53.5話 新しい友達
52話のフラスケ視点と、53話のフリージア視点です。
「ははっ…… ははははっ! 生まれた! 生まれたぞ! 成功したんだ!」
その言葉と笑い声が、わたしが今のわたしとして聞いた初めての声だった。
ーーーーーー
わたしは精霊。 ……名前は無いの。
長い間、わたしはアナベルとしかお話をしたことがなかったし、そのアナベルも、わたしの事を『精霊様』とか『君』って呼ぶから、名前が無くて困ることがなかったの。
自分に名前が無い事を、変だな? って思ったのは、里を見て回った時だったの。
だって、里の人たちは、他の人の事を名前で呼んでいたんだよ。
嬉しそうだったり、楽しそうだったり、怒っていたり、そんな色んな感情をこめて、お互いに名前を呼び合っていたの。
それを見て、自分に名前が無いことが急に悲しくて寂しくなったの。
わたしは生まれた時から色んな事を、ちょっとだけ知っていた。
それがわたしだけなのか、精霊はそういうものなのか、どっちかわからないけど、その知識によると、名前というのは家族がつけてくれるんだって。
……でも、家族ってなんだろう?
知識の中には、家族って言葉の意味もあったんだけど、知識だけだとよくわからなかった。
だから、里を見て回っている時に、アナベルに聞いてみた。
「家族ってなあに? どの人とどの人が家族なの?」
「家族がなにか? それは僕も分からないなぁ。 ……でも、ほら。 確かそこの2人は家族のはずだよ。 子供と、そのお母さんだ」
アナベルが指差した所にいたのは、やっと歩けるようになったくらいの小さな子と、その手を優しく引いて歩くおかあさんだった。
そのおかあさんからは、とっても優しくて、温かい魔力を感じた。
あれが家族…… あれが…… おかあさん。
手をつないで歩く子供と、おかあさんを見てから、私は自分の手を見たの。
……なんで私の手は、おかあさんとつながってないんだろう?
「……おかあさんは? わたしのおかあさんはどこ?」
私は、そのことが不思議だったから、アナベルに聞いてみたの。
「え? 君のお母さん? ……あー、君が良い子にしていたら、いつか会えるかもね?」
アナベルはそう言ってニッコリ笑った。
本当かな? 本当に会えるかな?
その日から何日かたった。 ……それが何日かはわかんないけど。
アナベルは、わたしのことをナイショにしておきたいみたい。
魔力が多い人は、わたしのことが見えるかもしれないから、そういう人が、里を留守にしてるときにしか里に連れていってくれなかったの。
だから、里を見て回れたのは数回だけだったし、あの子供とおかあさんを見たのは、あのときの1回だけだったんだけど、その時からわたしは、おかあさんというものに憧れるようになったの。
だけど、いい子にしてても、おかあさんはなかなか会いに来てくれなかったの。
最近は、ジャッドっていうお友達もできたから、あんまり寂しくなくなったけど、それでもわたしはおかあさんに会いたいって気持ちを忘れたことはなかったんだよ。
……そしてある時、ついにおかあさんを感じたの。
アナベルが用事で出かけることになって、留守の間に里の誰かにわたしが見られたら困るから、わたしもついて行くことになったんだ。
わたしは、里のある森で生まれた精霊だから、森から外には出られなかったんだけど、アナベルと契約っていうのをしたら自由に動けるようになったの。
それでそのお出かけの最中に何回か、ふわっと一瞬だけ、おかあさんの……におい? 気配? そういうものを感じた気がしたんだ。
でも集中して探そうとすると、すぐにそれは消えちゃうの。
だから、気のせいかな? って思っていたんだけど、アナベルが水浴びをするから、そばに人がいないか見張ってくれって頼まれて、感知魔法を使った時に、ハッキリと感じたの。
……優しそうで、温かくって、ふわふわして、そして、少しだけわたしと似ている魔力を。
「っ!! ……おかあさん!? あっちにおかあさんがいる!!
今までわたしに似た魔力なんて感じたことはなかった! それに、わたしよりも大きな魔力で、温かくて、すごく安心する魔力だ!
そうだ…… きっとそうだ! これはおかあさんだ!!
気がつくと、わたしは全力で空を飛んでいた。
……あっ、アナベルとジャッドを置いてきちゃった! でも…… でも、わたしはおかあさんに会いたいの! 2人とも置いてってゴメンね? 今度また謝るね。
……今まで、森から出られなかったから、全力で空を飛ぶのは初めてだね。
景色がビュンビュン流れて行って面白い! ……でも、今は景色よりも、おかあさんだ!
なんだか魔力が感じ取りにくいけど、さっきの一瞬でおかあさんのいる場所は覚えたから大丈夫! 迷ったりなんかしないよ!
おかあさんがいる方へ真っ直ぐ飛んでいると、建物がたくさんある場所が見えてきた。
すごい! わたしが住んでる里よりも、ずっと大きい!!
その村? 里? それとも町かな? わからないけど、それをぐるんと囲んでいる壁を飛び越えた瞬間、突然おかあさんの魔力を強く感じるようになったの。
そっか、魔力を隠す魔法とか、そういうのがかけてあったんだね。 でも、内側に入っちゃえば、もう効果は無いみたい。 おかあさんの居場所はハッキリわかる。
このまま真っ直ぐのところに、ポッカリとそこだけ周りに建物がない場所があった。
そこには小さな家がポツンとあって、そのすぐ横に…… ……いた。
おかあさんが…… いた!!
おかあさんは、真ん中に人の顔がある木の姿をしていた。
少し…… 少し? だいぶ? とにかく私の想像してた姿と違ったけど、遠くから感じたのと同じ、優しくて温かくてふわふわした魔力がいっぱいだ! わからないけど、泣いちゃいそうな、笑っちゃいそうな、そんな不思議な気持ちになっちゃった。
「おかあさん? ……おかあさんだよね!? 会いたかった!!」
心の底のほうから勝手に言葉がこぼれてきて、次の瞬間、わたしの体は、勝手におかあさんに飛びついた。
ーーーーーー フリージア視点
「むぅ……! お前はだれ!? モーリンから離れろ!!」
空から突然現れたちょっと透けてる女の子が、いきなりモーリンに抱きついた。
モーリンに抱きつきたくなる気持ちはわかる。 よ~くわかる! 初対面でモーリンの魅力に気づいた事は、見る目があると褒めてあげてもいい!
でも、ダメ! モーリンは簡単に抱きついて良いような存在じゃないよ!?
私は抱きつくけどね! すっごく抱きつくけどね!
私はその女の子をモーリンから引き剥がそうとしたけど…… むぅ…… 触れない!? この子…… なんかすり抜ける? もしかして体がないの?
「フリージアさん!? いきなりどうしたのですか!?」
トレニアが訊ねてくる。 むぅ……どうしたもこうしたもない。
「見てなかったの? この子がモーリンに抱きついたから、引き剥がそうとしてたんだよ」
「この子? この子ってどなたですか? わ……私には見えませんわよ!?」
「でも、ここにいるよ? 半分透けてる女の子が、ふわふわと浮いてる」
「透けていて、ふわふわ浮いてっ……!? そ、それは……ゆ、ゆ、ゆ……幽霊では?」
そう言ったトレニアは、顔を青くして固まっちゃった。
そういえば、トレニアってそういうの苦手だっけ? 正体を知るまでは、あの妖精の事も怖がってたくらいだもんね。
……でも、この子、幽霊なのかな? 幽霊に会った事ないからわかんないけど、なんか違う気がする。 私は目を閉じてその子の魔力をしっかりと感じてみる。
ん? ……気のせいかも知れないけど、魔力が少しだけモーリンに似てる気がする……かも?
むぅ…… 直接訊いてみるかな? そのほうが早いよね。
私は、その透けてる人に話しかけようとして目を開けると…… あーっ!? モーリンに撫でてもらってる!? そのなでなでは私の分だよ!? 取ったらダメ!
私がその光景を見てショックを受けていると、モーリンが空いてるほうの手で私のことも撫でてくれた。 えへへ…… うん、ちゃんと私の分のなでなでが確保されているなら、そんなに焦ることはないね。 この子の正体の話に戻ろう。
で、この子の話だけど、この子って普通の人間ではないみたいだし、やっぱり少しだけモーリンと魔力が似てる気がするんだよな~。 モーリンの関係者かも知れないし直接訊いてみよう。
「モーリンの関係者なの? ……あなたは何? 幽霊?」
私が話しかけると、その透けてる人は凄く驚いた顔をして、少ししてから笑った。
「わたしに話しかけてくれてるの? 嬉しい! アナベルとジャッド以外の人に話しかけられたの初めて! こんにちは! わたしは精霊。 名前はまだ無いの」
せ……精霊様!? あ、そうか、そうだよね。 この世界にモーリンしか精霊がいない訳じゃないもんね。 どうしよう? 相手が精霊様なら行儀よくしなきゃダメだよね?
でも、モーリンの巫女である私が、他の精霊様にペコペコしてたら、モーリンが格下だって思われちゃうかも? ……むぅ…… どうしよう?
あ、この精霊様とモーリンの関係を聞いてから考えようか。 うん、そうしよう。
「えっと、こんにちは、初めましてます。 私は名前がフリージアだよです。 ……それで、あなたとモーリンの関係を聞いてもいいですなら、教えろください」
……むぅ……。 どういう態度で話すか決めないうちに話したから、変な言葉になっちゃった…… これじゃあ普通に喋るよりも失礼かも?
……敬語、勉強しようかな?
「モーリンって、おかあさんの名前かな? わたしはおかあさんの娘なの」
ああ、モーリンの娘なのか…… じゃあモーリンのほうが格上なんだよね?
ということは、この精霊様は私から見たら、え~っと……
ん? 娘? ……娘っ!!?
えーっ!? モーリンの娘!? え? 娘って事は…… えっ? モーリン、結婚してたの!? じゃあ、お父さんは誰!?
むぅ…… むぅ……! モーリン、ひどい! 私というものがありながらっ!
「なにやら『精霊』という単語が聞こえた気がしましたが、できれば状況を説明していただけませんか? どうやらそちらの……その、見えない人の声は、私にはかなり遠く聞こえて、聞き取りにくいのです。
……と、とりあえず幽霊ではないんですわよね?」
トレニアがそう言った。 見えないだけじゃなくて、声も聞きにくいの?
そっかー…… うん。 私も混乱してたし、トレニアに説明するついでに落ち着いて情報を整理してみようかな。
私は、この精霊様とのやり取りをトレニアに説明した。
そして、精霊様にモーリンがお母さんだっていう事についても、もう1度詳しく聞いてみたんだけど…… 聞いた感じだと、本当にモーリンの子供ってわけじゃあなさそうだ。
でも、この子は今までずっとお母さんをさがしていたんだ。 それで初めて見た自分以外の精霊…… しかも優しい魔力を感じるモーリンをお母さんだと思って、やっと会えたって言って喜んでるんだ……
むぅ…… 私は、この子に『モーリンはあなたのお母さんじゃないよ』なんて、言えない…… 私も親がいなかったから、寂しい気持ちはわかるし。 私には兄さんや村のみんながいたけど、この子はさっき……えっと、名前は忘れちゃったけど誰かの名前を言って、その2人以外に話しかけられたのが初めてだって言ってたよね?
そんな生活してたら、きっと寂しかったんだろうなぁ。
……よし、私が友達になろう! この子も寂しくなくなるだろうし、私は精霊様と友達になるのが夢だったしね。 もうモーリンと友達になったけど、友達は多い方がいいし。
私が考え事をしていたのに気づいたみたい。 その透けてる精霊様は、私の顔を見て不思議そうに言った。
「なあに? どうかしたの?」
その顔は、突然考え事を始めた私を心配してくれてるように見える。
うーん…… 普通に良い子みたいだし、きっと友達になれるよね?
私は、思い切って言ってみた。
「私はモーリンの友達なんだよ。 ねえ、私と仲良くしてくれるかな?」
私がその言葉を口にすると、その精霊様は、凄く嬉しそうに返した。
「おかあさんの友達なの!?! じゃあ私とも友達だね!」
「友達…… うん、これから友達! 友達!」
「わーい! 友達! 友達!」
断られないか私もドキドキしてたけど、良かった! 友達になってくれた!
どうせなら、みんなも友達になろう!
私は、そばに浮いてた妖精を指差して言った。
「ここにいる妖精が見える? この子も私の友達だよ!」
「妖精! 見えるよ! うん、じゃあ私とも友達だね!」
次はトレニアを指差して言った。
「そっちのトレニアも友達! ……あなたの姿が見えないみたいだけど、でも友達になれるよね?」
「私が見えないのは寂しいけど、でも、なれるなら、ぜひ友達になりたいの」
そして私は、最後にモーリンを指差した。
「そしてモーリンは、私の特別な友達だよ!」
私がそう言うと、彼女は微妙な表情で返した。
「うーん、おかあさんは、おかあさんかなぁ。 だから友達ではないの」
「あー、まあそうか。 私も兄さんを友達と呼ぶかって聞かれたら、うんとは答えないもんね」
その後、しばらくこの子とお話しした。
最初は私からモーリンを盗もうとする悪逆非道のモーリン泥棒かとも思ったけど、話してみたら、すごく良い子だった。
様をつけて呼ばなくてもいいって言ってくれたんだけど、名前が無いならなんて呼べばいいのかな?
きっとモーリンが素敵な名前をつけてくれると思うけど、それまでの仮の名前がないと不便だよね?
なにかあだ名とか考えてみようかな?
私は、どんなあだ名が似合うかな? なんて考えながら、今、出来たばかりの私の新しい友達の、その無垢でかわいい笑顔を見ていた。
この世界の言葉で『ちくわ』は、友達、友情などの意味。 『ぶ』は否定するときに付ける言葉です。
なので、『ちくわぶ』は、友達ではない、という意味です。
次の投稿も2日後の予定ですが、細かい用事が幾つかあるので、間に合わなかったらごめんなさい。
いえ、多分書けるとは思うんですけどね。