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ウッディライフ! ~ この木なんの木? 私です ~  作者: 鷹山 涼
4章ですよ モーリン神殿? いえ、建てなくてもいいですが。
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31.5話 領主、噂の精霊と対面する。

領主、ジャルディ・スピリアータ子爵の視点です。

「ふう…… これで面倒な判断が必要な仕事は終わったな。 後の仕事は私でなくとも出来るだろう」


机に積まれた書類に目を通した私は、小休止を取ることにした。 

私はメイドを呼んで、楽しみにしていたアレを用意させる。

 チョコレートとコーヒーだ。 この辺りではあまり手に入らないものだが、異国と取引のある貴族の晩餐会で口にした事があり、それが旨かったという話をしたら、アウグスト殿が取り寄せてくれたのだ。


 『見合った分の仕事はしてくれるんだよな?』と言うアウグスト殿の声が聞こえて来る気がするが、ここは素直に美味しくいただこう。


 メイドが二人分のチョコレートとコーヒーを持ってきた数秒後に、扉がノックされた。 なんとも丁度良いタイミングだ。


 「ハルディンだな? 入っていいぞ」


 失礼します、と言って部屋に入って来たのは私の弟、ハルディンだ。 


 「兄上、お呼びと聞きましたが、御用でしょうか?」


 私は弟に、チョコレートとコーヒーを渡してから話しを始めた。


 「近々、例の村へ視察に行くのだが、お前も連れて行こうと思う。 そして、問題が無ければ、今後あの村をお前に任せるつもりだ。 ……小さな村の代官では不満か?」


 50人規模の村に領主の弟を代官として派遣するなど、あまり聞かない話だろう。

 だが、今後発展し、精霊の神殿が出来た時に、人間が管理せずにエルフたちの自治区のようになっていた場合、王都の人間至上主義者たちが言いがかりをつけて来るだろう。 我が領がしっかりと管理しているとアピールする意味でも、私の血族をあの地のトップに据えておくほうが良い。


 「まさか不満などありませんよ! あの村を、兄上が本気で発展させようとしているのは知っています、そんな場所を任せて貰えるのならば、光栄な話です!」


 弟は、目を輝かせてそう言った。 ……うむ、そう言うだろうと思っていた。


 私は、弟が日頃から自分の力を試したいと思っていた事を知っている。

 小さくて何も無い我が領では、わざわざ任せる土地も無く、その思いを(くすぶ)らせてしまったが、この村の開発は、アウグスト殿と力を合わせての大きな仕事だ。

 弟の情熱をぶつけるに足る仕事となるだろう。


 弟が乗り気だった事もあり、予定はスムーズに決まったものの、引き継ぎに時間がかかり、実際に出発できたのは、それから4日後の朝だった。


 ううむ、身軽に動けぬ、この立場が恨めしいな。

 ……ギルドマスターという肩書きがありながらも身軽に動いているアウグスト殿はどうやって自由時間を作っているのだろうか?



ーーーーーー



 村まで馬車で3日の旅の中、小さな魔物一匹にすら出会うことは無かった。


 村の周辺は、村に居る戦士が見回りしているらしいが、私の館から村まで一匹も居ないのはおかしいと思った。

 この時は理由は不明だったが、後に知った話ではアウグスト殿が専属で雇っている冒険者が定期的に魔物や盗賊を討伐しているらしい。 

 あくまでも、あの村のためであり、私のためでは無いのだろうが、それでもアウグスト殿が私の領の治安維持にまで力を貸してくれていると言うのは、ありがたいと同時に申し訳なく感じるな。


 やがて村が見えて来ると、入り口のそばに幼い少女が二人座っているのが見えた、村の子供だろう。 私は先頭に居る護衛の兵士に命じた。


 「あの子供に、村の責任者の所まで案内を頼んで、謝礼を渡してやれ」


 弟、ハルディンは、不思議そうな顔をして私に言った。


 「小さな村ですし、馬車が来ればすぐに気づいて、相手の方から出迎えに出てくるのでは?」


 「ああ、案内と言うのは建前だ。 村の子供に小遣いをやるにも理由が必要だろう? 仕事を与えて、その報酬を渡すのが目的だ、民に信頼して貰うには、やはり子供や老人に好かれなくてはな」


 弟は、なるほど……と、私の意図を理解したが、どうやら兵士は理解しなかったようだ。 少女たちに高圧的に怒鳴りつけた。


 「そこの子供! 領主様がいらっしゃっているのだ! 駄賃をくれてやるから早く責任者を呼べ!」


 ……馬鹿者が、まず信頼関係を築く所から始めねばならないのに、いきなり身分を振りかざして高圧的に出るとは。 これでは怯えさせてしまうではないか。

 私は、兵に注意しようと思ったが、子供たちが全く怯えていない事が気になり、少し様子を見てみることにした。


 「むぅ…… せっかくモーリンと二人でのんびりしてたのに…… 本当ならお仕置きしたい所だけど、なにか用事があるみたいだから許してあげる。 責任者っていうのが何を指すかは知らないけど、村で一番偉いのはここに居る、精霊モーリンだよ」


 「そんな普通の子供が精霊のはずは無いだろう。 俺は子供のごっこ遊びの話をしているんじゃないんだ、早く責任者を呼べ」


 ……子供の遊び……。 本当にそうなのか? 確かに精霊殿が村の入り口でボーッと座っているとは考え難いが、あの子供の雰囲気は、どこか普通ではない。

 それに、今、話している方の少女は、アウグスト殿から聞いた精霊殿の巫女の容姿と一致している。


 この子が巫女ならば、共にいる少女は本当に精霊殿なのかもしれない。

 ……怒らせてしまわないかは賭けになるが、このまま様子を見てみよう。

 トラブルへの対処法で、人柄がある程度見えてくるものだ。 アウグスト殿から聞く限り、精霊殿は温厚で寛大だと聞いたから、簡単に怒る事は無いと思うのだが。


 「普通の子供? モーリンに直接会っても何も感じないの? むぅ……あなた、見る目が無い。 ……可哀想」


 少女の言葉は挑発的とも取れる内容だったが、表情を見るとそこに悪意は無く、言葉通り純粋に兵士の見る目の無さを哀れんでいるように見えた。

 だが、兵士は挑発と取ったのだろうか、腰の剣に手を伸ばした。

 ……さすがに止めねばなるまい。 まったく、この男は帰ったら厳しく教育をし直さねばな。


 私は、兵を止めようと立ち上がった所で、驚きに目を見開いてしまった。


 精霊殿と思われる方の少女が、男の剣を抜かせないように押さえつけていたのだ。

 ……いつ動いたのか、全く見えなかった。 しかも、圧倒的な体格差をものともせずに、軽々と押さえつけている。 この速さと力だけを見ても、彼女が普通の少女では無い事がわかる。


 やはり、この少女が精霊殿と見て間違いあるまい。

 人柄も、巫女に剣を向けようとした者を即座に止めた事と、剣を抜こうとした相手も問答無用で叩きのめさなかった事から、少なくとも身内を守ろうとする事と、敵であっても過剰な攻撃は好まない事はわかった。

 それだけでも、手を取り合う事の出来る相手だと思える。 これ以上(こじ)れないうちに兵士を止めた方いいな。


 「そこまでだ」


 私が馬車から降りると精霊殿は、巫女を背中にかばうようにして立った。 ほう、私が貴族だと見て、即座に彼女が自分の庇護する者であると主張したか。


 神族や精霊などの上位存在が、そこに実在していると第三者から認識出来る状況下にかぎり、その存在に仕える者の言動は上位存在の意思によってなされたものとする。

 ……前例がほぼ無いため、知っている者は少ないが、確かに法律にそう明記してあるのだ。


 上位存在の意思であれば、王族や貴族であっても、従う義務までは無いが、尊重するべきとされている。 つまり、不敬罪に問う事は出来ないのだ。 

 無論、今回はこちらの態度が悪かったので、初めから罪に問うつもりなど無いが。 


 私は精霊殿に対して礼をする。 だが、もう少し精霊殿の反応を見てみたくなり、無作法は承知の上で、わざと失礼と取られそうな作法で行った。 胸に手をあてて首から上だけで軽く礼をする。

 これは、『敬意は持っているが頭は深く下げない』という意味で、主に、自分より格下の相手に使われる礼なのだ。


 彼女は、私をしばらく見つめた後で、同じ礼で返して来た。

 ほう……。 これが、怒ったりムキになったりしている様子であるなら、単純に挑発に乗って『格下はお前だ』と言い返したと取れるが、彼女に気を悪くした様子は見られない。 怒るわけでも無く、ただ穏やかに事実を語るかのような雰囲気で、自分が上だと言っているのだ。


 ……面白い。 今度は握手を求めてみた。 すると、彼女は迷う事も無く私の手を取って見せた。 先程の礼の時は少し考えるような間があったのだが、握手の時は躊躇(ちゅうちょ)しなかったか。


 先程の礼への対応と合わせて考えると、『下に付く気は無いが、友好関係その物は歓迎する』という事なのだろう。


 ……会話の難しい相手だ。 言葉を発しないのでは言質(げんち)を取る事ができないし、無表情なので気持ちを読み取るのも難しい。

 これが同じ人間ならば言葉を発しない事自体を無礼と言えるが、アウグスト殿の話では彼女は巫女に対して数回だけ口を開いた以外は無言を貫いているらしい。 そこに精霊ならではの事情などがあるとしたら、それを追及した事自体をマナー違反と取られるかもしれない。


 それにこの巫女も、いざとなればどんな行動に出るかわからない性格だと聞いた。 これ以上試すような行動は止めておこう。


 貴族の前でも不機嫌を隠そうとしない、豪胆な巫女を見ながらそう考えた。

 ……それにしても、この巫女は結局一度も我々に挨拶をしないままだな、もはや無礼と言うより清々しさすら感じる。

 弟も巫女の態度によほど驚いたのか、ちらちらと巫女の顔色を伺っている。


 その時、急に精霊殿が動き、なぜか巫女と弟を握手させた。


 ……なるほど、理解した。 私は領主だが、直接この村に関わるのは弟の方だ。 そして将来、神殿が完成したときに、その神殿の仕事をするのは精霊殿ではなく、巫女の方のはずだ。


 私と精霊殿が友好関係を築くのは大切だが、この村の事実上のトップとなる弟と、神殿のトップとなるであろう巫女の二人が友好関係を築く事も重要だと言いたいのだろう。

 ……失念していたな、確かに一理ある。


 精霊殿は、なかなか要点が見えているらしい。 私が感心していると、村から老人と、小太りの男性が向かって来るのが見えた。 アウグスト殿から聞いた容姿と一致する。 長老と、村の交渉担当のヒースと言う男だろう。


 彼らが私達に挨拶したのを見てから、精霊殿は『自分の仕事は終わった』と言わんばかりに、ごく自然な態度で立ち去って行った。


 「なっ!? 話し合いはこれからでは!?」


 弟は驚いたようにそう言ったが、私は何となく理解した。

 精霊殿は、自分と巫女の立ち位置はハッキリ主張したうえで、村の今後については口出ししないつもりなのだろう。


 これは、私や村人が、悪い選択をしないだろうと信頼しているとも、他の事に興味を持たないと言う上位存在ゆえの驕りとも、どちらにも取れるが……

 できれば前者であって欲しいものだな。


 ふむ、あれがこの村の精霊殿か……。 なるほど、不思議な魅力を感じる。

 さすがにアウグスト殿のように信者を名乗ろうとは思わないが、惹き付けられる何かがあるのは確かだ。


 あの精霊殿をアウグスト殿が補助するのか…… 田舎貴族に過ぎない私の領地から、何かが始まるのではないか? などと期待してしまうな。


 野心など持っていないつもりだったが、我がスピリアータ領の名が王国中に轟く日が来るのでは? などと根拠の無い夢が頭を過り、私の心は少年の日のような高鳴りを感じていた。

次回は2日後、木曜日の予定です。

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