7.5話B 俺の妹が変化した?
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今回はムスカリ視点です。
フリージアにとってはつらい事だっただろうか?
妹は精霊様の事を心から慕っているようだから、さぞ巫女になりたかっただろう。
ヒースが上手く慰めてくれたお陰で、今は気持ちが前向きに戻っているようだが、ああ見えて妹は意外と気持ちを長く引きずる方だ。 何かの拍子でまた落ち込み始めるかもしれん。 根本的な解決をしたい所だな。
「……皆に頭を下げて巫女にしてもらう訳にも行かんしな」
『頭を下げて頼むだけで一度決まった事も曲げられる』なんて前例を作ってしまうと今後ろくなことにならんだろう。
守れるルールなら、出来る限り守るべきなのだ。
……妹が実力で巫女になれたなら、何の問題なかったんだが。
そうなると、やはり残りの4日の間にローズを越えるまで実力を底上げして、正攻法で巫女に認められるのが一番だな。
「ヒース、修行のメニューを考えるから知恵を貸してくれ。 努力と根性で妹の魔力を一気に増やそう」
「いや、無理だってば。 努力と根性は大事な事だけど、物事には限界があるよ」
む……そうか、無理か、ヒースが言うならそうなのだろう。
「それに、巫女の事はあんまり僕らが考えても意味が無いんじゃないかな?」
「ん? それはどういう事だ?」
「本当に巫女が必要なら、精霊様が自分で選ぶと思うよ? 僕らが勝手に巫女を選ぶ時点で筋違いだと思わない?」
……言われてみれば確かに、精霊様の意思を確認せずに決めるのもおかしいか?
「もし、精霊様が自分で巫女を一人だけ選ぶとしたら、きっと……
ううん、やっぱり勝手な想像はやめておくよ。
さて、ずっとここに居てもしかたないし、そろそろ行こうよ。 あ、昨日僕の家が完成したから来るかい? 特製のお茶を出すよ?」
今、意味深な事を言いかけていた気がするな? まあいいか、丁度喉が渇いていた事だし、折角だから厚意に甘えようか。
じゃあお邪魔する……っと言おうとしてヒースを見ると、ヒースは驚愕の表情で一方を見ていた。 ……あっちは精霊様の方だな。
「……フリージアの魔力が増えた? いや、増えたなんてものじゃないよ!!」
フリージアの魔力が増えただと? ん? それでは……
「今の妹の魔力は、ローズを越えているのか?」
「ローズさんどころかエルフの聖域に居る3賢人と同等、下手したらそれより……! あ、そういう事か……」
「む? 1人で納得されても俺は分からんぞ。 説明を頼む」
「僕は前から精霊様はフリージアを、特に可愛がっていると感じていた。 だから、巫女を選ぶなら彼女を選ぶと思っていたんだ」
おお、もしそうなら、俺も兄として誇らしいな。
「多分、フリージアは精霊様に、魔力が一番多い者を巫女に選ぶしきたりがあるって事を伝えたんだと思う。
だから精霊様は、フリージアを巫女に選ばせるために魔力を与えたんだ。
しかも、誰も対抗できない程に強化したって事は『絶対に彼女を巫女に選べ』って言うくらい強い意思表示じゃないかな?」
「……では、このままローズを巫女に選んだら……」
「精霊様が強く要請してる事を真正面から否定する事になる……かな」
「それは不味いな、まだ儀式まで日はあるが、早い内に長老に伝えておくべきだ。 今すぐ行こう」
俺とヒースが長老の家に駆けつけると、そこには3つの人影があった。
長老、そしてヘンプさんとローズだ。
「あら? ムスカリとヒースじゃない。 今、丁度フリージアの事を話していたのよ。 貴方たちの意見も聞かせてくれないかしら?」
「ああ、お前たちも説得してくれ! 実はローズが巫女の座をフリージアに譲りたいなどと言っているんだ!」
自然体のローズに、焦るヘンプさん。 その後ろで長老が悩んでいる。
「どうしたものかのう? フリージアがなりたがっておって、ローズが譲っていいと言うておるんじゃから、それで良い気もするが……先祖の決めた作法に従うべきと言うヘンプの言い分も間違っとらんしのぅ」
俺とヒースは顔を見合わせた。 まさにこれから話すつもりの話題だったからだ。
「3人とも聞いてくれ。 精霊様はフリージアを巫女にと望んでおられるようだ」
俺の言葉に皆が振り向いた所で、ヒースが言葉を続けた。
「フリージアの魔力が、あり得ないほど跳ね上がったのを感じたんだ。 精霊様が力を貸したとしか思えない」
そのヒースの言葉に、ローズは少し考える仕草を見せた後に納得の表情を浮かべた。
「精霊様が、あの娘を巫女にしたいから、手っ取り早く魔力を強化して私よりも量が多くなるようにしたって事かしら?」
ローズは落ち着いて会話を続けているが、ヘンプさんは鼻息荒く否定する。
「巫女はエルフ側が選ぶ決まりだ! 精霊様と言えども勝手をされては困る! そもそも、フリージアの魔力が増えたと言っても、この短時間でどの程度増えたとっ…… ……ぬお!? こっ……これは!?」
辺りを突然襲ったプレッシャーに、ヘンプさんは黙りこむ。
なんだこの圧力は!? む? ……いや、だがこの気配は……
「ヘンプさん、見つけた。 あれ? 長老とローズさん……? それに兄さんとヒースさんまでいる? ……あはっ!! ちょうどいいね?」
「フリージア!?」
そこに居たのは妹・フリージアだったが、明らかに雰囲気が異なっていた。
フリージアは一度全員を確認するように視線を動かした後、ヘンプさんに視線を合わせると、獣の様に歯を剥いた攻撃的な笑顔を見せた。
「あはっ! あはははは!! 私は精霊様の巫女になりたい、だから……だから! 精霊様に新しい力を貰ったの。 ふふっ……あはは! 見せてあげる! この魔力を! そしたらもうヘンプさんも反対しないよねぇ!?」
そう言って魔力を解放し始めたフリージア。
……魔力感知など使っていないにも関わらず、蜃気楼の様な歪みが肉眼だけでも目視できるほどの魔力だ。
「こらこら、ちょっと待とうか?」
「むぅ……? 何?」
ヒースが後ろから頭をポンと叩くと、フリージアはキョトンとした顔で魔力の解放を止めた。
「ほら、みんな怯えてるし……ヘンプさんなんか、腰が抜けちゃってるよ?」
「……あれ? 何で?」
「いやいや、『何で?』じゃないよ、さっきの君のセリフと態度だと、完全にヘンプさんに攻撃魔法をブッ放す流れに見えたよ?」
「「「え!?」」」
フリージアとヘンプさん、そして長老の3人の声が重なった。
おそらくフリージアの『え!?』は、何でそんな勘違いを? という意味の声。
ヘンプさんと長老の『え!?』は、ブッ放すんじゃなかったのか? という意味の声だろう。
妙な空気のまま、場が固まった。
……そして俺の口からは、ふぅ……と溜め息が漏れた。
「……フリージア、お前は精霊様のお陰でローズよりも大きな魔力を手に入れたから、それをヘンプさんや長老に見せて、巫女に選んでもらえないか頼むつもりだった……っと言うことでいいのか?」
「むぅ……最初からそう言ってるのに。 ……うまく伝わらなかったかな?」
その言葉を聞いたヒースはいつも通り……いや、いつも以上の苦笑いだ。
「う~ん…… 頼みに来たって言うより、どちらかと言うとさ~……
『闇の力に溺れた狂気の魔法使いが邪魔者を消し去るためにやって来た』っていう感じに見えたよ?」
「むう……誰が狂気の魔法使いよ!」
「……私にも狂気の魔法使いっぽく見えたわよ? 正直な話、本気で怖かったわよ? 何であんなに狂気的な感じに笑ってたの?」
今まで黙って様子を見守っていたローズが話に参加する。
……やはりローズの目にも狂気の魔法使いに見えたらしい。
「むぅ……狂気じゃない! ちょっとテンションが高くなってただけだもん!」
知らなかったが、どうやら俺の妹はテンションが上がると狂気的に笑うようだ。
……そう言えば昔、森で大量のキノコを収穫した時も、あんな笑いをしていた気がするな……。
てっきり怪しいキノコをつまみ食いしたかと思っていたんだが、あれはテンションが上がっていたのか。
クルリと振り向いたフリージアが俺の顔を見て、意見を求めてきた。
「見てくれたよね? どう思ったかな? 正直に言って?」
ふむ、どう思ったかを正直に……か。
「引くくらいに不気味だったぞ? もう少し年頃の女らしく可愛く笑えないのか?
それに魔力でスカートが捲れて下着が……うお!? 痛いぞ! なぜ足を蹴る!?」
意見を求められたから答えたというのに、なにが不満なのだ!?
「むぅ! 私は魔力量の話をしてるの! ローズさんより多くなってたよね? 私は精霊様の巫女になれるかな?」
ああ、そっちの話か。 確かに魔力はローズより随分大きいように見えたな。
俺はチラリと長老に視線で確認すると、長老はコクリと頷いた。
「ふむ、確かに魔力は文句のつけようも無いくらい大きくなったようじゃし、ローズ本人も巫女を譲っても良いと言っておったから、もう何の問題も無いのう。
……ヘンプもそれで良いかのう?」
「……まあ、確かに問題無いでしょうな……」
ヘンプさんも多少不愉快そうだが同意した。
その後、もう一度長老が口を開く。
「ふぅむ、最後に確認したいんじゃが…… フリージアよ、おぬしは……本当に狂気の魔法使いになったわけではないのじゃな?」
「むぅ……しつこい!」
そう言って頬を膨らませた妹は、いつも通りの雰囲気に戻っていた。
うむ、どうやら本当に狂気に染まったわけではないようで、安心した。
「あっ、そう言えば巫女の衣装って、ローズさんのサイズで作っているんじゃない? 早めにフリージアに合わせて作り直した方がいいんじゃないかな?」
相変わらずヒースは細かい所に気がつくな。 ふむ、サイズか、確かに大事な事だ。
「確かにローズのサイズで作っては、フリージアではブカブカで着れないな、身長も体型もあまりにも小さ過ぎて……うお!? 痛いぞ! なぜ足を蹴る!?」
こうしてフリージアは精霊様の巫女に選ばれたのだが、この後、衣装のサイズ調整や道具の準備、儀式の手順の打ち合わせ等で忙しくなり、なかなか精霊様に会いに行けずに機嫌を悪くした妹をなだめるために、また色々と手を焼く事になるとは、この時は予想していなかった。
ローズはオーク戦で攻撃魔法を使っていた人、つまり主人公がセクシーさんと呼んでいた人です。
この作品では貴重な、お姉さんポジションです。
明日もいつもの時間に投稿できると思います。