26.5話B 村の今後と、ある冒険者の今後と、ケジメの信者パンチ
今回の新キャラは貴族のオッサンです。
……前回からオッサンばかりですね。
スピリアータ子爵家
数代前まではネウロナ王国の権力者にとって特別な意味を持っていた一族だ。
貴族の中では爵位が高いわけでもなく、歴史的な偉人を輩出したわけでも無い、この一族の名が知られるようになった理由は、あるジンクスによるものだった。
それは、スピリアータ家が所属した組織は何らかの優れた結果を出す、と言うものだ。
大きいものでは戦争、小さなものでは娯楽の催し物など、様々だが、活躍した集団のメンバーの中にスピリアータ家の縁者が混じっている事が、やけに多いのだ。
ただ、どの例を見ても、スピリアータ家の者、自身が目立った活躍をしたと言う記録は無いため、いつしか、勢いのある組織を見分けておこぼれを貰うのが上手いだけだ、などという不名誉な評価をされることが増えてしまった。
そして、先代は、例のジンクスを発揮することも無かったため、中央の貴族の中でその名が噂される事も無くなり、今となっては、北方の小貴族の1つと言うだけの認識しか持たれてはいなかった。
だが、スピリアータの名が、再び権力者の口々に語られるようになる、その切っ掛けとなる出来事が、この日に起こったのだった。
ーーーーーネウロナ王国子爵 ジャルディ・スピリアータ視点
私は困惑していた。
なんとか民を飢えで死なせない程度の豊かさはあるものの、誇れるほどの産物も無いこの領に、王都でも名の知れた大商人であるアウグスト殿が現れ、その第一声が、
『即金で5億ウルム出す、その後の経費も負担する。 力を貸してくれ』
と言うものだったのだ。
突然現れて、挨拶も無しに金の話をするなど、本来なら無礼と咎めるべきだ。
……だが、彼はギルドマスターだ。
ギルドマスターは条件付きなら中位貴族以上の権力を与えられているのだ。 実際の影響力も考えれば、私程度の貴族より格上だ。 ここはしっかり話を聞こう。
だが私の持つもので5億の価値がある物などあっただろうか?
私の屋敷を土地ごと買うつもりでもあるまい。
「……私の土地に上位の精霊がいるだと? 確かに精霊が現れたという報告はあったが、『枝を振る木』というだけの存在と聞いていたのだが」
「おそらく、その報告をした人間は精霊様を遠目に見ただけなんだろうな。
スピリアータ子爵。 あんたも直接お会いすればあの精霊様が、そこらに時々現れる小物の精霊もどきなんかと格が違う事が理解できるだろう」
そう語るアウグスト殿の目には、その精霊への強い敬意が見てとれる。
商人として、己の才覚1つでギルドマスターに成り上がってきたアウグスト殿が、目を輝かせるほどに敬意を持つ存在か……
そんな存在が私の領地に居たことに気づかなかったとは、調査不足だったな。
「その精霊様の存在が、周囲に目をつけられ始めている。 ……しかも相手は精霊様を『有益な魔物』くらいの感覚で見ているようだ、そんな扱いで精霊様を利用すれば、精霊様を信仰する者たちとの間に火種を生む、それに……」
アウグスト殿は、そこで言葉を切り、私の目を見てニヤリと笑った。
「なにより……だ。 せっかくこの地に顕現して下さった精霊様が、横から他人にかっ拐われるのは、腹が立たないかい?」
その、イタズラ小僧のような表情に、父が昔に言っていた言葉を思い出した。
父曰く、強い情熱を持つ者に手を貸したくなるのがスピリアータ家の血、だそうだ。
……なるほど、この疼くような衝動がそれなのか。
「フフッ……。 なるほど、確かにそれは腹が立つな! まず、アウグスト殿の案を聞かせてくれ。 力を貸すかはそのあとだ」
ーーーーー『魔喰いの顎』リーダー ロドルフォ視点
ギルドの男…… 確か、ズルイノとか言ったか? そのズルイノと、村の小太りの男が話している。
ズルイノは俺達が聞いている事を忘れているのか、あるいは、俺達みたいな無学な人間には理解できないと思っているのか? ペラペラと喋っている内容で、少なくとも俺達を助けるのはついでで、目的が別だってのがバレバレだぜ。
……いや、もしかすると、初めから……。
考えたら、俺達がこの村の精霊サマの存在を知ってすぐに樹木系モンスターの討伐依頼が舞い込んできたのも都合良すぎねぇか?
……しかも、あの時、他は雑用みたいな仕事ばかりしか無かったのに、実入りのいい依頼が1つだけ残っていて、あの要領の悪いブルーノがその1つを見つけてきた? 今考えりゃあ不自然だったよな……くそっ!
ああ、そうかよ…… 結局は、お偉い連中の手のひらの上かよ……!
……俺達『魔喰いの顎』は、大半のメンバーは、元・スラムの悪ガキだ。
腕っぷしには自信があったが…… 他に何も無かった。
周りの大人たちは、どいつもこいつも言いやがる。
そんな薄汚い手で、なにができる?
腕っぷしだけあっても、誰かに使い捨てにされて終わりだ。
お前たちの居場所はスラムしか無い。 お前達はどこへも行けない。
お前達は何も守れない。 いずれ飢えて死ぬだけだ。 ってな。
だから俺は冒険者になった。
Aランク冒険者になれば、貴族と同等に扱われるからだ。
薄汚い腕を振るうしか能の無い俺でも、何かできると証明したかった。
スラムに生まれた半端者でも、どこへだって行けると見せつけたかった。
……こんな俺を慕ってくれる、可愛い可愛いスラムの汚ねえ悪ガキどもを、
飢えと寒さから守ってやりたかった!
だが、ここまでだ。 今回の依頼が失敗した以上、もう拠点を維持する金も無い。 武器の整備や消耗品の補充もできねえ状態じゃあ小さい仕事しか出来ねぇ。
そんな稼ぎじゃガキどもを喰わせてやれねぇ。
……チクショウ!
「少し遅くなりましたが、まあ、話はこんな所ですかねぇ?」
ズルイノと小太りの話し合いも終わりに近づいてきたみてぇだな。
……そう思った時、声が聞こえた。
「よう、待たせたな。 ヒース、いきなりで悪いがコイツにサインを頼むぜ。
ああ、もう長老には話は通ってる」
アウグストだ。 あいつ帰ったんじゃなかったのか?
アウグストは、懐から出した紙を、あの小太り男に渡した。
「……へえ、これは。 うん、少し急だけど、悪くないね。 うん、サインするよ」
その紙に小太り男がサインしてアウグストに渡すと、アウグストはズルイノに見せつけるように紙を開いた。
「この村の住人を、領主・スピリアータ子爵が正式にここの領民であると認めた。 そして精霊様をこの地を守る善なる存在として公式に認め、
この地に神殿を建てて祀ること。 村人を神殿の維持管理の人員として雇う事。
そして工事ついては商人ギルドに一任する事なんかもしっかり書かれてるぜ?」
「確かズルイノさんは、不法移民が魔物を連れてる事が問題っていってたよね? でも、ここに居るのは、維持管理の仕事を与えられた領民と、この地を守る善なる存在なんだから問題ないよね?」
……勝負ありだな、お互いに屁理屈みたいな話をしてるんだ。 あとは先にお偉いさんのお墨付きを貰ったほうの勝ちだろう。
あー、ズルイノのヤツ、すっかり顔色を変えちまって。
「しっ……子爵程度が認めたからと言って何だと言うのですか!? 私の後ろには、もっと上のっ……ぐほぉ!?」
「どうしましたズルイノ様? あー、これは大変だー。 旅の疲れが出たよーですねー。我々は、少し休ませていただきますねー」
……何かを言いかけたズルイノを護衛がボディブローで黙らせた後、棒読みで言い訳してから担いで去っていった。
どうやらそのまま馬で村から出て行ったようだ……って!
「おい!? テメエら!! 俺達を引き取るんじゃねえのかよ!?」
俺の焦った声を聞いて、アウグストは苦笑いしながら言う。
「安心しな、アイツらは、初めからお前らを理由にして精霊様にちょっかい出しに来ただけの連中だ。 今頃は、本当にお前達を引き取るためのギルド職員が向かって来てるはずさ」
それなら一安心か? ……つっても、街に帰っても、俺達が赤字で解散する未来は変わらねえんだよな。 ……いや、いっそのこと……。
「……なあ、アウグストの旦那。 何かデカイ事を始めるんだろ? 俺達を専属で雇う気はねえか?
ポーション類はスッカラカンで、難しい討伐依頼とかはできそうにねえが、護衛や力仕事は充分できるぜ?」
「……おいおい、これから始めるのは、この村の工事なんだぞ? お前は自分が襲った村の中をへらへら出歩くつもりか? 村人に殴られるぞ」
「仕事が無けりゃあ、どのみち俺達はおしまいだ。
殴られるくらいで働き先が見つかるなら何発でも殴られてやるさ」
そう言ってから俺の頭に、精霊サマと、その巫女が拳を握る姿が浮かんだ。
……アイツらに何発も殴られたら骨が粉々になるな……。 やっぱり殴るのは1人1発にまけてもらうか。
アウグスト…… いや、旦那は値踏みする様に俺を見てから言った。
「……いいだろう。 だが、使えないと思ったら、すぐにクビにするぞ? 言っておくが、今は商人として利益を見て交渉に応じているが、ただのアウグスト個人としては、精霊様を傷つけたお前を殴りたくてしかたないくらいだ。 甘い待遇は期待するなよ」
実は旦那も怒ってたのかよ……。 好かれてるなぁ、精霊サマ。
……俺を殴りたい……か、今後の付き合いのためにもケジメはつけておくか。
「なあ、旦那。 これから上司と部下になるんだ。 その前のケジメとして一発殴ってくれて構わねえぜ? 抵抗はしねえ」
「……ほう。 いい心がけじゃないか。 確かにケジメは大事だな、よし。 今から少しの間は、商人を忘れて個人・アウグストに戻るぜ。 ヒースもここで見たことは忘れてくれ」
「了解だ。 じゃあ僕は少し後ろを向いているよ」
「さてと……」
上着を脱ぐ旦那……。 うおっ!? 旦那、商人なのにいい筋肉してやがるし…… おいおい、なんか構えが素人じゃねえぞ!? 拳も、もう拳ダコが潰れて平らになってるじゃねえか! 本当に商人か!?
「この○○○な○○野郎がぁ!! 精霊様を傷つけた罪と同じだけの血を吐きやがれぇぇぇ!!」
全身を魔力強化した!? アンタ前衛系の冒険者かよ!? つうか、あの嬢ちゃんに似た目をしてやがる……! 旦那……アンタも信者だったのか……。
……俺は新しい職場を手に入れる事と引き換えに、前歯を一本失った。
そして後日……
俺は、あの小太り男…… ヒースとかいったか? そのヒースに声をかけた。
「結局、拠点も引き払っちまったし、一度荷物の整理に街に帰ったんだがよ……」
「へえ、それで何かあったのかい?」
「俺が精霊サマに負けた時の事……つまり、
『全裸の少女に素足で顔面を踏まれて気絶した』
って話が広まってたんだがよぉ! 誰が広めたんだろぉなあぁ!?」
「それは酷い!! いったい誰が広めたんだろうね?」
「証拠はねぇ! 証拠はねぇが! 絶対テメエだろうが!」
俺なりに譲れない理由があったとはいえ、俺は村人を傷つけた。
村人からの怒りや憎しみの視線は甘んじて受け入れると決めた。
殴られるのも仕方ないと思った。
だが、こう言うやり方はねえだろが!?
俺が村人…… とくにヒースと完全に和解するのは遠そうだ。
ん? あの嬢ちゃん? ああ、そっちとの和解は諦めてるぜ……。
書き足りない部分はありますが、別視点、しかもオッサン視点ばかりなのもアレなので、
そろそろ普通の話に戻ります。