52話 しゃがみ弱パンチで倒れる体力からのフラスケちゃん
なだらかな平原の道を、深緑の民のエルフ、アナベルが歩いてゆく。
その側には、いつも通り妖精と半透明の少女が浮きながらアナベルに同行していた。
「あー! まだ体が汗臭い気がするよ! 歩くのが面倒になったからって乗り合い馬車なんか使うんじゃなかった。 貧乏臭い格好をした人間が大勢乗っていたせいで、汗臭さが移ってしまったなあ」
不機嫌そうな表情でそう言って、自分の体の匂いを嗅いで顔をしかめるアナベル。
「でも、歩くより速かったよ? あ、でも確かに、今のアナベル、変な匂いがするね? あっちの木陰に行こうよ、魔法で洗ってあげるよ」
ジャッドの申し出を聞いて、今まで不機嫌そうにしかめられていたアナベルの顔が、不自然なくらいにニッコリとした笑顔を作る。
「ありがとう、ジャッド。 君は気が利くなあ。 じゃあお願いするよ」
そう言ってからアナベルは、人の気配の無い木陰に行くと、他の2人に指示を出した。
「じゃあ服を脱ぐから、洗ってよ。 ……あ、今は冬なんだから、冷水はやめてくれるかい? ……ああ、それと、君は周りを見張っててよ。
誰もいないと思うけど、裸を他人に見せる趣味は無いからね」
指示を受けた半透明の少女は、「……うん」とだけ返事をすると、そのままスゥ、っと10メートルほど空に浮き上がり、両手を広げて目を閉じた。
そして、意識を集中して、感知魔法の網を展開する。 それは、かなりの遠距離まで正確に感知する大規模で精密な感知魔法だった。
アナベルは、側に誰か来ないか見張れ、っと言っただけで、何もこんな大魔法を使えなどと言ったつもりはなかった。
だが、他人と接する経験も無く、また、無垢で素直な性格である彼女は、頼られた事を嬉しく感じて、はりきって全力を尽くしたのだ。
そして、全力で発動させた感知魔法は、ある反応を捉えた。
本来ならば外からの感知を阻害するはずの結界すらもすり抜けて、ある存在の魔力を感知したのだ。
「っ……!! おかあさん!? あっちにおかあさんがいる!!」
そう叫ぶと少女は、反応のあった方向に、文字通りの意味で飛んでいってしまった。
「おっ……おい!? 僕を置いて勝手に行くな!! っ……くそ!
ジャッド! 水浴びはもういい! 彼女を追おう!」
焦った様にそう言うと、アナベルは手早く服を着直して、走り出す。
「くそぅ!! アイツ! 全力で飛んでるな!? 脚力を強化して走っても追い付かない!
ジャッド! 転移魔法で追えないのかい!?」
「えー? ムリだよ。 転移魔法は、動く相手を追うのは向いてないんだ」
「くっ……せめて引き離されないように走り続けるしかないかっ……!」
アナベルは、高速で飛んで行く少女を追うために、ひたすら走り続けた。
ーーーーーー モーリン視点
どうもこんにちは、木です。
今は回復効率を上げるためにこの姿になっています。
いやー、青いバラを咲かせるのが上手く行ったので、調子の乗って色々と試してみたら、倒れる直前にまで消耗してしまいまして、ちくわちゃんに切り株まで搬送されちゃいました。
いえ、ホントに倒れてはいないんですよ? ギリッギリで倒れてはいないんですが、いわゆる orz って感じのポーズになりました。
格闘ゲームで言うなら、体力ゲームが1ミリしかない状態で頭の上でヒヨコがピヨピヨ回りだした感じでしたけど、とりあえず倒れてはいませんでしたよ。
で、しゃがみ弱パンチで倒れるくらいに消耗した私は、ぺルルちゃんに、全回復するまで能力使用禁止を言い付けられてしまったんです。
ちなみに、もし言い付けを破ったら、罰として私の事をしばらく『毛利さん』と呼ぶと言われてしまったので、私は従うしかありません。
まったく、なんと言う恐ろしいペナルティを考えるのでしょう。
今さらぺルルちゃんにそんな他人行儀で呼ばれたら、ショックで枯れる自信がありますね。
なので、しばらくは木の姿で回復に専念します。 ……ですが、倒れる寸前まで色々試した甲斐あって、発見はありましたよ。
まず、自分以外の木に果物を実らせるのは、半分は成功です。 ……まあ、逆に言えば半分は失敗という事ですが。
どういう事かと言いますと、私が試したのはリンゴの木だったのですが、そこにミカンや桃を実らせることはできませんでしたが、リンゴを実らせることはできました。 で、それをぺルルちゃんに試食してもらうと、この世界の普通のリンゴの味だったそうです。
つまり、自分以外の木に実らせる場合、あくまでもその木がつける実の成長を早めるだけであって、私のイメージで種類や味は変えられないということです。
なので、そこら辺の林をお手軽に果樹園にする事はできませんが、とりあえず普通の果樹園の生産量を増やすことはできそうですね。
あと、野菜やベリー類みたいな、私が自分に実らせるのが苦手な作物も、成長を早める事はできました。 なので私のスタミナが続く限りは食べ物を増やしまくれるっぽいんですが……
さあ増やしまくろう! と思ってから気付きましたが、保存技術も流通もしっかりしているとは言えない世界なので、あんまり無計画に食べ物を量産しすぎても、腐らせちゃう心配はありますよね?
うぬぬ…… 採っても採っても無くならない畑や果樹園って、夢があると思ってましたが、この村の今の、えっと、需要と供給のバランス……ですか? それがわからないので、増やせば良いってものでもないんですよねー。
まあ、目の前にお腹を空かせてる人がいたら食べ物をあげるという、あんパンヒーローのスタイルで行くのが無難ですか。
ということで、私は食べ物を量産できるようになりましたが、今は必要ない、という微妙な結果になりました。 まあ、自然な手段で食べ物を賄えているならそれが一番ですよね。
ですが、アレですね。 最近はモンスター的なものも現れないですし、食べ物の心配もありません。 村も急速に発展していますし、何より皆さんが幸せそうに笑っています。
色々と順調すぎて、逆にトラブルの前触れじゃないかと勘ぐってしまいますねー。
いえ、もちろんトラブルを望んでるわけではありませんよ? ですが、なんというかこの世界に転生してから私の周囲では、スーパーの冷凍食品割引セールと同じくらいの頻度でイベントが発生してる感じなので、そろそろなにか驚くような事がやって来るのでは? とか考えてしまうんですよねー。
まあ、とはいえ普通に考えれば、そうそう驚きの展開ばかりが襲来してくる事は……
その時、何かが突然、空を飛んで接近して来て、私にこう言いました。
「おかあさん? おかあさん……だよね!? 会いたかった!!」
驚きの展開、来ましたー!?
はて? 私はいつお母さんになったのでしょうか? 記憶にございません。
……今、私の目の前には半透明の女の子が浮いていて、私のことを、おかあさんと呼んでいます。
まず、半透明で浮いている事に驚きですけど、この子は、フライングスケテルヤン族とか、そういう種族なんでしょうか? いえ、そんな種族があるかは知りませんが。
あと、この子…… 日本語で話してません?
「もrS8kx! モーリン*cEくx!」
ちくわちゃんがフライングスケテルヤン族の女の子に飛びかかりましたが、すり抜けてしまいました。 あ、この子、触れないんですか? んー、半透明で浮いていて触れないなんて、まるで幽霊みたいな子ですねー?
……あっ!? この子って幽霊ですか!? 考えてみればフライングスケテルヤン族なんて謎の種族よりは、幽霊のほうが可能性は高そうですよね。
そういえば、幽霊と言えば…… ああ、やっぱりセレブお嬢さんは青い顔で震えています。
彼女は、ぺルルちゃんが動いた気配や物音だけでも驚いていましたから、こういう幽霊っぽい子は苦手でしょうね。
でも、この子ってホントに幽霊なんですかね? ぺルルちゃんに聞いてみましょうか。
ぺルル・コノコ・ユウレイ?・フライング・スケテルヤン?・ドッチヤネン
「どっちでもないわ。 ……というかフライングスケテルヤンってなによ?
あと、そもそも私には見えてないわ。 魔力の塊みたいな何かがいるのは感じるけど。
ただ、幽霊の魔力は、もっとぼんやりとしてるはずだから、ソコにいるのは多分、幽霊ではないと思うわよ。」
ぺルルちゃんには見えてないんですか? んー、ちくわちゃんには見えているようなんですけど……
あっ、魔法で姿を隠してる人は、その人より魔力が多い人にしか見えないんでしたっけ?
だとすると、このフライングスケテルヤンちゃん…… んー、長くて呼びにくい名前ですねー? 誰が名付けたんです? えっと、略してフラスケちゃんと呼びましょうか。
そのフラスケちゃんの魔力の量は、ぺルルちゃんとちくわちゃんの中間という事でしょうか?
私は、改めてフラスケちゃんの姿をじっくりと見ます。
年は12歳くらいでしょうか? ちょっと無造作な感じの髪は白に近い水色で、肌も白っぽいですね。 半透明なので薄い色に見えるんでしょうか?
彼女は、幼い子供のようにキラキラした無垢な瞳で私を見つめ……
「……おかあさん」
と呟きました。 いえ、お母さんではありませんが…… おや? そういえば、今、この子の口が動いていませんでしたね? 腹話術ですか?
「……モーリンc3fGおtQ?」
ちくわちゃんがフラスケちゃんに話しかけます。
ですが、フラスケちゃんはさっき日本語で話してましたし、この世界の言葉は話せないのでは?
「……pVやze7メ¥」
あ、普通に話してますね。 ……語学堪能な子ですねー。
しかし日本語が話せる人って、この世界では珍しいですよね?
ぺルルちゃんは見えてないと言ってましたが、日本語が話せて空を飛べる半透明の子という事をヒントに、フラスケちゃんの正体に迫れませんかね?
ぺルル・コノコ・ニホンゴ・ハナス・ソラトブ・スケテル・シラヘンカ?
「えっ? 日本語を喋ったの? 私には聞こえなかったわよ?
……あ、リンだけに送った念話だったのかしら? それなら私には聞こえなくても仕方無いわね。
でも、念話で日本語を話せて、空を飛べて、透けてる? で、私より魔力が多い…… 妖精では無いのよね?」
ちくわちゃんと何やらお話ししているフラスケちゃんの姿を再確認してみましたが、身長は150センチくらいはありますし、羽もありません。
多分ですけど、妖精ではないと思います。
ぺルル・コノコ・ワタシ・ヨリ・デッカイ・ハネ・ナッシング
「人間サイズで羽が無いなら妖精ではないわね…… じゃあ、もしかして?」
ぺルルちゃんがフラスケちゃんの正体にピンと来たっぽいですね?
いったいどちら様なんでしょう。
「その子…… 精霊かもしれないわ」
どうやら、フラスケちゃんは精霊の可能性があるそうです。
精霊ですか~…… 精霊って本当に居るんですねー。 初めて見ましたよ。
次も2日後の投稿予定です。