24.5話B 友達だから……
フリージアの思考が色々とアレです。
まだ作者基準ではセーフなのですが、気持ち悪く感じる方がいたらすみません。
敬愛し、忠誠を誓う相手の盾となるべく命を投げだそうとした者と、
自分を慕う者の命を盾にする事を望まず、自らの死を受け入れた者。
その絆を目の当たりにして、冒険者ロドルフォは何とも言えない表情を浮かべていた。
(自分の命より部下の命を選んだか。 精霊サマよ、やっぱりあんたはイイ奴だったんだろうなぁ。 だがよ、オレは善良は精霊サマの命より、下品でバカでも、自分の部下の明日の酒代が大事なんだよ…… 悪いな)
「うわアぁあアアああぁアぁあ!!!」
正気を失ったかの様に取り乱し、大声で叫びながらロドルフォに殴りかかるフリージアだが、その拳は届かずに、腕を掴まれ、そのまま投げ飛ばされた。
「嬢ちゃん。 あんたの方が強くて速えが、オレの方が巧くて鋭い。 今、この状況で戦えばオレの負けは無い。 諦めな。 ……おい、お前ら、嬢ちゃんを押さえとけ」
部下に少女を取り押さえるように指示し、ロドルフォは懐から何かを取り出した。
それは一見ナイフのようであったが、武器では無く、運搬を補助するマジックアイテムである。
『差し込んだ物の重量を軽くする』という使用法のため生き物に対しては使いにくいが、木材や石材の運搬にはよく使われるものだ。
「これ以上っ!! これ以上精霊様を傷つけないでよおぉ!!」
だがフリージアにとって、それが武器か武器でないかなど、大した違いでは無い。
それが何であれ自分の大切なものを傷つけるなら、それは全て等しく、忌まわしい物でしか無いのだから。
フリージアの願いも届くこと無く、ロドルフォが、それを逆手に持ち、振り上げたその時。 倒れていた木が突然内側から砕かれ、そこから突如現れた小柄な少女が、ロドルフォの顔面を思い切り殴りつけたのだった。
ーーーーー フリージア視点
これは、夢……かな?
夢…… でもいいかな? さっきまでの事が現実で、これが夢だっていうのなら、私は二度と現実に戻らなくてもいいや。
精霊様が斬り倒されてしまった、あの瞬間。
私の目は、全ての色を失った。
私の口は、嘆きの声しか発しなかった。
私の鼻は、絶望の匂いを嗅ぎとった。
そして、私の耳は、確かに世界の終わる音を聴いた。
だけど、精霊様は帰ってきた。 今、目の前にいるんだ。
精霊様は、私が夢の中で見た姿と同じ姿だった。
小柄で、色々と小さい体に細くて長い手足。
鼻と口は小さくて、あまり目立つ印象は無いけど、それがトロンとしながらも強く輝く、あの特徴的な目を強調している。
量が多くて生い茂る葉のようにも見える髪の毛は背中まで伸びている。
あれ? 髪の色だけは、あの夢と違ってるね。 あの夢では真っ黒だったけど、今は若草色。 私たち若草の民を象徴する色だ。
精霊様は小さな体であの男と互角以上に戦っている。 しかも格闘でだ。
すごい、あんなに強かったんだ。
その時、自分に向けて伸びる手がある事に気づいた。
男たちが私を取り押さえようとして動きだす。
あっ、精霊様だけを見てたから、自分の状況を忘れてた!
マズイと言うのはわかってる。 でも、精霊様の姿を見てから、安心? 喜び? 何だかわからないけど、気持ちがふわふわしていて体に力が入らない。 ……頭では戦わないと、って思ってるはずなのに。
「……うっ?」 「あ?……な、なんだ?」
捕まるかもしれないって思った時、周りの男たちの顔色が青くなっていき、苦しみ出した。 ……助かったけど、どうしたんだろう?
「……やっと効いてきたね。 予め、食人花をベースに作った痺れ薬をお香にして焚いてあったんだよ。 人間に合わせて調合してあるから、エルフの特性が強いフリージアには効かないし、僕は耐性が出来てるけど…… 君たちには効くだろう?
あ、喋らないほうがいいよ? これは、呼吸器や胃を中心に麻痺させる薬だから、無理に喋ると色々大変だよ? ……無理せず寝てなよ」
ヒースさんがニコニコしながら歩いて来る。 あれ? 気絶してなかったの?
「僕なら大丈夫だよ。 本当はダメージを受けてるはずだけど、薬で痛みは感じなくしてあるし。 フリージアは…… うん、怪我はそれほど無いね。 腰が抜けてるのは精神的な理由かな? そのまま休んでいるといいよ」
ヒースさんは私の頭をポンポンとした後、倒れた男たちを縛り始めた。
周りをみると、今、ヒースさんに縛られている男たち以外の人も、私が殴り倒したり、怪しいお香で泡を吹いて倒れたりしてて、誰も立っていないみたい。
あれ? もしかして、あとはあの男を倒せば私たちの勝ち?
……あっ! こんな所に座っている場合じゃない! 精霊様に加勢して、早くあの男を八つ裂きにしなきゃ。
そう思って精霊様の方を見ると、あの男が精霊様にビンタされて、クルクル回りながら飛んでいた。 えーっ!? 精霊様が勝ったのは嬉しいけど、なんかもっと凄い魔法とか技とかで終わると思ってたのに……。
あっ、でも食らった相手が空中で四回転しながら飛んで行くビンタっていうのも、凄い技と言えば凄い技だよね? うん、流石です。精霊様。
精霊様は男を踏みつけた後でこっちに歩いてくると、私の鼻をツンツンした。
……触られた感触がある。 じゃあこれは本当の本当に現実……なのかな?
夢だと思ってたわけじゃないけど、現実と思うには都合が良すぎた。
だから私は、目の前の光景を、信じるべきか疑うべきかわからなくて、思考停止していたんだと思う。
まるで演劇を見るような、夢現の感覚で見ていたんだ。
でも、精霊様は、今、ここにいる。 精霊様は、生きているんだよね!?
私の心が、その事実をしっかりと認識した途端、たくさんの感情が一斉に溢れてきて、感極まって抱きついてしまった。
「精霊様! 無事でっ……無事で良かったです!!」
最初は、素直に喜びの言葉が出てきた、もちろん本音だ。
だけど、次に怒りの言葉が出てきてしまった。 ……そして、これも本音だった。
「なんで!? なんで私を盾に使ってくれなかったの!? 精霊様の命を、一分一秒でも伸ばせるなら、私は死んでも良かったのにっ! なんで…… なんで逆に私を守ろうなんて……」
「友達だから……」
小さくて控えめで…… だけど、高くて可愛い声が聴こえた。
初めて聴いた声。 そして、いつか聴いてみたいと思っていた声。
精霊様の声だ……! しかも、その声で友達だと言ってくれた!!
ごく、当たり前の事を言うように、
『友達だから』私を守ろうとしたんだって…… そう言ってくれたっ!
……私は、精霊様と友達になりたかった。
だけど、いつしか、巫女として主に仕えるような気持ちに変わって行った。
多分、無意識で対等の友達になる事を……諦めていたと思う。
だけど…… だけど! 精霊様が! 私を! 友達だと言ってくれた!!
どうしよう!? 嬉しい……嬉しすぎる! もっと強く抱きしめてもいいのかな? でも、さすがに失礼かな? やめておいた方が、って、もう抱きしめてる!? 体が勝手に抱きしめて、モゾモゾと体を擦り付けながら匂いを嗅いでしまう。
精霊様の体は、雨上がりの森のような爽やかな緑の薫りに混ざって、甘い花の香りもわずかにする。 ……とても落ち着く香りだ。
えっと、そろそろ離れたほうがいいのかな? ……精霊様が嫌がったら離れよう。
わっ、精霊様が頭を撫でてくれた! も、もう少し抱きしめててもいいって事かな?
だったら、もうちょっとだけ…… えっ……!?
それに気づいた瞬間、今までの幸せな気持ちは吹き飛んだ。
精霊様の左腕の、肘から先が……無かった。
一瞬で怒りが吹き上がってきた。 私の視線が、倒れているあの男を捉える。
アイツだ!!
私は怒りのまま走り出し、あの男を蹴り飛ばす。 ダメだ、足りない。
この男は、精霊様を一度斬り倒して、今度は腕まで切り飛ばしたんだ!
精霊様が生きていたからって、私は何を浮かれていたんだろう!!
直接触れた精霊様の体は、普通の人間とは違うみたいだった。 多分、片腕を失っても人間ほどの大怪我じゃないんだと思う。 ……でも、だからって許せる事じゃない。
むぅ…… うっかりしていた! まずはこの男に償わせないと、心から笑う事なんかできないよね? まずは罪の重さと同じくらいの量の血を吐いてもらおう。
本番はそのあとかな? 私は男のお腹を蹴り続ける。 むぅ……頑丈だ、あまり血が出ない。
これじゃ足りない。 足りない。 足りない! 足りない!足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないっ!!
私は男を蹴り続ける。
途中で精霊様がやめて欲しそうにしてるのが見えた。
あっ! そうか、精霊様は優しいから、暴力は見たくないのかも?
精霊様を悲しませるわけには行かないよね。 じゃあ早めに終わりにしよう。
うん、全部。 全部を終わりにしよう。
そう思って私が、魔力で足を強化をした時、クイクイッと服が引っ張られた。
「むぅ…… 精霊様? なに?」
精霊様は、私の服を引っ張ったあと、自分の胸の辺りを指した。
……うん。 胸のサイズがお揃いだ。 それを言いたかったのかな?
言わなくても、今の精霊様は裸だから、少し見れば体型はすぐわかるのに。
裸……? ……えっ!! 裸!? そばに男の人もいるのに!?
じゅ……重大な事を忘れてた! 私は大人のレディなんだから、そういう事はすぐに気がつかないとイケナイのに!!
私はキョロキョロと周りを確認する。 襲撃者たちは気絶してるからいい。
ヒースさんは、見ないように後ろを向いてくれている。 うん、流石に紳士的。
逆を見ると、村の男の子、ヘンプさんの子供のバンブが、ニヤニヤしながら物陰からチラッチラッと見ていた。
むぅ……!! スケベな悪ガキめ! お前に精霊様の裸を見る資格は無い! お前に見せるくらいなら、私がもっとじっくりと見るもん!!
私はバンブに目潰しをした。 本当は失明するくらいの力で目潰ししたかったけど、最後に見た物が精霊様の裸っていうのも贅沢な気がしたからやめた。
むぅ…… だんだん村のみんなが集まって来たみたいだ。 そんな大勢に、私の精霊様の裸を見せるわけには行かない!!
私は精霊様を抱き上げて、家に帰ることにした。 ……あっ! あれは!?
家の前に精霊様の左腕があった。 こんなところに野ざらしにしておくワケにはいかない。 持って行かないと! 私は一度精霊様に立ってもらって、腕を拾って、それを口にくわえたあと、改めて精霊様を抱き上げて家に戻った。
……精霊様を抱き上げて、手がふさがってたから、口にくわえるのは仕方ないよね?
落としたら困るから、落とさないように、もぐもぐと口の中で位置を調整するのも仕方ないよね?
……もぐもぐした結果、味を感じるのも不可抗力。 ……仕方ないよね?
だって、精霊様が友達だって言ってくれたもん。
友達同士なら、腕をもぐもぐするくらい普通だよね?
前にも一度書きましたが、この世界の言葉で『ちくわ』は友情を意味します。
『ちゃん』は理由を語る時に使います。 なので、『ちくわちゃん』と繋げると、
『友達だから』になります。
フリージアにとって人生の中でも特に大事な思い出になるであろうこのシーンですが、
その時に主人公は心の中で、某スーパーロボットの必殺技を叫んでいました。 ひどい温度差だ。