後日談 21話 精霊語のお勉強からの3ポイントシュート
お待たせしました。
どうもこんにちは、モーリンです。
今日はこれからペルルちゃんと稲穂ちゃんに教わって精霊語のお勉強をするところですよ。
意外に思われるかも知れませんけど、実は私はお勉強する事はそんなに嫌いじゃないんですよ。ただ、勉強してもなかなか覚えられないし覚えてもすぐに忘れてしまうんですよねー。
好き嫌いと得意不得意は別の話という事ですね。
ですけど不得意であっても今回のお勉強はしっかり頑張るつもりです。
自分でやると決めた事ですし、教えてくれるのが大好きなペルルちゃんと稲穂ちゃんの2人なんですから。
おや? ちくわちゃんが横からニョキっと私の顔を覗き込んできました。
どうしました? ……あっ、もしかしてペルルちゃんと稲穂ちゃんの2人の事を考えていたからやきもちを焼いてしまったのでしょうか?
誤解させてごめんなさい。ちくわちゃんの事を忘れている訳ではありませんよ。
あくまで今回勉強を教えてくれるのがペルルちゃんと稲穂ちゃんの2人だと言っているだけで、私はちくわちゃんの事も大好きですからねー。
私が顔を近づけてきたちくわちゃんの頭をなでなですると、ちくわちゃんは気持ち良さそうに目を細めました。
なんだか犬とか猫とかが撫でられているときみたいな反応です。
も〜、かわいいですねー。なんだかずっと撫でたくなっちゃいますよ。
なでなで、なでなで、なでな〜で。
「……シメるわよ」
ん? 稲穂ちゃん、今なんか言いました? ……ああ、『はじめるわよ』って言ったんですね。
ふむふむ、確かにそろそろ勉強を始めなきゃですね。
ということで、気合いを入れていきましょう!
「さて、それじゃあ始めるわ。残念ながら私は精霊語が使えないけど、知識の部分だけならそれなりにあるつもりよ。基本的な質問には答えられると思うからなにかあったら言ってね。
もちろんリンだけじゃなくてセリーナもわからないことがあれば質問してくれていいわよ」
ペルルちゃんは少し得意げに胸を張ってそう言ってから説明を始めました。
うーん、なんだか生き生きして見えますねー。
前から思っていたんですけど、ペルルちゃんって誰かにものを教える事が好きなのかもしれませんね。
「さて。まず、そもそも精霊語っていうのがどんなものかって話からするわ。すでに知っていることもあると思うけど、まずは黙って聞いててね。
精霊語はその名前の通り精霊の言語……と言いたい所だけど、実は精霊語は『語』ってついてはいるけど、いわゆる日本語とか英語みたいな言語ではなくて、念話と同じで通信系の魔法に属するわ」
うむむ……名前に『語』ってついてるのに言語じゃなくて魔法なんですか?
ウミネコは名前にネコってついてるのに猫じゃなくて鳥だ、みたいな話ですね。
ヤマネコやスナネコや現場ネコはちゃんとネコ科なのに、なんでウミネコだけ違うんでしょうか? 猫業界を追放されるような大きなタブーを犯してしまった過去とかがあるのですかねー?
いずれその辺りの謎が語られる日が来るのでしょうか? ウミネコヒストリー・劇場版! みたいな感じで。
うーん、これは感動作品の予感です。きっと全米が泣きますね。
あっ、全米と言えば、ふと思ったんですけど『全米が泣いた』というフレーズは良く聞くんですけど、北米とか南米とか西海岸とかが個別に泣いたって話はあまり聞いたこと無いですよね?
もしかしたら昔アメリカ各地方のお偉いさん達の間で、
『1人きりで泣かせはしない。泣く時はみんな一緒だぜ、ブラザー!』
みたいな熱いやり取りがあったのですかねー?
いずれその辺りの謎が語られる日が来るのでしょうか? アメリカンブラザーズ・ザ・ムービー! みたいな感じで。
うーん、これは感動作品の予感です。きっと全米が泣きますね。
あっ、全米と言えば……って、おや? なんだか思考がループしちゃいました。
不思議なこともあるものですね〜。
「……ねえ、なんだか余計な事を考えていそうな気配がするんだけど、それはまだ続くの? そろそろ説明を続けたいんだけど」
アッハイ、ごめんなさい。続きをお願いします。
「えーっと、どこまで話したっけ? ああ、確か念話も精霊語も通信魔法の一種だって所まで話したのよね。
どちらも魔力を使ったコミュニケーション方法だけど、一番大きな違いは念話は魔力で『言葉』を伝えるものだから言葉が通じない相手とは話せないのに対して精霊語は魔力で『心』を伝えるものだから言葉が通じない相手にでも意思を伝えられるって部分ね」
ふむ。つまり日本語がわかるペルルちゃんや稲穂ちゃんとお話しするなら念話でいいですけど、日本語がわからないちくわちゃん達とお話しするには精霊語じゃないとダメってことですよね。
「念話も精霊語も共通してるのは、使う側は相応の魔法技術が必要だけど、返事をする側は初歩レベルの魔法技術さえあれば念話や精霊語そのものを使えなくても大丈夫って所かな」
ふーむ。返事をする側は初歩レベルでいいというのはありがたいのですが、やっぱり使う側には相応の技術が必要なんですね。
稲穂ちゃんに返事ができるようになるのがとりあえずの目標ですけど、最終的にはやっぱり自分で精霊語を使えるようになりたいんですよね。
でも、相応の技術が必要……ですか〜。
問題はその『相応』というのはどの程度のレベルを要求されるかですよね。世間一般の皆さんが考える『相応レベル』が私にとってはベリーハードだということもありえますし。
私がちょっと不安になっているのに気づいたのか、ペルルちゃんは安心させるように笑顔で言いました。
「あっ、もしかして技術が必要だって言ったから尻込みしてる? でも精霊であるリンは種族的に適性があるから他の種族よりも精霊語を習得しやすいはずだし、あまり心配しなくても大丈夫だと思うわよ。
ほら、精霊としては新米のはずのセリーナだって既に使えてるんだし……って」
そこまで言ったペルルちゃんは、『ん?』って感じで何かに気がついたような顔をして言葉を止めました。
「……いや、でもいくら種族的な適正があると言ってもゼロから独学だけですぐに習得できるものじゃあないわよね。セリーナって一体いつどうやって精霊語を習得したの?」
あっ、言われてみたらそうですよね。日本にいた頃は精霊語なんて使えなかったはずなのに、いつの間に覚えたんでしょうか?
それとも私が知らなかっただけで、もしかしたら稲穂ちゃんは日本にいた頃から精霊語が使えていたのですかね?
「えーっと、なになに? ……えっ? 本当に!?」
稲穂ちゃんとお話ししていたペルルちゃんが驚いたような声をあげた後、「偶然ってあるものなのね……」と呟きながら私の方を振り返りました。
「リンの事を『おかあさん』って呼んでいる精霊の女の子から精霊語を教わったって言ってるんだけど……それって明らかにアンタがフラスケって名付けたあの子よね? 一緒にアナベルとジャッドもいたらしいし」
なんと! 稲穂ちゃんの精霊語の先生はフラスケちゃんだったんですか。まさか既に2人がお知り合いになっていたとは驚きです。
それにジャッド君も一緒にいたのですかー。
あとアナベルさん……。ん? えっ〜と、アナベルさんというのは……。
あー! フードさんのことですね。いつもフードさんと呼んでいたので名前をド忘れしてしまっていました。ごめんなさい、フードさん。
フラスケちゃんもジャッド君もフードさんも、みんな私が1回死にかけたりSDちびキャラとして復活したりとゴタゴタしているうちにフラッといなくなってしまったので、今どこで何をしているのかもわからなくて気になっていたんですけど、とりあえず元気だということがわかって安心しました。
いつかまたお会いしたいですねー。
「良かった。他の2人も気にはなってたけど特にジャッドは妖精界に居た頃から知ってる相手だからね。無事なようで安心したわ。
……いけない、思わぬ所で知り合いの話題が出てきたからつい話が脱線しそうになっちゃったわ。今は精霊語についての話だったわね」
ペルルちゃんは空気を切り替えるように1度コホンと咳払いしました。
「それでどう? 今話した所までで何か気になる事はあった?」
気になる事ですかぁ〜……。
今出た話題全ての中だとやっぱりフラスケちゃん達の事が1番気になっちゃいますけど、今ペルルちゃんに聞かれてるのは精霊語の説明の中で気になった部分ってことですよね?
ちょっと待ってください。さっき説明された事を頭の中で整理してみますね。
えーっと、えーっと……。
「うん? セリーナが何か質問あるみたいね。リンは少し待ってて」
あっ、私が頭を整理しているうちに、先に稲穂ちゃんがペルルちゃんに何かを質問したようです。
それに対してペルルちゃんが『あー、それかー』とか呟きながら考えているみたいですけど、一体どんな質問をしたんでしょうねー? って思ってたら稲穂ちゃんは改めて私にも説明してくれました。
「私は旅の途中でアナベルさんやジャッド君、それと紫のおじさんにも何度か精霊語で話しかけてみた事があるんだけど、おじさんの時は魔力が上手く感じ取れなくて駄目だったし、アナベルさん達2人の時は魔力は感じ取れたけど魔力が繋がった手応えは無くて心の声も送れなかったわ」
なるほど、他の人にも精霊語を使ったことがあったんですね。
……ところで、今ちらっと出てきた『紫のおじさん』って誰でしょうか?
なんかすごく気になるんですけど……。
「そして今こうして鈴と話してる時は、魔力が繋がってる感覚がしっかりあるし私の声も届いてるのに鈴からの返事は聞こえない。
同じ失敗でも紫のおじさんの時、アナベルさん達の時、鈴の時とで状況が違うのは何故なのかを質問したのよ」
ふむふむ、なるほど……と言いたいところなのですが……。
ダメです。紫のおじさんの存在が気になりすぎて、他の話が全然頭に入ってきません。
いったい紫のおじさんとは誰なのですか?
交通量の多い道とかで子供の通学を見守っている緑のおばさんという人なら聞いた事ありますが、それの異世界バージョンとかでしょうか?
『緑のおばさん』と『紫のおじさん』……
なんだかカップ麺を思い出しますが、この場合はどっちがうどんでどっちがそばになるんでしょうか?
「うーん、実際にその場面を見た訳じゃないから断定は出来ないけど、そのおじさんやアナベルやジャッドに使った時は単純にセリーナが失敗しちゃったんだと思う。
精霊語は相手の魔力を見る、お互いの魔力を繋げる、そしてそこから心の声を伝えるって手順だから、魔力が感じ取れなかったってのは1つ目のステップで。
魔力が繋がらないっていうのは2つ目のステップで失敗したって事になるわね」
ペルルちゃんが普通に答えます。どうやらペルルちゃんは紫のおじさんの正体は気にしない事にしたようです。
「まあ通信魔法も相手との相性の良し悪しで繋がりにくいとかあるからね。
熟練者であれば相性が悪い相手にでも問題無く声を送れるけど、セリーナは魔法を使った経験が少ないんだし精霊としては魔力が少ないみたいだから、失敗する事があってもおかしくはないわよ」
んー……『失敗する事があってもおかしくない』ですか。
私の中では稲穂ちゃんはなんでもできるイメージだったので失敗するなんて想像しにくいんですけど……でも、まあそうですよね。流石の稲穂ちゃんも異世界に転生していきなり魔法を完璧にバリバリ使いまくるって訳にはいきませんか。
……うん、少し反省しましょう。
稲穂ちゃんだって完璧超人や悪魔超人ではないのですから出来ないこともあります。
あんまりハードルを上げ過ぎるのはよくないですよね。
「でもリンと話す時に起きてる、魔力が繋がっていて声も届いてるのに返事が届かないってパターンは多分セリーナの精霊語は成功してるけどリンが失敗してるんだと思う」
あ、あれれ? 『稲穂ちゃんだって失敗くらいしますよねー、うんうん』
なんて考えていたら、結局最後には私が失敗してるって話になりました。
うん、それならいつもの事ですね。よかったです。
……いえ、よくはないですけど。
「でも不思議よね。さっきもちょっと言ったけど、精霊語って使用者は難しいけど使われた側が返事をするのはあまり難しくないはずなのよ。なのにリンはなんで上手く出来ないのかしら?」
うぐっ……
『難しくない事なのに、なんでできないの?』
……私が昔から何度も言われてきた言葉です。
うぬぬ、面目ないです。いかんせん私は昔から不器用なもので……しょぼん。
「ちょっ、ちょっと、葉っぱの先がしんなりしてるわよ?
違うわ、別に責めてるつもりはないの。ただ、上手く出来ない原因が分かれば対策も立てられるかなって思ったのよ」
私が自分の不甲斐なさにしょんぼりしていると、ペルルちゃんは慌てて訂正しました。
話が聞こえていないはずのちくわちゃんも私がしょんぼりしてることはわかったようで、慰めるように頭を撫でてくれています。
おぉ、すみません。どうやら2人に気を遣わせてしまったようです。
「ねえ。とりあえずこうして話だけしていても分からないものは分からないんだし、実際に精霊語を使ってみない?
成功すればそれでいいし、失敗したとしてもそれで上手くいかない原因が分かるかもしれないし」
そう提案したのは稲穂ちゃんでした。
ペルルちゃんも、
「まあこれ以上説明ばかり続けても頭に入らないだろうし、いいんじゃない?」
と言ったので、この後は実際に精霊語を使う練習をする事になりました。
ーーーー
「じゃあ次は実技の授業をしましょうか。
と言っても私は精霊語を使えないから先生役はセリーナに交代ね」
そう言ってペルルちゃんは稲穂ちゃんをポンっと軽く叩きました。
きっとバトンタッチした、という事でしょうね。
「次は私が教えるわ。……ふふっ、こうやって鈴に授業をするのも久しぶりね」
稲穂ちゃんがそう言いました。
稲穂ちゃんの授業ですかー。日本にいた頃はテスト前とかによくお世話になったものです。懐かしいですねー。
「今、私は鈴に精霊語を使っている。つまり今お互いの魔力が繋がっている状態だということなんだけど、それは感じ取れるかしら?」
魔力を感じ取る……ですか。どれどれ……。
んー……ん? あー、言われてみれば確かに稲穂ちゃんに触れられているような感覚がありますね。
今は直接触れ合ってはいないはずなのですけど、なんだか手を繋いでいるような感覚があります。
感じ取れてますよー、と私は稲穂ちゃんに向けてコクコクと頷いて合図しました。
「良かった。じゃあ魔力は繋いだままにしておくから、今度は鈴から何か言ってみて。
お互いの魔力が触れて僅かに混ざり合っている部分に意識を集中するといいわ。
焦ったり感情的になったりすると言葉が制御できなくなるから、慎重にゆっくり、ゆっくりと話す感じにした方がいいかもしれないわね」
ふむふむ、慎重にゆっくり……ですね。了解です。
それでは……行きます!
こんにちは、ゆっくりモーリンよ。
(ゆっくりモーリンだぜ)
今日は精霊語を練習してみようと思うわ。
それでは……ゆっくりしていってね!
「…………ダメね。なんて言ってるか聞き取れないわ」
あれれ? ダメでしたかー。
稲穂ちゃんに言われた通りに『ゆっくり』を意識したんですけど、上手くいかなかったみたいですねー。
うむむむ……自分としては結構いい感じにゆっくりになれていたと思ったのですが、なかなか難しいものです。
日本にいた頃に動画で何度か見たので結構自信があったんですけどねー。
……あっ! もしかして、冒頭部分でちょっとした寸劇みたいなのを入れた方が再現度がアップしてよかったかもしれません。
私とした事が、しくじりましたか〜……。
「失敗したからってそんなにがっかりしなくてもいいわ。気を取り直してもう1回試してみて」
そ、そうですね。私自身でも自分が1回で成功するとは思ってませんでしたし、もう1回でも2回でも、それでもダメなら10回でもチャレンジです!
「……聞こえないわ」
うう……10回チャレンジしたけど全部失敗してしまいました……。
こういうのって普通は10連セットでやればラスト1回は最低保証で成功するものじゃないんですか?
それともやはり課金しないとダメなのでしょうか?
「うーん、鈴が言葉を送ろうとしてる意思みたいなのだけは伝わって来るんだけど、肝心のメッセージは聞こえないのよね」
やはり無計画にただチャレンジしまくるだけではダメなのでしょうか?
んー、ここは発想を変えてみましょう。
精霊語だからといって難しく考えないで、普通の日本語の会話だったらと考えてみましょう。
もし、普通にお話ししていて私の声が相手に届かなかったらどうするのか、と考えると……
単純で当たり前な手段になっちゃいますけど、大きな声で喋るというのが普通の対策な気がします。
稲穂ちゃんが言っていた慎重にゆっくりと言うアドバイスとは少し違う感じになってしまいそうですけど、ダメ元で一応試してみましょうか。
それでは……芸人さん並みの元気な挨拶、いってみましょう!
こーんにーちはー!!
「あ、今の……。声はやっぱり聞こえてないけど、言葉を送ろうとする意思みたいのはさっきよりも強く感じたわ」
おお! 一歩前進ですか?
ふむふむ、どうやら方向性は間違っていないようですね。ではこの勢いに乗って、芸人さんの登場時の挨拶10連発です!
元気よく、行っきますよー!!
「……駄目みたいね」
……芸人さんの挨拶10連発、全て不発でフィニッシュです……。しょぼん。
ゲッツ! と言ったときには、
「なんでゲッツしてるのよ」ってツッコミを言われたので声が届いたと喜んでいたのですが、どうやらジェスチャーで伝わっただけだったようです。
仕方ありません、もう一度考え直してみましょう。
お話しをしていて声が届かない時どうするか。
大声で話すというのは今やってみたので、それ以外となると〜……。
ふむ……次は、『すぐ近くで喋る』というのはどうでしょうか?
今も結構近くにいますがそれでも伝わっていないので、もっともっと密着する感じで……よし、こんな感じでどうですか?
私は稲穂ちゃんを、胸元でぎゅっと抱きしめて話しかけました。
どうですかー、稲穂ちゃん、私の声が聞こえますかー?
んー……もっと強くぎゅーっとした方がいいですかねー?
はい、ぎゅーっ。
「うぼっ!」
おや? 稲穂ちゃん、どうかしましたか?
なんか世紀末のモヒカン男が秘孔を突かれた時のような声が聞こえた気が……。
「……大丈夫。この体なら鼻血は出ないからギリギリセーフよ」
ん? 鼻血?
「いいえ、何でもないから気にしないで。それよりも今のは少し鈴の声が聞こえた気がしたわ。ねえ、もう1度やってみて」
ほ、本当ですか?
「精霊語は嘘がつけないって知ってるでしょ? 本当に少し聞こえたのよ。
だからお願い、もう1度抱きしめてみて。さっきより強くてもいいわ。
ああ、勘違いしないでね。これはあくまでも表向きには鈴が精霊語を習得するために言っているだけで本当は単に私が鈴に抱きしめて欲しいだけ、なんて理由は8割くらいしかないわ」
あ、はい、わかりましたー。
……ん? 『表向きには』? 『8割くらい』?
気のせいですかね? なんだかちょっと変なことを言ってるような……。
「いいから早く! ほら! ぎゅーっとしなさい!」
はっ、はい! 今、やります!
私は稲穂ちゃんをもう1度胸元に強く抱きしめました。
はい、ぎゅーっ。
どうですか? 私の声は聞こえますかー? んー、もう少し強く……あっ!?
突然の事でした。
電光石火のスピードで動き出したちくわちゃんが、私が抱きしめていた稲穂ちゃんをガシィっと掴んで奪い取ると、そのまま華麗に放り投げました。
重力から解き放たれた稲穂ちゃんは綺麗な放物線を描いて宙を舞い、木陰に置いてあった洗濯カゴの中へスッポリとIN。
なんと見事な3ポイントシュート。
もしもこれがバスケ漫画だったらページ全体を見開きで使って描かれる名シーンとなることでしょう。
ただ、問題があるとすればこれはバスケ漫画ではなく、飛んで行ったのもボールではなくて稲穂ちゃんであるということでしょう。
大丈夫ですか!? 稲穂ちゃん、どこか欠けたりしてませんか?
ピューっと飛んでいって稲穂ちゃんの様子を見てくれたペルルちゃんが、
「大丈夫よー。傷1つないわ」
と教えてくれたことで私はホッと胸を撫で下ろしました。
ちくわちゃん、乱暴はいけません!
流石にこれは一言注意するべきだ! ……と思ったのですが、次の瞬間ちくわちゃんがガバチョーっ! っと抱きついてきたので、私は驚いて怒るタイミングを見失ってしまいました。
ちょっ……どうしました? ちくわちゃん。
引きはがそうとしてもちくわちゃんは驚きの吸着力で張りついていて、私から離れてくれません。
おや? こんな光景……どこかで見た事があるような……
あっ、思い出しました。日本にいた頃に見たペット動画です。
飼い主がペットのワンちゃんのそばでぬいぐるみを撫でていたら、やきもちを焼いたワンちゃんがぬいぐるみに噛み付いて吹っ飛ばした後、飼い主に抱きついて甘えまくるってやつです。
ちくわちゃんって子犬っぽい所がありますし、さっき私が稲穂ちゃんを抱きしめていたのを見てやきもちを焼いてしまったのかもしれません。
稲穂ちゃんを3ポイントシュートした事はしっかり叱るべきですけど、これは私も反省するべきですね。
稲穂ちゃんとは久々に再会した嬉しさもありますし、精霊語のお勉強という理由もあるのでつい稲穂ちゃんばかりとお話ししていました。
するとその通訳のためにペルルちゃんもずっと私と稲穂ちゃんの間にいる事になります。
そうなると自然とちくわちゃんは独りぼっちになってしまいますよね。
4人グループの中で1人だけ放置されたら、それはちくわちゃんだってやきもちを焼いて焼きちくわになってしまっても当然です。
私はそれをもっとちゃんと考えるべきでした。うぅ……自分が許せません。
私が自分を責めていると、洗濯カゴの中から
「おのれ……許せない……ちくしょう」
と言う稲穂ちゃんの声が聞こえてきました。
きっと稲穂ちゃんもちくわちゃんを悲しませてしまった己が許せないのでしょう。
……よし。なんだかんだで精霊語のお勉強も結構な時間やっていましたし、ここら辺で休憩も兼ねてちくわちゃんと遊びましょうか。
うーん、何をして遊びましょうかねー?
稲穂ちゃんもさっきから、
「なにをしてあげようかしら?」とか「たっぷりと楽しませてあげないと……」とかブツブツと呟いているので、きっと何か楽しい遊びを考えてくれているのでしょう。
頼りになりますねー。
「……とりあえず、ひもで木の枝にでも縛りつけてブラブラと揺らしておきましょうか」
稲穂ちゃんがそう呟きました。
なるほど! それ、採用です!
私達は稲穂ちゃんのアイデアに従って、庭の木の枝にブランコを作りました。
私は手先が不器用なので物作りは苦手ですけど、原材料が100%植物製の物なら自分の枝や葉っぱを伸ばすときの応用で形を整えたり補強したりくらいはできますし、細かい部分はペルルちゃんが仕上げてくれたのでどうにかなりましたよ。
完成したブランコに乗せて、私がその後ろから押してあげると、ちくわちゃんは笑顔で楽しんでくれているようです。
いや〜、ブランコって誰でも遊べる定番の遊具ですけど、今まで自分で作ろうとは思いませんでした。盲点でしたねー。
そこに気づくとは流石は稲穂ちゃんです!
私は稲穂ちゃんに向けてグッと親指を立てました。
「………………」
稲穂ちゃんは何か言いたそうな雰囲気ですが、無言のままです。
……なんとなくですが、呆れているような、何か諦めているような雰囲気が感じられます。
きっと完璧主義の稲穂ちゃんからすればこのブランコの出来はイマイチで言いたい事もあるのを、妥協して黙っていてくれているのでしょうねー。うんうん。
私達はそのままご飯の時間までブランコで遊びました。
その後、まだ満足していなかったちくわちゃんが、ご飯を食べてすぐにまたブランコに乗った結果、酔ってダウンしてしまったり、それを治してあげるためにレモンを創って食べさせてあげたりと色々あって、気がつくともう夕方でした。
……もうこんな時間ですか。
稲穂ちゃんを抱きしめながらの精霊語はちょっと手応えがあったみたいなので、もう1度確かめてみたいんですが、今から始めてもすぐ晩御飯の時間になっちゃいそうですね。
確かめるのは夜になってちくわちゃんが寝てからにしましょうか。
先日、この作品にレビューを頂きました。
初めてのことなので凄く驚きましたが、とても嬉しかったです。
ありがとうございます。