閑話 ちくわクエスト・中編
私たちは、ギルドの施設の前まで来た。
魔物のいる危険な場所だからかな? 見た目は二の次にして、とにかく頑丈に作ったみたいだね。
暗い灰色の分厚い石壁に、窓には鉄格子があって重苦しい。
扉を開けて中に入ると、冒険者がたくさんいた。
外にもたくさんいたのに中もこれって事は、かなりの人数が集まってるんだね。
アラクネの調査って、そんなに人気の仕事なのかな?
ジーナは私の疑問を予測してたのか、先回りして答えてくれた。
「今回は、ギルドからの依頼だからね。 報酬もいいけど、なによりもランクアップのための評価が、一般の仕事よりも多くに加算されるの。
もし討伐に成功したりすれば、ランクアップに一歩近づくわね。 討伐まで出来なくても、発見して居場所を報告するだけでも評価は上がるはずよ」
そのジーナの言葉に、ティートが続けて喋り出す。
「へへっ、実は、オレもランクアップ狙いなんだ。 まあ、悔しいけどアラクネを討伐するのはオレには難しいだろうから、アラクネを発見して情報を持ち帰れたら上々って所だろうけどな」
ランクアップかー。 私が偉い冒険者になれば、精霊が魔物だって決めている冒険者ギルドのルールを、内側から変えるチャンスが増えるんだよね?
一番の目的はエンジェルなんとかを持って帰る事だけど、もしアラクネを見つけたら、ついでにやっつけておこうかな?
話をしているうちに、受付のカウンターの行列が少なくなってきたから、私たちも手続きを済ませることにした。
手続きはジーナがやってくれるんだって。 流石は先輩だね。
でも私も後ろからやり方を見て、覚えておこう。
「こんにちは。 Cランク冒険者がもう1人加入してくれたから、改めて立ち入り許可の手続きをお願いしたいんですけど、いいですか?」
「ジーナさん? ええ、規定のパーティーメンバーが揃ったなら手続きはしますけど、そのCランクの人って…… えっ? フリージアさん!?」
あっ、王都で私が登録したときの受付嬢さんだ。
王都にいたはずなのに、今はこんな所にいるなんて、もしかして……。
「むぅ…… 左遷されたの?」
「違う! 違うよ!? 左遷じゃ無いよ! 本当だよ!? ギルドマスターも、『なに、そのうち呼び戻すさ……そのうちな。 今までご苦労様』って、見たこと無いくらい優しい笑顔で言ってくれたしっ!」
……ギルドマスターのそのセリフって……。
私はトレニアの顔を見てみると、トレニアは気の毒そうに目を伏せて、静かに首を横に振った。 あぁ、やっぱりかー。
私たちは、それ以上その話に触れるのは止めて、何事も無かったように手続きを進める事にした。
「えーっと、ジーナさん、ティート君、トレニアさん、フリージアさんの4人パーティーで、リーダーはジーナさんだね。 で、パーティー名は決まってるの?」
「パーティー名? むぅ…… パーティー名かー。 ジーナは何か考えてあるの?」
「成り行きでいきなり組んだパーティーだからね、すぐに名前は考えつかないなぁ…… あっ、そうだ! フリージアちゃんが考えてみない? そんなに深く考えなくていいからさ」
私が決めるの? むぅ…… んー、んー、んー……。 むぅ……
……うん、思いついた。
「……『モーリン親衛隊』でどうかな?」
「あははっ! モーリンちゃんは強いから親衛隊がいなくても大丈夫だと思うけど、でも、面白いね! うん、それでいいよ」
「冒険者パーティーに親衛隊と名付けるセンス自体は、ちょっとどうかと思いますけど、そこにお姉様の名前を出されたら私は否定できませんわね」
ジーナもトレニアもそれでいいみたいだね。 でも……。
「えぇ~っ!? なんでそこにモーリンの名前が出てくるんだよ? そこは、何かもっとカッコいい名前にしようぜ?」
むぅ……! そっかー、ティートはモーリン親衛隊が嫌なんだ。 そっかそっか。
じゃあ仕方ないね。 うん、仕方ない。
私は書類に、ティートの意思を尊重したパーティー名を書いて、受付嬢さんに渡した。
「パーティー名は『モーリン親衛隊とその他1』だね? はい、受け取ったよ」
「ちょっ!? その他1ってオレの事か!? ぼっちみたいだから止めろよ!
もう、オレもモーリン親衛隊でいいから、その他扱いはしないでくれよ!」
「えぇ!? もう書類に印鑑を押して、上司に渡しちゃいましたよ!?」
この受付嬢さん、変な所だけ仕事が早いね。 でも、もう上司に渡したなら仕方ないね。 ティートには、このままその他でいてもらうしか無いね。
うん、仕方ない、仕方ない。
立ち入り許可証も受け取ったから、そのまま出発! って言いたい所だったけど、もう夜になりそうだから、この施設内にある冒険者ギルドが経営してる宿屋で一泊する事にした。
「おっ、オレだって男だぞ!? 女ばっかりの部屋で寝れるわけないだろ!? 誰か、部屋に泊めてくれる冒険者を探してくる!」
ティートは、そう言って出ていった。 あー、そう言えば前にローズさんが、男の子は過剰に異性を気にする年頃があるって言ってたけど、ティートもそうなのかな?
みんなでお話しして、そろそろ寝ようかって話になったころ、突然ティートが戻って来て、ドアを叩いた。 むぅ…… もう夜だよ? 騒いだら迷惑!
「たっ……頼む! 開けてくれ! やっぱりオレもここに泊めてくれぇ!!」
青い顔で、泣きそうになりながら部屋に転がり込んできたティートは、そのまま頭からベッドに潜り込んで、結局朝まで出て来なかった。
次の朝に聞いたら、少しだけ話してくれた。
昨日、泊めてくれる冒険者を探してたティートは、ある冒険者と出会って意気投合して、泊めてもらえる事になったらしいんだけど、色々あって逃げてきたらしい。 何があったんだろうね?
その泊めてくれた人は、『薔薇の園の紳士』ってパーティーのリーダーをしている『ゲイデス・ヤラナイカ』っていう男の人らしいんだけど、それ以上は教えてくれなかった。 本当にティートに何があったんだろう?
お茶を飲み終わる頃にはティートも落ち着いていたし、私も例の小箱を使ったから元気だ。 さあ、出発だ! って言おうとした所で、ジーナが話しだした。
「出発する前に、役割を決めておこうか。 まず、確認のためにも、自分の得意な事と苦手な事を言っていこう。 まずは私から言うよ。
私の武器は槍、1対1の技術戦は自信はあるよ、あと、罠の解除も基礎くらいは出来る。 でも魔法は、明かりをつけるくらいしかできないから期待しないで」
「オレは剣を使える。 でも恥ずかしいけど、ギリギリなんとか一人前って程度の腕だ。 ただ、自分のスタミナ回復を早める魔法が使えるから、持久力だけなら自信あるぜ」
最初にジーナ、続けてティートが自分の実力を言った。
少し見直したかも。 ティートは、ちゃんと自分の実力がイマイチなのを認めているんだね。 強がって大きな事を言うかと思ってた。
「私は弓を使えます。 狩りに困らないくらいの腕はありますが、魔物との戦闘は経験ありませんから、どこまで通用するかは未知数ですわね。 あと、ちょっとした止血をするくらいの回復魔法が使えます」
トレニアが言った。 じゃあ次は私だね。
「杖と素手で殴るのが得意。 あと魔法は、回復は使えないけど他は色々使えるよ。 でも攻撃魔法が一番得意かな。 殴るのも魔法も、加減するのは苦手。
……あと、細かい作業は大体苦手」
みんなの能力を確認して、打ち合わせした結果、ジーナと私が前衛でトレニアが後衛。 ティートはあまり前に出ないで、トレニアを守るって事になった。
最初は、私も後衛で魔法を使うって案もあったけど、前衛を巻き込んで、敵と一緒にぶっ飛ばしちゃうかも? って言ったら前衛になった。
うん、自分でも、多分そのほうがいいだろうなーって思う。
まあ、何はともあれフォーメーションも決まった事だし……
さあ! 冒険者パーティー『モーリン親衛隊とその他1』の初陣だね!
森の中は薄暗いし、魔物っぽい気配もするけど、そこまで険しくはなかった。
特に洞窟を目指すルートは、人の行き来があるからか、土が踏み固めてあるから歩きやすいね。
私はすいすい歩いてから、何気なく後ろを振り向いたら、ジーナとティートが歩き難そうにしていた。
キョロキョロと周りを見ると、他も冒険者も、すいすいとは歩けていないみたい。
……あれ? 私が変なのかな? そう思ってトレニアを見ると、トレニアはわりと余裕がありそうだった。
「これくらいの森なら、都会育ちの私でも、さほど苦労はしないのですが……。
エルフの感覚では何て事のない森でも、人間からすると歩き難く感じるようです。
種族としての特性の違いという事ですね」
ふうん、そんなものなのか、人間って不便だね。 アウグスト君なら森でも山でも平気で歩きそうなそうなイメージだけど、もしかして人間とは別の種族なのかな?
私の頭の中のアウグスト君は、必要だと思えば、世界の果てまででも歩いて行きそうなくらい、フットワークが軽いイメージだ。
私の頭の中で、アウグスト君が凍った海を泳いで渡り始めたあたりで、突然聞こえた冒険者の声が、一気に私の意識をそちらに向けた。
それは、私にとって、絶対に無視のできない内容だったから。
「魔物だ! 木の精霊が出たぞ!」
むぅ……! 今のは誰!? 何をふざけた事を言ってるの!?
魔物なら木の精霊の訳がないし、木の精霊なら魔物の訳がない!
私とトレニアは顔を見合せると、頷き合った。 行こう!
「お、おい? 2人とも、いきなりどうしたんだよ!?」
「ごめん、ジーナ、ティート。 少し待ってて…… あっ、はぐれたら困るから、やっぱりついて来て」
そうだった、人間は森が苦手なんだっけ。 置いてったら危ないね。
私はティートの手を、トレニアはジーナの手を引いて、駆け足で声の方へ向かった。
その場にたどり着いた私が見たのは、冒険者のパーティーが、複数の動く木と戦っている光景だった。
枝を振り回したり、蔦を伸ばしたりして戦う姿は、確かに少しだけ、木の姿だった時のモーリンに似ていなくもない。 でも……!
外見が汚い! 動きに品が無い! いい匂いもしない! 感じる魔力が不快だ!
それに、弱い! 弱すぎる!! 何!? この冒険者たちは、本気でこんなモノを精霊だと思ってるの!? 目が腐ってるの!?
動く木だからって理由で、こんなモノとモーリンを一緒にするのは、二足歩行するって理由でゴブリンと人間を一緒にするようなものだ! ……ううん、それ以上の侮辱だ!!
「……フリージアさん」
私の肩に、ポンっと手が置かれる。 トレニアだ。
トレニアは冷たい表情でおデコをピクピクさせている。 初めて見る表情だけど、怒っているのは分かる。
「私は、あんなモノがお姉様と同じ存在だと思われている事が不愉快でなりません。 ですが、悔しい事に、私の弓では大したダメージを与えられないでしょう。 ですから、フリージアさん。 私の分まで、あの粗悪な偽者に天誅を与えてくれませんか? ……見る目の無い冒険者達も、少しくらいなら、ついうっかり巻き込んでも構いません、私が許します」
「少し巻き込むだけ? むぅ…… トレニアは優しいんだね。 私は、全員まとめて森の土にしちゃうくらいを考えてたけど……。 まあ、それでいいや。
うん、じゃあ、ついうっかり巻き込んで来るね」
「な……なあ姉さん。 『ついうっかり』てのは宣言してからやるものなのか?」
「しっ! よく分からないけど、口出しできない雰囲気だから、しばらく黙っていようよ」
後ろで、ジーナとティートが何か言ってるけど、気にしない。
まずは、モーリンを侮辱する奴らを片付けなきゃ。
「天駆ける風神の、その偉大な力の一欠片。 猛る風巻く、その槍撃よ。 群がりし愚者を吹き散らせ! 『荒ぶる嵐の投擲槍』!」
私が投げた魔力の槍は、戦場のど真ん中に突き刺さって、爆風を巻き起こした。 それは3体の魔物を木くずに変えると同時に、『うっかり』2人のモヒカンと1人のボウズを吹っ飛ばす。
「やああぁー!!」
私は、戦場に飛び込んで、1体の魔物を杖で叩き折る。
『うっかり』安全確認を忘れていたから、飛び散った細かい破片がボウズの頭にブスッと刺さった。
私は一度、杖を空に投げると、空いた両手で拳を握る。
「はああっ!『強風纏いし圧入杭』!」
魔力を込めた左右の拳で、それぞれ1体ずつへし折りながら、モヒカン1人とボウズ1人も、『うっかり』弾き飛ばす事を忘れてはいない。
一体の魔物が、私に向けて枝を振った。 ……遅い、見え見えだ。
私は、さっき空に投げた杖をキャッチすると同時に、思い切り振り抜いて、相手の枝をへし折った。
折れて飛んだ枝が、ボウズのお尻に直撃して、『アーッ!!』という声が響く。
む…… むぅ…… これは本当に偶然だった。
私は、ちょっと動揺しながらも最後の一体を杖で滅多打ちにして戦いは終わった。
1人だけ『うっかり』し損ねたモヒカンが残っていたから、とりあえず普通に脛を蹴って転がしておいた。 うん。 任務完了。
その後、少しすると、冒険者たちは起きあがって、こちらに歩いて来た。
むぅ…… みんな結構元気だ。 もっと強めに『うっかり』するべきだったかな?
「ちっちゃい嬢ちゃん、ちょっとばかり誤爆もあったが、とりあえず援護してくれて助かったぜ」
ちっちゃい嬢ちゃんとは失礼な。 私は少し小柄なだけの、大人のレディだよ。
それに誤爆なんかしていない。 ちゃんと狙い通りに『うっかり』したよ。
誤爆は、枝をお尻に当てた件だけだ。
「助けたつもりは無いから、感謝はしなくていいよ。 あと、今の奴らは、ただの魔物だよ。 木の精霊とは全く別のものだから、二度と間違えないでね?」
その事を訂正できれば、もう、このモヒカンとボウズばっかりを集めたようなパーティーに用はない。
改めて洞窟へ向かうため、立ち去ろうとした私の背中に、声が掛けられた。
「嬢ちゃんは今の精霊……い、いや、魔物を、すげえ形相で睨みながら滅多打ちにしてたよな?
アンタ、エルフだろ? エルフなのに、そんなに木が嫌いなのか?」
モヒカン男の質問に、すぐに頭に浮かんだのはモーリンの事だ。
……木が嫌いかって? 嫌いなハズがない! それは絶対あり得ない!
「木は好きだよ? 大好きだよ? 大好き、うん。 愛してる。
だからコイツらを叩き潰さないと気が済まなかったんだよ。 当然でしょ?」
それだけ答えて、私は洞窟の方向に歩き出した。
むぅ…… モーリンの事を考えたら、また会いたくなってきちゃった。
早く終わらせて早く帰らないとね。 待っててね、モーリン!
ーーーーーー
後日、冒険者ギルドに、ある噂が流れた。
その高い戦闘能力と愛らしい外見から、徐々に、多方面から注目を集め始めている期待の新人・フリージア。
実は彼女は、自分の愛する相手を自分の手でメチャクチャに叩き潰したくなる性癖を持っていて、それを邪魔をした者は、木の枝で尻を叩かれるらしい……。
ただし、これはあくまでも噂であり、事実確認はされていない。
次回は後編です。
いつも通り、2日後の投稿予定です。