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ウッディライフ! ~ この木なんの木? 私です ~  作者: 鷹山 涼
番外編&後日談ですよ まだやりたい事がありますから。
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ストーンライフ! 7.5話 アウグスト、積み荷を受け取る

前半はセリーナを運搬している荷馬車の主視点。後半はアウグスト視点です。

 私の名はバダン。王都で荷馬車を使った運送業を営んでいる者だ。

 今回は花園の民と呼ばれるエルフの代表・コランバイン様が商人ギルドのアウグスト様に宛てた荷物を届ける最中である。


 アウグスト様は少し前までは王都に住んでいらしたが、今は新たな街に拠点を移し、その地の開発に尽力されているらしい。

 なのでその街まで荷物を運ぶのが我々の今回の仕事だ。


 コランバイン様もアウグスト様も、王都周辺で商売をする人間なら誰もが1度は名前を耳にした事があるような大物だ。

 本来なら私程度が関われるような仕事では無いのだが、いつもコランバイン様が贔屓にしている運送屋が予定が合わずに手配できなかったため、代わりとして私にこの仕事が回って来たのだ。


 今回の仕事を達成すれば、コランバイン様やアウグスト様とのつながりができるかもしれない。何としても上手くやらなくては!

 私も私の部下たちも、どうにかこのチャンスを掴もうと気合いを入れて仕事に取りかかった。


 ……だが、そんな気持ちが裏目に出てしまった。普段通りの仕事をしていれば良かったものを、いつも以上の結果を出そうと無茶をした。

 ……その結果がこれだ。

 


 私の視線の先では、我々が届けるべき大切な荷物が馬車の荷台の上でひっくり返ってしまっている。

 価値の高いものは柔らかい布にくるんでから木箱に入れてあるので中身は無事かもしれないが、少なくとも奥で倒れている酒樽はダメだ。

 すっかり中身がこぼれてしまっているようで馬車の中はびっしょりと濡れ、辺りは酒の匂いで満ちている。


 更には荷物だけではなく、馬車もボロボロだ。

 車輪、あるいは車体そのものが歪んでしまったのか、動かす度にキィキィと耳障りな音を立てながら酷く揺れ、真っ直ぐ走らせることも難しい。

 これではいつ動かなくなってしまっても不思議は無いだろう。


 何故こんなことになってしまったのかと言うと、私が犯した1つの選択ミスのせいだ。



 それはある山に差し掛かった時だった。

 目的地はその山の先だが、馬車で険しい山道を進むのは危険だ。迂回して安全な平地を進むのが普通だろう。私も普段ならそうしたはずだ。

 だがこの時の私は少しでも早く荷物を届けてコランバイン様とアウグスト様に自分の仕事をアピールしよう! ……などと馬鹿な事を考えてしまい、そのまま真っ直ぐ山を抜けることにしたのだ。


 本来は大型の馬車が通る事など想定していないであろう荒い山道を無理に進んでいるせいで馬の疲労は大きく、移動ペースもどんどん遅くなってしまい、結局は山を抜ける前に日が落ちて、山中で夜営をすることになってしまった。


 自分の選択が間違っていたと気づいて後悔しながら寝床に着いた私に、追い討ちを掛けるように更なるトラブルが襲いかかって来た。

 なんと、盗賊が襲撃して来たのだ。


 馬車に侵入してきた盗賊が、積み荷から転げ落ちた石に足を潰されて勝手に動けなくなるという幸運があった事、そして護衛の活躍もあったお陰で我々はほぼ無傷で逃げ切る事ができたのだが、逃げるために険しい山道を無理やり全速力で駆け抜けたせいで馬車は損傷し、積み荷も崩れてしまったのだ。

 


 私は、倒れて空っぽになってしまった酒樽に、改めて視線を向ける。

 コランバイン様がアウグスト様に個人的に送った酒なのだ。どれほどの物なのだろうか? 果たして私に弁償できる金額なのか?

 積み荷の弁償に掛かる金額、そして依頼失敗によって失うであろう運送屋としての信頼……それを考えると目の前が真っ暗になる気分だ。

 だが、どう足掻いてももう失敗してしまった事実は変わらない。せめて無事な荷物だけでも届けなくてはいけない。

 とはいえ目的地に向かうにしても馬車がこれでは移動も儘ならない。

 絶望的だ。だがなんとかしなくては。 

  


 私は懐から地図を出して確認してみる。……うむ、ここから目的の街に向かう途中に小さな村があるようだ。もしかするとそこで代わりの馬車が手に入るかも知れない。

 どうにかその村まで向かうとしよう。……頼むぞ、馬車よ。なんとかその村までは耐えてくれよ。




 それからしばらく壊れかけの馬車で移動を続け、どうにか村にたどり着いた我々だったが、代わりの馬車を手に入れることはできなかった。

 なんでもこの村に馬車は1台しか無いらしく、その1台も他の村まで農作物を売りに行く時などのためにどうしても必要なものなので、我々に売るわけにはいかないというのだ。


 農作物の取引はこのような農村にとっては唯一と言っていいほどに限られた現金収入の手段であり、命綱といってもいい物だ。

 そのために必要な馬車だというならば、どれだけ頼んでも手放しはしないだろう。

 

 だが、馬車を用意できないなら、我々はこれからどうすればいいのだろうか……。 ううむ……。



 「……仕方がない。アウグスト様の所に行って事情を説明して、この村まで馬車を出して荷物の回収をしてくれるように頼もう。 

 受け取り先であるアウグスト様に我々の失敗の尻拭いをしていただくなんて恥知らずにも程があるが、このまま荷物を渡すことすらできないよりはマシだ」



 話し合った結果、護衛担当の部下に街まで行ってもらう事に決まった。

 本当なら責任者である私が行って頭を下げて頼み込むのが筋なのだが、我々の中では彼ずば抜けて馬術に長けている。

 彼1人に任せたほうが間違いなく早く、そして確実に街まで行けるはずだ。


 私は急いで手紙を書くと、それを部下に持たせて送り出した。





 ーーーー 2日後・アウグスト視点




 「……ほう。なるほどな」

 

 俺は手渡された手紙を読み終えると、目の前にいる青年を見つめる。

 運送屋の使いだと名乗ったその青年は、見るからに疲労がにじみ出た顔色をしながらもキチッと直立不動で俺の返事を待っている。


 「事情は理解した。隣の村だな? 幸い今は他に急ぎの予定は無いから、すぐに向かうとしよう」


 「えっ? あ……ありがとうございます。で、ですがアウグスト様自らがですか?」


 「ん? ああ、その方が手っ取り早いからな。……なにか問題あるか?」


 「い、いえ! では私が案内を……」 


 そう言って俺を先導しようとする青年を俺は止めた。


 「いや、結構だ。あの村なら何度も立ち寄った事がある。案内は必要無いからあんたはこの街で休んでいろ」

 

 「い……いえ、そういう訳には……!」



 おいおい、なかなかに頑固だなあ、そんなに俺を村まで案内したいのか。

 まあ、依頼の荷物を持ってこれなかった責任を感じているんだろうが、聞き分けが悪いのは良くないぜ?

 

 「無理するなよ。アンタ、村からここまでほとんど休憩もしないで飛ばして来たんだろう? 限界直前って顔に書いてあるぜ。

 悪いがそんな状態でついて来られても邪魔なだけだ。宿は用意してやるから大人しく休んでろ」


 俺がそう言うと彼は最初は何かを言い返そうとしたようだったが、今の自分がもう一度村まで行くのは現実的に難しいというのは理解できているんだろう。

 最後には悔しそうにしながらも素直に俺の言うことを聞いて引き下がってくれた。


 「……申し訳ありません。ご厚意に甘えさせて頂きます」


 「おう。じゃあ宿を紹介するからついてきな。……ああ、急な事だから若手の行商人や駆け出し冒険者向けの安宿くらいしか手配できないが文句はいうんじゃねえぞ」


 俺は青年を宿に案内すると、そのまま馬車を用意して街の出入り口へと向かう。

 ……ん? そう言えば俺もそれなりに立場がある人間なわけだし、誰にも言わずに出かけるのは流石にマズいか?

 一応机の上にメモは残してきたんだが、他にも誰かに直接事情を説明しておいたほうがいいよな。


 あ~……っと。その辺に誰か丁度いい奴はいないか?

 キョロキョロと辺りを見回すと、視界の端に見覚えのある丸っこいシルエットが映った。

 おっ、丁度いい奴がいたな。



 「よう、ヒース。こんな時間に会うのは珍しいな。いつもは薬草を調合してるか書類とにらめっこしてるかで部屋に籠ってる時間じゃないか?」


 「ん? アウグストか。今日は予定があってさ。昨日この街に呪いの剣が持ち込まれた問題は知っているよね?

 その犯人である行商人を捕まえたから、その事をモーリン様に報告しに行くところなんだ。あとは剣の処分方法についての相談とかもね。

 このあとムスカリやトレニアとも合流して一緒に行く予定だよ」



 ああ、呪いの剣の話か。行商人が持ち込んだトラブルだから当然俺の耳には入っている。なんでもその剣はモーリン様が回収したとか……

 ああ、だからモーリン様にも報告するのか。普段ならこれくらいのトラブルでわざわざモーリン様に意見を求めたりしないのになんで今回はするのかと思ったが、モーリン様も当事者だからか。だが……

 


 「3人でぞろぞろと行かなくても報告と相談ならお前1人が行けばいいんじゃないか? トレニアはあまり関わってないだろうし、ムスカリは……こう言っちゃアレだが、あまり難しい話は向いてないだろう?」


 「ははっ、ムスカリは街の警備責任者だからね。モーリン様に報告するのは自分だって義務感があるんだと思うよ。

 トレニアは……理由をつけてモーリン様の所に顔を出したいっていうのが本心なんじゃない? 最近は忙しくてあんまりモーリン様と一緒にいる時間が少ないってよくボヤいてたしね」


 「そういう事か、トレニア嬢はモーリン様にゾッコンだからな。……まあモーリン様に惚れ込んでいるのは俺も同じだけどよ」



 そう言えば最近はあまりモーリン様に直接お会いしてないな。

 忙しいっていうのもあるが、俺くらいの年齢になると用事もないのにただ会いたいって理由だけで他人に会いに行ったりはしないからなぁ。

 これがフリージア先輩ならモーリン様に会いたいって理由だけで地獄の果てまででも行っちまいそうだが。



 「アウグストも一緒にモーリン様に会いに行くかい? モーリン様なら用がなくても気軽に会ってくださると思うよ」



 ……俺の気持ちを読んだような事を言いやがるなぁ。ヒースは何かと妙に鋭いから油断できないんだよな。

 まあいい、丁度いい話の流れになってきた事だし、そろそろ本題を話すとしよう。



 「モーリン様へのご挨拶はまた今度になるな。俺は今から野暮用で隣村まで行かなきゃならねえんだ」


 「隣村? あそことは農作物を取引をしてたよね。君が出向くってことは、何かトラブルでもあった?」


 「いや、村との取引に関しては問題ないんだが、別件でちょっとな。

 王都から来る予定だった荷馬車が壊れて立ち往生してるらしくてな。ちょいと俺が馬車を出して引き取りに行って来る」


 「うーん……事情は分かったけど、わざわざ君が直接行かなくても部下を派遣すればいいんじゃないの?」


 「まあ普通はそうなんだが、ほら、この街の商人ギルドはまだ正式に活動開始してないだろう? だからこの街で俺がすぐに動かせる部下って言えば、個人的に雇っているロドルフォたちくらいしかいねえんだ。

 あいつらは2日連続で夜間の魔物退治をやらせた直後だ。更に今から片道で2日ちょい掛かる隣村まで行かせるのは酷だろう?

 それにその荷物ってのは俺宛に送ってくれたものらしくてな。どうせ最終的に俺の手元に来る荷物なら、俺が直接取りに行ったほうが手っ取り早いってもんだ」


 「手っ取り早いかどうかで言うなら確かにその方が早いだろうけどギルドマスターって立場を考えるともう少しドッシリと構えてる方が良いと思うよ? 君はただの行商人って訳じゃないんだからね」

 


 うおっ! コイツ、うちのカミさんみたいな事を言いやがって……反論しにくいじゃねえか!



 「へっ、耳が痛えな。だが世の中は広いんだ。俺みたいなギルドマスターがいてもいいだろう? ……って事でちょいと行ってくる」


 「行ってらっしゃい。君なら魔物や盗賊と遭遇しても大した危険は無さそうだけど……まあ一応気をつけてね」

 


 俺は「おうよ」っと一声だけ答えて、街を出た。




 ーーーー



 馬車を走らせ続けた俺は、翌日の夕方頃に目的の村にたどり着いた。

 俺は行商人として何度かこの村に立ち寄ったことがあるから宿の場所は知っている。そこの家を曲がったすぐ先だ。

 この村に宿屋は1件しかないから運送屋が泊まっている宿はここで間違いないだろう。



 「お~い、失礼するぜ」


 宿の中に向かって声を掛けながら、入り口を開けて顔を覗かせた。

 この宿屋は奥が客室、手前が食堂兼酒場になっているんだが、そのテーブル席で食事をしている客の姿が目に止まった。

 それなりに仕立ての良い服を着た男とその部下らしき男……どちらも村の人間ではなさそうだ。恐らく彼らだろう。

 俺はそちらに向かうと、青年から手渡された手紙を見せながら声をかけた。



 「馬車が壊れた運送屋ってのはアンタらでいいのか? 荷物を受け取りに来たぜ」

 

 「は、はい! 私は王都から運送屋のバダンと申します。我々の不手際でわざわざ足を運んでいただくことになってしまい、申し訳ありません!」


 バダンと名乗った男とその部下は、ぺこぺこと頭を下げた。

 依頼を失敗した自覚はあるのだろう。2人とも申し訳なさそうに縮こまっている。このまま説教をしてもいいんだが、それは依頼主のコランバインに任せるとして、ここはさっさと話を進めよう。



 「お前が使いに出した青年は街で休ませてある。疲れきっていたが怪我なんかはしていなかったから安心しな」


 「そうでしたか。それは安心いたしまし……た……?」


 バダンはホッとしたような表情をしてそう言ったが、言葉の途中で俺の顔を見るてピタリと動きを止めた。


 「あっ……あの……もしや貴方はギルドマスターのアウグスト様、ご本人では?」


 「ん? 俺の顔を知っていたか。確かに俺はアウグストだが、今回は別にギルドマスターとして来た訳じゃないから変に気を遣わなくてもいいぞ」


 「えっ、あっ、はい。か、かしこまりました。……あっ! そ、そうだ! まずはお酒でもいかがですか? 店主! 一番良い酒をこの方にっ……!」


 「おいおい、変に気を使うなって言ってるだろう。酒より先にまずは仕事の話を済ませようぜ」


 「も、申し訳ありません! で、では何をすれば……!?」



 『何をすれば!?』 じゃねえよ。こいつ、明らかに動揺しているな。俺本人が来たのがよほど意外だったようだ。

 おそらく俺が部下を寄越すと思っていたんだろうな。……まあ、普通はそうか。



 「早速だがコランバインからの荷物を引き取りたいんだが、どこにある? すぐに用意できるか?」

 

 「はい! 壊れた馬車に積みっぱなしにするのもどうかと思い、今はこの宿の倉庫を借りて置かせてもらっています」


 「そうか。 おーい、店主。そういう事だから倉庫を開けてもらっていいかい?」


 食堂のカウンターの向こう側にいる店主に尋ねると、店主は頷いて俺を宿の裏にある倉庫へと案内した。




 案内された倉庫は石造りのしっかりとしたものだった。ここが農村である事を考えるとおそらく宿を開業する前は農作物の保存庫か何かだったのだろう。

 店主が懐から取り出した鍵を使って扉を開くと、中には複数の木箱や樽が並んでいる。

 

 「あれか?」


 「はい。無事だった荷物はこれで全てです。……あと2つ酒樽があったのですが、それは壊れて中身が溢れてしまい……申し訳ありません」



 酒か。コランバインが用意した酒ならさぞいい酒だったんだろう。そいつが2樽分も無駄になったとは実に惜しい。クソッ……飲みたかったぜ。


 思わずバダンの事を睨みつけそうになってしまったが、なんとか気を落ち着かせる。

 俺が受け取るはずの酒だったと思うと文句を言いたい気持ちにはなるが、盗賊に襲われたのに被害がそれだけで済んだなら一般的には上々だろう。

 


 「まあ無くなっちまった物は悔やんでもどうにはならんし、とりあえず無事な物だけでも受け取るとしよう。……ちょっと待ってろ」


 俺は一度宿の入口側に戻り、そこに停めておいた俺の馬車を連れて来た。


 「連れて来たぜ。さあ、荷物を積み込むぞ」


 俺とバダン、そしてバダンの部下で荷物を馬車に積み込む。

 今は他の客がいないからという理由で、宿の店主も手伝いを買って出てくれた。

 

 助かるぜ、店主。また今度ここに来たときには礼も兼ねて高い酒と食事を注文するとしよう。


 

 荷物は結構な量だったが、大の男が4人で協力しての作業だ。大した時間も掛からずにほとんどの荷物を積み終わった。


 「後は奥にある食料だけだな」


 食料は、肉や魚の燻製といった物が中心だ。

 輸送する事を考えて日持ちする物にしたというのもあるだろうが、純粋に酒のツマミとして旨いものばかりだから、俺の好みを考えて選んでくれたのだろう。

 

 「ん……この匂いは……」


 燻製の入った樽を積み込み終わり、その奥に残っている最後の樽に近づくと発酵した匂いが鼻についた。

 一瞬腐っているのかとも思ったが……違うな、この匂いは昔、旅先で嗅いだことがある。


 俺は中身を確認する。 ああ、やっぱりそうか、これは漬け物だ。

 この辺りで主流の葉物野菜を酢で漬けた物はなくて、根菜をぬかで漬けてある東の国の漬け物だな。

 独特の匂いがあるし塩気も強いんだが、慣れるとこれがなかなか旨いんだ。


 ……そういえばコランバインに『昔、何度か口にしたことがあってたまに食いたくなるが、この辺りでは手に入らない』って話をしたことがあったから、それを覚えていて取り寄せてくれたのかもしれないな。

 ありがたい。……よし、今度は俺の方からアイツになにか珍しい物を送ってやろう。



 積み込むために樽を持ち上げようとした俺は、改めて樽を見てふと違和感を覚えた。


 「……そういえば、確か漬物ってのは保存のために上に重石を載せておくんじゃなかったか? この樽には何も乗ってないようだが、このままでいいのか?」


 尋ねると、バダンの部下が慌てたように答えた。


 「あっ! すいません! 元々は漬物石が載せてあったのですが馬車から倉庫に移す時に一度どけて、そのまま載せ直すのを忘れていました!」


 「おいおい、しっかりしろよ。……それでその漬物石ってのはどこに置いて……ああ、あったあった。これの事だろう? ほらよっ……と」


 俺は樽のすぐそばに置いてあった石をぬか漬けの上に載せた。

 おっ、サイズも形もこの樽にピッタリだな。やっぱりこの石で間違いなさそうだ。……うん? 今、何か聞こえたような……。



 「おい。今、誰か何か言ったか?」


 「いえ、何も言っていませんが……」


 バダンもバダンの部下も、そして宿の店主も不思議そうに顔を見合わせてから首を横に振った。

 ……誰も何も言ってないのか?

 石をぬか漬けの上に置いた時に、若い女がイヤそうに『うっ……』って唸ったような声が聞こえたような気がしたんだが……

 まあ、皆なにも言っていないようだから俺の気のせいだったんだろう。


 「いや、気のせいならそれでいい。それより荷物は今のぬか漬けで最後か? じゃあ受け取りはこれでは完了ってことだな」



 俺は書類に荷物を受け取った事を証明するサインをしてバダンに渡した。

 これを依頼人のコランバインに見せればコイツらの依頼は終了だ。


 ……酒を2つダメにした上に馬車を故障させ、俺の方から受け取りに出向く事になったという事はしっかりと書いてあるから報酬は減額……それどころか弁償で逆に赤字ってこともあり得るが、そこは諦めてもらおう。失敗したのは事実だからな。


 まあ、必死で俺の元まで手紙を持って来たあの青年に免じて、破産しないで済む程度で勘弁してやるようには一言添えておいてやったから努力すればまだ商売は続けられるだろう。

 その後はお前ら次第だぜ、バダン。



 さぁて、荷物も積み終わったし、そろそろ出発するか。……っと言いたい所だが、すでに日は落ちて辺りは暗くなっている。

 店主に確認すると丁度部屋が1つ空いているようだ。

 それじゃあ今夜はここに泊まることにしようか。今から出発したところでどうせすぐに夜営をする事になるだろうし、それなら明日の早朝から行動したほうがいいだろうしな。

 

 俺は店主に簡単な食事と強めの酒を1杯だけ用意してもらい、それで手早く腹を満たすとベッドに潜り込んですぐに眠りについた。




 ……その夜。俺は変な夢を見た。


 黒髪の異国人風の女性が、ぬか漬けの樽の中に下半身を突っ込んだまま文句を言いたそうなムッとした表情でこっちをジッと見ているという夢だ。 


 翌朝、目を覚ました俺はすぐに馬車へと向かい、ぬか漬けの樽を確認したが、当然そこには黒髪の女なんているはずもなく、ただ漬物石がドンと座っているだけだった。

 ……まあ当たり前だよな、妙に気になる夢ではあったが所詮ただの夢だ。あまり気にしても仕方ないし、そろそろ出発するとしようか。


 

 それからの道程は順調だった。このペースなら明日の夜までには街に帰れそうだ。

 だが、実はさっきから少し気になる事がある。


 この馬車には俺1人しかいないはずなのに、ふとした時に視線や気配を感じるような気がするんだが……ううむ…。

 

 ……いや、人間や魔物が潜んでいるならもっとハッキリした気配を感じているはずだし、きっとなにかの気のせいだろう。

 妙な夢を見たせいで少し神経質になっているのかも知れないな。早いとこ帰って休むとしよう。

 

 俺は馬に鞭を入れ、帰路を急いだ。

 

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