後日談 13話 帰って来た学芸会の木からの4+2
遅くなってすみません。
あと今回は少し長いです。
どうもこんにちは、観葉植物です。
昨日は拾った剣の呪いでデビ~ルモーリンとなってしまって色々と大変でしたが、何とかこうして普通の観葉植物に戻ることができました。
……あっ、いえ、私はあんまり普通の観葉植物ではないかもしれませんが、まあ通常運転の私に戻れたという意味です。
その辺のゴタゴタが切っ掛けになったのかどうなのか自分でもよくはわかりませんが、小さなミカンを実らせることができるくらいには能力が回復したんですよね。
なので今日はお世話になっている皆さんに久しぶりに果物をプレゼントしたいと思っています。
今朝は良いお天気でお日さまも絶好調ですから、きっと果物もよく実ってくれると思うんですよー。
……ですけど、1つ問題があるんですよね。
ちくわちゃんとぺルルちゃんは今ここにいるのですぐにプレゼントできるとして、その他の皆さんがどこにいるかわからないんですよね。
皆さんいつもお仕事で忙しそうにしていますからご自分の家にいる保証もありませんし……
んー、どこに行けば会えますかねー?
こんな時に皆さんの方から勢ぞろいしてこの家まで会いに来てくれたりすれば楽なんですけど、流石にそんな都合の良い事は……
「るfY7uuぐvS@¥」
おや? 扉の外から聞き覚えのある声が聞こえましたねー。
えーっと、この『バキバキに鍛えられた腹筋から発声されてるぜ~?』って感じのマッスルボイスは、多分マッスルさんですよね?
ちくわちゃんが扉を開けると、そこには予想通りマッスルさんが立っていて……おや? その後ろにはぽっちゃり係長さんとセレブお嬢さん、それに若頭さんもいます。 今日は朝から千客万来ですねー。
皆さ~ん、どうもこんにちは、観葉植物です。 ワッサワサ。
私が皆さんに向かってワサワサと枝を振って挨拶すると、皆さんも両腕をワサワサして挨拶を返してくれました。
……若頭さんだけは疲れたような顔をしていますが、やはり強面の男性がワサワサするのは恥ずかしいんでしょうかね?
おや? そういえば若頭さんって、昨日の夜にデビ~ル状態だった私が眠気覚ましの葉っぱを食べさせてしまいましたよね?
……もしかしたらあれから全然眠れていないんじゃないでしょうか?
では疲れたような顔をしているのは私のせいで寝不足だからですか!? うう……それは申し訳ありません。
うむむむむ……若頭さんには何かお詫びをしなくてはいけませんねー。
ですがこのメンバーが一斉に、しかもこんな朝から集まるなんて珍しいですよね。何かあったのでしょうか?
あっ、もしかして天気がいいから遊びに来てくれたんですか? そうだったら凄く嬉しいですねー。
それにしても『皆さんの方から会いに来てくれるとプレゼントしに行く手間が省けるな~』とは考えましたけど、まさか本当にその通りになるとは……タイミングが良すぎてビックリですけど、好都合ではありますよね。
遊びに来てくれた皆さんへのおもてなしの意味も込めて、予定通りに果物を配りましょう。
ということで気合いを入れてレッツトライ! ……っと行きたい所ですが、また勝手に無茶をしてぺルルちゃんに怒られてしまっては困りますし、一度確認をしてからにしましょうか。
私はテーブルの上に座っているぺルルちゃんを蔦でツンツンして合図してから、念話で話しかけました。
ぺルル・ワタシ・ミンナニ・クダモノ・ツクール・OK?
「昨日能力を取り戻したばかりだっていうのに張り切ってるわね。 うーん、見た感じ魔力の調子は悪くなさそうだし大丈夫だと思うけど……」
ぺルルちゃんはすぐには答えずに、少し考えています。……もしかしてダメなんでしょうか?
「ああ、別にダメっていうわけじゃないわ。ただ、せっかく魔力が回復しているんだから、まず体を成長させてみたらどうかと思ったのよ。
多分だけど、今くらいの魔力があるならもう少し大きくなれると思うわ。
本体である木の部分が成長すれば精霊としての力も強くなるはずだから、果物も多く創れるようになるはずよ」
体を成長……ふむふむ、この前盆栽サイズから今のサイズになったときのやつをまたやるということですね。
んー、そうですね。今のままでもここにいる皆さんの分の果物くらいは創れると思いますけど、後々もっと多くの人に果物をお裾分けするためには確かにもう少し体が大きいほうがいいかもしれません。
それに成長できる準備が整っているのにわざと成長しないままでいるというのもなんか怠けているみたいで申し訳ない気分になっちゃいますし、ここは大きくなってみましょうか。
それではまずプランターから出ることにしましょう。入ったまま大きくなったら壊してしまうかもしれませんからね。
すみませーん。どなたか私を引っこ抜いてくれませんかー?
蔦をウニョウニョ動かしていると私が外に出たがっていると気づいてくれたようで、ちくわちゃんが私を引っこ抜いて家の外の地面に植え替えてくれました。
いつもありがとうございます。
おや? 突然プランターから出たから私が何かをしようとしていると気づいたんでしょうか? マッスルさんたちが私をジーっと見ています。
うむむむ……こんなに皆さんに注目されている中で失敗するわけには行きませんね。是非とも成功させなくては。
さあ、それでは始めましょう! レッツ変身~! そいやー!
私は以前の姿……つまりあの『木の着ぐるみを着た人間の姿』をイメージしながら魔力を高めていきました。
……どうせならもっと別の姿を目指したい気持ちもありますけど、残念ながらあの姿の自分が1番イメージしやすいんですよね。
頭の中にイメージがしっかりと固まったら、高めていた魔力をブワァァ! としてギュイインってやったら、私の体がパアアァァッと光り出します。
ふむふむ、いい感じです。よ~し、このままググッと大きくなあれ! 大きくなあれ!
そしてしばらくして光が収まると……おおっ、視界が少し高くなってます! とりあえず大きくなる事には成功したようです!
あとの問題はどこまで成長できたかですね。さあ確認してみましょう。……んー、ちょっと緊張します。
私は視点をぐりんと動かして、正面から自分の姿を見てみました。 うん、やはりこの能力があると鏡が要らなくて便利ですねー。
果たして今の私の姿はどうなって…… おおっ!
今の私は、2メートルくらいの木の幹の真ん中から顔をすっぽりと出した、いわゆる『学芸会の木の役』スタイルになっていました。
ふむふむ、見慣れた姿に戻れましたねー。なんかしっくりと来ます。
身長……というか全長というべきですか? まあとにかくそれはだいたい以前と同じくらいの大きさに戻れたっぽいですし、木の質感や葉っぱの付き具合、そして枝を振った時のワサワサ具合も以前の感覚のままです。
んー、この姿でいたのはそんなに昔のことではないはずなのに、なんだかとても懐かしい気分です。
「モーリン! hTる4#xQv*」
おっとっと……ちくわちゃんが、ガバチョッと抱きついてきました。
私がこの姿になれたことを喜んでくれてるんですねー。私もちくわちゃんが喜んでくれて嬉しいですよ。
「やったわね、リン! 元の大きさまで戻れたじゃない! おめでとう! ……でも体の調子はどう? 負担はかかってない?」
ぺルルちゃんが私の周りをパタパタと飛び回りながら、最初は笑顔で、そして最後は少し心配そうな顔でそう言いました。
体の調子ですか? んー……。
絶好調です! っと言いたいところですが、残念ながらダルい気がしますねー。
いえ、多分魔力は大きくなってると思いますし体も強くなってるんだと思うんですよ? でもなんとなく本調子じゃない感じなんですよね。
例えるなら、『体力MAXの引きこもり』から『徹夜明けのスポーツマン』にジョブチェンジした感じと言えば伝わるでしょうか?
さっきよりパワーアップしている実感はあるんですけど、コンディションはあまり良くない感じです。 なんとも微妙な気分ですねー。
私のそんなモニョモニョした様子に気がついたのか、ぺルルちゃんが改めて確認して来ました。
「調子悪いの? もしも疲れとかがあるなら後にした方がいいとは思うけど……どうする? 予定通りに果物を創る? それとも今度にする?」
心配してくれてありがとうございます。ですがせっかくマッスルさんたちが来てくれたことですし、今ここでプレゼントしておきたいです。
ですから頑張って創ってみますね。あまり無理するのは良くないですけど多分これくらいは大丈夫だと思いますし。
私は果物を創るために、私に抱きついているちくわちゃんに少し離れて貰うように身振り手振りで合図をしてました。
ですけど……おや? ちくわちゃん、全然離れてくれませんねー?
んー、私に甘えてくれるのは嬉しいですし、ちくわちゃんとスキンシップをするのは好きではあるんですけど、今はちょっと離れてもらえませんか?
ほらほら、果物が出来たらあげますから。 ね?
私はできるだけ優しい微笑みを浮かべた表情……っぽい雰囲気の無表情で、ちくわちゃんの頭を軽くぽふぽふと叩きました。
するとちくわちゃんはわかってくれたようで、少しだけ名残惜しそうにしながらも2~3歩ほど後ろに離れてくれました。
……まだ近い気がしますけど、まあ危ない事はないでしょうからこれくらいでいいですよね。 さて、それでは始めましょうか!
んー、創る果物の種類は~……うん、昨日も創りましたけど、ミカンでいいですよね。変わった物にチャレンジしてみたい気持ちはありますけと、それで失敗しちゃっても困りますし。
数はマッスルさんと係長さん、セレブお嬢さん、それに若頭さんの4人ですね。
それと……んー、ちくわちゃんとぺルルちゃんには昨日あげましたけど、やっぱり今日もあげたいですからその2人の分も創るとして4人と2人ですから、つまり4+2で~……7ですね。
それでは7人前のミカンをしっかりと頭の中にイメージして……3、2、1、そいやー!
私は体の中心がポワンとなるまでググッと力を溜めて、それを枝の先に向かってシュワワワワッと送ると、その先でキュイイインと膨らまして、ポポポポーンッて感じでミカンを創り出しました。
うんうん。ちゃんと創れましたねー、良かったです。
さて、それでは早速皆さんに配るとしましょうか。 喜んでくれるといいですねー。
まずはすぐそばにいたちくわちゃんとぺルルちゃんにプレゼントです。
2人とも笑顔で受け取ってくれましたね。 うんうん、喜んでもらえると私も嬉しいです。
さて、次はマッスルさんたちに……おや? 皆さんは少し離れたところに立ったままこっちを見ていますねー。
どうしました? ほらほら、ちゃんと皆さんにも配るので並んでくれませんか?
マッスルさんたちはなにやら驚いたような戸惑ったような顔をしていましたが、ちくわちゃんが何かを言ったらきちっと整列して順番に果物を受け取ってくれました。
はいどうぞー。自分で味見ができないので確信はありませんけど、きっと美味しくできてるはずなので食べてくださいねー。
うんうん、これで皆さんに配り終えましたねー……って、おや? なぜか手元にミカンがまだ1つ残ってますねー?
えっと、私が創ったのは7個で、ここにいる人数は、んー……1人、2人、3人、4人で、ちくわちゃんとぺルルちゃんで……全員で6人。
あれれ? さっきは7人だと思ってたのに…… もしかして私、計算を間違えていましたか?
うむむむ……やらかしました。 算数が苦手な自覚はありましたが、4+2を間違えるというのは流石に恥ずかしいです。
んー……この1つだけ余ったミカン、どうしましょうかねー?
あっ、そうです! 寝不足にさせてしまったお詫びとして、若頭さんに1つ多くあげましょう!
もちろん余り物を渡すだけで謝罪したことにするというのは失礼なので、近いうちに改めてちゃんとしたお詫びはするつもりですが、これはとりあえずの気持ちということで。
私はミカンを若頭さんに渡そうとすると、遠慮をしているのか若頭さんは戸惑ったような表情をしましたが、しばらくすると「fYg5ゆ@c……」と何かを呟きました。
これは……きっと『オレだけ2つもらって良いのか?』とか言っているんでしょうね。
遠慮しなくていいですよー、昨日のお詫びですから。
私はコクコクと頷きながらもう一度ミカンを差し出すと、今度は素直に受け取ってくれました。
これで皆さんにミカンを全て配り終えましたね。 ですけど……んー……ミカンを7つ創っただけにしては結構疲れてしまいましたねー。
余力があれば別の果物も創ってこのまま皆さんに試食会でもしてもらおうと思っていたんですけど、次の機会にしたほうがよさそうですね。
今日渡した人たちの他にもプレゼントしたい相手はまだまだいますし、早めに以前の能力を…… いえ、できれば以前以上の能力を手に入れて、皆さんに美味しい果物をお腹いっぱい食べてもらえるようになりたいですねー。
少しずつですけど確実に能力を取り戻してきていますし、もうすぐできるようになれますよね?
さて、能力の完全復活は気長に待つとして、せっかく皆さんが遊び来てくれているので今日は遊びましょう!
え~っと、なにか大人数で遊べる物はありましたっけ……?
むむむ……こういう時にテレビゲームがあればいいんですけど……ほら、スーパーなヒゲ兄弟がカートでレースするゲームとかを大人数でやれば盛り上がりそうですよね。
ですが、まあ無い物を言っても仕方ないですか。んー、なにか遊べる物は……。
えーと、えーと……
あっ! 若頭さんが帰ってしまいました!? 若頭さん! カムバ~ック!
うう……やってしまいました。 きっと若頭さんは私がなにをして遊ぶか考え込んでいるのを見て、自分が遊びに来たことで変な空気になったとか思って帰ってしまったんだと思います。
私がもっと上手く場を盛り上げていれば、そんな気をつかわせなくても良かったはずのに……!
うぬぬぬ……私はまだまだエンターテイナーとして未熟ですねー。反省して精進しなくては。
ーーーー ロドルフォ視点
オレは昨日から今朝にかけて街の外で魔物狩りした後、フリージアの嬢ちゃんと精霊サマが住んでいる家に向かっていた。
「……だりぃ」
いつもより重たい首をぐるりと回すと、コキンという音が鳴った。
昨日の夜に精霊サマがくれた疲労回復の葉が効いているらしく、徹夜で仕事をした後にしては余力があるが、それでも疲れるものは疲れる。
本当なら酒でも飲んで寝ちまいたいところだったが、仕事の終了を報告しようとギルドに顔を出したところでちょっとしたお使いを頼まれちまった。
さっさと帰りたい気持ちはあったが、精霊サマにちょっとした質問をするだけの楽な仕事だったから、まあいいかと受けてここに来たってわけだ。
「……いや、楽でもねえか。精霊サマはともかくフリージアの嬢ちゃんは下手な魔物より凶暴だしな」
嬢ちゃんにはすっかり嫌われちまってるからなぁ……っと自嘲しながら足を進めると、やがて目的地が見えてきた。
ちょっとした広場ほどの草原の中心に建つ、簡素な小屋だ。
「相変わらずショボい所に住んでるなぁ、立派な神殿があるんだからあっちにでも引っ越せばいいものを。 ……お? アイツらは……」
精霊サマと嬢ちゃんの住む家の前には先客が訪れていた。
ムスカリとヒース、それとトレニアの嬢ちゃんだ。
「おう。お前ら、朝から揃ってどうかしたのか?」
オレが片手を上げながら声をかけると、ムスカリが振り向いて応えた。
「む……ロドルフォか。俺たちは呪いの剣を街に持ち込んだ行商人に関してモーリン様にご報告しようと思ってな。
それよりお前の方こそ何事だ? 普段あまりモーリン様やフリージアに積極的に近づかないお前がここに来るとは」
「ああ、ちょいと精霊サマに質問したいことがあってな」
そう応えると、トレニアが怪訝そうな顔をする。
「お姉様に質問を? ……まさかとは思いますが失礼な内容ではありませんわよね?」
「さて、どうだろうな」
オレはそう言って曖昧な言葉を返した。
別に喧嘩を売るような事をするつもりは無いが、失礼と取られてもおかしくない質問をする予定だからだ。
……考えたら、精霊サマは怒らないだろうが嬢ちゃんは怒りそうだな。 いつ殴りかかられても避けれるように体をほぐしておくか……。
オレがもしもの時に備えて腰や足首を軽く回しているのを尻目に、ムスカリは扉をノックしながら中に声をかけた。
「フリージア、起きているか?」
「兄さん? ……起きてるけど、何の用?」
扉を開けて嬢ちゃんが顔を出した。
嬢ちゃんはここにいる全員の顔を確認するように見回すと、オレの顔を見た瞬間に不機嫌な野良猫のような目つきで睨み付けてきた。
「むぅっ! ロドルフォがいる! 何でいるの!?」
「居たら悪いかよ。用事があるんだから仕方ねえだろうが。ったく、嬢ちゃんは相変わらずオレには冷てぇなあ」
分かってはいたが、歓迎してくれるつもりは無さそうだな。
まあ嬢ちゃんが笑顔でオレを大歓迎してくれたりしたら逆に怖いか。絶対に裏がありそうだ。
苦笑いしながら視線を動かして家の中を見ると、室内にいた精霊サマと目が合った。
うおっ、相変わらず妙な存在感のある目だな……。
精霊サマはこちらに向かって羽ばたくような動きをしてみせた。
それを見てムスカリたちも同じように羽ばたき返す。妙な動きだがこれがこの精霊サマとの挨拶の作法らしい。
おっと、あまりやりたくはねえがオレも挨拶しなくちゃいけねえな。
ワサワサっと。 ……ホラよ、これでいいかい?
羽ばたくときの正しいマナーなんてものは知らねえが、とりあえず嬢ちゃんが殴りかかって来てねえから合格点を貰えたっつうことにしておこう。
「それでみんな何か用なの?」
「ああ、それは……」
ヒースが説明をしかけてから言葉を止め、目配せするようにチラリとオレの方を見た。
ん? ああ、オレの用件を先にしていいって意味か? それじゃあ厚意に甘えさせてもらうぜ。
オレは1歩前へ出てから用件を話し始めた。
「精霊サマにちょいと確認したいことがあるんですがね。 精霊サマ……あんたは体が縮んじまって以来、能力を失っちまったんじゃないかってウワサが一部の連中から出てるんですよ。
オレも昨日、疲労回復の葉を創ってもらったわけだから能力が全く使えないわけじゃないのは知ってますがね、正直どうなんです? 今もちゃんと精霊として十分の能力はあるんですかい?」
オレがそう言った直後、周囲の空気が一気に冷たく重いものに変わった。
おうおう……覚悟はしてたが中々の威圧感だねえ。
「その質問は、現状のモーリン様の能力に疑問を持っている……という意味か?」
「お姉様に対する不敬は見逃せませんわよ」
ムスカリとトレニアは眼光を鋭くしてオレを睨み付け、ヒースはオレの真意を探るように無言で見つめている。
コイツらは怒りながらも冷静だな。 さて、問題の嬢ちゃんの反応は……
「むぅ……! ロドルフォ! それ以上モーリンに無礼な事を言うと……!」
今にも殴りかかって来そうな様子の嬢ちゃんだったが、その時、精霊サマが突然蔦をウニョウニョと動かし始めた。
それを見た嬢ちゃんはオレへの怒りを一旦忘れて精霊サマの方に意識を向けたようだ。
「むぅ……モーリン? なに? その動きは……うーんと、もしかして外に出たいの?」
嬢ちゃんはそう言うと精霊サマをスポッと引き抜いて家の外の土に植え替え始める。
そしてしばらくして土に植えられた精霊サマは、オレたちに見せつけるかのように全身の魔力を高め始めた。
やがて全身から光を放ったかと思うと、次の瞬間には人間の子供が木の幹から顔を出したような、あの見慣れた姿になっていた。
……最近はずっと小さいままだったから大きくなれないものだとばかり思ってたんだが、なろうと思えば、いつでもすぐにその姿になれたってことか。
ぴょんぴょんと飛び回って喜んでいる嬢ちゃんの反応を見る限り、精霊サマはこの姿に戻れることを嬢ちゃんにも黙っていたようだ。
……もしかすると、今みたいに突然大きくなって嬢ちゃんを驚かそうとか考えてたのか? この精霊サマは何を考えているか掴み所がない感じだが、案外こういうイタズラをやりそうな印象もあるしな。
精霊サマはしばらく子犬みたいにじゃれつく嬢ちゃんをあやしたあと、再び魔力を高めて、今度はその枝の先に果物を実らせた。
なるほどね、その能力も使えるわけか。こりゃあ精霊サマが能力を失っているってのはただのウワサらしいな。
わざわざ目の前で能力を使って証明してくれるとはご丁寧なことだぜ。
確かに口で説明するより実際に能力を使って見せてくれるほうが信じられるな。
「モーリンがみんなの分も果物を創ってくれたよ! ほら、みんな並んで受け取る! モーリンの厚意を受け取らないとバチを当てるよ!」
辺りに嬢ちゃんの声が響き渡ると、ムスカリたちは言われた通り一列に並び始めた。
……『バチが当たる』じゃなくて『バチを当てる』って言った辺りがあの嬢ちゃんらしいな……。
そんじゃあバチを当てられないように、オレも遠慮なく頂くとしようか。
オレは列の最後尾に並んだ。
ムスカリたちは順番に果物を受け取っていき、最後にオレの順番が来た。
精霊サマは枝の先に実った果物を、伸ばした蔦でむしり取るとそのままニュッとオレに差し出した。
「ありがとさんよ、精霊サマ」
小振りで皮の薄いオレンジみたいな果物を受け取って軽く頭を下げ、そしてもう一度頭を上げた所で、視線の先に伸びている精霊サマの枝にその果物がもう1つ残っている事に気付いた。
ん? 1人1つで全員受け取ったはずだよな? じゃあこの最後の1つは……。
疑問に思ったその時、精霊サマはその最後の1つをオレに手渡した。
「むぅ! モーリン!? なんでロドルフォに2つもあげるの!? 他の人ならまだしも、よりによってなんでロドルフォ!?」
それを見た嬢ちゃんがギャーギャー言っている。
……『よりによって』という言い方にはトゲを感じるが、確かにこの中で1番精霊サマと友好的な関係じゃないのはオレだ。
なにせ一度は精霊サマを切り倒したんだからな。
だから精霊サマが贔屓してくれる理由は無いはずだ。 なのにオレに2つくれた……?
……いや、この1つはオレの分じゃないとしたら? 別の誰かの分? だとしたら……心当たりはある。
「精霊サマ……気がついていたのか?」
念のためそう確認すると、精霊サマはコクりと頷いてみせた。
やっぱりかよ…… 相変わらず食えねえ精霊サマだぜ。
「分かった。こいつはちゃんと渡しておくぜ」
そう言ってオレは2つめの果物を受け取った。
さ~て、これで用事は終わったし、依頼の報告をしに行こうか。
手土産までもらったなんて知ったらどんな顔をするか、ちょいと楽しみだ。
精霊サマの住む小屋から離れたオレは、道の脇の岩陰に向かって声をかけた。
姿は見えねえし気配もしねえがここに隠れてるって言っていたから、多分今も居るはずだ。
「……ダレスの旦那。居るんだろう?」
「ああ、ここに居るよ」
その声の方を見ると、ヨレヨレの服を着たオッサンが岩の上に腰かけてこっちに手を振っていた。
最強のBランクと呼ばれる冒険者で、この街に出来たばかりの支部のギルドマスターでもあるダレスの旦那だ。
……クソッ、本当にどこに居たのか分からねえ。この実力でオレと同じBランクだっていうんだから完全に詐欺だな。
さっさとAランクになっちまえば良いものを。
「見てたんだろう? なら分かっただろうが、精霊サマは力を失ってなんかいなかったみたいだぜ。
まあ、もしかしたら多少は弱ってるのかもしれねえが、旦那が心配するほどじゃなさそうだ」
「みたいだね。いや~良かったよ、この街限定とはいえ冒険者ギルドが精霊を敵視しないと決めたのはモーリン様の影響力を考慮してのことだからね。
もしもそのモーリン様が能力を失っていたりしたら、ギルド本部のスタンスがまた変わっちゃうかもしれないと心配だったんだよ。
なんせギルド内や国の権力者たちの間でも精霊は討伐対象だって声はまだまだ多いからねぇ」
「そんなに心配だったなら旦那が自分で直接会って確認すれば良かったじゃねえか。それを何でオレに行かせて自分は後ろからコソコソ見てるなんて面倒なことをしたんだよ」
旦那が自分で行ってくれていればオレも嬢ちゃんからおっかねえ目で睨まれることもなかったのによ。
アレ結構マジでヒヤヒヤするんだぜ?
「いやあ、オッサンはモーリン様ともフリージアちゃんとも面識はちょこっとしかないからね。しかもオッサンは一応この街の冒険者ギルドのトップなんていう立場だろう? 警戒されて誤魔化されちゃうんじゃないかと思ってさ。
だからロドルフォ君がやってくれて助かったよ。またモーリン様の様子を知りたい時があったらロドルフォ君に頼もうかな。
オッサンはまたコソコソと後ろに隠れて見てるからさ」
「きちんと報酬を貰えるなら構わねえけどよ……でも後ろでコソコソしててもあんまり意味無いんじゃねえか?
だって旦那、あんた精霊サマに気付かれてたみたいだぜ? ほら、旦那の分も果物を用意してくれたみてえだしな」
オレはそう言いながら果物を懐から1つ取り出して、旦那に渡した。
「えっ、本当かい? オッサンは臆病者だから逃げ隠れすることだけは自信あったんだけど、バレちゃったのか~。
……参ったなあ、どうせ気付かれてるなら素直にご挨拶に行けばよかったかねえ?」
「ああ、次はそうするんだな。これを旦那に渡すのは、多分『居るのは気付いているぞ』っていうメッセージと『客として扱う気はある』っていう意思表示の2つの意味だと思うしな」
「うーん、じゃあそうするか。この果物のお返しも兼ねて何かちょと良い物を手土産を用意しておかないとねぇ。
あー……でもモーリン様と仲良くし過ぎたら今度はギルド本部の方から『精霊に媚びを売っている』とか言われちゃうんだろうなぁ~。
も~、世の中は面倒なもんだねぇ。オッサンは日々だらだらと過ごしたいだけなのに」
ダレスの旦那は「えーん、えーん」と嘘臭い泣き真似を始めた。
……こうやっておちゃらけているが、多分本当に大変なんだろうな。
ギルドの幹部や上位ランクの冒険者には精霊を敵視する奴らが多い。
長年の間討伐対象として見ていたんだから、その考えは短期間じゃあそうそう変わらないだろう。
そんな組織が精霊を祀るこの街で支部を運営していくんだから面倒は多そうだ。
しかも今までギルドマスターは引退した元・Aランクの冒険者が務めるのが暗黙の了解だったっていうのに、旦那はBランクの上に現役活動中っつう異例の抜擢だってんだから、おそらくギルド内からの目も決して温かいものではねえだろうな。
だが大変だろうが旦那には頑張ってもらわなきゃならねえ。
旦那が辞めたりして、代わりに精霊を敵視している奴が次のギルドマスターとして派遣されて来たりした日にゃあ、マジで戦争になるからな。
もしこの街とギルドが本格的に敵対したらほとんどのエルフはこの街の側につくだろうし、アウグストの旦那も商人ギルドを抜けてでもこっちにつきそうだよな……。
国は……今の段階なら多分ギルド側につくだろうな。その場合この街が国に反逆したって扱いになるのか?
うげっ……想像しただけでヤバい規模の火種になりそうだ。
マジで頼むぜ旦那、今度とっておきの酒でもご馳走するからよ。