33話 のんびり馬車の旅からの深夜のにらめっこ
どうもこんにちは、モーリンです。
さすがに馬車に乗る時に木の状態では、屋根をぶち抜いてしまいますし、引いてる馬さんも重くて可哀想ですから、旅の最中は人間形態で行こうと思います。
まあ、ゆるキャラ状態の私が屋根をぶち抜いたまま馬車で輸送されて行くという姿もシュールで面白いかも知れませんが、今回はやめておきましょう。
折角のお出かけですから、身軽な姿で行きたいですしねー。
現在、私とちくわちゃんとぺルルちゃんの3人が馬車に乗っていて、ワイルド商人さんが御者をやってくれてますが、それで自分の荷馬車は若い見習いさんみたいな人に御者を任せています。
……あの、自分の馬車に居なくていいんですか?
あと、お馬さんに乗った兵士さんが4人で護衛してくれていますが、多分、私のほうが強いので、何かがあれば、私が彼らを守ってあげるべきですね。
ところで…… この馬車は、なかなか立派で広さも充分なんですが、ちくわちゃんは、なぜかここでも私にピッタリ密着して座っています。
前世でもクラスに1人か2人、スキンシップが多めの女子がいましたけど、ちくわちゃんもそういうタイプなんでしょうかね?
あるいは、私の感触が面白いのでしょうか?
私の肌はシリコンの上に薄いゴムを貼ったような質感になっているので、この世界では、他にあまり無いさわり心地だと思います。
多分、樹脂で出来ているんじゃないですかね?
あ、でもちくわちゃんは私が木の姿でも飛び付いてきますから、感触は関係無いですか。
ん? ワイルド商人さんが何か言って、馬車が止まりましたね。
一瞬、馬車の襲撃イベントでも発生したかと思ったんですが、声の調子を聞く限りトラブルが起こった感じでは無さそうですね。
おや? 皆さん、草むらに入っていきましたけど……。
あっ!? そ、そうですか、トイレ休憩ですか…… 気付いて良かったです。
危うく、何だろうと思ってついて行くところでした……。
自分がトイレに行かない体になったので、ついうっかり忘れてましたね~。
……そう言えば、前世で『真の美少女はトイレに行かない』とか言っていた男子がいましたが、その理屈で言えば私は真の美少女なのでしょうか?
どうもこんにちは、真の美少女です。
あっ! やっぱり今の無しです! とてつもない罪悪感がわき上がりました!
ちくわちゃんとぺルルちゃんを差し置いて、私ごときが美少女を名乗るのは申し訳ないので、今のは無かった事にしましょう。 うん。
んー、皆さん、どうやらトイレだけではなく、ご飯もここで済ませてしまうようですね。 ちくわちゃんも、固そうなパンっぽい物を取り出してかじっています。
それでは、私も一服しましょうか。
私は、馬車から降り、自分のすねまでの深さ程度の穴を掘って、自分の足を埋めました。 ……ふう、一休みです。
お馴染みのメンバーは、見慣れているから気にしていないようですが、私を見慣れていない兵士の皆さんは、私の行動を怪訝な顔で見ています。
……そんなに見ないで下さいよ、照れるじゃないですか。
その時、ワイルド商人さんが怒鳴りつけると、兵士の皆さんがそそくさと退散しました。 おお、好奇の目で見られている女の子をかばってくれるとは、ワイルド商人さんは、意外に……と言っては失礼ですが、気遣いのできる人なのですねー?
それから少しして、移動を再開したんですが…… んー、何か休憩の効率が悪い気がします。 スッキリ回復しきっていない感じです。 多分1日や2日続いたからといって、倒れるような事は無いでしょうけど、余裕のある内にぺルルちゃんに相談しましょうか。
ぺルル・ジツハ・ワタシ・ムッキムキ・チャウネン
「いやいや、リンがムッキムキじゃないのは見ればわかるけど…… えっと、それは、疲れが取れきってないって意味かしら?」
ぺルルちゃんは、少し考えてから言いました。
「前から、もしかしたらって思っていた事なんだけど、以前のリンの切り株って、まだ死んでいないのよ。 だからきっと、あそこで休むと、切り株の根っこ部分からも魔力の補充がされてるんだと思うわ。 今は、その切り株からの補充が無い分、少し効率が悪いんじゃないかな?」
あ~。 何か、あの切り株に座ってると体が楽だとは思ってたんですよねー。
ふむふむ。 人間で言うと今の私は、旅行先で枕が変わってしっかり休めない……みたいな感じでしょうか? まあ、全く回復しないワケじゃないので、小まめに休めば問題無いでしょう。 ですけど、無駄な消耗は抑えたほうが良さそうなので、能力の使用は控えましょうか。
おや? ちくわちゃん、さっきのご飯じゃ足りませんでしたか? 今、果物を創ってあげますよー。 はい、どうぞ。
あ、もちろんぺルルちゃんの分もありますよー。 今は人間形態なので、髪の毛に実った物ですけど、それが気にならなければ、どうぞ。
……おや? 突然めまいが……? なぜでしょうか?
「バカ! 疲れが取れて無いって話した直後に、なに魔力を消耗してるのよ!?」
いえいえ、もちろん無駄な消耗は抑えますけど、2人におやつをあげる事は無駄な事じゃありません。 必要経費みたいな物ですよ?
ぺルル・チクワ・フタリ・ニッコリ・ワタシ・ウレシイ
「……たかがおやつの為にリンが倒れたら、ニッコリなんてできないわよ。 魔力に余裕の無いうちは果物は創らなくていいわ」
うむむ…… 正論ですねー。 了解しました。
そのあとは私も能力を使いませんでしたし、特に変わった事も起きないまま進み続け、夕方くらいになった所で馬車は止まりました。
ふむふむ、今日はここでお休みですかね? そういえば、野宿をする場合、暗くなる前、少し余裕のある内に準備をするべきだと、何かの本で読んだ覚えがありますね。
……何かの本というか、私の事なので、ラノベか漫画だと思いますが。
ワイルド商人さんが、何かを言いながら毛布を手渡してくれました。
当然日本の物より粗い手触りですが、この世界で、しかも旅の最中に使う物としては、多分、凄く良い物じゃないかと思います。
ワイルド商人さんって、本当に色々と良くしてくれますねー? 商人なのに、こんなにサービスして大丈夫ですか?
……今度、何か恩返しを考えておきましょう。
……まあ、それはそれとして。 こんないい毛布を用意してくれた気持ちは嬉しいのですが、私は寒くないですし、土に埋まって休むので、横にならないんですよ。 なので毛布は使わないんですよねー。
そういう事なので、私はその毛布をちくわちゃんに渡して、馬車を降り、土に穴を掘った後に、その穴をちょいちょいっと指差しました。
それで私が外で立って休む事に思い至ったんでしょう。
下手こいた~……って感じのオーバーリアクションで頭を抱えて項垂れてしまいました。
いえ、何もそんなに落ち込まなくても……。
ですがその後に、何かを思い出しような様子で自分の荷馬車に駆け寄って、荷物をゴソゴソし始めました。 んー、何かわかりませんが、とりあえず私は私の準備をしておきましょう。
と言っても素足になって穴に足を突っ込むだけですが。
あ、ちなみに、人間形態の時の私はサンダルを履いています。 係長さんが作ってくれました。 あの人、意外に器用なんですよねー。
私が足を埋め終わってすぐくらいに、ワイルド商人さんが何かを持って戻って来ました。 それは……ジョウロですか? なんか魔法陣っぽい模様が書いてありますが…… 中二病ジョウロ?
斬新なアイテムですけど、誰向けの商品です? どの辺りの客層をターゲットにして作ったのかが見えて来ない道具ですねー。 そういう謎な物、私は大好きですが。
ワイルド商人さんは、私の目の前でデモンストレーションをするようにジョウロを見せました。 ……どうでもいいですが、デモンストレーションって響き、必殺技っぽいですよね~。 あ、本当にどうでもいいですね。 ごめんなさい。
ワイルド商人さんが空っぽのジョウロに、正方形の青いコインを放り込むと…… おお! どんどん水が湧いて来ました! これは魔法の道具ですか!
そして、そのジョウロとコイン数枚をセットで私に手渡してくれました。
あ、夜の間に水が欲しくなったら使えってことですか。
これはありがたいですねー! では、ありがたくお借りしますね。
その後は、私と一緒に外で寝ようとするちくわちゃんを馬車に押し込むという小さな騒動がありましたけど、それ以外は何もなく就寝時間になりました。
またちくわちゃんが抜け出さないように、ぺルルちゃんにちくわちゃんを見ててくれるように頼んでおきました。
それでは皆さん、お休みなさい…… と思ったんですが、まだ何か打ち合わせしてますね? あっ、夜の見張りを決めるんですか。
人間の姿の時は、寝ようと思えば寝られるようになったとは言え、基本的に寝なくても平気な私が見張りに最適だと思ったんですけど、兵士の方々も交代で見張りをするようです。
うーん、私に任せてくれて良いんですけど、兵士さんも仕事ですから、サボるわけにも行きませんか。 では、一緒に見張りをしましょうか。
ーーーーー そして、深夜……。
月明かりの中、モーリン達を取り囲む一団があった。
最近になってこの辺りを仕事場に選んだ盗賊である。
アウグストは、領主の屋敷と村をつなくルートは優先的に魔物や賊の討伐をしたが、その他のルートは後回しにしたため、見過ごされてしまったらしい。
「なかなか立派な馬車じゃねえか、護衛が居るのは厄介だが、それは金持ちだって証拠でもあるな……さて、どうするか…… おい、ノゾック」
リーダーらしいゴツい男が名を呼ぶと、へいっ! と返事をしながら1人の男が前に出た。
「お前は、視力強化と暗視の魔法が使えたよな? 今から1時間ほど観察しろ、それで隙のある相手なら襲うぞ。 ヤバそうなら今回は、やめる」
リーダーは、しばらく時間を潰してから、ノゾックと呼ばれた男の元へ戻ると、男がカタカタと震えている事に気づいた。
「お、おい! ノゾック! 何があった!?」
「リーダー! こっ、怖いよぅ! オレはもう嫌だ! 帰って酒飲んで寝たい! そして、朝になったら故郷に帰るんだ!」
「落ち着け、落ち着いて何を見たか話すんだ」
リーダーがノゾックの肩に手を置き、落ち着かせてから話を聞き出す。
「馬車のそばに、小さな女の子が、ずっと立っているんだよ! やけに背が低いと思ってよく見たら、ひざから下が土に埋まっているんだっ……
しかも、時々ジョウロで自分の頭に水をかけるんだよ! それに、その子、一度もまばたきもしねえで一方をずっと見たまま立ってるんだ! たき火も無しで、真っ暗な中でだぞ!? 普通じゃねえ! 俺は怖い!」
「ま……まじか? 俺には護衛の兵士しか見えねえぞ?」
「それは、たき火のある方だろ!? 違う! その逆の真っ暗な所にっ……
ほら! また水を被った! な、なんだよあの子!? あれは普通の子どもじゃ無い! 35年間、色んな女の生活を覗いてきたオレにはわかる! あの子はヤバい!」
「そ……そうか、お前の過去の経歴にはちょっと引いたが、お前がヤバいと感じたら中止するって決めてたしな…… よし、襲撃は中止だ。 アジトに帰るぞ!」
リーダーが中止を決めると、ノゾックは安堵して、駆け足で逃げ出した。 そして逃げながら、つい、もう一度馬車の方を振り向き、さらに恐怖した。
「ひいっ! あの子、俺に手を振った!? 俺に気づいていたのか!?」
こうして逃げ帰った後、ノゾックは盗賊から足を洗い、故郷に帰って、のんびりと女性を覗きながら生活していたが、後日、腕利きの女冒険者の着替えを覗いた時に、半殺しにされて牢屋に放り込まれる事になる。
ーーーーー 翌朝・モーリン視点
夜が明けて来ましたね~。 うん、朝日が気持ちいいです!
異世界で馬車の旅、しかも野宿と来れば、盗賊の襲撃イベントでもあるかと思っていたんですが、何も無かったですね。 やっぱり物語と違って、現実の世界は、そんなに悪い人はいないという事ですね。 素晴らしい事です。
一時間くらい、にらめっこをして暇潰しに付き合ってくれた親切なおじさんもいましたし、この世界はいいひとが多いですね~。
それにしても、あのおじさん…… 顔色を変えたり涙目になったりと、芸が細かい人でしたね。 さては、にらめっこの達人ですね? ですが、私は自分でもビックリするほど無表情なので、にらめっこは負けませんよ? まあ、顔芸が出来ないので、勝ちもしないんですがね。
……おっと、皆さん起きて来ましたね。 おはようございまーす。
では準備をして旅を再開いたしましょう!
次回の投稿も2日後の予定です。