4.5話 フリージアは飛び付きたい
フリージア視点です。
「この先だ! もうすぐ見えるぞ!」
先頭の兄さんが、振り向いて叫ぶ。
いよいよだ。 ……もうすぐで精霊様に会えるんだ……!!
それを思うだけでワクワクして、疲れきっているはずの体がスイスイ動く。
そのまま兄さんの後ろ姿を追って進み続けていると、途中に沢山のオークの死体が転がっているのを見つけて驚いた。
これって兄さんが倒したものだよね? よくこんな数を剣だけで倒せるなぁ……と、兄さんの、エルフの血を引いていると思えない肉体派ぶりに感心7割、呆れ3割の感想を抱きながら更に歩き進む。
そして、ある茂みを越えた瞬間に空気が変わったのを感じた。
私でもすぐに感じたって事は、感知の得意なヒースさんなら? と、思って後ろを振り向いたら、ヒースさんは、くわっ! と目を見開いていた。
……そんな顔、初めて見たよ。
「えっ……何で!? これだけの魔力なら、あの夜営地からでも気づくはずなのに、足を踏み入れるまで全く魔力を感じ無かった…… これは、まるでエルフの聖域みたいだよ……」
あ、やっぱり凄い事なんだ。 ……よっぽど驚いたのかヒースさんはその場に立ったまま、手をワナワナ、膝をガクガク、お腹をポヨポヨさせていた。
私には空気が変わった事くらいしか感じられないんだけど、今ここに精霊様の魔力が満ちているんだと思うと、不思議な高揚感があるかも。
案内役の兄さんが立ち止まって、クルリとこっちを振り向いた。
「見えた! あの聖王樹に精霊様が宿っておられる。 皆、失礼が無いように!」
「むぅ……兄さんも一回しか会った事ないのに、何か偉そう……」
兄さんはそう言う性格じゃない。 私の気のせいだ。 って自分に言い聞かせても、何故か兄さんの後ろ姿が、『俺が最初にお会いしたんだぜ?フフン』と言う自慢をしているように見える。
私は頭の中の自慢気兄さんを振り払って駆け出す。 そして、兄さんの立っているそばに立って、正面を向くと……ついにその姿を見る事ができた。
最初は、サイズを見てちょっとだけアレ? て思っちゃった。
精霊様が宿った聖王樹と聞いたから、もっと大きな大樹だと思っていたから。
でも、改めて見ると、小さいながらも力強さと、しなやかで女性的な美しさと、なにより、視線を引き付けるような不思議な存在感があるのがわかった。
飛び付きたい! って思った。
これは、何て例えればいいんだろう?
足跡1つ無い綺麗な雪原を見て、駆け出したくなる気持ち?
可愛い小動物を見て、撫で回したくなる気持ちかな?
もしかしたら、母親を見つけた迷子の気持ちかも?
わからないけど、お腹の中からウズウズして、大人しくしていられない!!
そして、私は精霊様に向かって全速力で……「待て!!」……くきゅっ!?
精霊様に飛び付こうと走り出した私は、すぐに兄さんに首根っこを鷲掴みにされた。
「むぅ……酷い、一瞬、息が止まって変な声が出たじゃない!」
「バカ者、失礼が無いように、と言ったのに飛び付こうとするヤツがあるか!」
兄さんは私に怒鳴った後、そのまま私を片手でボイッと放り投げ…… えぇぇ!? ちょっと!? 乱暴に投げ飛ばされた私だけど、運よく柔らかいクッションの上に落ちたみたいで痛くはなかった。
「コラ、駄目だよ? まずは最初に長老が代表してご挨拶するっていったよね? さあ、大人しく整列しよう」
下から声がして、クッションが喋った!? と思ったらヒースさんだったみたい。
私はそのままヒースさんにヒョイっと担ぎ上げられて、整列を始めていた他のみんなの所まで荷物みたいに運搬される事になった。
むぅ……こんなの大人のレディの扱いじゃない……
ーーーーーー
……長老が祭事用のローブを着て歩いて来た。
私たちは長老を最前列にして精霊様の住む木の前に整列して、エルフの伝統的な作法で礼をしたまま待機する。
今ではあんまり使われない作法だし、そもそも私たちは純粋なエルフじゃ無いんだけど、精霊様にご挨拶するならエルフの伝統的な作法にするべきだ、と言って長老が決めた。
でも、この礼をしたら……
むぅ……やっぱり!! 頭を下げてるから、精霊様が見えないじゃない!
イライラする私を尻目に、長老が口上を言い始めた。
「我々は精霊様の盟友たる原初のエルフの血を引く、若草の民でございます。
この度、我らが同胞・ムスカリの窮地を救って頂き、誠に有り難うございました! 多大なる恩を受けておきながら、更に精霊様に甘えるような事は無礼であると重々承知ではありますが、聖王樹に宿りし偉大なる精霊様に、謹んでお願い申し上げます!」
え!? 長老ってあんなにハキハキ喋れるの!? いつも小声でモゴモゴと喋ってるから、知らなかった!!
「我々は安住の地を求めて旅を続けて参りました。 どうか我々をこの地に迎え入れては貰えませぬでしょうか?
無論、精霊様が否と仰るならば、我々は直ちに立ち去ります。 ですが、もしも精霊様が我々を迎え入れて下さるなら、御言葉を……いえ、合図だけでも宜しいので、我らにお示し下さいませ!」
長老はそう言った後、無言で待機する。
私はさっきから頭を下げっぱなしだから見えないけど、多分長老も頭を下げてるはずだ。
みんな無言だから、凄く静かだな…… 風が木の葉を揺らす音しか聞こえないや……。
あれ? 風なんか吹いてないよね? ……じゃあこの音は!?
ハッと顔を上げると…… えっ!? 風も無いのに精霊様の木の枝が動いている!? ……気のせいかな? その動く枝が、私たちを気遣う女性の手に見えるような?
「……精霊様の合図だ」
誰かがボソリと呟いた途端に、みんなが続けて声上げた。
「ウオォ!! 精霊様が俺達を迎え入れて下さったぞ!!」
「やっと……やっと私たちに安住の土地がっ……!!」
「精霊様ぁ!! ありがとうございます!!」
みんなが喜んでる…… そっか。 ここで精霊様と一緒に暮らせるんだ……。
その時の私は、変に冷静になっていて喜ぶタイミングを逃しちゃったんだけど、みんなが騒ぐ声を聞いている内に時間差でじわじわとテンションが……上がってきた!! 私も何か、精霊様を称える言葉を言わなくちゃ!!
「精霊様っ…… えぇ!?」
精霊様の木が光った!? むぅ……眩しい!!
……うん……
…光は収まった……かな? そろそろ目を開けてみようかな?
「…っ!!………すごい……」
そっと目を開けると精霊様の木には、色も種類もバラバラな沢山の花が、満開に咲き誇っていた。 あれっ? まさかこれって……!?
私が長老の様子を確認すると、長老は顔がベタベタになるほど泣いていた。
……ああ、やっぱり長老は気づいたんだ。
……これは原初のエルフと精霊のお姫様の物語の再現だって。
それはこういう話だ。
幼いエルフが精霊のお姫様と友達になるけれど、戦争に巻き込まれて故郷を追われる。
当然、土地に宿る精霊のお姫様は残されてしまい、エルフと離ればなれになる。
エルフが沢山の試練を乗り越えて戻って来た頃には何十年も経っていて、故郷は荒れ果てていた。
エルフは言う、こんなに遅くなってしまった自分をまだ友として迎え入れてくれるのなら、合図をしてくれ、と。
それを聞いた精霊のお姫様は、色とりどりの花を満開に咲かせてエルフを迎え入れた。
この精霊様は、この逸話を知っているんだ。 そして、安住の地を持たない私たちを故郷を追われた原初のエルフに見立てて、そのエルフを友達として迎えるシーンを再現することで、私たちへの歓迎を表現したに違いない!!
この精霊様は、ただ優しいだけじゃ無かった!! なんてっ…… なんて粋な演出をしてくれるんだろう!!
私は感動した。 ……そして……
飛び付きたい! って思った。
これは、何て例えればいいんだろう?
足跡一つ無い綺麗な雪原を……以下略!!
「今なら行ける!!」
そう言って私は、魔力で脚力を強化すると、一気に駆け出した。
兄さんに止められる前に……!!
そして、私は遂に精霊様の木に飛び付いた!!
顔からぶつかって行ったから痛かったけど、大人のレディだから我慢した。
……遂に今、私は子供の頃から言いたかったあの言葉を口にするんだ。
「子供の頃から夢だったの!! 精霊様!! 私と友達になって!!」
まだ、想いを口に出しただけで、夢が叶った訳じゃ無い。 だけど、この時私の心は清々し……「ちょっと来い、バカ者!!」……くきゅっ!?
……スッゴい怒られた。
というわけで、前話で主人公が『ちくわ』と聞こえた部分は、友達の申込みでした。
『ちくわ』は、この世界の言葉で 友達 友情 友好関係 といった意味の言葉です。