後日談 10話 とある家へのイタズラからの悪のカリスマ
遅くなってすみません。
クックックッ、どうもこんにちは、デビ~ルモーリンです。
この街で無法の限りを尽くすために降臨しましたよー。ヒャッハーです。
……あっ、今ふと思ったのですけど、無法って平仮名で『むほー』って書くと、なんか楽しそうですよね。 むほーっ!
「モーリンkAゆ#5<j?」
おや? 私をおんぶして歩いてくれていたちくわちゃんが、振り向いて何かを言いましたね。 なんですか?
……あっ、ここは丁度分かれ道の前ですから、『どこに行けばいいの?』 って質問してるっポイですね。
んー、まだ私もどこに向かうかは決めていないんですけど……まあ、直感で決めてしまいましょう。今の私は周りの都合など気にしない自己中デビ~ルなのですから、誰の迷惑になっても気にしないで好き勝手に行動しちゃいますよ。
クックックッ。誰も私の歩みを妨げることはできないのです!
……おっと、そっちの道で猫ちゃんがお昼寝してますね。足音で起こしちゃったら可哀想なので別の道に行きましょう。
んー、しばらく進みましたが、あるのは普通の家ばかりですねー。お店なら色々とイタズラしやすいんですけど、普通の家に対してはどんなイタズラをすれば……
あっ、思い出しました。そういえば普通の家に対してできる悪事があるじゃないですか。
以前の私なら恐ろしくて口にするのも躊躇うような悪逆非道の行い……。
そう。ピンポンダッシュです!
平和な日常に突如訪れる謎の来訪者。ですが扉を開けるとそこには誰もいない……。
どうです? まるでホラー映画のワンシーンのようで何とも不気味じゃないですか。
そうと決まれば即、実行です! んー……どのお宅にしましょうかねー。
うん、決めました。せっかくだから私はこの赤い扉のお宅を選びます。
さ~て、それではインターフォンを……おや? インターフォンはどこでしょうか?
あっ、考えたらこの世界にはインターフォンなんて無いんでしたね。
ど……どうしましょう。これはピンチですよ。インターフォンが無ければピンポンできないですよ。ピンポンしないピンポンダッシュなんて、それではただのダッシュじゃないですか。
うむむ……仕方ないですね~、インターフォンが無いなら直接ドアをトントンしましょうか。ピンポンダッシュならぬトントンダッシュです。
それでは蔦をうにょ~んと伸ばして……はい、ドアをトント~ン。
うん、トントン完了です。それではダッシュで逃げますよ~。さあ、ちくわちゃん! ダッシュです! それそれダ~ッシュ!
って、おや? ちくわちゃん……なんでダッシュしないんですか? ダッシュしないトントンダッシュなんて、それではただのトントンじゃないですか。
きちっとドアの前で立っていて、これじゃあまるで普通にこの家に用があって訪ねて来たお客さんみたいですよね。
……あっ、もしかしてちくわちゃん、私がこの家に用事があってトントンしたって思ってますか?
うむむ……確かに扉をトントンしたらその家に用事があると思うのが普通ですよね。ちくわちゃんが勘違いしても仕方ないです。
んー、このまま家の人が出てきたらどうしましょう……用事なんて無いんですけど。
そのまましばらく待ちましたが、誰も出てくる様子はありません。
どうやらお留守のようですね。まあ用事が無いのに出て来られたら気まずいですし、お留守ならそれはそれで良かったです。
さあ、それではちくわちゃん、他の場所へ行きましょう。
私は『行きますよー』という気持ちをこめて、ちくわちゃんの背中を蔦でツンツンしました。
ちくわちゃんは私の言いたい事を察してくれたようで、コクンと頷くと……。
バゴォォン!!
ちくわキックで扉を破壊して、中に突入しちゃいました。
ち……違います! 私はこんな破壊命令なんて出してませんよ!? うむむ……どうやら私の言いたい事を察してくれた気がしたのは、勘違いだったようです。
それにしてもなんとも豪快なエクストリームお宅訪問。もはやこれはピンポンダッシュどころの話ではありません。
うーん、なんか他に壊しちゃマズイ物を壊してませんよね? いえ、まあ玄関の扉も十分に壊しちゃマズイですけど。
私は被害状況を確認するために、お家の中を見回してみました。
すると、広いリビング的な部屋にたくさんの人がいることに気づきました。
このお家の人ですか? どうやらお留守じゃなかったみたいですね。
お婆さんが1人と大人の男の人が1人、あとは小さな子供が6人いますねー。みんなびっくりした顔でこちらを見ています。
こんなに驚くということは、観葉植物を背負った女の子が扉をぶち抜いて突入して来るという経験は初めてだったのかもしれませんね。
「よtPx>#に8!」
男の人が剣を構えてなにか怒鳴りました。 えっと……驚かせてしまってすみません。それと、扉を壊したこともごめんなさいです。
謝るのでとりあえずその剣はしまってくれませんか? 私はちょっとくらい斬られても平気ですが、こんな部屋の中で剣を振り回したら小さい子供たちが危険ですし。
今の私は邪悪な心に満ちたダーティな存在ですが、人がケガをしちゃいそうな事はあんまり好きじゃありませんから、できればトラブルは話し合いで解決したいんですよね。
なので素直に謝るつもりだったのですが……なんとちくわちゃんが男の人に対して何やら怒鳴り返しちゃいました。
あの、ち……ちくわちゃん? 扉を壊して侵入した挙げ句に、驚いている住人に対して逆ギレしちゃうんですか?
いえ、確かに私は悪い事をするつもりでここに来たんですけど……でも流石にこれは素直に謝った方が良いのでは……?
ヒヤヒヤしながら見ていると、ついにはちくわちゃんがワンパンで男の人をノックアウト。
あー……やってしまいました。ど……どうしましょうか……。
ちくわちゃん……私がデビ~ルになったからといって、ちくわちゃんまで付き合ってロックな生き方をしなくてもいいんですよ?
ちくわちゃんのハッスルぶりに困惑したまましばらく経つと兵隊さんがやって来て、倒れていた男の人を抱え上げました。
おそらくこの兵隊さんは救急隊の人で、気絶している男の人を病院に連れて行くんでしょう。
加害者である私たちは兵隊さんに怒られるだろうと思っていたんですが、何故か兵隊さんは私たちにピシッと敬礼をして去って行きました。
おや? 別に怒られたかった訳ではありませんが、悪い事をしたのに怒られないというのは、なんかちょっと気になりますねー。
あっ、気になるといえば、何より子供たちのリアクションも気になります。
だって、私たちは扉をぶち抜いて突入した上に目の前で人を1人病院送りにするという世紀末のモヒカンもびっくりの悪事をやらかしたんですよ?
なのにお婆さんも子供たちも、あんまり怖がってる感じじゃないんですよね。
なんかちょっと緊張してるような雰囲気はありますけど、泣いたり逃げたりする様子はありません。
うむむ……暗黒面に堕ちてデビ~ルと化したこの私の姿を見ても怖がらないとは度胸ありすぎでは? ほらほら、目元とか口元とか、なんとなくいつもより迫力があって怖いですよね? 悪役は怖がられてなんぼですから、少しは怖がってもらいたいんですけど……。
んー……仕方ありません。それではもう少しだけ本気を出してみましょう。
どうもこんにちは、デビ~ルモーリンです。とっても怖~い悪の化身ですよー。
がおがおー。食~べ~ちゃ~い~ま~す~よ~。
私はいつもより禍々しくて迫力がある動きでウニョウニョと動いて子供たちを威嚇しました。
イメージ的にはクトゥルフ神話の邪神が触手を動かしてるイメージです。
どうですか? 怖いですよね? そ~れ、ウニョウニョ~。
子供たちはあまりの恐怖に泣き叫ぶ……かと思ったんですけど……なんかむしろ緊張が解けたみたいにホッとした顔をしてます。
むむむ……この動きを見ても怖がらないとは勇敢な子供たちです。……もしや未来の勇者様ですか?
なんだか思っていたのと違う展開になってきて困惑していると、1人の男の子がちくわちゃんに話しかけました。
「kU5よ3,ルg#8うa@?」
「……*tFこ6なgW#」
ちくわちゃんは最初は少し微妙そうな顔をしましたが、気を取り直したようにドヤ顔で、男の子になにかを言いました。
「れvKr4モーリン#む@s6yK<モーリンqZな7」
ん? ちくわちゃん、なんか私の事を話してます?
あっ、なるほど、私がどれだけ邪悪で恐ろしい存在なのかを説明しているんですね? 流石はちくわちゃん、気が利きますねー。
これで子供たちも私を怖がってくれることでしょう。
ちくわちゃんがなにか一生懸命説明していると、最初の男の子だけではなくて他の子供たちも話に興味を持ち始めたようです。
……そして。
「oJ6aめqB4モーリンガー!」
「れfR3ふ#モーリンガー!」
「モーリンガーモーリンガー! tWd6k!」
……なぜかモーリンガーコールが沸き起こりましたねー。あの……私はモーリンガーじゃなくてデビ~ルモーリンですよ?
それに誰も全然怖がってる感じがしないです。というか、むしろキラキラした憧れの目で見ていませんか? 私は恐ろしい悪逆非道の存在なのに、なんでそんなキラキラした目で見るんでしょう?
んー……もしかして……。ふむふむ、今、1つの仮説が浮かびました。
ほらほら、子供の頃ってアニメとか特撮に出てくる強い悪役に憧れることがあるじゃないですか。
この子たちも、私から溢れ出る悪のオーラとちくわちゃんの強さを見て憧れを抱いたのかもしれません! きっとそうです!
クックック……どうですか? 無垢な子供たちの心に、悪への憧れを植えつける……これが悪のカリスマ・デビ~ルモーリンの恐ろしさです!
きっとこの子達は将来、私が植えつけた悪の種が開花することで、ファミレスのドリンクバーで全部ミックスした怪しいオリジナルジュースを作って、それを友達に飲ませたりするような悪い大人に成長するはずです。
これは街の皆さんに恐怖を振りまくという目的を果たせたのではないですか? 我ながらナイスデビ~ルです。
ポイントに換算すれば30デビ~ルくらいは稼いだと思いますが、私はこれだけで満足しませんよ、まだまだ悪い事をして歩きます!
ということで次の場所に行きましょう。
さあ子供たちよ、お別れです。
好き嫌いせずによく食べて、元気に遊び、そして私のように立派な悪人になるのですよー。 ではさらばです!
さあ、ちくわちゃん、レッツゴーですよー! 皆さんに更なる恐怖をお届けしに行きましょう!
ーーー フリージア視点
モーリンの指示する方向に歩いて行くと赤い扉の家に着いた。ここに用があるの?
扉には『マリア婆さんの読み書き教室・お子様に簡単な読み書きを教えます』って書いてある。
ふーん、子供に勉強を教えてくれる所なんだね。マリア婆さんっていうのは先生の名前かな?
モーリンが蔦を伸ばして扉をトントンとノックした。
あっ、やっぱりここに用があるんだね。なんの用事かわからないけど、モーリンが用事があるっていうならきっと意味があるんだよね。
……それから少し待ったけど、まだ誰も扉を開けてくれない。
むぅ……! せっかくモーリンが訪ねて来たのに扉を開けないなんて無礼だよ!
扉を蹴り壊してやろうかな? ……なんて考えがチラッと頭に浮かんだ。
もちろんちょっと考えただけで、本当にやるつもりはあんまりなかったよ? でも、その時モーリンが私の背中をツンツンつついて合図した。
うん? このタイミングで私に合図するってことは……『やれ』ってこと?
そっか。うん! まかせて!
私は遠慮なく扉を蹴り壊して家に入った。
……そしたら、なんでモーリンがこの家に入ろうとしていたかがすぐにわかった。
家の中では1人の男が剣を持って、お婆さんと子供たちを脅していたんだ。
事情はよくわからないけど、お婆さんや子供の怖がっている顔と剣を持った男の悪人面を見れば誰が悪いかはすぐわかるね。
「な……なんだてめえは!?」
男が振り返って剣を私に向けて構える。うん、正面から見てもやっぱり悪人面だ。
「むぅ……『なんだてめえ』はこっちのセリフ! お婆さんや子供たちに剣を向けて何をするつもりだったの!?」
「……ふん、なんだガキかよ、脅かしやがって。おい、てめえもこっちに来て大人しくしてろ。逆らうと痛い目を見るぜ」
なに? その偉そうな態度。……うーん、イラっとするし、すぐに倒しちゃってもいいんだけど、一応目的とかも訊きたいし、しばらくは大人しく言うことを聞くフリとかしてみようかな?
私も何でもかんでもぶん殴って解決してばかりじゃなくて、たまには頭を使って冷静に解決する事も出来るって所をモーリンに見せてあげるんだ。
さて、冷静に、冷静に……。
「あん? おいガキ、なんで木なんて背負ってんだ? そんな貧相な木じゃあ薪にもならねえだろ。邪魔くせぇからそのへんに捨てて……」
ゴキィ!
……気がついたら男を殴り倒していた。
むぅ……ついやっちゃった。でも仕方ないよね。モーリンを馬鹿にしたんだから当然のことだ。
うん、ちょっと予定と違っちゃったけど、お婆さんと子供たちが無事だったからまあいいか。
しばらくしたら警備の兵士が男を捕まえに来た。
私はこの人の顔を知らないんだけど、向こうは私とモーリンの事を知っていたみたい。私たちに気がつくとピシッと敬礼をしてくれた。
「モーリン様、それにフリージア様も、ありがとうございました。近くの住民からここに盗賊らしき男が押し入ったという報告を受けて駆けつけたんですが、まさかすでにもう解決しているとは……流石ですね」
兵士はそう言うともう1度敬礼して、倒れている男を抱えて去って行った。
ふーん、あの男って盗賊だったんだ。
モーリンはここに盗賊がいるって気がついたから、お婆さんと子供を助けるためにこの家に来たんだね。
……やっぱりモーリンはすごいなぁ。近くに助けを求めている人がいると、すぐに気がつくんだね。
「あの……精霊様、巫女様、危ない所を助けて下さってありがとうございました。なんとお礼を申し上げたら良いものか……」
お婆さんがペコペコと頭を下げる。
お礼を言うのはいいんだけど……うーん、お婆さんも周りの子供たちも、なんか緊張してる気がするね。もしかして盗賊に剣を向けられたショックがまだ残ってるのかな?
あんな小物の盗賊に脅された程度で大袈裟……と言いたい気持ちもちょっとあるけど、考えてみたらみんながみんな戦いに慣れているわけじゃないもんね。仕方ないか。
むぅ……子供たちを安心させてあげた方がいいんだろうけど、私は口下手だから上手く言える気がしない……。
その時、背中のモーリンが急に動き出した。
いつもよりも激しく、そして愉快で、そしてちょっとヘンテコな動きでウニョウニョと踊っている。
な、なにその動き?
モーリンがウニョウニョと踊り続けると、だんだん子供たちの緊張が和らいできたように見える。
あっ、そうか。小さな子供は言葉で色々言うより、面白い事をして笑わせた方が安心してくれるもんね。だから急に踊り出したのか。
こういう時に、すぐそういう対応を思いついて行動できるなんて、流石モーリンだね。
「……ね、ねえ」
緊張が解けたのかな? さっきまで部屋のすみで固まっていた10歳くらいの男の子が私に話しかけてきた。
「キミ、ボクと同じくらいの年の女の子なのに凄く強いんだね。ねえ、どうやったらそんなに強くなれるの?」
「……同じくらいの年? キミと私が? むぅ……」
全然違う。キミは子供でしょ? 私は大人のレディだよ。
……まあいい。とっても失礼だけど、私は大人のレディだから子供の勘違いくらいはスルーしてちゃんと質問に答えてあげよう。
私の強さの理由を知りたいんだよね? 教えてあげる。
「キミもモーリンを信仰すれば、きっと強くなれる。私のこの力もほとんどモーリンからもらった物なんだよ」
「信仰したら強くなれるの!? へえ、モーリン様ってすげぇ!」
男の子は目をキラキラと輝かせてモーリンを見つめた。
良かった、この子にもモーリンの魅力が伝わったみたい。うん、素直でなかなか良い子だね。
よーし! この子供たちに、もっとモーリンの素晴らしさを教えてあげよう!
「モーリンはすごいんだよ。今まで私も何回も何回もモーリンに救われているんだ。この街ができたのもモーリンのおかげだし、この街を守っているのもモーリンだし、今、私たちが幸せに暮らしてるのもモーリンのおかげだよ。
あと、多分この世界を作ったのも実はモーリンなんじゃないかな?
さあ、みんなもモーリンを信仰して幸せになろう!」
「すげー! ボクもモーリン様を信仰するよ!」
「俺もだよ! モーリン様ー!」
「モーリン様モーリン様! わたしもお祈りするー!」
最初の男の子だけじゃなくて他の子供たちも尊敬の目でモーリンを見はじめた。うん、この子たちはきっと素質があるね!
……お婆さんだけは少し困った顔をしてる気がするけど、きっと気のせいだよね。
えへへ、思わぬタイミングでモーリン神殿の信者候補が見つかったね。……あっ、モーリンが出口の方を気にしてる。そろそろ他の所に行きたいのかな?
じゃあ、そろそろ行こうか。
「好き嫌いしないでよく食べてよく遊んで、そしていつか私みたいに立派なモーリン信者になるんだよ。じゃあ、またね」
私は子供たちにお別れを言って外に出た。
さあ、行こうか。どこに行くかはわからないけど、モーリンのことだからきっとまた誰かに笑顔を届けるんだよね。私はどこまでもお供するよ!
あっ、そういえばさっきの家の扉、壊れたままにしてたけど良かったのかな?
……まあいっか。
デビ~ルモーリンの話は次かその次くらいで解決すると思います。