8.5話 フリージアは巫女になる
フリージア視点です。
今回は5000文字になりました。
もう少し短くしたかったんですが、文字数の調整って結構難しいですね。
あれから2日、つまり巫女になる準備を始めてからは1日たった。
みんなに認めて貰って、精霊様の巫女になれると決まったときは嬉しかった。
ううん、今でも心から嬉しいと思ってるよ? でもさ?
「むぅ……これだけ?」
ご飯の時間、お皿に置かれたのは、生のハーブが少しだけ。 しかも、味付けもしていない。
「お塩くらいは使っちゃ駄目なの?」
「む、どうだったかな? 少し待て、文献を読んでみる」
そう言って長老に借りた古ぼけた本をめくる兄さん。
「ふうむ……ダメらしいぞ。 植物は塩と火を嫌うから、植物系の精霊様の巫女になるには、塩と火を使わない食事を取る必要があるらしい」
「むう……」
ならしかたないね、サラダにすらなっていないハーブを食べるしかないか。
本当は、他の野菜でも良いんだけど、まだ畑の野菜は育ってないし。
他種族……とくに人間には、エルフはベジタリアンだと思っている人が多いみたいだけど、単に野菜が好きだというだけで、肉を食べない訳じゃない。
しかも、私たちは、ハーフとかクォーターだから食べ物は人間とほとんど変わらないのよ? だから、味付け無しのハーブだけじゃあ物足りないよ。
それなのに、ハーブだけで我慢しているのには理由がある。
精霊様の巫女になる者は、最低でも2日、できればそれより前から、仕える精霊様に生活を合わせて、少しでも心身を精霊様に近づけてから儀式を行うって決まっているからだ。
木の精霊様の巫女、つまり、私が気をつける事は、
塩と火を避ける・1日の半分を土に触れて過ごす・朝と夜に一度ずつ瞑想する・この3つだ。
土に触れて過ごすのは問題ない。 でも塩と火の無い食事と、朝晩の瞑想は大変……初日は巫女になれる喜びの気持ちで乗りきった。 でも段々ツラくなって来たよ。
「だが、肉や魚は禁止されていないだろう? 好きに食べればいいだろう」
その兄さんの言葉にイラッと来た。
「むう! なに? 兄さんは、生で味つけ無しの肉や魚が食べたいの!?」
「……すまん、確かにそれならハーブのほうがマシだな」
どうやら兄さんは、塩と火が使えないっていう前提を忘れていたみたいだ。
「……ご馳走さま」
ハーブだけのがっかりご飯は、やっぱりがっかりする味だった。
……こう言う時は気分転換が必要だよね?
「ちょっと精霊様の所に……」 「衣装を合わせたいから、ちょっと来てくれる?」
……ローズさんに呼び出された……むぅ……。
この日はそのまま夜の瞑想の時間になっちゃったから、精霊様に会えなかった。
夜が明けた。 儀式は明日だ。
一本の柱にワラの屋根を被せただけの、建物とも言えない建物の中で、ひたすら瞑想する。 ……むぅ……ヒマだ。
やっと瞑想が終わったけど、この後がっかりご飯を食べてから、儀式の打ち合わせだ。 むぅ……気分がへこむ…… 甘い物が食べたいな。 ……あれ?
甘い物に餓えていたからかな? 私はどこからか甘い匂いがするのに気づいた。
この匂いはハチミツかな? この匂いはどこから…… え!?
私はヘンプさんがビスケットを食べているのを見つけてしまった。
……理解しているのよ? あれは、ここに来る前に立ち寄った村で買った物だ。
個人のお金で買った物で、いつどこで食べても自由だって、理解しているの。
でも、人がハーブ生活している、そのすぐ側で、干した果物を混ぜたビスケットに、さらにハチミツをタップリかけて食べる中年おじさんを許せるかどうか? というのは、別の話だと思わないかな?
私は、溜まったイライラを魔力に変えるような気持ちで力を解放する。
「その理の名は盛者必衰、時の流れより逃れえぬ者共よ、汝が力は泡沫の幻と知れ……」
ばちこーん!!
「むぅ……痛い」
いきなり後頭部を良い音で叩かれた……誰?
「はいそこまで~。 ……今、明らかに魔法を詠唱してたよね? ヘンプさんに何をブッ放すつもりだったのさ?」
ヒースさんだった。 ヒースさんが頭を強く叩くなんて珍しい。
あっ、危険な魔法だと思ったのかな? 訂正しておかなきゃ。
「大丈夫だよ、今のは攻撃魔法じゃなくて、劣化の呪法だし、狙ったのは髪の毛だけだから危なくないよ?」
「いやいや! 中年男性の髪の毛に劣化魔法を使うのは、ある意味立派な攻撃魔法だよ? しかも詠唱を短縮しないでしっかり発動させてたよね? 今の君の魔力でそれをやったら劣化どころか、かすっただけで全ての毛根が死滅するよ!?」
「だって! ビスケット食べてたもん!! 滴るくらいにハチミツで!!」
「ごめん、ちょっと意味がわからない」
むぅ……ヒースさんには、私の怒りの声が伝わらないのかな?
仕方ないから1から話してあげよう。
「なるほど、流石に毛根を死滅はやり過ぎだけど、まあ気持ちは理解したよ」
うん、やっとヒースさんも分かってくれたみたいだ。
「でも、もう少し寛大な気持ちで許してあげなきゃダメだよ、 だってフリージアは大人のレディでしょ?」
む……むぅ…… それを言われると弱い。
「ん……わかった、もう少し我慢する。 なぜなら大人のレディだから」
「うん、それがいいよ。 流石は大人のレディだね?」
そう言って私の頭をポンポンするヒースさんは、凄く優しい目をしていた。
前に兄さんが「あれは生暖かい目と言うんだ」って言ってたけど兄さんの勘違いだと思う。 まったく兄さんのうっかりにも困ったものだ。
ヒースさんのお陰でなんとかイライラにも耐えきって、この日も乗りきれた。
そして、ついに私が巫女になる日がやって来た。
あ、まだ決まったわけじゃないんだっけ? 精霊様が受け入れてくれないとダメなんだった。
でも精霊様は、私が巫女になれるだけの魔力を与えて下さったんだから、ここに来て巫女に認めてくれないってことは無い…… と思う。
ローズさんにお化粧をして貰いながら、私の頭の中は期待と不安がぐるぐる回っていた。
「はい、終わったわ。 あら? 髪の整え方が甘いわよ? ほら、そっちもやってあげるわ」
「ありがとう。 やっぱりローズさんは、お化粧が上手いね、私も自分で出来れば良かったんだけど、お化粧した事がないからやり方がわからなくて」
「ふふふっ、私はエルフが混じってると言っても、人間に近いからケアをしないとすぐにお肌が……ね? だから自然と手慣れただけよ」
そう言ったローズさんは笑っているはずなのに、謎の冷気が漂ってくる気がして、私はローズさんの方を振り向けなかった。
「良いわねぇ、フリージアちゃんはエルフの性質が強く出ているから肌も髪も綺麗だし、若い時間も長いのよねぇ…… ……畜生」
今、畜生って言わなかった!?
「おい、そろそろ準備は終わったのか?」
ローズさんから漏れる闇の気配に微妙に怯えていると、外から兄さんの声が聞こえた。
「こっちの準備は終わったぞ、長老が呼んでいるから早く…… ほう、その衣装、なかなか似合うじゃないか」
フフン、すぐに服装を誉めるなんて、兄さんも少しは女心が理解できて来たかな?
「ん? その衣装、もう少し胸の辺りを小さくしないとサイズが合わないだろう? 服の中がスカスカに…… 痛いぞ! なぜ足を蹴る!?」
むぅ……前言撤回! やっぱり兄さんはデリカシーが無い!
私は兄さんを蹴り飛ばしたその足でズカズカと長老の家に向かった。
「おぉ、来たかフリージア。 ふむ、衣装も似合っとるぞ。 では行くぞ、それに乗るが良い」
長老の家に着くと、挨拶もそこそこに出発を急かされた。 やっぱり長老もワクワクしてるのかな? いつもより若々しく元気に見える。
あ、そう言えば何かに乗れって言ってたよね? えっと……これ?
丸太を組んだ上に板を張った…… 乗り物?
昔、街で見た演劇で、悪いドラゴンに貢ぐ食べ物をこう言うのに乗せてた気がする。
そんな事を思い出しちゃったせいか、それに乗って運ばれている間、自分が生け贄にでもなったような気になって、少しドキドキした。
変な丸太の乗り物に揺られて精霊様の所へ来ると、長老がキリッとよそ行きの表情をして、口を開く。
「我ら、若草の民は精霊様が見守っていて下さるお陰で、日々、恙無く暮らしております。 そのご慈悲に僅かでも報いるために、我らが同胞を貴方様の忠実なる巫女としてお仕えさせて頂く事をお許し頂けるでしょうか?」
長老の声に応えるように、精霊様が枝をワサワサと振る。
何でだろう? こんな事を言ったら失礼かもしれないけど、精霊様が枝を振る仕草がなんだかちょっと可愛く見えて来たかも?
ちょっと不敬な事を考えていると、音楽の演奏が始まった。
長老が片手を上げると、兄さんがやって来て、私を持ち上げて乗り物から下ろした。
えっと、確か、ここからは自分で歩くんだったよね?
頭の中で、うろ覚えの手順をおさらいしていると、長老が手を引いてエスコートしてくれた。
今まで長老は、少し頼りない人だと思ってたけど、ちょっと見直したかも?
長老に手を引かれながら、精霊様の前に建てられた祭壇に向かって一歩ずつ歩いて行く。 すると当然、精霊様との距離が近づいてきた。 う、ちょっと緊張してきたかも。
私ひとりで会いに来るのは平気なのに……
あ、演奏が、ちょっと怖い曲に変わった。
えっと、この後ってどうするんだっけ? わ? 長老が杖に火を着けた?
あ! 思い出した、私が口上を言う番だ! むぅ……確かセリフは……。
「私は、個人としての私を焼き払い、今、この時より、ただ巫女としてのみの生を……ひゃあ!?」
なに? なに!? 精霊様の枝が蔓になってる! 何で私は捕まってるの!?
口上の途中だったのに…… ま、まさか、私……何か気にさわることでも!?
突然精霊様に蔓で縛られて混乱していると、更にグイっと引っ張られてっ……!?
むうぅぅぅ!!?
跳ね上がるような勢いで空中に引き上げられた私は、一瞬そのまま地面に叩きつけられるんじゃないか? っと思って目を閉じた。
だけど次の瞬間、優しく受け止められたような感触に驚き、私はゆっくりと目を開く。
気づくと、私は精霊様の枝の上にいた。
今まで精霊様に抱きついたり飛びついたりした私も、流石に枝に登ったことは無い。
いつもなら初めての体験に嬉しくなる所なんだけど、今は驚きと困惑の方が大きくて、体が動いてくれない。
その時、突然甘くて優しい香りが広がって、みんなが歓声をあげた。
えっ? なに?
視線を動かすと、そこには一面の白い花が…… いつの間に花畑に? ううん、違う。 これは精霊様の花だ。
とっても綺麗! それにとっても良い香り!
これは、きっと私を巫女として迎えてくれてるって思っていいん……だよね?
でも、だったら何で儀式中に、私の言葉を遮るような事を……?
あっ…… もしかして…… ううん! きっとそうだ!!
あの時のセリフは、今までの私を捨てて、精霊様の巫女として生きるっていう誓いの言葉だ。
そして、精霊様は私にその言葉を最後まで言わせなかった。
つまり、今まで通りの私で良いって……
巫女として生きる私じゃなくて、私と言う個人を迎え入れてくれるって、そう言ってくれているんだ……!
ど、どうしよう? 嬉し過ぎて顔は笑っちゃうのに、涙が出てくる……!
あ、演奏が最後の曲に変わった。 少し手順は変わったけど、長老は儀式が無事に終わったって判断したみたい。
うん、無事に……ううん。 私にとっては最高の最高の形で終わった。
みんなが、破邪の歌を歌いながら建物を建て始めた。
あの歌を歌いながら建てた物には、悪いものが寄ってこないって言い伝えがある。
だから神聖な建物を建てる時に歌うんだけど、それで建ててるのが私の家っていうのが、なんか申し訳ない感じがする。
精霊様を奉る祠の役割も兼ねてるんだから、神聖な建物なのは確かなんだけどね。
祠・兼・私の家が完成して、祭事の道具と私の生活用品が運びこまれたから、私も中を見てみたくなった。
でもどうやって降りよう? 体を魔力強化して飛び降りようか? とか考えながら地面を見ていたら、精霊様が気づいてくれたのか、また私を蔓で持ち上げて、ゆっくり下ろしてくれた。
ふふっ、慣れたら少し楽しいかも。
私は建物に入ってみた。 あまり大きくは無いけど、私一人が住むならこれでも広すぎるくらいだね。
大きな引き戸みたいな窓を開けると、そこからは精霊様の木が真っ正面に見える。
そっかぁ、ここで精霊様と一緒の生活が始まるんだ。 ふふっ、ワクワクする!
一緒の家に住むわけじゃないけど、いつでも見える距離にいるんだから、同居してるのと変わらないよね?
ずっと一緒にいれば、いつか友達にもなれるはず!
これからよろしくお願いしますね、精霊様!!
魔法の詠唱が初めて登場!
……でもターゲットは中年男性の毛根です。
そろそろストックの余裕がありません…… でも、まだ明日の投稿は行けるはずです。