村の色んな場所に青いバラが咲いていることに気付き、彼は更に激しく動揺することになった。
「バカな…… バカな! バカな!!」
「アナベル、どうしたの? ねえ、大丈夫?」
ジャッドが心配そうに声をかけながら顔の周りをパタパタと飛び回ると、アナベルは3秒ほど胸に手を当てて呼吸を整えてから笑顔を作り、答える。
「あ、ああ、僕は大丈夫さ。 ……でも、少し休んで落ち着きたいな。 どこか、休める所は無いかな?」
「あっ、うん! 探してみるからちょっと待っててね!」
そう言ったジャッドが、10メートルほどの高さまで飛んで辺りをくるくると見回している間も、アナベルは内心の動揺を抑えきれていなかった。
(あの青いバラは、神に選ばれた者の証じゃなかったのか!? それが、なんでこんな村に、聖域よりも数多くあるんだ!?)
「アナベル~! コップのマークが描いてある建物があるよ! これってお酒を飲むお店じゃないの? まだお昼だし、お客さんも少ないみたいだからそこで休ませてもらったら?」
「あ、ああ。 じゃあそうしようかな。 その店はどこだい?」
酒はあまり好きではないが、何か酒以外の飲み物や軽食くらいはあるだろうし、無ければ休憩だけして出ればいいだけだ。
そう思ったアナベルは、ジャッドに案内され、その酒場らしき店へと向かった。
「……お邪魔するよ。 随分と客が少ないみたいだけど、店はやっているんだろう? 少し休憩させてもらうよ」
アナベルは、そう言って店に入ると店内を確認する。
店主らしき女性の他は、食事をしていた客が1人だけで、その客もアナベルが入った直後に入れ違いで店を出ていった。
「いらっしゃい、もちろんやってるわよ。 ここは仕事帰りの作業員が主なお客さんだから、仕事のある昼間は見ての通りのガラガラよ。 席は空いてるから、休んでいって構わないわ。
……できれば飲み物くらいは注文して貰えると嬉しいんだけれど、ね?」
「ふん、ただ居座るだけなんてみっともない真似をするはずがないだろう?
……でも生憎と僕は酒は苦手でね。 花かハーブのお茶はあるかい?」
「ええ、調合の得意な知り合いのオススメのブレンドがあるからそれにするわ。
……そっちの妖精さんはミルクでいいかしら?」
最後の一言を聞いたアナベルは、一瞬だけだがピクリと反応した。
「へぇ…… ジャッドが見えるのかい? お姉さん、なかなかの魔力を持っているんだね」
「残念だけど姿は見えて無いわ。 光の球が浮いてるのがうっすらと見えるだけよ。 ……だけど妖精に会うのは初めてじゃないから、その光の球が妖精だって事は分かるわ。 ……で、ミルクでいいのかしら?」
「……少し休憩したらすぐに出るつもりだったけど、気が変わったよ。 飲み物以外にも注文するから、この村の事を色々と聞かせてもらおうかな。
……ああ、それとジャッドの分のミルクには蜜か砂糖を少し入れてくれる?」
「ええ、じゃあハチミツを入れておくわね。 ……さあ、お好きな席にどうぞ」
ーーーーーー モーリン視点
どうもこんにちは、モーリンです。
フラスケちゃんがスキンシップを求めてきます。
でもフラスケちゃんばかりに構っていると、ちくわちゃんが悲しそうにします。 なので、スピーディーかつ細やかに多方向をなでなでできるように、動きやすい人型になることにしました。
ぺルルちゃんと、魔力が全回復するまでは能力を使わないという約束をしましたが、ちゃんと魔力が回復してから変身したので、ぺルルちゃんとの約束も破ってませんよ。 ……破ってませんよね?
…… 実は自分では、自分の疲労のどこまでが体力でどこまでが魔力か、よくわかってないんですけど…… まあ、元気MAXなので、きっとどちらも全回復してるはずです。
ということで、人の姿に変身して、さあスキンシップをしましょうか!
と思ったら、フラスケちゃんが人型の私を見て、笑顔で抱きついて来ました。
おおぅ……さっきまでより激しいですねー?
「おかあさん! ちいさい! かわいい! ちいさい!」
フラスケちゃんは、そう言ってぎゅうぎゅう私を抱きしめます。
ふむふむ、実体の無いフラスケちゃんに抱きしめられると、なんというか、独特の感触がしますねー?
羽毛布団に包まれた状態で、そのまま一緒に布団圧縮機にかけられた感じでしょうか?
いえ、やったことはありませんが。
……ところで、『ちいさい』を2回言ったのは何故でしょうか?
1回目が身長で、2回目が胸ですかね? ……器…… じゃない事を祈りましょう。
しばらくそのままフラスケちゃんにぬいぐるみのように抱きしめられていたんですが、突然、反対側からちくわちゃんまでも抱きついて来ました。
んー、なでなでしやすいと思って人型になったんですが、こうも両側からぎゅうぎゅうと抱きしめられると、なでなでするどころか身動きすらとれませんねー。
サンドイッチの具材になった気分です。
まあ、2人とも嬉しそうにしているので、しばらくはこのまま大人しく抱きしめられていましょうか。 ……あっ、セレブお嬢さんが、出遅れたー!? みたいな顔をしています。
んー、セレブお嬢さんも結構スキンシップが好きなようですし、この2人の甘えん坊状態が落ち着いたら彼女ともスキンシップをしましょうかねー。
あっ、ですが、フラスケちゃんの場合、今が特別に甘えん坊状態なのではなくて、デフォルトで甘えん坊さんな性格だという可能性もありますねー?
彼女の性格はまだよくわかってないので、なんとも言えません。 ですが、こう言っては何ですが、フラスケちゃんは全体的に見た目よりも幼い感じがするので、甘えん坊さんの可能性はありますよね。
……気をつけなくてはいけませんね、私は甘えられると何でもお願いを聞いてしまうタイプなので、甘やかし過ぎないようにしなくては。
甘やかすだけでは立派なお母さんとは言えませんよね。 ……いえ。 お母さんではないんですけどね。
そういえば、フラスケちゃんの本当のお母さん…… まあ、精霊にお母さんがいるかは知りませんが、保護者的な人はいないのでしょうかね?
フラスケちゃんを見ている感じでは、今まで1人で生きてきたサバイバーな雰囲気は感じませんし、むしろどちらかと言うと世間知らずの箱入り娘的な印象がありますから、保護者なり仲間なりフレンズなり、とにかく誰かと一緒にいたんじゃないかと思うんですけどねー?
だとしたら、そのフラスケ・フレンズは今頃フラスケちゃんを探しているんじゃありませんか?
その中に、迷子を探すのが得意なフレンズでもいれば良いのですけど、そう都合の良い話ばかりでも無いでしょうし、そのフレンズさんがフラスケちゃんを見つけるまで、時間がかかるかもしれませんね。
その時までは一緒にいてあげる方向でいきましょうか。
「……おかあさん」
フラスケちゃんが、そう呟いて微笑みました。
……うむむ、『お迎えが来て欲しくない』 『このまま一緒にいたい』とか考えてしまう私は、悪い子なのでしょうか……?
んー、フラスケ・フレンズの人もこの村で一緒に暮らせれば解決ですが、相手の都合もありますから難しいでしょうか?
できればフラスケちゃんとお別れしたくはないのですがねー…… まあ、今から言っていても仕方ない話ですよね。
お迎えが来た時の事は、実際にお迎えが来た時に考えましょうか。
ーーーーーー
「……じゃあ、僕はそろそろ行くよ、お茶も話もそれなりに楽しませてもらったから、料金はここに置いておくよ」
「あら? 楽しませられなかったら料金を払わないつもりだったのかしら? それは危なかったわね、美味しいお茶を用意しておいて良かったわ」
冗談めかして返す女性店主の言葉に、アナベルは肩をすくめて、
「人聞きが悪いなぁ、そんなみっともない真似はしないよ」
と言ってから店を後にした。
アナベルは店から出たその足で、木陰に咲いていた青いバラに近づいた。
(あの女店主は、この花を咲かせたのは精霊姫様だと言っていた……
この花は、選ばれた者だけに与えられる神聖な物のはずだ。 ……なら、精霊姫様は、この村の住人を選んだというのかい? この僕じゃなくて?
……何故? 何故僕を選ばないのさ?)
彼は、何かに耐えるように、握りしめた拳を震わせる。
(いや、まだ精霊姫様が本物と決まった訳じゃない…… 偽者がなにかの手段で花を咲かせたのかもしれない! ……やってみるか…… こんなに人が多いところでやったら、負担が大きいかもしれないけど仕方ない! これで精霊姫様が本物かどうか、ある程度判断ができるはずだ!)
アナベルは呼吸を整えると、魔力を集中して、全力で魔力感知の網を広げる。
その感知の網は、村の住人や旅人など、大小合わせて数えきれないほどの反応を感知していき…… やがて、その反応を捉えた。
エルフの里の実力者たちや、妖精であるジャッドですら比較にならないほどに強大で、それでいて威圧感を感じさせない温かい魔力……
更にその側には、自分と行動を共にしていたあの精霊の少女の反応も感じられた。
アナベルは、魔力感知を止めると、力なくしゃがみ込んだ。
「……あの、大きくて温かい魔力…… そして、母親を探して飛び出したはずのあの子が側にいる…… 本物の…… 本物の精霊姫様だ……
でも…… 本物の精霊姫様だというなら、何故僕の所に来てくれなかったんだっ……! なんでっ!? なんでだよ!?」
「アナベル! アナベル! 大丈夫!? 落ち着いて! みんな見てるよ?」
突如、声を荒らげ始めたアナベルを心配して、彼の周りをジャッドがクルクルと飛び回りながら声をかける。
アナベルは、しばらくそのまま蹲るように座っていたが、やがてゆっくりと立ち上がる。
「……もう大丈夫だよ。 心配させたね、ジャッド。 少しだけ取り乱してしまったね。
それより、飛んで行ったあの子の居場所がわかったよ」
「本当!? わあ! 見つかって良かったよー! じゃあ迎えに行ってあげなきゃね!」
「……うん、そうだね。 迎えに行ってあげようか」
(そうだ、迎えに行くんだ。 きっと精霊姫様が僕の所に現れなかったのは、僕の事を知らなかったからだ。 だから僕が迎えに行ったら、喜んで僕と一緒に来てくれるに決まっている……!)
アナベルは、歩き出す。 その足は、真っ直ぐにモーリンのいる方に向かっていた。
ーーーーーー モーリン村の酒場にて……
酒場の店主、ローズは、ついさっき出て行った客の事を考えていた。
(あの人…… 妖精がしっかりと見える魔力があった。 それに、フードの隙間から一瞬だけど、尖った耳が見えたから、きっとエルフよね?
でも、モーリン様の事を知らなかった。 若草の民と花園の民はモーリン様を知っているはずよね? ……まさか、深緑の民?
たまたま遠くを旅していて情報が伝わっていなかった若草の民ってこともありえるけど…… 一応、長老たちに伝えておいたほうがいいかもしれないわね)
ローズは立ち上がり手早く上着を着ると、店のドアに『準備中』のふだを掛けて走り出した。
モーリンの魔力が大きいという描写について少し説明します。
モーリンはよく魔力切れ寸前になっているので魔力が少なく感じるかもしれませんが、魔力感知で見える魔力の大きさは、肉体や魂を構成している魔力も含めての大きさ、つまりゲームで言うなら、レベルみたいな部分ですね。
で、モーリンがよく使いきるのは、いわゆるMPです。
つまりモーリンはレベルは高いけどMPは少なめという事です。
次の更新も2日後の予定です。