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ウッディライフ! ~ この木なんの木? 私です ~  作者: 鷹山 涼
1章ですよ 誕生して成長して、団体さんが引っ越して来ました。
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3.5話A 若草の民の兄妹 - 兄・ムスカリ -

主人公視点ではありません。

ネウロナ王国領の最北。


 小さな集落が僅かに点在するだけの田舎の草原地帯を、年齢も性別もバラバラな集団が移動している。

 50人前後いる集団に対して馬車は5台、そしてそれも大半は荷物で埋まっており、幾らか空いたスペースに幼い子供、老人、負傷者だけを乗せ、大多数の人間は自分の足で平原を進み続けているが、その顔には疲労の色が強く出ている。



 ーーーーーー 若草の民の戦士 ムスカリ視点



 ……速度が落ちているな……。


 多くの者たちは文句も言わずに歩き続けているが、表情を見れば疲労が溜まっているのは明らかだ。


 「さあ、新天地は近いぞ! もう少し頑張ろう!」


 そう言って励ますと、おう! っと力強い声が帰っては来るものの、やはりその足取りは重いようだ。 ……そろそろ休憩するべきか?



 俺の名前はムスカリ。 エルフのクォーターだ。

 いや、俺だけではなく、我々『若草の民(わかくさ たみ)』は全員エルフの血を引いているのだ。


 エルフ……  ()()()()栄華を誇っていた種族だ。

 長い寿命と高い魔力を持ち、自分たちこそが最も優れた種族であると傲慢にいい放った彼らも、時代の流れの中で力を失って行った。

 そのプライド故に他の種族が力を強めている事を認めようともしなかった者たちは淘汰(とうた)されて数を減らし、他種族と交流していた者たちは異種婚の結果、血が薄まり、長寿や高い魔力などのエルフの特性を弱めていったのだ。


 そして現在、エルフの血を引く者たちは、

 僅かに残った聖域に閉じ籠り、伝統的な暮らしを継続する 『深緑の民(しんりょく たみ)


 古い思想を捨て、完全に人間の文明の中で暮らす 『花園の民(はなぞの たみ)


 そして我々。

 できる限り伝統的な生活を守りつつも、他種族との交流を持とうとする 『若草の民(わかくさ たみ)

 の3つの派閥に分かれている。


 我々は、この生き方を選んだことに後悔は無い。 だが、若草の民の現状は厳しい。


 先祖から続く聖域に暮らす深緑の民や人間の街で暮らす花園の民と違い、若草の民は拠点となる土地を持っていないため、大人数で生活するのが難しいのだ。

 そのため若草の民は、更に幾つかのグループに分かれて細々と暮らしていた。


 我々のグループは、とある街に面した森の中に5年ほど住んでいたのだが、近々その森まで開発が進むことが決まった。

 領主との交渉の結果、長旅に耐えられない数人だけはそのまま住まわせて貰い、我々は新天地を目指して旅を始めた。

 向かう先は、ネウロナ王国の最北端にある名も無い丘だ。

 そこは我々が望む環境に近く、更に、面倒な権力者も関わっていない土地らしい。

 都合が良すぎて怪しい話に聞こえるが、別のグループに所属する友からの情報だ。

 ……アイツは嘘は言わない男だ、信じられる。


 俺はその友人から渡された地図を確認した。

 あと一息の距離……と言いたいが、この大所帯の行軍速度では休み無しでも2日以上は掛かるだろう。

 急いでもどうせ今日中に着けないなら、無理せず休憩を入れながら行こう。


 「よし! この辺りで夜営の準備を……」

 「ムスカリ!!」


  夜営の準備をしよう……といいかけたところでヒースが叫んだ。

  ……感知系の魔法が得意なヒースが慌てるという事は……。


 「賊か魔物でも居るのか? 方向と距離は……?」


 「魔物だよ。 このまま真っ直ぐ、丁度僕らが進む先だ。

 まだ距離は離れてるけど、このコースだといずれ遭遇すると思う」


 ふむ……馬車には戦えない者もいる、このままぶつかるのは避けたいな。


「俺が先行して片付けて来よう。 俺が居ない間、妹を頼むぞ」


 そう言って俺は、魔力で脚力を強化すると、一気に駆け出した。





  草原をしばらく走り続けると、魔物らしき気配を感じた。


 「やれやれ、ここまで近付いてやっと感じ取れたか。 さっきの場所から感じ取ったヒースの感知能力には嫉妬してしまいそうだな……」


 いや、無い物ねだりをしても仕方がないな。 そもそも俺の役割はこっちだしな。

 俺は腰の鞘から剣を引き抜き、足だけに使っていた魔力強化を全身にまで広げた。 そして敵から見つかりにくいように身を低く屈め、そのまま進むと……


 (見つけた!! オークが三匹か……先手必勝だ!!)

 俺は一気に最高速まで加速し、死角から飛びかかると、即座に一匹の首を斬り飛ばす。


(あと二匹!!)


 反応の良い一匹が即座に殴りかかって来たが、俺の方が速い。

 胸元に剣を突き入れた後、その体を最後の一匹の方に向けて蹴り飛ばした。


(あと一匹!)


 最後の一匹は、俺が蹴り飛ばしたオークの体を避けようとして、バランスを崩した所を叩き斬った。


 「ふう……片付いたな……  っ……! ぐう!?」


 突然、頭に痛みと衝撃が走り、目の前が赤く染まる。 ……血が目に入ったか?

 足元を見ると、大人の拳程の石が落ちている……これを頭に食らったようだ。


 俺は飛び退いて距離を離しながら、石が飛んで来たと思われる方向を確認した。


 そこにいたのは、十匹程のオークの集団……くそっ! 最初の三匹は斥候で、こっちが本隊か!


 俺は改めて全身の魔力強化を張り直し、剣を握る手に力を込める。

 ……投石の当たり所が悪かったらしい、視界が歪んでいる。

 このまま戦うのは危険かも知れない。 だが、この数に馬車が襲われれば、戦えない者に被害が出るかもしれん。

 無茶をしてでもここで片付けておくべきだろう。


 「若草の民の新天地は近い……こんな所で立ち止まるわけにはいかん!!」



 ーーーーーー



 「ぐぅっ……!!」


 全身の至るところが、鈍い痛みを訴えている。

 ペッ! と血が混じった唾を吐き出し、力の入らない体で無理矢理立ち上がる。


 ……記憶がハッキリしない。 どうやら気を失っていたらしい。

 だが、ボロボロではあるが生きている自分と、辺りに転がるオークの死体から考えると、なんとか勝ちを拾えたのだろう。


 「帰らなくては……皆の所へ……」


 戦っているうちに林に入り込んでいたようで、帰り道も見失ってしまった。

 魔力感知を使う余力も無い。 まあ、仮に魔力が万全に残っていたとしても、俺の感知能力では、この距離から仲間たちの居る方向を感じ取る精度はないが……。


 前へ…… 前へ……。


 今、自分がどこに向かっているのかも分からないが、それでも歩き続ける。

 まるで、何かに導かれるように……




 どれだけ歩いただろうか?

 気力だけでひたすら歩き続けて、なんとか茂みを抜けると、美しい丘の景色が視界一面に広がっていた。


 そこは穏やかな空気に満ちていながら力強い魔力も感じられるような、神秘的な場所であった。


 「ここは?……ああ、そうか……たどり着いたのか……ここが俺達が目指していた新天地……」


 辺りを見渡すと、そこには日の光を背負い神々しく立つ一本の樹木があった。

 ……これは聖王樹か。

 ……何故だろう? 目を引き付けるような不思議な存在感を感じる。

 だが、なにより感じるのはこの魔力だ。 感知など使わなくても肌で感じる程に強く、それでいて清らかで優しさを感じる。


 俺は吸い寄せられるように聖王樹に近づき、そして見上げる。


 「……美しい……な……」


 無意識に口をついたその一言だけを発すると、とっくに限界だった肉体からはスゥ、と力が抜けて行き、その場にペタリと座り込んだまま動けなくなってしまった。


 ……終わり……か。

 仲間達、そして妹を残して逝くのは無念だが、こんなにも神々しい樹の下で死ねるのは、エルフの末裔としては本望な最期とも言えるかもしれないな……。

 最期にもう一度、聖王樹を目に焼き付けようと顔を上げると……。


 なんだと!? 聖王樹が動いている!?


 聖王樹の枝が俺の方にゆっくりと差し伸べられる。 その枝には桃が実っていたが、枝が俺のそばまで伸びて来ると、桃は自ら飛び込むように、俺の手の中に落ちて来る。


 桃を受け取った瞬間、聖王樹に、黒髪の小柄な少女が重なって見えた気がした。

 幻覚だろうか? 聖王樹を見直しても、もう少女の姿は無い。

 ……その時、風も無いのに聖王樹の枝が激しく揺れ始めた。 まるで急かすように……。


 何を伝えようとしている? と考えたところで手の中の桃の事に思い至る。

 食べろ……と言っているのだろうか?

 改めて桃を見ると、それはとても瑞々しく熟して、素晴らしく芳醇な甘い香りを放っている事がわかる。 ……そして忘れていた自分の渇きと空腹に気づいた。

 気づいてしまえば、もう自制は効かなかった。


 俺は取りつかれように桃に食いついた。

 甘い果肉が……爽やかな果汁が……喉を通り抜ける毎に、失った魔力が戻り、身体が癒えていくのがわかる。


 食べ終わると、口に残る甘い余韻と全身にジワリと染み渡る魔力のあまりの心地良さに、耐え難い程の睡魔が襲って来た。


 俺は……助かったのか……?

 安堵の中、俺は睡魔に身を委ね、意識を手放した。




 ーーーーーー



 カサリという音と、爽やかな香りの中で目が覚めた。

 起きてすぐに自分が木の葉に埋まっていることに気付き、驚いた。

 だが、お陰で体温が下がらなくて済んだようだ。

 顔を上げるとそこにはあの不思議な聖王樹があり、普通ならあり得ないはずなのだが、何故か目が合った気がした。

 ……この木が、俺を葉で包んでくれたのだろうか……?


 俺は、ある昔話を思い出していた。

 

 遥か昔、1人の貧しい猟師の男が、木に宿る精霊様に導かれて戦乱を生き抜き、やがて聖王と呼ばれる英雄に成り上がった。 そして、聖王を導いた精霊様が宿っていた木を聖王樹と呼び、敬うようになったという話だ。


 俺が過去に見た事がある聖王樹は、少し魔力が大きいだけの普通の木ばかりだった。

 だから、ただのお伽噺だとばかり思っていたが……。


 今なら心から信じる事ができる……、聖王樹に宿る精霊の伝説を。

 そう、この木には優しい精霊様が宿っているのだ。


 「精霊様、ありがとうございました!」


 精霊様にお礼を言って立ち上がる。 ……体が軽い、力が湧いてくる。

 魔力感知を使って見ると、仲間の位置がハッキリと感じ取れた。

 ……明らかに精度が上がっている。


 「精霊様、今はこれで失礼させて頂きます。 今回のお礼はいずれ必ず!」


 さあ、皆の所へ帰ろう。 オークは倒したし、目的地も見つけた。

 精霊様が住む土地に住まわせて頂くのは畏れ多いので、そこは長老達に相談する必要があるが。

 だが……


 一度後ろを振り向くと、精霊様が、別れの挨拶をするように枝を振ってくれていた。


 ……あの優しい精霊様は、快く我々を迎え入れてくれるのではないだろうか?

 そんな予感を胸に、俺は仲間達の元へ向かって駆け出した。

次回も別視点、ムスカリの妹の視点になります。 そろそろ毎日更新が大変になってきたけど、まだ明日は行けると思います。  投稿時間は20時~22時くらいの予定です。

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