後日談 17話 友情の熱い握手からの意地の張り合い
相変わらずお待たせしてしまってすみません。
どうもこんにちは、モーリンです。
稲穂ちゃんと会えたのが嬉しくって、つい稲穂ちゃんを胸に抱きしめたままゴロゴロと転がり回ったりしていたのですが、ふと気がつくとちくわちゃんがすぐそばに立っていました。
ちくわちゃんはまるで怪しい人を見つけた番犬みたいに、今にも吠えだしそうな顔で稲穂ちゃんの事を睨んでいます。
落ち着いてくださいよ、ちくわちゃん。心配しなくとも稲穂ちゃんは怪しい人ではありませんよ?
あっ、そもそも人ではなくて漬物石ですけどね。
しばらくして、ちくわちゃんも稲穂ちゃんが人畜無害でナイスでクールな漬物石だとわかったのか、握手を求めるようにスッと手を伸ばしました。
きっと稲穂ちゃんとはじめましてのご挨拶をしようと思っているのでしょう。
これが2人の友情の始まりのシーンとなるんですね。素敵ですねー。
2人ともとっても優しくて良い子ですから、きっと気が合って仲良しになれるはずです!
そう思って微笑ましい気分で見ていたら、ちくわちゃんは稲穂ちゃんを『ぐわしっ!』っと、豪快に鷲掴みしました。
……おや? はじめましての挨拶にしてはワイルドですねー。
もっとほのぼのした感じの出会いになると思っていたんですけど、なんだか思っていたのとは違う感じの空気になっている気がします。
まさか初対面でこんな雰囲気になるなんて、これは……もしかして、この2人って私が思っていたよりも……
とっても相性が良いみたいですねー!
まるで睨み合うかのように真剣にお互いを見つめ合う視線。
そしてちくわちゃんが稲穂ちゃんを握りしめる手の、このギリギリと音がしそうなほどの力強さ。
これはあれですよね? バトル漫画とかでお互いを認め合った2人が真剣な顔でガシッと力強く握手を交わして、
『フッ、俺の背中は預けたぜ……相棒』とか言うシーンですよね?
今の稲穂ちゃんの体には手が無いので、握手というよりちくわちゃんが稲穂ちゃんにアイアンクローで攻撃しているようにも見えるかもしれませんけど、あれはきっとラブ&ピースの精神に溢れた熱い握手です。
だって2人の間には他人が入り込みづらいようなビリビリした雰囲気がフィールドのように展開されていますからね。
きっとこれが噂に聞いたことがある『ラブラブ空間』というやつなのでしょう。
2人の友達である私にはわかりますよ。ええ、私の目は節穴ではありません。
「#2gM@たd5」
あっ、ほらほら、今、ちくわちゃんがニヤリって感じのニヒルな笑顔を浮かべながら何か呟きましたよ?
これって今まさに『フッ、俺の背中は預けたぜ…』って感じのセリフを言ったんだと思います。 うわぁ、胸が熱くなる展開ですねー。
2人とも最初からこんなに仲良くなってしまうなんて共通の友達として嬉しいですけど、ちょっとだけヤキモチを焼いてしまいそうですよ〜。
「……ちょっと、リン。あの2人、放っておいて大丈夫? 間に入ってなんとかした方がいいんじゃないの?」
おや? ぺルルちゃんが心配そうな顔で私に耳打ちしました。
んー、2人ともこんなに良いムードだというのに、ぺルルちゃんは何をそんなに心配しているのでしょうか?
……あっ、なるほど! わかりましたよ! ぺルルちゃんはきっと2人が仲良しになり過ぎて相棒ポジションになったら、余った私がボッチになってしまうんじゃないかと心配してくれているんですね?
相変わらず気遣いのできる優しい妖精さんですねー、ぺルルちゃんは。
「リン……あんた、なんか嬉しそうに見えるんだけど、本当にあの2人の様子を理解してる?」
ちゃんと理解してますよ。とっても楽しそうですねー!
イナホ&チクワ・ワキアイアイ!
「和気藹々!? どうしたらあの光景を見てそんな平和なワードが出てくるのよ? どちらかというと戦々恐々とか一触即発とかの方が似合っているわ!
それどころか今後の展開次第では死屍累々、阿鼻叫喚あたりもあり得るわ!」
おおっ! ぺルルちゃんは四字熟語も詳しいんですねー! 日本人じゃないのに凄いです。
パチパチパチ。
「いや、パチパチパチじゃないわよ。どうしてここで拍手しようという発想に至ったのかは全く分からないけど……とりあえずアンタにはあの2人の間のヤバい空気が見えていないってことだけは理解したわ」
ぺルルちゃんは『あちゃー』って感じにおデコに手を当てて天を仰いで、首を小さく横にフルフルと振りました。
ふむふむ。絵に描いたような見事な『あちゃー』のリアクションですねー。
そのままネットゲームで『あちゃー』という名前のエモートアクションに採用できそうな動きです。
多分220円くらいの課金で追加ダウンロードするタイプのエモートですね。ほら、複数セットで買ったら少し値段がお得になるやつです。
「とにかく私は安全圏に避難させてもらうわよ。巻き込まれたらたまったものじゃないし」
そう言うとぺルルちゃんはロケット花火みたいな勢いでピューっと飛んで行くと、ちくわちゃんの家の屋根ね隅にちょこんと座りました。
んー……なんでわざわざそんな遠くに行って見ているんでしょうか?
あっ! わかりましたよ!
世の中には同性の友達同士が仲良くしている場面を遠くから静かに眺めているのが好きだという人がいると聞いた事があります。
実はぺルルちゃんはそのタイプだったんですね? 知りませんでしたよ。
ですが、見ているだけで良いという人の気持ちもちょっと理解できますね。
確かに仲良しコンビというものは、こうして見ているだけで幸せな気持ちになりますからねー。
私が改めて稲穂ちゃんとちくわちゃんの様子を眺めてみると、あれから結構な時間が経ったというのに2人は未だに情熱的な握手を続けていました。
周囲に広がるラブラブオーラも、さっきより濃くなっているようです。
んー、2人は本当に仲良しさんですねー。素晴らしいです!
仲良き事は美しきかな、っというやつですねー。うんうん。
私は嬉しくなって、コクコクと頷きながら2人が握手をやめるまでずっと見守っていました。
ーーー フリージア視点
私の目の前では、モーリンが幸せそうにあの石を抱きしめている。
むぅ……。見ているだけで寂しくなるし、胸がムカムカしてくる。
だけどモーリンが嬉しそうにしているんだから、邪魔しないようにしなきゃ。
……今すぐにでもモーリンと石の間に割って入って、怒りに任せてあの石をガシッと鷲掴みにして持ち上げて,力いっぱい地面に叩きつけてやりたい。
心の中ではそう思っているんだけど、そんな事をしちゃダメだよね。
我慢して離れた所からそっと見守ろう。
そう自分に言い聞かせながら、私はモーリンと石の間に割って入って怒りに任せて石をガシッと鷲掴みにして持ち上げた。
……あ、あれ!? やらないつもりだったのに、つい体が勝手に……!
早く手を離さないと、地面に叩きつける所まで無意識にやっちゃいそうな気がする。
もしそれでこの石が割れたりしたら、モーリンが悲しんじゃうよね。
石が割れるのは構わないけどモーリンが悲しむのは絶対にイヤだから叩きつけるのはやめておこうかな。
むぅ……でもこの石、見ていてすごく癪に触るんだよね……。
私はもう一度石をしっかりと見た。
……なんか視線が合った気がする……。
相手は石だから目玉なんて無いんだけど、それでもこっちを見てるってハッキリとわかる。
間違い無い。コイツはハッキリした自分の意思を持っている。
むぅ……意思があるなんて、コイツはただの石じゃないな?
わかった! きっと私からモーリンを奪おうとする悪魔だね!?
私にとってモーリンは世界と同じだ。つまりモーリンを奪うっていうのは世界を奪うのと同じこと。
ということは、コイツは世界を狙う魔王みたいなものって事だよね?
むぅ! おのれ、邪悪な魔王め! モーリンに代わって私が退治してやるぞ!
この石が割れたらモーリンは悲しむかも知れないけど、世界の平和のためなんだからきっと最後にはモーリンもわかってくれるはずだ。
そうと決まれば早速……。 砕け散れぇぇっ!!
私は石を地面に叩きつけるために、頭の高さまで持ち上げようとして手に力を込めた。
……するとその次の瞬間、石が強い魔力を発し始めて…… むぅっ!? 重いっ!!
なんかわからないけど、石が急に重たくなった!
びっくりして1度石から手を離しかけたけど、気合を入れて改めて石を持ち上げ直す。
この、急に重くなったヤツって、きっとコイツの魔法なんだ。私に手を離させようとして体を重くしているんだね。
むぅ……。だったら手は離さないよ! この石の思い通りになんてなってやらない!
勝負だっ! 石っころ!
私が意地でも手を離さないって事に気づいたのか、石は更に重くなった。
ぐぬぬっ! お、重い! これはもう片手で持てる重さじゃない!
……でも苦戦していると思われたら癪だから、意地でも片手で持ち続けてやる!
私は実戦の時くらいの魔力を使って体を強化した。
ここまで本気で強化したら、モーリン以外には負ける気はしないよ!
身体強化のおかげで、少し余裕が出てきた。
……行ける! 重い事は重いけど、今の私ならどうにかなる!
どうだ、石ころ! これが私の力だよ! 参ったか!
私は勝利を確信してニヤリと微笑んだ。
……意識して、普段よりも意地悪そうな笑顔を浮かべてやった。
すると、そこで空気が変わった。
むぅっ!? もっと重くなった!? さっきのが限界じゃなかったの!?
な、なんの……まだまだぁ! こっちも更に身体強化だ!
私は自分で操作しきれる魔力の全てを使って身体強化をした。
だけど……重いっ……重すぎる……。
腕はプルプルするし、頭がキーンってして、なんだか血管が切れそう。
それに、流石に気のせいだとは思うけど、なんか重さで足が少しずつ地面にめり込んで行ってる気がする……。
もう限界が近い。
だけど絶対コイツには苦しんでるなんて思われたくないから、私はまだまだ余裕のあるフリを続けた。
「……ふふん。これで限界なの?」
私は笑顔を浮かべながらそんな言葉を言って挑発した。
もちろん痩せ我慢だ。本当は腕の筋肉が切れそうなくらい痛いし、おデコと背中はあぶら汗が滲んでベタベタしてる。
……でも私は気づいている。石から感じる魔力もだんだん不安定になっているって。
きっとコイツも限界が近いはず!
むぅぅぅ……早く負けを認めて諦めろっ!
「おっ……おい! 待て! そこまでだ!」
後ろから焦ったような声が割り込んで来た。
アウグスト君だ。
「むぅ……なに? 今はあんまり余裕無いから、用事なら早く言ってほしい……」
「周りを見てみろ! お前とその石の魔力がぶつかり合って物騒な空気が渦巻いてるぞ! 景色が陽炎みたいに歪んでやがるし!
そろそろ街にいる警備兵か冒険者辺りが気づいて騒ぎになりかねないから抑えてくれ!
……それと、シンプルに近くで見ている俺が怖い!」
アウグスト君は本当に困ったような顔をしている。
むぅ……もうすぐ勝負が着くところだったのに……。
でも、アウグスト君にはお世話になってるし、アウグスト君がやめてほしいというなら仕方ない。この辺でやめておこう。
私はゆっくりと石から手を離した。
これで石が自分の重さで地面に埋まったりしたら面白かったんだけど、石も私が手を離した瞬間に重さを戻したみたいで、地面にめり込んだりはしなかった。
ちょっと残念。
むぅ……今回は引き分けか。
まあ私は最後まで片手で戦っていたし、両手を使えばもっと余裕があったはずだ。
このまま続けていたら、多分、きっと、絶対に私が勝っていたはずだけど、アウグスト君に免じてやめてあげたんだ。
ほ、本当だよ? その気になれば私はいつでも勝てたんだよ?
それを引き分けにしてあげたんだから、この石は私に感謝するべきだね。
でも、退いてあげるのは今回だけだよ。
次はどっちが上かハッキリさせてやるから、覚悟しておけ! この石っころめ!
ーーー セリーナ視点
私は今、エルフらしき女の子に鷲掴みにされている。
いきなり随分な歓迎だけど、この子は誰かしら?
……ああ、そういえばオベロン君とか馬車で出会ったあの精霊の女の子とかに鈴の近況を聞いた時に、話の中で何度か登場していたエルフの女の子がいたわね。
鈴の巫女であり、友達であり、おそらくこの世界では鈴に一番近い場所にいるであろう少女。
話で聞いていたのと特徴が一致するし、きっとこの子の事なのね。
鈴と仲が良いっていう話だったし、私が鈴に抱きしめられたりしてるのが気に入らないのかしら?
でも今の私は石よ? 石に嫉妬するなんてちょっと心が狭くない?
もしかして私に人間の魂があるって事を、この短時間で見破った?
それとも石にまで嫉妬する重度のヤンデレ?
……どっちにしても油断できないわね。……警戒するべき方向性は違うけど、どっちも危険だわ。
身の危険を感じるし、どうにかこの手を離してもらいたいんだけど、どうすればいいかしらね……?
鈴が仲裁してくれる展開を期待してチラリと視線を鈴の方へ移してみたけど、鈴はアイアンクローされている私を見ても、何故か微笑ましいシーンでも見るみたいに機嫌良さそうにしていた。
もしかして鈴には私とこの子が仲良くふざけ合ってるようにでも見えてるんじゃないかしら?
……うん、思考が平和ボケしている鈴のことだから、あり得るわね。
これが本当にそんな平和的なシーンなら良かったんだけど明らかな敵意をビリビリ感じるし、このまま穏便には行かなそうだわ。
まさか初対面、しかも鈴本人が見ている前で物理的に攻撃してくるほど狂暴ではないと思うんだけど……。
……して来ないわよね? 攻撃。
様子を伺っていると、エルフの少女はギラリと目を邪悪に光らせて私を持つ手にグッと力を込めた。
……こ、このクソガキっ……やる気だ! 思ってた以上に狂暴だったか!
遠くに投げ捨てる気? それとも地面に叩きつけるつもりかしら?
でも、そう簡単にはやらせないわよ!
私は咄嗟に魔法で体を重くした。
私の得意の……というか、ほぼ唯一の自衛手段だ。
手の中で突然重さを増した私に驚いたのか、少女はギョッと目を丸くした。
どう? 重いでしょう? 女の子が簡単に持ち上げられる重さではないはずよ。
私は持ち上げられたことに抵抗しているだけで、別に怪我をさせたい訳じゃない。
前に盗賊の足を押し潰した時みたいなことになったら大変だから早めに諦めて手を離してほしいと思っている。でも彼女は私を降ろそうしなかった。
意地っ張りなのね。 ……仕方ない、もっと重さを増やすか。怪我する前に諦めてくれればいいけど。
私は意識を集中し、魔法で更に自分の体を重くした。そろそろ盗賊の足を潰した時に近い重さになっているはずだ。
成人男性で、しかも盗賊をやっているような荒くれ者でも苦しんだほどの重さだし、これで流石に諦めるだろう。
……そう思っていたのに、なんと彼女はまだ片手で私を持ち上げたままだった。
う、嘘でしょ!? この子、いったいどんな腕力してるのよ!?
私の動揺を見透かしたのか、彼女は勝ち誇るようにニヤリと笑って見せた。
その挑戦的な笑顔を見た瞬間、何故か突然、鈴に見せてもらった漫画やゲームで見た幾つかのシーンが脳裏に過り……そしてとても納得した。
ああ、そういえばこういうファンタジーの世界ってのは大抵『魔王』って存在が居るのよね。
……つまり、この子が私にとっての魔王って訳か。
OK、やってやろうじゃない。もう遠慮はしないわ。
私は更に魔力を高めて、どんどん体を重くしていく。
……ふう。こんなに魔力を消費したのは初めてだわ。今の私は何kgくらいになってるのかしら?
具体的な数値は分からないけど、体感的には盗賊の足を潰した時と比べたら多分2倍くらいまで重くなってると思うんだけど。
……なのになんでこの子はまだ私を片手で持っているわけ? どうなってるのよ、あり得ないでしょ……。
困ったわね、これ以上の魔力は上手く制御できるか自信が無いわ。
多分もう少し重くなれるとは思うんだけど……でも、制御をミスって変な事故が発生したりしないかしら?
何せ魔法についての知識なんてこの世界に来てからちょっと教わっただけだから、どの程度まで無理して大丈夫な物なのかが判断つかないわ。
このままこの子に勝ちを譲るのも癪だけど、かと言ってせっかく鈴に会えたばかりなのに無茶をして事故でも起こしたら馬鹿馬鹿しい。
退くべきか退かざるべきか……。
お互いにお互いの余力を探るようなにらみ合いがしばらく続いたけど、結局この戦いは中断されることになった。
私をここまで馬車で運んでくれた、あのワイルド系のおじさんが仲裁に入ったからだ。
私は第三者が仲裁してくれているのにケンカを続けるほど血の気は多くない。
あの少女の方はちょっと血の気が多そうだから、もしかしたら止まらないかも知れないと思ったけど、意外と素直に引き下がってくれたみたい。
今回の戦いは引き分けね。 そう、今回は。
彼女の雰囲気を見れば分かる。彼女はまだ私への対抗心を持っている。いや、むしろここで勝負がつかなかったことで、より強く対抗心に火が着いたはず。
……だって私がそうだから。
意地の張り合いなんて不毛だと言いたいところだけど、鈴の事に関してだけは譲る気は無い。
今回は引き分けにしておくけど、次は勝つわ。
覚悟なさいよ、このクソガキが。