50.5話 ある少年の初恋・あの中年の興奮
今回は、前話を別視点から見た話です。
前半はロドルフォ視点。 後半はアウグスト視点です。
「リーダー! こっちこっち!」
「あー…… 分かってるから、そんなに引っ張るんじゃねえよ」
冒険者チーム・魔喰いの顎のリーダーとして、多くの荒事の中で生きて来たオレは、今、無邪気に笑うガキ共に手を引かれて歩いていた。
まあ、それはいいさ、別にガキは嫌いじゃねえ。 暇をしてる時間なら、相手ぐらいしてやっても良いさ。 だがなぁ……
「む……むぅ……!? ロドルフォが子供たちに囲まれて笑ってる!? に、似合わない!」
……よりによって、この嬢ちゃんに見られちまうとはなぁ~……
「……ロドルフォが子供になつかれるなんておかしい。 怪しい薬か魔法でも使ったの?」
「嬢ちゃんの中でのオレの評価がどんな感じか分かる言葉だなぁ…… まっ、嫌われてるのは知ってるがね。 ……とりあえず、薬と魔法は否定しとくぜ。
このガキ共は、王都のスラムで世話をしてたガキだ。 なつかれてるのはその時からさ」
荒くれ者に毛が生えたようなこのオレが、ガキ共を育てるなんて似合わねぇ事やってるなんて、他人に知られたくないと思っていたんだが……
今は、この嬢ちゃんに、自分でも驚くくらい素直に事情を話す気になっている。
この村で暮らすうちに、良い意味で力が抜けたのかも知れねぇな。
周りの奴らがお人好しばっかりで、見栄を張るのが馬鹿らしくなっちまった。
オレは、確実にそのお人好しの筆頭であるだろう精霊サマを見る。 ……ガキ共に囲まれて、一緒に羽ばたいていた。
おーおー、早速なつかれてるなぁ、何をやってるのかは知らねぇが。
「むぅ…… スラムって、あのスラム?」
「あのスラムってのがどのスラムかは知らねぇが、ゴミクズで作った家で、コミクズみてえな住人が暮らしているスラムさ。 オレもあのガキ共も、そこの生まれだ。
真っ当な人生を送れるのは、ほんの僅かの運の良い奴だけ。 放っておけば、半分以上は犯罪者になるか、人知れず死んで行くかのどっちかさ」
「……だから、ロドルフォが冒険者でお金を稼いでお世話してたの?」
「まあ、そういう事だ。 今はアウグストの旦那が農作業要員として雇ってくれたから、ガキ共の生活も安定したがな。 ……オレも仕事を回してもらっているし、旦那には頭が上がらないぜ」
本当に。 ……本当に旦那には世話になっちまってるなぁ。
オレがしみじみそう思っていると、嬢ちゃんが、むぅ……っと唸ってから口をひらいた。
「……モーリンを斬った事は一生忘れない、ロドルフォの事は嫌い。 ……でも、守るものがあって、ロドルフォも一生懸命だったのは理解した。 ……それでも嫌いだけど」
「へいへい、そうですかい。 ……ところで、精霊サマが農作業を始めたんだが、放っておいてもいいのかい?
あーあー、自分の仕えるべき精霊サマが泥まみれで働いているのに、その巫女が突っ立ってお喋りしてるってのは、どうなんだろうな?」
どんなやり取りがあったか知らねぇが、なぜか精霊サマは、ガキ共と一緒に野菜の収穫を始めていた。 それを指摘すると嬢ちゃんは、焦って駆け寄る。
「待ってモーリン! モーリンがやるなら私もやる!」
「ふぅ、忙しい嬢ちゃんだぜ…… って、オイ!? 嬢ちゃん!? 力入れすぎだ、ジュースでも作るつもりかよ!? よせっ! 売り物にならなくなるだろうが!」
不器用なうえに怪力なんて、質が悪い嬢ちゃんだなあ、オイ!
嬢ちゃんにこれ以上やらさせると、野菜が全部ダメにされちまいそうだな。
しゃあねえ、オレも手伝うとするか。
結局、そのまま全員で野菜の収穫をした。 意外にも精霊サマの手際が良くて、思ったより早く作業が終わったから、ガキ共は余った時間で遊び始めたみたいだ。
精霊サマは、随分と好かれたみたいだな。 ガキ共は、全員精霊サマのそばに行って騒いでいる。 ……ちなみに、巫女の嬢ちゃんは、ガキ共に怖がられちまって、木陰で落ち込んでいる。
ガキ共からすると、むぅむぅ唸りながら次々と野菜を握り潰して行く様子が怖かったみてぇだな。
……丁度良いから、今後、ガキ共のしつけに使わせてもらうとするか。
『言う事を聞かない悪ガキの所には、エルフの巫女がやって来るぞー!』
……っとか言ったら意外と効果がありそうだな。
「キャハハハ!」 「何それ!? 変なのー!」
あん? ガキ共が楽しそうに笑い出したな? 何かあったのか?
そう思って確認すると、精霊サマが踊っていた…… んだが……。
普通、『精霊の踊り』と聞くと、神秘的で優雅なダンスを想像すると思うが、この精霊サマの踊りは、なんつーか、神秘や優雅って言葉とは真逆な感じだった。
腰を軽く下ろしたポーズで、軽く拳を握った手を上下にブンブンと振っている。
……なんだこの踊り? 神秘も優雅さも感じねえ。 ……でも、ただひたすらに陽気で楽しそうだ。
確かにガキ共は、お上品なダンスよりコレの方が見てて喜ぶだろうな。
その時、わんぱく小僧のグリオが精霊サマの髪を突然引っ張りやがった!
オレはバッっと巫女の嬢ちゃんの方を見る。 ……良かった、髪を引っ張った瞬間は見なかったみてえだ。 見られてたら、グリオがさっきの野菜みたいにされかねない。 この嬢ちゃんなら子供相手でもやっちまいそうな気がするしな。
さて、嬢ちゃんが事態に気づいて乱入しないうちに、オレが止めねえとな…… って、うお!? 精霊サマの髪が伸びた!?
グリオが引っ張った部分がニュッと伸びた。
あるべき手応えが無かったせいかグリオがバランスを崩してズルっとコケている。
おう、あの精霊サマらしい、平和的でヘンテコな反撃方法だなぁ。
それを見た周りのガキどもがクスクス笑い始め、恥をかいたグリオは、ムキになって精霊サマの髪をドンドン引っ張るが、その度に髪の毛が伸びるわ伸びるわ。
見事におちょくってるなぁ、精霊サマ。
中々面白い見せ物だが、そろそろ止めねぇとな。 嬢ちゃんのお仕置きも怖いが、なによりグリオが女の髪を引っ張った事を叱らねえといけねぇ。
オレはグリオに近づくと、その頭にゴツンとゲンコツを落とした。
「イテェ!? リーダー!? いきなりなんだよー!?」
「ケンカはしても良いが、女の髪を引っ張るのはケンカじゃねえ、ただの暴力だ。
理由の無い暴力は、ただのゴロツキのやることだぜ?
おう、グリオ。 ……てめえは、ただのゴロツキになりてえのか?」
オレの言葉に、うっ、と声をつまらせたグリオだが、そこで退かず、まだ言い返してくる。 まあ、この年頃は、なんでも言い返したくなるってのは理由できる。
オレもガキの頃、そういう時期はあったしな。
「でっ、でも! 全然痛がってないし、引っ張っても大丈夫そうだぞ!?」
「痛がってなければ、暴力を振るっていいのか? それに、相手がどう感じているかなんて、てめえは分かるのか?」
「うう……ゴメン。 もうやらないよ」
グリオは、自分の間違いを認めたみてぇだ。 だが……
「オレに謝ってどうするんだ? 本人に謝れよ」
オレがそう言うと、グリオは今度こそ精霊サマに「ゴメンっ!」と謝った。
ああ、ここでムキになって謝らないようなクソガキじゃなくて良かったぜ。
オレは、『よく素直に謝ったな』と言って、頭を軽くポンと叩こうかと思った。
……だが、オレより先にグリオの頭に触れる手があった。
精霊サマだ。 グリオの頭を撫でる精霊サマの顔は、相変わらずの無表情のはずなんだが、なぜか神々しくて優しい笑顔に見えた。
……チクショウ、この精霊サマに神々しさを感じると、なんか負けた気になるな。
その後、立ち去る精霊サマの背中を見送りながらグリオは小さな声で言った。
「なあ、リーダー。 ……精霊と人間って……その……結婚とか、できるのかな?」
……マジかよ? こいつ、あの精霊サマに惚れたのか? ……あっ、髪を引っ張ったのも、もしかして気を引きたかったからか? まあ、これくらいのガキは、気になる女にイタズラするってのは、確かによくあるな。
だがなぁ……
精霊サマを口説くには、あの障害物を突破しなくちゃあいけねぇよなぁ?
オレの頭の中では、巫女の嬢ちゃんが凶悪な顔で杖をブンブン素振りしていた。
「……あー…… まあ、頑張れよ」
「うん! オレ、頑張るよ!」
……まあ、身の程知らずな夢を見るっつうのも、ガキの特権だよな?
ーーーーーー アウグスト視点
商人たちとの話し合いは終わった。
今は、トレニア嬢を家に…… まあ、正確にはフリージア先輩の家なんだが、そこに送って帰る途中だ。
今日話し合った商人たちは、いずれもそれなりに力のある商会の人間だ。 話の内容は、この村の発展のために投資をしてもらい、見返りにここでの商売の権利を分けるという内容だったんだが……。
これについてハッキリと言ってしまえば、誰にも声をかけずに俺の商会だけでやったほうが儲かる。 使う経費はとんでもない金額だが、数年後には確実にそれ以上の儲けが期待できるからな。
だが、ここが大都市になった後の事を考えるなら、1つの商会だけに力が集中し過ぎるのはあまり良くない。 競争相手のいない独占状態は、歪みや停滞や腐敗に繋がるからな。 まあ、そういう事で他の商会にも声をかけた訳だ。
この土地の価値というのは、モーリン様の価値で決まると言っても過言ではない。
モーリン様の価値を見抜けずに、この土地に投資する旨味が無いと言って話を蹴ったバカもいたが、大半の商人は投資を約束してくれた。
「2人ほど見る目の無い方が居ましたが、概ね良い返事がもらえましたわね」
丁度同じ事を考えていたのだろう。 俺が言おうといた言葉を、トレニア嬢が先に口に出した。 そして、更に言葉を続ける。
「……で、先に協力を決め、すでに行動を起こしている我々花園の民には、他の方々よりも多くの権利を与えていただけるのですよね?」
中々抜け目の無い事だ。 まあ、当然の主張だがな。
「ここはエルフの村だ、将来的に大きな都市に成長しても、エルフが中心となる事は変わらないから、街の作りはエルフの生活スタイルを考慮したものになるだろう。
エルフであり、商人でもある花園の民には色々と助言してもらう事になるからな。 自然と発言力は強まるから安心していい。
これは領主も了承済みだから、存分に口出ししていいぞ」
「それは何よりですね。 では遠慮なく口出しさせていただきますわ。 ふふっ」
話しが一区切りした所で、丁度家に着いたな。
家の中に気配があるから、モーリン様とフリージア先輩が居るんだろう。
挨拶をしておきたいが、女ばかりの家に男が突然入るのも良くないと思い、トレニア嬢に中の様子を確認してもらい、許可が出てからお邪魔させてもらった。
「お邪魔しますぜ、モーリン様。 フリージア先輩」
俺が家にお邪魔すると、モーリン様が近付いて来て…… ん? なんだ? なにか違和感が…… おおう!? モーリン様の髪が一部だけ異様に長いな!?
違和感の正体に気付いて驚いた俺の右腕に、モーリン様の長い髪が蛇のように絡みついてきた。 うおっ…… 心の準備が出来ていなかったら、咄嗟に振りほどいちまいそうだな。
危ねぇ。 そんな無礼な事をしちまったら、フリージア先輩が、
『むぅ……モーリンの髪を振りほどくような失礼な腕は要らないよね?』
とか言って、マジで腕をぶった斬るかもしれない。
そのままされるがままで居ると、モーリン様の髪がもう一ヶ所長く伸びてきて、今度は俺の左腕に絡みついてきた。 ……モーリン様は、一体なにを?
そして次の瞬間、俺の両腕に強力で、それでいてどこか優しい魔力が流れたのを感じた。
気がつくとモーリン様の髪は、布のような形状になって俺の腕に巻き付いていて、まるで包帯を巻いたような見た目なっていた。
こ……これはまさか……!! 俺は、頭に浮かんだある可能性に、子供のように胸をワクワクさせながら、試しに腕を魔力で強化してみた。
無駄なくスムーズに魔力が流れる。 スムーズ過ぎて、手応えの無さに驚く程だ!
恐る恐る、手の甲同士をぶつけ合ってみると、カンカンと金属を叩いたような音がした。
硬い! それでいて手の動きの邪魔をしない。 いや、邪魔をしないどころか、むしろ何も着けない時よりも動かしやすい!
これは…… 間違いない! 装備品、しかも魔導具だ! モーリン様が、俺に装備品をくれたぞ!!
古来より、主が部下に武器を直接手渡すのは、信頼し、戦力として期待しているという意味。 つまり、モーリン様は俺を信頼し、期待してくれているという事だ!
「ふっ……ふふふっ! 見てくれ! フリージア先輩! トレニア嬢! モーリン様に装備をもらったぞ!」
成る程、以前フリージア先輩が、杖をもらった事をしつこいくらいに自慢して来たことがあったが、自慢したくなる気持ちが理解できた。
確かにこれは、はしゃぎたくもなるな。
俺は、その場で軽く拳を振り抜く。
フォン! と、空を斬り裂く音が聞こえ、その先の空気が弾けたような感触があった。 ……素晴らしい! 俺は嬉しくなって、その場で何度も拳を振る。
「むぅ…… はしゃぐ気持ちはわかるけど、子供みたい。 ……おじさんなのに」
「ですが、羨ましいですわ。 私もお姉様から装備を頂きたいものです。
とはいえ私の戦士としての実力は、お二人に遠く及びませんから仕方ない事ですわね。 ですが、いずれはきっと私も……」
年下の女に生暖かい目で見られて、普段なら恥ずかしさで冷静になる所なんだろうが、今は興奮が冷めない。
……ダメだ。 少し体を動かさないと収まらねえ。 ちょっとトレーニングでもしてくるか。
「モーリン様! 感謝する! これからは、商人としてだけじゃなく、戦士としても役に立つと誓うぞ! 俺は、少し体を動かしてくるから、ここで失礼する!」
それだけ言って、俺は走り出した。
おおう!? この装備の効果は腕だけじゃないのか!? いつもより、魔力が全身に無駄なく循環するぞ! コレは良いな、体を動かす事が、実に気持ち良い!
「ははっ! 今日はこのまま1日走り回ってみるとするか。 たまにはそういう日があっても良いだろう。 ……よし! 全力疾走だ! はっはっはっ!!」
ーーーーーー
ある日、薬草の採取任務の途中だった冒険者パーティーから、ギルドへ謎のモンスターの目撃情報が報告された。
そのモンスターは、全身から魔力を放出しながら平原を高速で走り回り、大笑いしながら拳を振り回す人型のモンスターだという。 ギルドは、このモンスターに、仮の名前として『オーガ・グラップラー』と名付け、調査をしたが、有力な情報は得られなかった。
謎のモンスター、『オーガ・グラップラー』 ……その正体は、誰も知らない。
次も2日後の投稿予定です。