閑話 あの娘の消えた日常 2
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今回は閑話です。 いつもより短い話です。
主人公のいなくなった後の日本での話で、視点は1章の閑話の時と同じ、前世での友達です。
……ついに、ほとんどのクラスメイトが、あの娘の事を完全に忘れてしまった。
もう、名前を出しても、誰もあの娘の事を思い出さないのかな……?
悲しい事を忘れてしまうのは、1つの救いなのだ……そんな事をどこかで聞いたことがある。 確かにそうかもしれない。 ……でも。
でも、みんなに忘れられてしまったら、きっとあの娘は……
「寂しいよね…… 鈴……」
「えっ……」
一人の女生徒が反応を見せた。 私の声に驚いただけ? それとも……
「鈴を…… 毛利 鈴を覚えているの?」
私のその問いに彼女は、つらそうな顔で頷いた。 ……その表情は、きっと単純な悲しみだけから来るものでは無い。 私にはそう見えた。
「……鈴とは、小学校が一緒だったんだ。 仲良しだったのよ? 最初はね」
夕方4時も過ぎ、人影も少ない校舎裏で、彼女はそう呟いた。
私が鈴と友達になったのは中学一年の時からだ。 そして、私は鈴の側で、この子を見た事は、多分1度も無かったはず。 つまり……
「ケンカしたんだ。 ……ううん、あれはケンカなんかじゃない。 私が…… 私が勝手に妬んで鈴を遠ざけたんだ」
この子が言うには、小学校の頃の鈴は、よく喋る、陽気な子だったみたい。
その頃から無表情だったらしいけど、少なくとも無口ではなかったらしい。
大声で騒ぐことは無かったけど、まるでテレビ番組の司会者のようにスラスラと喋る子で、同級生達に面白がられて人気者だったんだって。
だけど、この子が……
「私は、『私の友達がみんな鈴の所に行っちゃうからつまらない』って言ったわ。 ……それだけじゃないの、私は鈴に、こうも言ったの。
『もう、あんまり喋らないで』って……
『……そうですか、わかりました』 ……そう言った鈴は、その日から本当に、別人みたいに無口になってしまったわ。
鈴は卒業する前に家の都合で引っ越して行って、中学も別々になって、それっきり。
小さな頃のちょっとした出来事……そう思って忘れていた。 ……だけどっ!!
……この高校で偶然再会した鈴は、まだ無口なままだった……!」
……そっか、この子は、その罪悪感の強さから、鈴を忘れられないんだね。
……だけど。
「鈴はきっと、あんたに妬まれてたなんて気付いてもいないわ、多分あんたを友達だと思ったままだったはずよ。 それに、多分あんたの言葉に傷ついてもいないわ。
ただ、友達が喋らないでって望んだから、喋らなくなっただけよ」
最初は、自分がこの子に対して何を言いたいのか、自分でもよくわからなかった。
だけど、多分私はこの子に、鈴に対して罪悪感を持って欲しくないんだ。
「鈴は酷い事を言われたと思っていないわ! だからあんたも最後まで罪悪感なんて持たないでよ! きっと鈴は、これは友達との約束だから…… なんて思っていたはずよ! なのに、あんたの方があれはただの妬みだったって言っちゃったら、それこそ鈴の気持ちを傷つけるわ!!」
こみ上げて来た感情のままに声を荒らげた私に、彼女も感情的に言い返して来た。
「わかってるわ! だけど、鈴が、そういう子だって知っているからこそ罪悪感がわくのよ!! なんとも思わないなんて、できるハズがないじゃない!」
「おい! 君たち! 何を大声出しているんだ!?」
二階の教室の窓が開き、そこから先生が怒鳴り声を飛ばす。 ……声が大き過ぎたみたいね、二階にいた先生にまで聞こえてしまったみたい。
……でも、おかげで冷静になれたわ、こんな口論に意味は無い。
彼女が罪悪感を抱くのは、彼女の勝手な感情。
私が彼女が罪悪感を抱くことを許せないのは、私の勝手な感情。
そんなものをぶつけ合って、どちらが勝っても正しい訳でもない。
それじゃあただのケンカだ。 鈴の事をケンカの切っ掛けにはしたくない。
「……もう行くわ」
それだけ言って私は立ち去った。 彼女も、何も言わなかった。
あれから、彼女とは、学校で会えば挨拶くらいは交わすようになった。
決して友達では無い。 多分、これからも友達になんか、なる事はない。
彼女のせいで、私は元気に喋る鈴の姿を見ることは出来なかったんだから。
私と彼女を結ぶのは、鈴を覚えているという1つの共通点だけ。 どちらかが鈴を忘れてしまえば消えるであろう、曖昧で細い糸。 だけど、二人が鈴を覚えている限りは、切れないであろう糸だ。
だから私は、決して好きになれないであろう彼女との、この奇妙な縁が切れない事を願っているんだろう。
この関係を、何と呼ぼう?
今日も私達は、ろくに目を合わせる事すらもしないまま……
それでも、お互いの姿を視界の端で追っている。
次回も閑話を投稿します。