閑話 ちくわクエスト・前編
フリージア視点です、今回は前編です。
「フリージア、Cランク冒険者になったと聞いたが本当か?」
ある朝、突然兄さんが家にやって来て、そう言った。
むぅ……私だけならともかく、トレニアもいるのにノックもしないで入って来るなんて、兄さんは相変わらずデリカシーが無い。
少しだけイラッとしたけど、大事な用事かも知れないから、怒る前に用事の内容を訊こう。
「うん、Cランクになったのは本当だけど、何かあるの?」
「うむ、村を大きくするにあたって、魔物除けの結界も強力な物に変える事に決まったのだが、材料となる素材が取れる洞窟が、冒険者以外は立ち入り禁止らしい。
アウグストなら素材を仕入れているかもしれないが、今は用事で領主様の屋敷に行っていて留守なのだ。
ただ帰りを待つよりは、お前に取りに行ってもらった方が早いと思ってな」
うん、事情はわかった。 でも疑問が1つ…… あっ、違った。 疑問が2つある。
「かなり前の事だからうろ覚えなんだけど、確か、兄さんも冒険者登録をしてなかったっけ?」
「うむ。 だが、登録してから10年近くの間、ギルドに顔すら出さなかったら、いつの間にか免許を失効していた」
むぅ…… 10年も顔を出さないって、それなら何のために免許を取ったの?
でも、失効する事があるのか…… 私も気をつけようっと。
まあ、兄さんが行かない理由はわかった。 じゃあ次の疑問だ。
「今、この村には、ロドルフォとその仲間がいるよね? あいつらを送り込めばいいんじゃないの?」
そしてそのまま帰って来なければ、なお良いのに。
……あ、でも帰って来なかったら、素材を持って帰れないのか。
「ロドルフォ達の今の雇い主はアウグストだ。 アウグストの留守の間に、勝手に他の仕事で村を離れるわけにはいかないと言っていた」
「むぅ…… 役に立たない。 ロドルフォ、役に立たない。 所詮はロドルフォか」
むぅ…… じゃあ私が行くしかないのかな?
村のためだし、行くこと自体は嫌じゃないんだけど……。
「モーリンを連れて行ってもいい?」
「馬鹿を言うな、モーリン様の仕事にお前がついていくのは当然の事だが、お前の仕事にモーリン様を連れていくのは無礼だろう。 そもそもモーリン様は冒険者登録していないから通してもらえないはずだ」
「むぅ……連れて歩くのがダメなら、モーリンを袋につめて私が背負って歩くのはダメかな?」
「何を言っている、馬鹿者」
むぅ…… 怒られた。 うーん、冒険者とはいえ、あまり強くないトレニアを1人で行かせるわけには行かないし、やっぱり私が行くしかないか。
そう考えた時、トレニアが口を開いた。
「なら、私も一緒に参りましょう。 フリージアさんは、強さは確かなのですが、他は事については色々と不安な部分がありますし」
……色々と不安って何? 私はしっかり者の大人のレディだよ?
兄さんは、トレニアの言葉に、『それは心強いな』とか言ってコクコク頷いて、気づいたら、結局トレニアも来ることになっていた。
モーリンのお世話は、村の女の子たちが交代でする事になった。
お世話と言っても、モーリンは食事も睡眠もいらないから、あまりお世話する事は無いんだけどね。
だから、お世話はしなくてもいいんだよ? 私が戻るまで、誰もモーリンに触らなくてもいいんだよ? 私以外の誰もモーリンに触らなくていいんだよ? ずっとずっと私以外は触らなくていいんだよ? ずっとずっとずっとずっとずっと……
「あ、あの、フリージアさん? なんだか目の奥がドロリと鈍く光っていますが、どうかいたしましたか?」
「ん? 別に、私はいつも通りだよ? 大丈夫。 じゃあ早く行こうか。 早く終わらせて、早くモーリンの所に戻ってこないとね」
出発する前に、しばらくの間モーリンに抱きついて、モーリン成分をたっぷりと補充した。
「うん。 これで5日は戦える! じゃあ行ってくるね、モーリン」
2人だけだし荷物も少ないから、馬車じゃなくて普通に馬に乗って移動する事にした。 そのほうが馬車より速いし。
アウグスト君の愛馬の中から良さそうな馬を2匹借りる事にしよう。 きっとアウグスト君なら、私が勝手に借りても文句は言わないはずだ。 多分、きっと。
初日は何事もなく順調に進み、隣村の手前まで着いた。 本当は隣村まで行って、宿に泊まれたらいいかな? と思ってたけど、やっぱり1日でそこまで進むのは無理だったみたい。
「今晩はここで野宿だね。 じゃあ、おやすみ」
「なんで草の上に直接横になるんですか。 テントを張らないと寒いですわよ? 今は冬ですから下手をすれば凍死しますわ」
「むぅ…… テントは、私が張ろうとすると壊れるし破けるから嫌い。
テントがなくてもモーリンの事を考えれば、心が暖かくなるから、寒さも平気」
「心の暖かさだけで乗りきれるほど冬の寒さは甘くはありませんわよ!? それと、テントは自分の意思で自ら壊れるものではありません! 壊れるというのなら、それは貴方が壊しているんです!」
そう言ってトレニアは荷物から布と紐を出すと、そこら辺の木や石と組み合わせて簡単なテントを建てちゃった。 手際が良いね。
「さあ、出来ましたわ。 簡単な物ですが、風が当たらないだけでも随分と違うはずですわよ。 まったくもう…… 旅慣れているはずの若草の民である貴方に、なんで都会育ちの花園の民の私がサバイバル指南をしているんですか?」
むぅ…… 面目無い。 でも、私も兄さんも昔から何かを作るのが苦手なの。
でも料理だけは、ギリギリ食べれる物はできるんだよ? 美味しくないけど。
体温を逃がさないためにトレニアとくっついて寝た。 ……微妙な気分だ。
トレニアの事は嫌いじゃないし、くっついているのが嫌って事は無いんだけど、でもモーリンにくっついてる時みたいな心地良さがあるわけじゃあない。
モーリンよりトレニアの方が色々と大きいから、抱き心地は良いはずなんだけど、やっぱり抱きつくならモーリンがいいなぁ。
ーーーーーー
「フリージアさん! 朝ですわよ。 そろそろ起きてください!」
「むぅ……モーリン成分が足りない! 手足が震える、目が霞む…… むぅ~……」
「貴方、たしか昨日は『5日は戦える』とか言ってませんでしたか? まだ、2日目の朝ですわよ?」
私は、昔から朝は苦手なの。 頭がボーッとしてだるい……。 今日はモーリンが側にいないと思うと、いつも以上にだるい気がする。 うう……でも、起きなきゃダメだよね。 むぅ…… 仕方ない、取って置きのアレを使おう。
まさか、こんなに早く使うとは思ってなかったけど。
私は、荷物をゴソゴソと探る。 体を起こす気力も無いから、転がったまま手の感触だけで目当てのものを探し出す。 あ、あった! きっとコレだ!
手に乗るくらいの小箱を取り出した私は、顔のそばでそれをゆっくりと開いて、中の空気をスゥーっと鼻から胸いっぱいに吸い込んだ。
来た来た来たっ! その瞬間、手足の震えが収まって、頭もシャッキリ! 心の中は幸せな気分でいっぱいだ! えへへっ!
「フリージアさん!? いっ……今なにか、良からぬものを使いませんでしたか!?」
青ざめた顔で、信じられないものを見たような表情をするトレニア。
「良からぬものじゃないよ? とっても素敵なものだもん。 嗅ぐだけで幸せになれるの。 ……トレニアも使う? 特別に一回だけならいいよ?」
「嗅ぐだけで幸せ!? そ……それはまさか!?」
「うん。 そのまさかだよ? ほら、コレ! モーリンの髪の毛だよ。 出発の前にもらって来たんだ。
頼んでも返事はしなかったんだけど、そのあとで髪を軽く引っ張ったら、スルッと切れたから、持ってっていいよって言ってくれたんだと思う!
……むぅ? トレニア、何で安心したような、ガックリ気が抜けたような顔をしてるの?」
「お姉様の髪の毛でしたか、私はてっきり…… もう! 言い方が紛らわしいですわよ! 心配させないでください!」
そういって怒りながら、トレニアも、しっかりモーリンの髪の毛を嗅いでいた。
うん、モーリンの髪の香りって凄くクセになるよね。 なんでだろう?
さあ、モーリン成分を補充して元気になったから、旅を再開しなきゃね。
私たちはテントを片付けて、馬に乗った。 さあ出発だ。
昼になる前に隣村に到着できたから、ご飯はここで食べた。
まだ携帯食料は残ってるけど、ついでだからこの村で買い足しておいた。
この村は小麦が名産だから、売っているパンの種類が、村の規模のわりには多いんだ。 だから、保存のできるカッチカチのパンとかもあるから、それを買おう。
これ、保存食にしては美味しいんだよ。 『保存食にしては』だけどね。
ここから南に行けば、トレニアの家がある王都だけど、今回の目的地はここから東に5~6時間くらい行った森の中にある洞窟だ。 うーん、今から5~6時間かぁ、どうしようかな?
「トレニア。 今日はここで泊まるほうがいいのかな? まだお昼だから進みたいけど、今からだと到着するのが夜になっちゃうし、どうしようか?」
「そうですわね…… このまま進みましょうか。 目的地は冒険者以外立ち入り禁止なのでしょう? つまりギルドが管理しているという事ですから、冒険者向けの休憩施設があると思います。 もしも無いなら、森に入る手前で休めばいいでしょう」
あ、そうか。 勝手に入る人がないかを見張ってる人がいるんだから、寝る場所くらいはありそうだよね。 うん、それじゃあ進もうか。
私たちは、また馬に跨がった。 馬が疲れてないか心配だったけど、まだまだ元気そうだ。
足も早いし、流石アウグスト君は良い馬を持ってるね。 今度、褒めてあげよう。
そのまま夕方になるまで移動を続けると、遠くに森が見えてきた。
あ、森の手前に建物がある! あれがギルドの休憩施設かな?
もしもあれがギルドと関係ない建物だったとしても、きっと、お願いしたら物置小屋くらいは一晩貸してくれるよね?
そう思って馬を進めていると、トレニアが何かに気づいたみたいだ。
「案外、多くの冒険者が来ているのですね? 冒険者にとって飛び抜けて儲けの多い場所では無いと聞いたのですけど」
確かに冒険者風の人がたくさん歩いてるね。 ……それにしても……。
むぅ…… ムサい。
なんで大男の冒険者って、半裸みたいな格好の人が多いんだろう? 今、冬だよ?
髪型もボウズかモヒカンが多いし。 体の大きさが一定以上だと、こういう格好にしないとダメだとか、そんなルールでもあるのかな?
あっちに半裸モヒカン、そっちも半裸モヒカン、こっちは半裸ボウズ……
あっ、あの人は普通の格好だね! あれ? あの人って……
「ジーナ! それと……ミート? だっけ?」
王都でいっしょに散歩した、あの冒険者の姉弟がいた! 奇遇だね。
「ミートって誰だよ!? ティートだよティート! ……ったく! そんなに覚えにくいような名前じゃないだろ?」
ああ、そっか、ティートだったね、ゴメン。 なんか知らないけど忘れちゃうんだよね、この人。
「こんにちは、フリージアちゃん、それにトレニアさんも。 2人も例の件でここに?」
「こんにちは、ジーナ。 私たちは村の事情で、エンジェルティアという素材を取りに来たのです。 その『例の件』というのが何の事なのか分からないのですが、説明していただいても?」
トレニアの言葉に、ジーナが頷いた。
むぅ…… 私はそんなのどうでもいいから、早く用事を終わらせてモーリンの所に帰りたいな。
「この先のでアラクネが数匹見つかったらしいの。 何匹いるかも不明だから、大規模な調査をするって事で、ギルドが冒険者を募集していたのよ。
私とティートは、その仕事を受けに来たんだけど、危険度が高い仕事だから、1つのパーティーにCランク以上の人が2人以上いないと受けられないって言われて困っていたの。 そこで相談なんだけど……」
ジーナは、そこで言葉を止めて、チラチラと私とトレニアを1回ずつ見てから続けた。
「ねえ、一緒に行かないかな? 私とフリージアちゃんでCランクが2人になるし、Cランクがいるパーティーのメンバーなら、Dランクのティートやトレニアさんも通してくれるわよ」
「むぅ…… 私たちの最優先は、エンジェル……なんだっけ?
忘れたけど、その素材だから、洞窟の中に行く事になるけど、それでもいい?」
「おう! オレは最初から洞窟に行きたいと思ってたから、むしろありがたいぜ! やっぱり洞窟探検は男のロマンだよなー!」
私たちはティート以外はみんなレディだから、男のロマンは分からないけど、パーティーを組んで冒険っていうのは少しだけワクワクするかも。
私は、戦いは自信あるけど冒険者の経験が浅いから、先輩がいるのは正直心強いな。 ティートは頼りないけど、ジーナは頼りになりそうだよね。
ティートは、どう見ても頼りないけど。
「じゃあ行きましょう。 あの建物に受付があるから、そこで手続きをしたら通してくれるわ」
ジーナは、そう言って自然に私の手を引く。 むぅ…… 私は大人のレディだよ?
ジーナの態度は凄く自然だから、あんまり腹は立たないんだけどさ。
こうして私たちは、即席のパーティーを組むことになった。
あまり時間をかけるとモーリンが寂しがるし、何よりも私が耐えられそうにない。
手早く終わらせて帰るから、もう少しだけ待っててね! モーリン!
モーリンは、フリージアが自分の髪の匂いを嗅いでいるのを見て、どうせ嗅がれるなら良い匂いにしよう!
と思って色々と匂い成分を調整した結果、エルフにとってはたまらなく良い匂いに感じるバランスになっています。 一度嗅ぐとクセになって、すぐに嗅ぎたくなる匂いです。
あ、大丈夫です、ヤバい成分は入ってないですよ。
次回も2日後の予定です。 多分、次回では終わらないので、中編、後編の3話構成になると思います。