3.5話B 若草の民の兄妹 ー 妹・フリージア ー
今回も主人公視点ではありません。
私はフリージア。 エルフの末裔、若草の民の一員としてみんなと一緒に旅してるの。
苦労は覚悟の上だし、簡単に弱音を吐くつもりは無かった。
……無かったんだけど。
(むぅ……足がパンパンで痛い……)
2日前、山道の途中で馬車が1つ壊れちゃったんだけど、その分の荷物を残った馬車に積み直したから、乗れなくなった数人が降りて歩く事になったの。
幼い子供を歩かせるのは可哀想だから優先して馬車に乗せたんだ。
……私も乗っていても良いって言われたけど断って歩いた。
なぜなら私は大人のレディだから。
そう、大人なのだ。
例え仲間で一番幼いネリネに身長が追い抜かれても。
人間基準では10歳位に見えると言われても。
私は26歳。 大人のレディなのだ。
ハーフやクォーターのエルフは、純血のエルフほどじゃないけど寿命が長い。
でも、それは若い時間が長いだけで、成長の早さは大差が無い……はずなのに……
私は色々と小さいまま。 ……むぅ。
長老の話では、私はエルフの特性が強く出た先祖帰りらしくて、純血のエルフ並みの成長速度なのでは? との事らしい。
兄さんや、その友達のヒースさんと一緒に街を歩くと、親子に見られる事もあった。
でもそれは掘りの深い顔で筋肉質な兄さんと、ぽっちゃり体型で疲れた顔のヒースさんが特別に老けて見えるから、その2人との比較して私が幼く見えるんだと思う。
きっと私1人だけを見れば、ちょっと小柄なだけの大人のレディに見られるはず。
うん、きっとそうに決まってる。 ふう……あの二人の老け顔にも困ったものね。
とか考えていると、丁度そのヒースさんが歩いてきた。 長老を含めた年長者グループの所に行ったって事は、なにか報告か相談でもするのかな?
私は聞き耳をたてる。
若草の民は、半分以上の人は人間と変わらない外見をしているんだけど、私は見た目にもエルフらしい特徴が出ていて耳が長くて尖ってる。
そのお陰か知らないけど、他の人より少しだけ耳が良く聞こえるの。
さて、何を言ってるのかな?
「この先に魔物が居るみたいですよ。 今、ムスカリに討伐に出て貰ったので、アイツが戻るまで待機して、皆を休憩させましょう」
兄さんが1人で討伐に出てるの!?
私はヒースさんに駆け寄った。
「ちょっとヒースさん! 何で兄さんを1人で行かせちゃったの!?」
「わっ!? 突然走って来て大声を出したら驚くじゃないか…… 何でって言われてもムスカリが1人で戦うのは初めてじゃないだろう? 申し訳ない気持ちはあるけど、下手に人数だけ出しても足手まといに……」
「知っていれば私も行ったのに! 私なら足手まといにはならないよ!?」
私の主張に、ヒースさんは困ったような笑顔になる。 ……ヒースさんがよくやる表情だ。
「……君ならそう言いそうな気がしたからムスカリ1人に言ったんだよ。 ムスカリも君を戦わせたくないから1人で行ったんだと思うよ?」
むぅ…… 私は年齢も実力も一人前なのに、兄さんもヒースさんも過保護過ぎる!
……きっと、これも私の体が小さいせいだ。
「むぅ……今にオーガキングみたいに大きくなるんだから!!」
「……いやいや、何もそこまでならなくてもさ……」
ーーーーーー
……夕方になって、夜になって…… そして夜が明けた。
まだ兄さんは帰って来ない。
私はいつも首から下げている御守りを握りしめる。 精霊様を象った物だ。
「……精霊様、どうか兄さんにご加護を」
その時、後ろでカサリと枯れ葉を踏む音がした。
「フリージア……やっぱり起きてたんだね、休めって言ったのに。 ……ムスカリの事が心配で眠れなかったのかい?
さあ、これを飲むといい。 ……落ち着くよ?」
困ったような笑顔のヒースさんが立っていた。
あ、温かい薬草茶を作ってきてくれたんだ。 ヒースさん、優しいね。
薬草茶を受け取って、口を付ける、少し薬臭くてクセがあって……だけど、不思議とホッとする風味が口に広がる。
「兄さんが強いのは知ってるけどね、やっぱり心配はしちゃうよ……」
「まあ、確かに家族の心配をするのは仕方ないよね。 ……でも、旅の疲れも溜まっているだろう? 休める時に休むのは大切だよ」
ヒースさんは、そう言って微笑んだけど、その顔は見るからに疲れている。
……まあ、ヒースさんはいっつも疲れたような顔をしているんだけど、今はいつもに増して疲れた顔に見える。
「そう言うヒースさんも全然寝てないよね? 目の下にクマができてるよ?」
私が指摘すると、ヒースさんはいつもの困った笑顔をした後、自分用の薬草茶を…… 見るからに私の分よりずっと濃くて渋そうなそれを、ギュッと飲み干して口を開いた。
「僕には定期的に魔力感知をする役目があるからね、ぐっすりと熟睡というワケにはいかないかな。 ……危険な役割をムスカリに任せてるんだから、僕も自分の得意分野くらいは頑張らないとね。 ……どっこいしょ!!」
そう言ってヒースさんは魔力感知の魔法を発動した。
むぅ……魔法発動のかけ声が、『どっこいしょ』って……
ヒースさんは剣も、他の魔法も苦手だけど、感知系の魔法だけは若草の民で一番だ。 無駄なく組み上げられた感知魔法の網は繊細で、とっても綺麗だ。
……だけど、かけ声は『どっこいしょ』
「おっ! ムスカリの魔力が近づいてくるよ。 ……良かった、とても元気そうだ……っていうか、なんか出発前よりも魔力が大きくなってる気がするんだけど?」
戻ってきた兄さんは、なんかツヤツヤしていた。
「……何で、戦いに行って、行く前より元気になってるの?」
「……実は、危ない所を精霊様に助けられたのだ。 精霊様に授けられた桃を食べたら、傷も癒され、疲れも無くなった」
精霊様!? その言葉を聞いたとたんに、私は兄さんに詰め寄った。
……もしかしたら、無意識に飛び付いて、襟首も掴んでいたかもしれない。
「ぬおっ!? フ……フリージア、突然なんのつもりだ!?」
「精霊様に会ったの!? 兄さんだけズルい! 私も会いたい! 早く行こう!」
「ああ、そういえば、昔からフリージアは精霊様の伝説が大好きだったよね。 特に、原初のエルフが精霊のお姫様と友達になる話とか」
ヒースさんは納得したようにコクコクと何度も頷いている。 その通り。 私は精霊様と友達になるのが夢なのだ。 子供っぽい夢と言われても、この夢を忘れたことは無かった。
精霊様に会うチャンスがあるなら絶対会わなくちゃ!!
「だが、精霊様の宿る土地に気軽に住まわせて貰うわけにもいかないだろう? まずは長老に相談しなくては」
「むぅ……兄さん、まさか、畏れ多いから行くの止めるって言わないよね?」
今さら行かないなんて言ったら、私だけでも行っちゃうから! 本気だよ!? って気持ちを込めて兄さんを見つめると、兄さんは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「安心しろ、精霊様とお会いする時の礼儀作法などを長老に聞いておくだけだ。 ……もしも長老が遠慮するべきだと言うようなら俺が説得しよう」
兄さんのその言葉を聞いた瞬間、私は嬉しさで、つい兄さんに抱きついちゃった。
兄さんに抱きつくなんて数年ぶりで、ちょっと恥ずかしかったけど、感極まっちゃったんだから仕方ないよね。
子供の頃からの夢が叶うかも知れない。 そう思うとワクワクして収まらない!
「どうしよう、興奮して眠れないかも!!」
「寝ないとダメだよ? 結局今日も徹夜しちゃったんだから。 はい、アーン」
「むぐっ!?」
ヒースさんに怪しい薬草茶を口に流し込まれたとたん、物凄い青臭さが広がって……私は……凄く……ね、む、く……
ーーーーーー
目が覚めたら丸一日たっていて、もうすぐ出発しようと話している所だった。 ……ヒースさん、あんな薬草茶も作れるんだ……知らなかった。
まだ口の中が青臭い気がするけど、でもお陰でグッスリ眠れて元気いっぱいだ!!
まだ見ぬ精霊様!! 今、私が会いに行きます!!
次回は主人公視点に戻ります。 なんとか明日も投稿出来そうです、時間はいつも通り20時~22時の予定です。