41.5話B 誕生! 冒険者フリージア
今回は、主にギルドの受付嬢視点です。
冒険者ギルド
数年前までは、ゴロツキと大差無い連中が多く、女性が入るには抵抗がある場所であったが、最近は、随分と健全な雰囲気になり、若い女性が出入りする事も、さほど珍しくはない。
今日も3人の若い女性が、ギルドを訪れた。
フリージア、トレニア、ジーナだ。
本当は、その後ろにティートという少年がいるのだが、それぞれ違う方向で魅力的な3人の女性が目立って、その後ろの駆け出し冒険者の少年に、わざわざ目を向ける者は少なかった。
ジーナは、フリージアとトレニアに書類を手渡し、簡単な説明をした。
「これを書いて。 名前と年齢と現住所だけは必須だけど、あとは書かなくても大丈夫よ。 でも、仕事の紹介とかの参考にされるはずだから、不都合がないなら書いた方がいいかな。 書き終わったら、あの受付嬢さんに渡して」
受け取った2人は素直に従い、全て空欄を埋めていった。
ーーーーー冒険者ギルドの受付嬢視点
今日は、随分と美人さんな冒険者志望が2人もやって来た。
1人は、有名な富豪でエルフの一族でもある、コランバイン氏の娘さんのトレニアさん。 バランスの取れた体型に、ややキツい猫目の、20歳くらいの、綺麗系の美人だ。
彼女は、依頼人としては何度かこの冒険者ギルドに顔を出した事があるけれど、今回は冒険者に登録をしたいとのこと。
意外と言えば意外なんだけど、冒険者の仕事も、全てが荒事というわけじゃあない。
それに、見習いと呼ばれるEランクの免許証であれば、12歳以上で、過去に凶悪犯罪を犯していなければ、大抵の人には発行されるから、単に身分証として欲しがる人も結構多い。
だから、彼女もそういった理由で登録すると思えば、不思議じゃあない。
「はい、書類を確認させてもらいますね。
名前『トレニア』 性別『女』 年齢『21』 現住所『王都ネウロナ』
希望のジョブ『後方支援系統、もしくは製薬系統』
特技『弓、ロビン式弓術2段』 『治癒魔法、止血程度』
希望の仕事『薬草採取』 『商業の手伝い』 主な目的『ギルドでの精霊への扱いの是正』
最後の1つは、大きく出たなー、という感じだけど、問題はありません。
はい、結構です。 どうぞ、これが免許証です」
でも、もう1人の子が特殊だった。
「……書けたよ、これでいい?」
その少女は、金髪に青い瞳の、スッゴく可愛らしい子だった。 耳の形と顔立ちからすると、エルフの一族だよね。 年齢は10歳くらいに見えるかな、冒険者登録は12歳からだから、年齢はしっかり確認したほうがいいね。 どれどれ……
……その子が書いた書類の内容は、反応に困るものだった。
「はい、確認しますね。 えっと……
名前『フリージア』 はい、わかりました。
性別『大人のレディ』 普通に女か男かだけでお願いします。
年齢『26』 ……26!? えっ!? 私と同い年!?
現住所『モーリンの隣』 どこですか、そこは? あとモーリンって何?
希望のジョブ『モーリンの巫女』 なんですか? そのジョブ。 あとモーリンって何?
特技『杖で殴る、多分すごく強い。 攻撃魔法、多分すっごく強い』 あの…… もう少し具体的になりません?
希望する仕事『モーリンのお世話』 何ですか? その仕事。 あとモーリンって何?
主な目的『モーリンのため』 だからモーリンって何!?」
「……これじゃダメ?」
首を傾げて訊いてくるフリージアさんの可愛らしさに、同性の私も、少しドキッとした。
個人的には許してあげたいけど、ダメな箇所は指摘しなきゃね。
「大体の所は、何を書いてもダメではないんだけど、年齢と現住所だけはちゃんと書かないとダメよ」
「むぅ…… ちゃんと書いたよ? 私は26歳だし、私が居るべき場所はモーリンの隣だって決まってるんだもん」
うーん…… あくまでも、自己申告でいいって事になってるから、こう粘られると、私からは強く言えないのよね……。
でも、この見た目で、『だもん』とか言ってて26歳って言われても……
「どうかしましたか? ……なるほど、これは、知らない人は困るでしょうね。
では、私が説明いたしましょう」
書類を覗きこんで、納得したように話し始めたのはトレニアさんだ。
「まず年齢ですが、普通はハーフやクォーターのエルフは、寿命こそ長いものの、成人までの成長速度は人間とほぼ同じです。 ですが、純粋なエルフは10歳前後から、心身共に成長が遅くなるのです。
彼女は、先祖帰りで、エルフの性質が強く出ているので、成長が遅いのでしょう。
……流石に、私より年上だというのは驚きましたけど」
そ、そうなの? うーん、エルフの性質って言われちゃうと、認めるべきかな?
ギルドは他種族の登録を認めているし、種族特性を理由にして差別したと思われたら、色んな方面から怒られるよね。
「次は現住所の件ですね。 彼女は、旅を繰り返してきた一族ですし、今、住んでいる村も名前の無い村ですから、住所という考えが身に付いていないのでしょう。 仮に『ネウロナ王国・北の村』としておきましょうか」
あ、北の方に、エルフの村が出来たとか言う噂があったっけ。
そっか、フリージアさんは、そこから来たのか。
「年齢も住所も、どちらも証拠はありませんので、信じていただくしかありませんけど、もとより自己申告の書類ですし、そこまで厳しく審査しなくてもいいのでは?
他の冒険者の方々が登録するときは、証拠など確認しなかったでしょう?」
「あ、うん。 私としても、12歳以上であることがわかれば、それ以上は何も言うつもりは無いけど。 ……で、でも、もし12歳未満の子どもに免許を発行したとなれば、減給処分になっちゃう! 今月はお金に余裕がないのよー!」
あっ、最後に本音が漏れちゃった。 しょ……しょうがないのよ!
人気吟遊詩人にして、イケメン役者でもある、あのキムターク様が王都で7日連続公演をしたんだよ? そりゃあ7日とも全て見に行くじゃない!
そしたら当然お金が無くなるじゃない?
今、貧しさに苦しんでいる乙女は、王都には私の他にも沢山いるはずだよ!?
そんな私の魂の叫びが伝わったのか、トレニアさんが、溜め息をつきながら、ある提案をしてくれた。
「……わかりましたわ。 もしも、この件であなたが減給になる事があれば、私がその分を補填しますし、万が一、免職にでもなれば、今よりも厚待遇で、あなたを我が家で雇うと約束します。 それでどうです?」
「はい、どうぞフリージアさん。 あなたの免許証ですよ」
「むぅ……変わり身が早い」
「へへへっ! これでお前たちは、オレの後輩って事だな!」
嬉しそうに笑うティート君…… ていうか、あれ? ティート君、いたんだ!?
女の子たちが目立ってて、ティート君に気づいてなかった! ゴメンなさい!
「ティート、後輩ができて嬉しいのはわかるけど、調子にのらないの!
実力ではフリージアちゃんの方がずっと上なんだから! ……って、そうだ!
フリージアちゃん、見習い期間の免除を申請してみない?」
ジーナさんがとんでもない提案をしてきた!? ジーナさん、理性的な常識人だと思ってたのに…… なんでそんな無茶な提案をするの?
見習い期間の免除というのは、明らかに即戦力になる新人を、見習い期間であるEランクをすっ飛ばして、すぐにDランク、あるいはCランクとして採用する制度で、登録前にすでに個人で実績をあげた魔物ハンターや、何かの事情で冒険者になった、元、騎士や、元、宮廷魔導師なんかが主な対象者だ。
時々、自分が強いと勘違いしたチンピラが、免除申請をすることがあるけど、そんな連中は、大抵はあっさり落とされる。
対戦形式の実技試験とかもあるのに、そんなものをフリージアさんにやらせようなんて、ジーナさんって、もしかしてフリージアさんが嫌いなの?
「早くランクを上げれるの? じゃあやる」
「ええっ!? でも、Bランクの先輩冒険者と戦うんだよ? 手加減はしてくれると思うけど、危ないよ?」
私が、それとなく止めようとすると、フリージアさんが、少し考えて言った。
「……ロドルフォっていう悪人顔の冒険者を知ってる? 試験で戦う先輩って、アイツより強い?」
「え? えっと、ロドルフォさんって、魔喰いの顎のロドルフォさん?
あの人は、ここのギルドでもかなり強い人だから、多分、あの人よりは弱い人になると思うけど…… でも、ランクは同じBだよ」
「アイツより弱いなら大丈夫。 勝てる。 もしアイツが相手でも、周りの物を壊していいなら勝てるし」
「勝たなくても、実力がある事を見せればいいはずよ?
私の知り合いで受かった人はいないけど、フリージアちゃんなら出来ると思うわ」
「フリージアちゃん、ロドルフォさんに勝てるだなんて、大きい事を言い過ぎだよ? ジーナさんも、何でそんなに無茶をさせようとするのよ?」
私が、ちょっと強引にでも止めようかな? って思ったとき、男性の声が聞こえてきた。
「いいじゃねえか、オレが試験をしてやるよ! 実力もわからねえ生意気なガキにはお仕置きが必要だろ? さっきからデカイ事ばかり言いやがって気に入らねぇ!
そもそもエルフってだけで気に入らねぇんだ! なあ、試験ってのは、殺しさえしなければ、強めにひねり潰していいんだよなぁ?」
うわぁ…… この人、ガラが悪くて嫌いなんだよなぁ~。
この人の名前は、テンプレノ・ゴロツキーダ。 一応はBランク冒険者だ。
実力はあるけど問題の多い人で、本当なら素行不良でランクダウンしていてもおかしくないような人なんだけど、最近、魔喰いの顎が拠点を変えて、この街の冒険者の人数が減っちゃったから、こういう人も大事に使わなきゃいけないっていう判断らしい。
「強めにひねり潰していいの? 良かった! 私、手加減が苦手だから助かる!」
うわあ!? フリージアさん、火に油を注いじゃダメだよ!
ニコっと笑った可愛い顔が、余計に相手をなめてるように見えてるよ!?
「こ……このガキ!! 上等だ! ついて来い!!」
テンプレノさんは、そう言ってフリージアさんを奥の訓練場に連れて行った。
あちゃあ…… やっぱりこうなったか。 いざとなったら割り込んで止めれる人を呼んでおかなきゃマズイよね。
えっと、今、ギルド内にいて、テンプレノさんより強い人は……っと。
私が強い人を連れて訓練場に行くと、すでに戦う準備は出来ていて、ジーナさん、トレニアさん、ついでにティート君は、見学席に座っていた。
ティート君は少し不安そうだけど、ジーナさんとトレニアさんは落ち着いている。
えっと、フリージアさんが心配じゃないの?
「遅えぞ! 早く合図を出せ!」
テンプレノさんが怒鳴る。 もう、いちいち怒鳴らなくても聞こえてるよ!
「はいはい。 では、合図は、このオッサンが出すけどいいね?
じゃあ、銅貨を上に投げるから、それが地面に落ちたら試合開始って事でいいよね? ……本当は金貨か銀貨の方が見栄えがいいんだけど、オッサンは金欠なんだ、銅貨で我慢してね? あ、武器は木剣だよ? 本物は危ないからね?」
私が連れてきた強い人……ダレスさんが、そう言って懐から銅貨を出した。
ダレスさんは、『最強のBランク』という異名を持つ冒険者だ。
テンプレノさんがやり過ぎても、割り込んで止めれると思う。
銅貨の落ちるチャリンという音が響いて、戦いが始まった。
始まった瞬間に木剣を相手に投げつけるフリージアさん。 えっ!? いきなり武器を手放すの!?
いきなり足元に飛んで来た木剣に驚いて、動きが止まったテンプレノさんに、飛びかかったフリージアさんは、左の拳で殴りかかった。 素手なんて無茶だよ!
「行くよ。『強風纏いし圧入杭』」
「なんだとぉ!? う……うおおぉー!!」
防いだテンプレノさんの木剣が砕け散った!?
「……まだ、右があるよ?」
ズドンという重たい音と共に、テンプレノさんのお腹にフリージアさんの右拳が叩き込まれて、テンプレノさんが飛んで行った。
つっ……強い!? フリージアさん、強い!!
「まだっ!『荒ぶる嵐の投擲槍』!!」
ええーっ!? 倒れてる相手に追い討ちしちゃうの!? えげつない!
えげつないよ!? フリージアさん!
フリージアさんが、魔力の槍を生み出して、それを投げつける。
激しい爆発音が響いて、目を開けていられないほどの強い爆風が吹いた。
はうっ! ゴミが目に入ったー!? 痛いよー!!
なんとか目を開けた私が見たのは、強力な魔法を打ち込まれて無残な肉の塊になったテンプレノさんの、成れの果て……
ではなくて、テンプレノさんをかばうように立っているダレスさんだった。
「痛いなあ、もー。 ……酷い話だね? ムサい男から可憐な美少女を守る仕事だって聞いたから来たのに、なんで逆に、ムサい男を守るために、可憐な美少女の攻撃魔法を食らうはめになるの?
オッサン泣いちゃうよ? なに? 君たち、50過ぎのオッサンの涙を見たいの?」
「むぅ…… なんでジャマするの? もうすぐ倒せたのに」
不満そうにムスッとするフリージアさん。
いやいや、もう倒してるよ! めっちゃ倒してるよ!
「確か、強めにひねり潰したら勝ちっていうルールだよね?
まだひねり潰してないから終わってないよ?」
「えー? 最近の模擬戦は過激だね? オッサン、ドン引きだよ?」
「そっ、そんなルールじゃないよ!? ダレスさんもドン引きしないで!
もう、フリージアさんの勝ち決まりですから、これ以上の攻撃はしないでください!」
そのあと、ギルドマスターに報告して、話し合った結果、フリージアさんは、Cランクになる事になった。 戦闘力的にはBでもいいけど、流石に、実績の無い新人を一発で上げれるのはCまでが限界だ。
まあ、それでもすでに前代未聞の話だけど。
色々とビックリさせられたけど、可愛いくて強いなんて、こんなスター性のある冒険者が誕生したのは、ギルドとしては嬉しいことだね。
トレニアさんだって、フリージアさんみたいな規格外じゃないけど、普通に優秀そうだし、このギルドの未来は明るいかもね。
「こ、後輩ができたと思ってたのに、もう追い抜かれた……」
呆然とした顔で、そう呟くティート君が印象的だった。
ーーーーー フリージア視点
これで、今日から私はCランク冒険者だ。
さっきの戦いも上手くできたし、気分がいいね。
詠唱無しの、加減した魔法が実戦で使えたのは、我ながら成長したと思う。
今までは、なんか知らないけど、加減したらコントロールしにくかったんだよね。
それが上手くできるようになってきたっていう事は、やっと私の体が、モーリンのくれた力に馴染んだってことかな?
えへへ、少しずつ、私とモーリンが1つになっていく気がして嬉しいな、えへへ!
「……フリージアさん? なんだか、笑顔の奥に、深い闇を感じますわよ?」
トレニアが変なものを見る目で見てる。 むぅ…… 失礼な。 私は普通だ。
モーリンの事を考えてニヤニヤしちゃうのは、自然の摂理だよ?
その時、私の耳と鼻がピクリと動いた。
あっ! 向こうから、モーリンの気配と足音と匂いがする! 近づいてきた!
私は人ごみの中からモーリンの姿を探す。
中央広場のベンチで座って待っている私たちに、通りの向こうから、モーリンとアウグスト君が近づいて来るのが見えた。 えへへ、こっちだよー!
私がブンブン手を振っている姿を見て、ティートが、
「飼い主を出迎える犬が尻尾を振ってるみたいだな」
って言ってジーナに叩かれていた。
わ、私がモーリンの飼い犬かー。 ん……それも良いかも? えへ。
「……また一歩、闇が深くなった気がしますわ」
またトレニアが変な目で見てる。 むぅ…… 失礼な。 私は普通だ。
モーリンに犬扱いされる事を想像して嬉しくなるのは、乙女のたしなみだよ?
合流した後は、みんなで街を見て回った。
私とトレニアが冒険者になったお祝いだって言って、アウグスト君が色々と奢ってくれた。 アウグスト君は気前が良いね。
話を聞くと、奥さんがずっとモーリンに会いたがっていたらしくて、さっき会えた事で、奥さんが嬉しそうにしてたから、それでアウグスト君も機嫌がいいみたい。
ふーん、その奥さんも、モーリンに会えて嬉しかったのか。
ふと、周りを見ると、モーリンを中心に囲んで、アウグスト君もトレニアもジーナもティートも、みんな笑顔だった。
うん。 やっぱりモーリンの周りには、幸せな笑顔が集まるんだね!
もちろん私も笑顔だった。 だって、そこにモーリンがいるんだから。
受付嬢と、最強のBランク冒険者ダレスは、ちょい役です。
でも、書いてて楽しいキャラだったので、今後も出るかもしれません。
流石にメインキャラ昇格は無いですが。
次回も2日後の投稿予定です。