51話 筋肉サイボーグ登場のポーズからの青いバラの量産化
とある街中の通りを、フード姿の人物が歩いている。
この人物の頭上には、妖精の少年と半透明の少女が浮いているのだが、他人には見えていないため、周りからはフードの人物の一人旅に見えているだろう。
「あ~あ、アナベル、追い出されちゃったね。 ケンカなんかしないほうがいいよ?」
「ケンカなんかしていないよ。 あれはあの宿が間違っていたから善意で指摘してあげただけさ。 だって、僕に他の客と同じものを食べさせようとしたんだよ?
普通はエルフが来たら、最高の物を提供するべきだろう? だから、こんなサービスで金を取るのは犯罪だよ、って指摘してあげたのに、店主が勝手に怒りだしたのさ、全く、これだから人間は……」
「うーん、ボクは、みんなと同じ場所で、みんなと同じ物を食べる方が美味しいと思うけどなぁ?」
フードの男、アナベルの滅茶苦茶な理屈を聞いても、ジャッドは不思議そうに首を傾げるだけで、強く否定はしない。 これは、この2人の間ではいつもの事だ。
「ははっ! それはジャッドがまだ子供だからそう思うのさ。
高貴な者は、他人と同じではダメなんだ。 大人になればキミも分かるようになるよ」
「ふーん、よくわからないなぁ。 でも、宿に泊まれなくなっちゃったけど、それはどうするの?」
「まあ問題は無いよ。 折角人間の街に来たから気まぐれで泊まってみようと思っただけで、そもそも僕は野宿で構わないからね。 エルフは自然とともに生きるものさ」
「でも、野宿だとご馳走は無いよ? ご馳走が食べたくてケンカしたのに、ご馳走の無い野宿でいいの?」
「はははっ! 僕は、別にご馳走に興味は無いよ。 あれは、僕をもてなさなかった事を注意したんだよ、もてなしの内容自体には、最初からあまり期待してないから、どうでもいいのさ」
「う~ん? ……やっぱりアナベルの言うことは難しいなぁ、ボクは頭が悪いからわからないや。 ボクもアナベルみたいに賢くなりたいなー」
ジャッドは、普通の感性を持つ者なら眉をひそめるであろうアナベルの言葉に対して、皮肉などではなく、本当に感心して憧れを抱いていた。
そして、自分に憧れの視線を向けるジャッドに対し、アナベルも好意的に接している。
「安心すると良いよ。 ジャッドは長命な妖精だから、その内きっと僕の次に賢くなれるさ」
アナベルとジャッドは、笑顔で会話をしながら街を後にする。
2人のその姿は仲が良さそうで、楽しそうであった。
自分が神に選ばれた偉大な存在だと疑わない男と、それを真実であると信じ、素直に尊敬する妖精の少年。
その関係は他人からは見れば滑稽に思えるかもしれない。 だが、この2人の間にある絆は、紛れもなく友情と呼ばれるものであった。
ーーーーーー モーリン視点
どうもこんにちは、モーリンです。
最近は少し燃費が良くなってきたようなので、これを機にワンランク上の技術を身につけてみようかと考えています。
普段の私は自分の頭にしか花を咲かせられませんが、例の悪い魔力を吸収した後のスーパーモーリン状態なら、自分から離れた位置にある地面に花を咲かせられたじゃないですか。
あれを通常時から出来ないか試してみようと思います。
あれができるようになれば、さらに応用して、自分以外に果物を実らせる事もできるかもしれませんよね? そしたら年中無休のオールシーズン果樹園が造れるかも! なんて考えています。
それと純粋に、時期的に花が少なくなってるんで、花を咲かせて景観を華やかにしたいというのもありますね。
ですが…… やってみると、意外とできませんねー?
スーパーモーリン状態であれば、花をイメージしてから目標地点を狙って、ポチっとスイッチを押すくらいの感じで出来るんですが…… 今はなんと言うか、私が電波を送っても、目標地点に受信装置が無いって感じでしょうか?
ビミョーに手応えがありません。
あ、例え話ですよ? 別に私の頭から謎の電波を発信してるわけではありません。
……たまに何かを受信することはありますが。
「うーん、多分だけど、リンの魔力が目標地点に、しっかりと流れ込んでいないせいだと思うわよ。
魔力が余ってるときは力業でどうにかなるんだろうけど、普段の状態で使うなら、しっかりと繋がってないと上手く魔力が流れないんじゃないかな?
花を咲かせたい場所に直接手を触れたりしたらどうかしら?」
ぺルルちゃんがそうアドバイスをしてくれたので、その方法を試してみましょう。
今までの経験を考えると、ぺルルちゃんの意見がハズレだった記憶が無いので、私のぺルルちゃんへの信頼度はMAXです。 まあ、仮に意見がハズレても信頼度はMAXから下がりませんけどね。
私は土に触れるため、ひざをつき、片手を地面につきます。 未来から来た筋肉サイボーグの登場シーンのポーズですね、流石に全裸ではありませんが。
あ、ですが今そばにいるのは、ちくわちゃんとぺルルちゃんとセレブお嬢さん…… つまり、仲良しの同性だけなので、全裸でもあまり問題無いですよね?
……ネタのクオリティを高めるなら、本当に全裸でやるのもありでしょうか?
まあ、またやり直すのもアレですから、今回は止めましょうか。
今は花を咲かせてみるのが優先です。 全裸になるのは次の機会ですね。
私は手に触れている土に意識を集中します。 ……お? おお? なんか、私の中から何かが土へと流れて行ってる感じがありますね? 今回はイケそうな気がします。
次は、咲かせたい花をイメージです。 んー、いつもの金と真珠の鈴蘭を咲かせようかと思ったんですが、あれって咲かせると消耗が大きそうな気がするんですよね。
となると…… ふ~む。 前に咲かせた、あの青いバラにしましょうか。
見た目も綺麗ですし、あの花がたくさん咲いていると神秘的で素敵な光景になりそうです。
ということで…… ふぬぬぬぬぬ……ソイヤ!
うん! できましたよー! ……ですが、たくさん咲いている姿を想像したせいか、一気にたくさん咲いちゃいました。 小さな花畑みたいでとても綺麗なんですけど、おかげでガッツリ消耗しちゃいました。
まだ倒れはしてませんが、格闘ゲームで言えば体力ゲージが赤に変わるくらいの疲労感です。
私は休憩するために、いつもの切り株の上に戻ります。 おぅ…… フラフラします、酔拳の達人のようなトリッキーな足さばきになってますねー。
んー、通常状態の私では、直径2メートルを花畑にするくらいが限界ですね。
スーパーモーリンなら村1つを花畑に変えるくらいはイケるんですが、だいぶ差がありますね? まあ、あの時は吸収した分の魔力を使ってましたから、素の私との差が大きくても当然ですけどね。
「思ってたよりたくさん咲かせたわね…… 無理しちゃダメよ?
別に倒れるまで訓練する理由も無いんだからさ」
ぺルルちゃんが心配してくれました。 ちくわちゃんとセレブお嬢さんも、私が酔拳使いのような動きをしていた時は心配そうにしていましたが、切り株に座ってから、平気ですよー、って感じでワサワサしてアピールすると安心したようで、今は花畑の方に夢中になっています。
ちくわちゃんは純粋に綺麗だなー、って見ている感じですが、セレブお嬢さんの食い付き方は凄いですねー? 何か特別な思い入れでもあるんでしょうか?
んー、ですが、喜んでくれてはいるようですし、セレブお嬢さんのためにも、もっとたくさん咲かせましょうか。 他の皆さんも、綺麗な花が咲いていて困ることはないでしょうし。
あっ、花粉症の人は困っちゃうかもしれませんね。 できるか分かりませんが、アレルギー成分の無い花を咲かせるように心がける事にしましょうか。
むしろ、吸い込むと健康になる花粉を振り撒く花とかが創れたらいいんですけど、それは難しいですかね? まあ、ダメ元でやってみますか。
その日から日課として、毎日数メートルずつ花畑を広げていきました。
能力を使いなれたおかげか、さらに燃費が良くなってきたようで、1回で咲かせられる花の量も増えてきました。 もう少し腕を上げたら、自分以外の木に果物を実らせるのも試してみましょうかねー。
……ですが、ちょっと花を咲かせ過ぎましたかね? 冷静になってから見ると、村が青バラだらけになっています。 んー、やり過ぎましたね。 テヘッ☆
……まあ、綺麗だからいいですよね?
ーーーーーー フリージア視点
最近のモーリンは、毎日村のいろんな場所に青いバラを咲かせている。
モーリンは、よく変わった事をやり始めるけど、大抵それは深い意味のある事で、あとになって考えると、成る程! って思わされる事が多いんだよね。
流石はモーリン。 まるで未来が見えているみたいだよね。
だから今回、突然村を青バラだらけにした事も、何か意味があるんだと思う。
そう思って、私はトレニアにも意見を聞いてみた。
「トレニア。 最近、モーリンが花を咲かせているのって何でかな?
直接モーリンに聞いてみたんだけど、ワサワサしてるだけで答えてくれなかったんだよね。 ……最近、モーリンの声、聞いてないなー」
「数回だけとは言え、直接お姉様のお声を聞いたことがあるなら良いじゃありませんか。 ……私なんか、まだお姉様のお声を聞いた事が無いのですよ?」
トレニアは、そう言って恨めしそうに私を睨んでから話を続けた。
「青いバラについては、フリージアさんもエルフなら聞いた事があるでしょうが、この花は、エルフの聖域と呼ばれている森の奥にしか生えていないはずの花です。
これは、エルフが選ばれた存在であるという証として、神から与えられた花だと言われていて、深緑の民が自分たちを特別な存在だと言い張る自信の源の1つとなっていますね」
ああ、うん。 なんか聞いた事があるかも。
「ですから、お姉様は、この地に青いバラを咲かせる事で、この地もまた聖域と同じような特別な場所であり、ここに住む全ての人が、みな特別な存在なんだ……
という事を示しているのではないかと思っています。 私の仮説ですけれど」
そ、そっか…… みんな特別かぁ…… みんな…… むぅ……みんなかぁ……
でっ、でも、特別なみんなの中でも、私は更に少しだけ特別な特別だよね? ね!?
私が思いを込めた視線を送ると、モーリンはワサワサと羽ばたいた。
……えっと、それは肯定なの? 否定なの?
「……なんだか別の事を考えているように見えますが…… まあ、いいです、あの花のもう1つの意味を言いますわね。 まあ、こっちも仮説なのですが」
「えっ? 他にもまだ意味があるの?」
「今も言ったように、仮説の域を出ない話なのですが…… 実は、この村に風邪が流行り始めていたのですが、お姉様が花を咲かせたあたりから急速に風邪の患者が回復しました。
特に鼻水やくしゃみなどの症状は、花が咲いてから数時間で全快した人もいたようです」
「そういえば、朝にくしゃみをしてばっかりだった大工のおじさんが、昼過ぎに元気になってたのを見たかも? それもモーリンのおかげだったんだ……
モーリンは、村のみんなの風邪の具合まで気にかけてくれてるんだね」
モーリンは、いつもみんなの事を考えてくれている。
何も語らないままみんなを助けて、お礼を言っても、なんでもないよ、っていうような平然とした態度で、当たり前のようにみんなを見守ってくれている。
「ああ、そうか。 やっとわかった! トレニアが『お姉様』って言い出したのは、こういう部分を言ってたんだね。 うん、確かにお姉ちゃんっぽいかも」
「まあ! フリージアさんも、やっとお姉様の中から溢れるお姉様オーラに気付きましたか? そうです! お姉様は素敵なのですわ!」
「むぅ…… 言われなくても、モーリンが素敵な事は、私が世界で一番よく知っているよ?」
強くて優しくて、可愛くて格好いい…… そんなモーリンの事を、私は大好きなんだ。
だから、モーリンにちょっかいをかける人は、私がアレをしてコレをしてポイだ!
私は、モーリンを守る事を、更に強く心に誓った。
ーーーーーーとある街道にて……
「うん?…… なんか、突然、酷い寒気と悪寒がしたな?」
「アナベル、風邪でもひいたの? 大丈夫?」
「僕くらいの魔力があれば、風邪程度の病気にはかからないはずなんだけど…… こんなに長く聖域の外にいるのは初めてだから、そのせいかな? ……まあ、いいや。 目的の村までもう少しだし、そこで精霊姫様を見極めたら旅も終わりさ。 そしたらしばらくゆっくり休むよ」
そんな事を話しながら歩くフードの男と妖精の少し後ろで、今までずっと無言で浮いていた半透明の少女が、小さな声で呟いた。
「……おかあ……さん? おかあさんのにおいがする……?」
その呟きは小さくて、前に居る2人を含めて誰にも聞こえることはなかった。
アナベルが、魔力が高いと風邪を引かないと言っていますが、抵抗力が上がるだけで、引く時は引きます。
アナベルは、単に自分が病気になるはずがない! と過信しているだけです。
次の投稿も2日後の予定です。