40.5話A 対面と決断
セレブおじさんこと、花園の民・コランバイン視点です。
わたくしの名はコランバイン。
エルフの血を引きながら、人間として生きる、花園の民の一員で、王都に住む花園の民の代表をしている者です。
花園の民は、魔法、薬草学、木工などのエルフが得意とする技術を使って金銭を得て、人間の街で生きています。
その中でも、わたくしは他の方々よりも、少しばかり商才があったらしく、この王都でも、少々名の知れた富豪にまで成り上がりました。
そんな生き方を、伝統を重んじる深緑の民は、エルフの魂を金で売ったと貶しますが、わたくしに言わせれば、自分の持つ技術や知識を売って稼ぐ事の、何がいけないのか理解出来ませんね。
さて、わたくしは長年のビジネスを通じて、多くの富とコネクションを手に入れ、妻と娘にも恵まれました。 もはや危険な橋を渡らなくても、不満の無い生活が、ほぼ約束されています。
ですが最近、そんなわたくしでも少しばかりの冒険をしてみたくなるような情報が入って来ました。
若草の民が、聖王樹の精霊様を擁立し、神殿を建て、それを中心とした都市を作ろうとしているというのです。 しかも、商人ギルドのアウグスト様と領主様が後ろ盾になっているとの事。
始めは耳を疑いました。 若草の民は、不器用なロマンチストが多い派閥で、権力者との交渉などが得意というイメージでは無かったからです。
ですが、本当に権力者を引き込んで、都市を1つ作る程の才覚があるというなら、手を組むべきかも知れません。
新しい街となれば、多くの可能性が眠る金山の様なもの。
早めに関わって置けば様々な利益が見込めます。 そして、若草の民にとっても、花園の民が動かせる資金と人材は、是非とも欲しいモノでしょう。
いくらアウグスト様と領主様が居るとはいえ、資金と人材は無尽蔵ではありませんし、多くて困るものでもありませんしね。
若草の民と花園の民は、細かい主義主張の違いはあるものの、人間との交流を望むという点では一致しています。 歩み寄るための障害は少ないでしょう。
そう思って、若草の民の村へと手紙を送りました。
あそこの長はタンジーさんですか…… あの人は、人の上に立つには少々判断力に欠ける人ですが、わたくし達と手を結ぶ事の利益が理解できないほど耄碌はしていないでしょう。
手紙の返事が来ました。
どうやら応じてくれるらしく、精霊様とその巫女、そしてアウグスト様がここへ向かっているとの事です。 手紙の日付は3日前ですから、その日に出発したのなら、精霊様の一行が到着するのは、3~4日後でしょうか?
精霊様を呼びつけた事に怒って、この話を蹴る可能性もありましたが、応じてくれましたか。
わたくしとて、エルフの血を引く者です。 精霊様への敬意はありますし、呼びつけるなど失礼だとは承知の上ですが、人間の権力者に警戒されているわたくしが、長く屋敷を空ければ、妙な疑いを持たれかねません。 『同郷の知人が訪ねて来た』という名目で、屋敷まで来てもらった方が無難でしょう。
それにしても手紙によると、村の今後のためにと無礼に目をつぶって、この提案を真っ先に飲んだのは、精霊様だという話なのです。
精霊様は人とは別のルールで生きる者。 利益を考えて行動する価値観を持っているとは思いませんでしたが、そういった考え方のできる方ならば、力を貸すに値するかもしれませんね。
……いえ、まだ結論を出すには早いですね。 わたくしには、妻と娘、そして多くの使用人達がいるのです。 沈みそうな船に気軽に乗るわけには行きません。
人間の権力者に睨まれて、今の立場を失うリスクを背負ってまで手を貸すかどうか? という重要な判断の時なのですから、相手の器は慎重に見極めるべきです。
精霊様の一行が到着しました。
妻と娘も、お会いするのを楽しみにしているようですね。 もちろん、わたくしもですが。
精霊様の一行は、『そよ風の約束』という宿に泊まるようですね。
あそこは、大物の紹介が無ければ泊まれないはずですが…… ああ、アウグスト様ですか。 報告によると、アウグスト様は自ら馬車の御者を務めるほど、精霊様に礼儀を尽くしているようです。
人間であるアウグスト様が、精霊様にそこまで敬意を持つのは少々意外ですね……。 あるいは、精霊様にそれだけの何かがあるでしょうか? だとすれば、お会いするのが更に楽しみになりますね。
私は使いを出して、明日にでも屋敷に来てほしいと伝えました。
そして、その翌日……
メイドに案内され、部屋に入って来た精霊様を見たとき、わたくしは一瞬だけ、拍子抜けしそうになりました。 娘などは、驚いた顔を隠そうともしていませんでした。
精霊様は、想像していたより、ずっと幼い姿をしていたのです。
ですが、改めて見ると、ただの子供ではない事が理解できました。
自然体で悠々とした王者の態度でありながら、決して傲慢ではなく、むしろ、柔らかで友好的な雰囲気を放っている。
それでいながら、真意までは読み取れない、あの完璧なポーカーフェイス!
……多くの商人や権力者と交渉をして来たわたくしも、完璧な無表情と友好的な雰囲気を、ここまで見事に両立させる人物は初めて見ました。
……おっと、あまりジロジロと眺めていては失礼ですね、まずは自己紹介と行きましょう。
「お初にお目にかかります、精霊様。 わたくしは花園の民の代表、コランバインと申します。 こちらは、妻のダリアと娘のトレニアです、どうぞお見知りおきを。
さあ、まずは座って楽にしてください、今、紅茶と軽食を用意しましょう。
ああ、もちろんアウグスト様と巫女殿も遠慮せずにどうぞ」
そう言って椅子を進めても、精霊様は座らず、メイドが椅子を引き、案内して、初めてそこで座りました。
自分で椅子を引いて座るような真似はしないというわけですか。
やはり、高貴な者にふさわしい振る舞いを知っているようですね。
……む、紅茶も食事も口をつけませんか……。
初対面の相手が出した食べ物を、すぐに口にしないくらいの警戒心もあるようです。
「むぅ……さっきからモーリンをジロジロ見て、失礼! それに目がエロい! それ以上モーリンを変な目で見ると目玉をえぐるよ?」
巫女の少女が、恐ろしい事を言いました!?
それに、わたくしの目はエロくありませんよ!? タレ目なだけです!!
「モーリン様は、目を引き付ける何かがあるからな、つい見ちまうのは同感だ。 ……だが、エロい目はダメだ」
アウグスト様も、わたくしの目がエロいと言いますか!?
「まあ、あなた……。 私の目の前で、他の女性をイヤらしい目で見るなんて……最低」
「お父様!? 私よりも年下の女の子……それも精霊様にそんな目を向けるなんて最低ですわ!」
「ダリア!? トレニア!? お前達まで言いますか!?
お前達は、わたくしが元々タレ目だと知っているでしょう!?」
ええいっ! わたくしの味方はいないのですか!?
……喜ぶべきかどうかは複雑ですが、わたくしのタレ目の話題で、場の空気が解れました。
和やかに……とまでは言わないものの、会話はそれなりに弾みました。
そろそろ神殿都市の計画について切り出しても良いかもしれません。
わたくしがそう考えた時、妻・ダリアが先にその話題を切り出しました。
「今後、神殿が完成して、精霊様の存在が世に知られるようになれば、必ずどこかで深緑の民の横槍が入ると思います。 道を違えたとはいえ、同胞は同胞。 血を流す事は避けたい所です。
そこで、精霊様に知恵をお借りしたいのですが、何か暴力以外で、深緑の民を牽制する手段はご存知ではありませんか?」
……ほう、ダリアは、精霊様がどんな手札を持っているのか探るつもりですね?
さて、精霊様の反応は、どうでしょうか?
問い掛けられた精霊様は、席を立ち、ダリアの方へと歩み寄ると、何やら集中するような仕草をします。 すると、柔らかな魔力が、精霊様の体の中で膨らんで行くのが感じられました。
そして、次の瞬間、精霊様の髪の間に花が咲き始めて…… こ、これは、青いバラの花!?
精霊様は髪からその青いバラを抜き取り、それを妻に手渡しました。 妻の手が微かに震えているのは、見間違えでは無いでしょう。
……青いバラは、深緑の民が住む、エルフの聖域の奥地にしか生えていません。
深緑の民は、その花は神からの贈り物で、それがエルフの聖域にしか生えないのは、自分達が神に選ばれた民族である証拠だ、と常々言っていました。
その花を、自由に咲かせる事が出来るというなら、確かに深緑の民には大きな衝撃を与えるでしょうね。
なにせ、彼らの選民思想を支える、柱の1つが崩れるのですから。
なるほど……精霊様は、強力な手札を持っていらっしゃる。
私が精霊様に対し、畏怖の感情を感じ始めたその時、巫女の少女が更に衝撃的な事実を口にしました。
「私は、モーリンのおかげで、凄く強くなった。 長老が見せてくれた、表紙に大きな木が書いてあるの魔導書の魔法は、全部使えるようになった。 それは牽制にならないかな?」
大きな木の表紙…… それは多分、世界樹の書ですね? あの魔法を全て使えるですと? 確か、今、あれを使えるのは、深緑の民の三賢人だけ。
この少女が本当にあれを使えるなら、深緑の民の優位性が、また1つ失われる事になりますね。
……素晴らしい。 青いバラ、優れた魔導師、そして精霊様の存在…… それだけ揃えば深緑の民も強く出れないでしょう。
それを機に、古い考えのエルフと決別したことをアピールして、人間達との関係を、より強固にすることもできると考えれば、一時的に警戒の目を向けられるくらいの価値はありますね。
ちらりと妻・ダリアを見ると、ダリアはコクンと頷きました。 決定ですね。
「決めました。 わたくし達、花園の民は、貴方達に全面的に協力いたします」
「むぅ……信用していいの? モーリンを利用したいだけじゃ無いって誓える?」
巫女の少女は、わたくし達を心から信用してくれていないようです。
ですが、困りましたね。 利用しないと誓えるか……と問われましても、正直な所、誓えません。
お互いを利用し合い、利益を分け合う事も含めてこその協力体制という物なのですが、この少女は、そういう所は潔癖なようですね。
おそらく、精霊様を利用すると口にすれば、怒り出すでしょう。
さて、何と答えるべきですかね……。
悩んでいたわたくしに助け舟を出してくれたのは、アウグスト様でした。
「心配はいらないぜ、フリージア先輩。 彼ら花園の民の考え方は、俺たち商人に近い。
商人は、まず信用あってこそだ。 しっかり契約した事を簡単に裏切るような真似はしないし、何より今回は、利益も見込めるからな、協力は期待しても大丈夫だと思うぜ」
「……わかった、アウグスト君がそう言うなら信用する」
ふぅ、巫女の少女も、とりあえずは信用してくれるようですね。
それにしても、アウグスト様が、この少女の事を『先輩』と呼び、少女がアウグスト様の事を、君づけで呼ぶというのが違和感がありますが、どういう関係なんでしょうね?
そんな疑問を感じながら、ふと精霊様の方を見ると、食事をしているようでした。
わたくし達との関係がはっきり決まらないうちは、出されたものに口をつけなかったのに、協力する事が決まってから口をつけて下さった。
……これは、信用してくれるという意思表示と受け取っていいんでしょうか?
精霊様も食事をして下さっているようなので、わたくしたちも、もうしばらくそのまま雑談を交えつつ、食事を続けました。
その後は、皆さんをコレクションルームに招待する事に決まり、今、案内をしている所です。
このコレクションの披露という行為を、ただの自慢だと嫌う人もいますが、わたくしはそうは思いません。
わたくしが、どういうルートと繋がりを持っていて、どれくらいの品物を手に入れる事が出来るのかを伝えるプレゼンテーションの場であり、また、相手…… 今回は精霊様ですね。
その精霊様が、どういう物に興味を示すのかを知る場にもなります。
さて、部屋の前に到着しました。
さあ、精霊様は、わたくしのコレクションを見て、どんな反応をしてくれるでしょうか。
わたくしがコレクションルームを開けると、いつもより室内の空気が悪い気がしました。
こ、これは、わたくしとした事が……。 客人を招く部屋の空気が悪いなどと、失礼で恥ずかしい失敗をしてしまいました……。
ちゃんと空気は入れ換えているはずなのですが……。
精霊様は…… ああ、サンダーネズミの石像を見ていますね。
あれは、東の国の『懐モンスター』というおとぎ話に出てくる動物で、女性や子供に人気だそうです。
あれに目が行くということは、精霊様も、やはり物の好みは人の少女と同じなのかもしれませんね。 覚えておきましょうか。
アウグスト様は、流石に目が肥えているようで、価値の高い物を的確に見抜いて、鋭い質問をしてきます。 これは、わたくしも勉強になりますね。
巫女の少女は、こういう物にあまり興味が無いようですね。 精霊様ばかりを見ています。
彼女は、巫女というより従者のような立ち位置だと聞きました。
主から目を離さないのは、従者としては立派なのでしょうが…… なんだか、従者が主に向ける目にしては、じっとりとした別の感情が見え隠れしているような気が…… い、いえ、多分気のせいでしょう。
妻は、精霊様と巫女の少女が居るそばに立っています。
何か質問をされた時に備えているのでしょう。
娘は、魔導甲冑のそばにいます。
あの魔導甲冑は、魔力の塊をコアとしてはめ込めば、人が着ていなくても戦ってくれるというものですが、わたくしは兵器に興味はありませんから、純粋に、美術品として飾っています。
当然、魔力の塊など装着していませんから、勝手に動くことなどありません。
そう、動くはずがないのです。
ですが、なぜか動くはずの無いその5体の甲冑が動き出し、わたくしの最愛の娘・トレニアに向けて剣を抜いたのです。
突然の事に、わたくしは、助ける事はおろか、声を出すことすらできずに、娘の体に5本の剣が迫って行くのを、ただ見ている事しか出来ませんでした。
次回も2日後予定です。
次回は、セレブお嬢さんこと、トレニア視点です。